遊戯王GX 転生したけど原作知識はありません   作:ヤギー

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挨拶

「四葉姉さん、ちょっと困ってるんだけど⋯⋯」

「はいはい、その娘のことよね、困りの種は。⋯⋯えっと、名前はなんて言うの?」

 

 子供の頃お祖父さんにいつも泣かされていたという、エリカのお父さんが私のお母さんに縋りつき、お母さんはそれを軽くいなしエリカに問う。

 

「わたくし、常勝院エリカと申しますわ。優姫さんとは学校の友人でいつもお世話になっておりますの」

 

 エリカは普段のような堂々とした受け答えだ。口には出さないけど、隣の頼りなさそうな人とは真逆すぎて親娘には見えない。

 

「確かにこの気品と礼儀正しさは夜闇家にはないわね。それにデッキは天使族なんでしょ。こりゃ、ジジイの機嫌はだだ下がりだわ」

「だろう? 助けてくれよぅ」

「⋯⋯あんただってもう良い歳した親なんだから、自分でなんとかしなさいよ」

「無理だって! 他のことならともかく、父さん相手に上手く立ち回れるのは、四葉姉さんか二矢兄さんくらいだって」

「それは子供の頃の話しでしょ。⋯⋯まあいいわ、助けてあげるわよ。私たちと一緒に来なさい。そうしたら少しはフォローしたりできるから」

 

 うわぁ、情けない。エリカは父にはデュエルで勝ったことがないと言ってたけど、こんな人がエリカよりも強いのか。世の中いろんな人がいるもんだな。

 それにお母さんもなんだかんだ助けてあげることになってるし、大人になっても今までと同じように頼られるのが嬉しいんだろうね。

 

「紹介しておくわ。ほら」

「あ、うん。保科優姫です、よろしくお願いします」

「俺は常勝院五典って言うんだ。よろしくね。⋯⋯それにしても、子供の頃の四葉姉さんにそっくりだね」

「そうなんですか?」

「そうそう! あ、いや、ちょっと違うな。四葉姉さんから悪いところを全部取ったら似てるよ!」

「あれ、もしかして今、私に喧嘩売った? あんた私に逆らって良いと思ってんの?」

「うぇ、冗談だよ、冗談。さあ、行こうか、ぐずぐずしてると父さんに怒られる」

 

 エリカのお父さんは逃げるように歩き出し、私たちもそのあとを追う。

 

「お父様⋯⋯」

 

 エリカは先頭を歩く自身の父の背中を、哀れなものを見るような目で見ていた。

 

 

 

 渡り廊下を歩いているとお母さんが切り出した。

 

「今からジジイんとこに挨拶しに行くんだけど、特別取り繕う必要はないわ。普段の自分でいい。そんでエリカちゃんは聞かれたこと以外なるべく話さないこと。わかった?」

「わかりましたわ」

「よし、それならオーケー」

 

 お母さんは戸の前で足を止める。ここがお祖父さんの部屋なんだろう。

 つまり、戸の向こうにはお祖父さんが待ち構えてるってことだ。

 ごくり、と喉が鳴った。

 

「オラジジイ、私よ、入るわね」

「えぇー」

 

 お母さんはノック代わりに足で戸を小突き、返事を待たず部屋の中にずかずかと入っていく。

 さすがにそれは失礼だと思う。

 

「お、俺も居るよー」

 

 その後にエリカのお父さん——五典さんが半笑いで続く。

 

「し、失礼します」

「失礼しますわ」

 

 そして流れを止めないままに私、エリカと部屋に入り五典さんの横にならんだ。

 

「四葉、足でノックは止めろ。はしたないぞ」

 

 その重低音な声は、お腹に響くようだった。発信源の人物は、高そうな椅子に座り、これまた高そうな机に肘を乗せ指を組んでいる。

 この人がお祖父さんなんだろうか。想像以上に見た目が若い。

 短髪で白髪混じりのシルバーヘアときちんと整えられた髭、そして浅黒い肌はお爺さんというよりはおじさん。もっというならちょいワルおじさんといった風貌だ。これで70歳を超えてるんだから、すごいと言う他ない。

 

「なんで足でノックしたってわかるのよ⋯⋯。そんなことより、用を言いなさいよ。なんで私たちをここに呼んだのか」

「いちいち言わなければダメなのか? 俺が呼んだからお前らが来る、ただそれだけだろう?」

 

 えぇ⋯⋯。私とエリカは休学してまでここに来たんですけど。

 自分勝手すぎやしません?

 

「その理由を話せって言ってんの」

「同じことを何度も言うのは面倒だからな、全員が集まる夕食のときにでも話すさ」

「今言えってんだよ⋯⋯」

 

 お母さんは小声でぼやいたが、お祖父さんはスルーした。

 

「さて、五典。ここに着いてしばらく車の中にいたようだが、なぜすぐに俺に会いにこなかった」

「うぇ! 父さんわかってたの!?」

「当然だろう。ここは俺の家だ、俺がここで起こる出来事を知らなくてどうする。さあ、話せ」

「⋯⋯と、父さんが怖かったからだよ。昔、父さんに怒られたのがトラウマなんだよ。わかるだろ」

「そうだな。お前と六花はいつも俺に叱られた後泣いてたからな。でも良かったじゃないか。今は泣いてない。成長できたってことだな」

「⋯⋯そうだね」

 

 五典さんは拳を握りしめ震わせていた。

 それほど今のお祖父さんの皮肉めいた言葉が悔しかったんだろうか。

 過去になにがあったのかはわからないけど、怒るという言葉を叱るという言葉に変えたことに、闇のようなものを感じる。

 無意識なのか意図的なのか、どっちにしろお祖父さんと五典さんの親子関係にはズレがあるように見えた。

 

「次はお前だ。名前をなんという」

 

 お祖父さんと目があった。まるで心の中まで見透かすように鋭い目つきだ。

 だけどどこか暖かみのある表情をしている。穏やかに笑っているようにさえ見えた。

 

「保科優姫、だよ」

 

 敬語を使うか迷ったけど、一応孫なわけだし必要ないと判断した。

 

「そうか。ということは四葉の娘だな、よく似ている。いや、四葉の悪いところを取り除けば、だな」

「おい」

「あはは⋯⋯」

 

 さっき聞いたよ、それ。

 

「最後はお前だが」

「ねえ、ジジイ。私たち車で来て疲れてるからさ、早めに話し終わってくんない?」

「遮るな。黙っていろ、四葉」

 

 お祖父さんは視線をエリカに定めたまま、お母さんを封殺した。お母さんのフォローは後に続かず、黙ったままだ。

 鋭い眼光で睨みつけたまま数秒、その間お祖父さんは一言も喋ることをしなかった。

 そして口を開く。

 

「名前を言え。苗字は要らない」

 

 お祖父さんは真顔で言った。

 けど、それはどうでもいいことだ。問題なのはいつの間にか、部屋全体に黒いもやのようなものが漂っていることだ。

 ガスなのかなんなのかわからないけど、多分科学的なものじゃないと直感した。

 これのせいなのか、エリカはひどく怯えているし、五典さんもガクガクと震えている。

 車中でお母さんは、ジジイは変なオーラで威嚇してくる、と言っていた。ただの比喩だと思っていたが、こういうことだったのか。

 

「え、エリカと申します」

 

 表情こそ気丈に振る舞って答えたけど、その震えた声までは隠せていなかった。

 それでも五典さんに比べれば頑張っている方だと思う。五典さんの顔は青くなっていて、発作を起こしたように息が荒い。

 そんなに怖いんだろうか。なぜか私とお母さんはなんともないから、2人が怖がっている理由がわからない。

 

「⋯⋯天使か」

「えっ」

 

 あ、ヤバい。声が出ちゃった。

 お祖父さんの呟きに思わず反応してしまった。

 

「なんだ」

「なんでもない」

 

 ギロリと睨まれ私は即答する。

 絶対違うと今ならわかるのに、なんでそう思っちゃったかな。私。

 

「言え」

 

 うえー、まだ睨んでるよ。仕方ない、正直に言おう。

 

「口説いた、と思ったんだよ」

 

 天使か、って天使みたいに美しいってことだと思ってしまった。でもすぐにわかったよ、天使族のデッキのことを言ってるんだって。

 どうしてデッキを見ずにわかったかとかは知らないけど、変なオーラを出すこともできるし、この人はそういう人なんだろう。

 

「ふっ、ハッハハハハハハハハハ!」

「プッ、クククッ」

 

 あれ、すごい笑ってる。黒いもやも引っ込んでしまった。

 ていうか、お母さんまで笑ってるし。

 

「ックク。俺が口説いたと思ったのか?」

「そうだけど。一瞬だけだよ?」

「そうか、一瞬だけか。フッフフ」

「あんた、そんな天然だったっけ?」

「一瞬だけだって言ってるじゃん。そんな笑うようなことじゃなくない?」

「そうだな。スマンスマン。あぁ、五典とエリカも悪かったな」

「い、いえ、大丈夫でしたので」

「⋯⋯俺も平気」

「ねぇ、疲れてるってのはホントだからさ、休んでいーい?」

「ああ。みんな、もう行っていいぞ」

 

 場の盛り上がりに乗じてお母さんがさり気なく提案すると、あっさりと許可が下りた。

 

「ああ、優姫とエリカは少し待ってくれ。渡すものがある」

 

 と思いきや、まだなにかあるみたいだ。

 

「優姫にはこれ、エリカにはこれだ」

 

 それぞれに手渡されたものはカードだ。私には《暗黒界の龍神グラファ》のカード。エリカには《堕天使イシュタム》のカードだ。

 

「そのカードたちは特別製でな、6人の孫たちそれぞれに適したものを配ってる。いわばプレゼントみたいなものだ。受け取れ」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

「用はこれで終わりだ、行っていいぞ」

 

 今度こそ私たちは解放されこの部屋を出ることができた。

 

「はぁああ、助かった。ありがとうよ、四葉姉さん」

「あれで助かったっていうの? ま、私はなにもしてないけどね。優のおかげよ」

 

 お母さんはポンと私の頭を撫でる。

 偶然だったけど、あれで良かったらしい。

 

「エリカ、大丈夫だったか?」

「ええ、お父様よりは。でもさっきのはなんですの。黒くて凶々しい、湯気みたいなものは」

 

 そうだ。あれはただの黒いもやなんかじゃない。

 恐怖こそ感じなかったけど、妖しくも美しく、妙に魅かれるそれは、まるで——。

 

「優、やっぱりあんたは私の娘なんだね。アレが良いものだと思ってるんでしょ」

「どうかな」

 

 ——悪魔みたいだって思った。


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