私は今、影丸理事長と十代くんがデュエルしているのを、少し離れた所から見ている。海から少し離れた森の中の、開けた場所。そこには十代くんの他に彼の友人たちと鮫島校長が揃っていた。
理事長のフィールドには復活した三幻魔が存在していて、十代くんは随分苦しめられているようだ。
三幻魔はその特性上、罠の効果は受けず、モンスター、魔法の効果も発動ターンのみ有効で、中には蘇生が容易なモンスターもいる。一度召喚出来てしまえば猛威を振るう、厄介なモンスターたちだ。
それに、厄介なのはフィールドの中だけの話しじゃない。彼らは、召喚されると世界中のカードの精気を吸うのだ。私のデッキは、私自身の精霊の力で包み込むことで、精気が流出するのを防げている。ただ、力が抜けていくようで鬱陶しい。
『優姫ちゃん、大丈夫?』
「しばらくは平気だよ。て言っても、決着は早そうだけどね」
圧倒的に優勢な理事長のターンが終わり、十代くんのターン。勝つにしても負けるにしても、十代くんにとって最後のターンだろう。それだけ、次の理事長のターンを凌げるカードは揃ってないように見える。
このターンで決まる。彼らの物語の一区切り、ということだ。そうメタ的に考えれば、十代くんが勝つんだろうけど。
そして、その後は私だ。その為に私はここにいる。
早く終われ、と気持ちが急いだ。
かくして、勝負が決する。勝者は十代くん。《賢者の石—サイバティエル》というカードが決め手だった。意味深な名前と効果だったけど、私には関係ない。
一帯には勝利の余韻や緩みがある。その中で校長が三幻魔のカードを回収して再封印しようと手に持っている。
ここからは私の物語。私の出番だ。
「やあ皆、久しぶり。初めて会う人ははじめまして」
私は茂みから躍り出る。黒幕のように大物然とした態度を演じて、皆の輪に向かって話しかけた。全員、私を見る。
「お、久しぶりだな、優姫。どうした。こんな所で」
代表するように十代くんが応答した。
「いやあ、ちょっと用があってね」
「誰にだ?」
「それはね」そう言って木陰を見る。
「三幻魔のカードに、だよ」
不意に登場した私を見ていて、皆は気付かない。音もなく、風もなく、沙夜が忍び寄っていることに。
私からしか見えない位置から、沙夜は鮫島校長の背後まで近づく。そして三枚のカードを奪い取り、全員から距離を置く。
反応は二つ。私の台詞に驚く声と、カードを奪われたことによる驚きの声。
私のすることは注意を引くこと。果たしてその役割は達成できた。
「優姫。これは何のつもりかしら」
私と沙夜の両方を知る明日香からの問い。その表情は厳しい。
「ごめんごめん。ちょっと借りるだけだから」
今の私は、そんなことでは日和らない。早くデュエルがしたかった。
「すいません、校長先生。少しだけ三幻魔のカード、貸してください。終わったらすぐにかえしますので」
「い、いや。それはダメなんだ。そのカードを召喚すると——」
「我々もその現象は知っています。ですが目的はただデュエルする事ですので、貴方がたは黙って見ているか、帰って頂いて結構ですよ」
信用はされないだろうな。
「し、しかしですな」
「いいじゃんか。ただデュエルがしたいだけなんだろ?」
「おお、流石十代くん、話しが早い。その通りだよ」
理解してくれて、自然と笑みが出る。能天気だとも思うけど。
「完全に私たちのワガママだから、そう言ってもらえて嬉しいよ。納得してない人もいるけど、我慢してね」
皆は押し黙る。一先ずは様子を見るのだと察した。
「さあ、やっとのこの時が来たよ。沙夜、始めようか」
「水を差すようで悪いのですけれど、少し待ってくださいまし? 優姫」
「え?」
穏やかで優雅な声が、林の奥から私の耳に届いた。心がさざ波立つ。
その人に向き直るも、目は合わせられなかった。
「き、奇遇だね、エリカ」
「奇遇なんかじゃありませんわ。わたくし、全てを知ってここにいますの」
エリカは、彼女特有の高圧的な態度で私を見る。
「う⋯⋯、隠しててごめんなさい」
観念して謝った。
知ってるという証拠はないが、あれは本当に全部分かってる顔だ。きっとエリカは黙っていたことを怒っている。逆の立場だったら、私だって面白くない。
大人しくその怒りを受けることにした。
「全てを知っていると言いました。優姫がわたくしに言わなかった理由も当然分かっていますわ」
一人の力で勝ちたい。それが私の気持ちで、理由だ。私自身、気付いたのはつい最近なのに、エリカも理解しているというのだろうか。
「怒ってない?」
「当然ですわ。終わってから話しは聞きますけどね」
ふ、と表情を崩すエリカ。
心配しただろうに、私の意を汲んでくれている。それが私は嬉しかった。
「でも言いたいことが一つありますの」
「う、うん」
「ふふ。そう気構えなくても、簡単なことですから。わたくしはね、わたくしに優姫を傷つけさせたそこの使用人が気に入りませんの。ですから優姫にお願いがあります。わたくしの代わりに、彼女をぶちのめして欲しいのですわ」
簡単でしょう、とエリカは微笑む。
「元からそのつもりだったけど、エリカにお願いされたら、頑張らないといけないね」
理解者がいるって、良いことだと改めて思った。
「そろそろ良いでしょうか、優姫様。ずっと待っているのですが」
苛立ち混じりの声色の沙夜。それを見てエリカはニヤリと笑う。
私は気を取り直した。
「改めて、始めようか」
私はデュエルディスクを構えた。
沙夜LP4000
保科優姫LP4000
「先攻を頂いてもよろしいでしょうか」
かしこまる沙夜に私は頷く。
「それでは。ドロー。私は手札から魔法カード《エクスチェンジ》を発動します」
「《エクスチェンジ》? 珍しいな」
互いの手札を一枚ずつ交換するカード。面白いカードだけど、使う側は手札一枚分損をするので、あまりデッキに入れてる人を見ない。メリットといえば、相手の手札を見れることだけど、それは両プレイヤーに言えることだ。
沙夜もわかってるはずだ。だったら目的は、
「さて、手札を公開しましょうか。と言っても私が指定するカードは見る前から決まっていますが」
私のキーカードを奪うこと。
「《魔界発現世行きデスガイド》。そのカードを指定します」
「そう来るか⋯⋯!」
勝手に口角が上がった。新しい。今までに見たことがない戦略。
言うならば、私メタ。私だけに通じる攻略法だ。
「正攻法で挑んでも、私では優姫様には確実に勝てませんので、このような戦法をとらせていただきました。よもや卑怯だなどとは⋯⋯」
「言ったりしないよ。当然」
「ふ。それでこそ。⋯⋯次は優姫様の番です。お選び下さい」
公開されていた、沙夜の手札を見る。
五枚、その内訳は《トランスターン》、《メタル・リフレクト・スライム》、《ヘルウェイ・パトロール》、《暗黒の召喚神》、《神炎皇ウリア》。
いい手札だ。どのカードを奪えばいいか迷う。
一番欲しいのは《トランスターン》、次点で《メタル・リフレクト・スライム》。《トランスターン》は私にとって有用だ。《メタル・リフレクト・スライム》も汎用的に使える。その他は奪ったとしても手札の中で腐らせるだけ。
しかし一番目を引くのは《神炎皇ウリア》だ。アレを私の手札に封印しておきたいのもある。
《ウリア》か《トランスターン》か。先の展開を踏まえて考える。
「決めた。《ウリア》を貰うよ」
カードを交換する為に、私と沙夜は前に出る。交換してまた元の位置に戻った。
「続行です。私は《ヘルウェイ・パトロール》を召喚、そして《トランスターン》発動。《ヘルウェイ・パトロール》を墓地に送り、このモンスターと同じ種族、属性で、レベルが一つ高いモンスターをデッキから特殊召喚します。デッキから《暗黒の召喚神》を特殊召喚します」
《暗黒の召喚神》攻撃力0
「さらにこのモンスターをリリース。デッキから《降雷皇ハモン》を召喚条件を無視して特殊召喚」
《降雷皇ハモン》攻撃力4000
「早速来たね」
「まだです。墓地の《ヘルウェイ・パトロール》を除外することで、手札から攻撃力2000以下の悪魔族モンスター、《暗黒の召喚神》を特殊召喚。また、このモンスターもリリースし、デッキから《幻魔皇ラビエル》を特殊召喚します」
《幻魔皇ラビエル》攻撃力4000
二体の巨大なモンスターが、私を見下ろす。上等だ、と私は睨み返した。
「悪手でしたわね」
「え?」
「ここからですよ。私は、幻魔に命ずる! 優姫様の精霊エネルギーを吸い取り、この私に変換しなさい!」
沙夜が声を張り上げる。それに応えるかのように、《ハモン》と《ラビエル》は鼓動した。瞬間、私は身体が引っ張られるような感覚になる。
「な、なにこれ!」
引っ張られているのは身体じゃなく中身。精霊の、あの力だった。
ぐっと堪える。すると少しは力の流出を抑えられたが、止まることはない。
「私はカードを一枚セットしてターンエンド。準備は整いました。このデュエル、私が勝ちます」
沙夜は私をしっかり見据えて言った。
沙夜LP4000 手札1枚
《降雷皇ハモン》攻撃力4000
《幻魔皇ラビエル》攻撃力4000
セットカード1枚
「どうしますの、幻魔が二体もいる状況で」
エリカが楽しそうに言う。
「それはドロー次第かな」
《デスガイド》がない今、幻魔に対抗できる手札は揃っていない。一枚足りない。
「ドロー」
なら、引けばいいだけだ。
「私は魔法カード《儀式の下準備》を発動する! デッキから《善悪の彼岸》とこれに記された《彼岸の鬼神ヘルレイカー》を手札に加える! そして《魔犬オクトロス》召喚、《善悪の彼岸》発動! 《魔犬オクトロス》と手札の《彼岸の悪鬼スカラマリオン》を墓地に送り《彼岸の鬼神ヘルレイカー》を儀式召喚する!」
《彼岸の鬼神ヘルレイカー》攻撃力2700
「相手フィールドにモンスターが召喚された時、《幻魔皇ラビエル》の効果を発動します。私のフィールドに幻魔トークンを召喚」
《幻魔トークン》守備力1000
「《魔犬オクトロス》の効果発動、デッキから悪魔族、レベル8のモンスター、《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》を手札に加える! バトルするよ! 《ヘルレイカー》で《ラビエル》に攻撃! この瞬間、《ヘルレイカー》の効果を発動、手札から《彼岸》モンスターを捨てることで、相手モンスター一体の攻守を、捨てたモンスターのステータス分下げる。私が捨てるのは《彼岸の悪鬼バルバリッチャ》! 《ラビエル》の攻撃力を1700下げて攻撃する!」
《幻魔皇ラビエル》攻撃力4000→2300
「《ラビエル》破壊!」
「ちっ。ドローしたのは《バルバリッチャ》でしたか」
沙夜LP4000→3600
まずは一体。幻魔による私の精霊エネルギーの吸引力も弱まった!
「ターンエンド。この時墓地の《スカラマリオン》の効果発動。デッキから《彼岸の悪鬼ガトルホッグ》を手札に加える」
保科優姫LP4000 手札4枚
《彼岸の鬼神ヘルレイカー》攻撃力2700
「そこそこ上々といった所ですわね」
「そこそこ、ね。私もそう思うよ」
この状況は最低限良くやった、程度だ。現状、私の手札は全て沙夜に見えている。コレはマズイ。気を抜けば呆気なく負けてしまうこともあり得るのだ。
ふう、と私は息を吐いた。
「こうも容易く幻魔を葬られるとは、やはり流石というべきですね」
淡々と言う沙夜。
「《バルバリッチャ》、いえ、攻撃力1400以上の《彼岸》モンスターをドローできる確率⋯⋯。55分の2か3といった所でしょうか。確率論でいけば高いとは言えない数値です。ですが優姫様は当然の如く引き当てた。これは今回に限りません。特殊な力が働いているのだと私は推察します」
「まあ、あるよね」
「はい。そこで私は推察しました。その力の発生源を。それは、この力。精霊エネルギーです。これが優姫様の意を汲んでいるのです」
「かもね」
「ならば。私の身に宿したら。どうなるのでしょうね」
沙夜は笑った。それは純粋な笑みに感じた。好奇心が働いているのだと私は思う。
ちょっと可愛いかった。
「それでは、ドロー。——やはり」
「引きたいカードは引けた?」
「はい。わたしはフィールド魔法《失楽園》を発動します」
「そのカードか⋯⋯」
「敢えて情報を明かしましょう。わたしは今、52分の1を引き当てました。これよりは私と優姫様のデュエリストとしての力量は同等。いえ、幻魔の力がある限り、少しずつ私の力の方が上回っていきます。——勝利の方程式はここに揃いました」
沙夜は宣言する。それを受け、私は心が躍る。と同時に身が震えた。
それは恐怖からだった。沙夜がそう言ったのならそうなのだろう、と今までと同じように考えてしまったからだ。
「《失楽園》の効果を発動します。幻魔がフィールドに存在する時、1ターンに1度、カードを2枚ドローします。ドロー」
沙夜の手札は3枚。どう来る。
「《幻魔トークン》をリリース。そして《エネミーコントローラー》を発動します」
「ッ⋯⋯!」
「《ヘルレイカー》のコントロールをエンドフェイズ時まで奪います」
「ち、チェーンして《ヘルレイカー》の効果発動! 手札の《彼岸の悪鬼ガトルホッグ》を墓地に送り《ハモン》の攻撃力を1600下げる!」
「良いでしょう」
「そして墓地に送られた《ガトルホッグ》の効果発動! 墓地の《スカラマリオン》を守備表示で特殊召喚する!」
《彼岸の悪鬼スカラマリオン》守備力2000
《降雷皇ハモン》攻撃力4000→2400
「バトルフェイズ。私は《ハモン》で《スカラマリオン》に攻撃します」
「⋯⋯破壊される」
「《ハモン》の効果発動です。戦闘でモンスターを破壊したとき、相手ライフに1000のダメージを与えます」
「っく⋯⋯っ!」
痛い。いつもよりも。
「そして《ヘルレイカー》でダイレクトアタック」
私は来たるダメージに身構える————。
「ターンエンドですよ、優姫様?」
「——え?」
身構える? あれ。ターンエンド?
アタックしなかった?
「攻撃は受けましたわ。気絶、していましたのよ。短い間でしたが」
「え、うそ」
エリカが微笑んでいた。
「2700程度なら気絶はしない、と考えていますわね。いいえ。今の優姫は精霊の力を奪われて、ダメージに対する耐性が普段より低くなっています。だから痛みに耐えかねて気を失ったのですわ」
そう、だったんだ。結構ヤバイのかも。
「⋯⋯じゃあもっと心配した風にしたらいいのに。なんで余裕そうにわらってるの?」
「あら。わたくしは心配していますのよ。ただそれ以上に信頼していますから」
そんな風に言われると嬉しくなる。
「倒れそうになったらわたくしが支えてあげますわ」
エリカの優しい笑みが私を癒してくれた。
「ターン、エンドと、申したのですが」
沙夜のトゲのある声が聞こえ前を向く。
「ごめんごめん。あ、問題なかったらでいいんだけど、巻き戻しの要求してもいいかな」
フィールドと沙夜の手札を見て言う。《ヘルレイカー》のダイレクトアタック宣言から、変化の跡はない。それはつまり、メインフェイズ2は存在しなかったと予想できる。それなら要求は通るだろう。
「どうぞご自由に」
またしてもトゲがある声色だったのが少し気になったけど、許可は得た。
「遠慮なく。戦闘ダメージを受けたとき、手札から《トラゴエディア》を特殊召喚する! ⋯⋯何かある?」
「いえ。変わらずターンエンドです」
「ん。じゃあエンドフェイズ時、《スカラマリオン》の効果でデッキから《クリッター》を手札に加える。そして《ヘルレイカー》は返してもらうよ」
沙夜LP3600 手札2枚
《降雷皇ハモン》攻撃力4000
「私のターン、ドロー!」
はあーしんどい。ちょっとキツくなってきた。ライフは残り300だし、早く《ハモン》もなんとかしないと。
その算段は一応ある。
「《トラゴエディア》の効果発動! 手札の《ウリア》を捨てて、同じレベルのモンスターのコントロールを奪う! 《ハモン》のコントロールを奪うよ!」
通れば行ける。というか勝ちも見えてくる。
「残念ですが、それは通りません。手札から発動《エフェクト・ヴェーラー》。《トラゴエディア》の効果はこのターン無効です」
《トラゴエディア》攻撃力1800→0
「ダメか⋯⋯!」
完全にペースは向こうだ。こうなってくると、何というか通用する気がしない。そのビジョンが見えてこない。
一度、ふう、と息を吐き気持ちを落ち着けた。
弱気になってるとか、諦め心が湧いたとかじゃない。
こういうのは、以前に何度も経験があった。それは幼い頃だ。お母さんとデュエルすると毎回のように感じていた。
——格が違う。私じゃ勝てない。
散々突きつけられた現実を反芻し、薄く笑みを作る。
「それは諦めから出たものですか?」
沙夜は目ざとく私の変化に気づく。
「違うよ」
今の沙夜が格上なのは認める。でも勝てないなんてことはない。少なくとも、今の私の心は折れてはいないんだ。
「プラン変更と行こうか。魔法カード《アドバンスドロー》発動。《トラゴエディア》をリリースして2枚ドローする!」
そのカードを確認、ほくそ笑む。
「永続魔法《魂吸収》発動! そして融合デッキのカードを15枚、裏側のまま除外して《百万喰らいのグラットン》を特殊召喚!」
《百万喰らいのグラットン》攻撃力1500
「そして《魂吸収》の効果で、除外されたカード1枚につき500ライフポイント回復! 7500のライフポイント回復する!」
保科優姫LP300→7800
「バトル! 《グラットン》で《ハモン》に攻撃する! ダメージステップ開始時に発動、1ターンに1度、《グラットン》と戦闘するモンスターを裏側にして除外する! これで《ハモン》は封じたよ!」
「そのようですね」
動じないか。でも事実、これでハモンは封じたはずだ。裏側除外からの帰還方法はそうない。
「《ハモン》が除外されたことにより500ライフ回復。モンスターを伏せてターンエンドだよ」
保科優姫LP8300 手札1枚
《彼岸の鬼神ヘルレイカー》守備力2700
《百万喰らいのグラットン》攻撃力1500
セットモンスター1体
永続魔法《魂吸収》
ま、こんなとこだろう。まずはライフの確保。ここから体制を立て直す。
「私のターン、ドロー。《グラットン》ですか。確かに幻魔とはいえルールに縛られている以上、裏側のまま除外されては自身の耐性を発揮できませんね。故にそのカードは幻魔の天敵の一つ、と言えます」
「その割に余裕そうだね」
「はい。対処可能ですから。むしろ切り札の一つを削る事が出来たので、ますます私が有利になったのですよ」
まあ、その通り。
「でも余裕が出てきたのはこっちもだよ。沙夜の手札は《デスガイド》とドローカードの2枚。実際の所、追い詰められてるのは沙夜なんじゃない?」
「ふっ、心にもない事を。優姫様ならわかっているでしょう。ドローカード1枚あれば、何をするにも不可能はない事を。魔法カード《命削りの宝札》発動。カードを3枚ドローします」
「それか⋯⋯」
「そして永続罠《メタル・リフレクト・スライム》を発動し《マジック・プランター》を手札発動します。《メタル・リフレクト・スライム》を墓地に送りカードを2枚ドロー。さらに魔法カード《貪欲な壺》を発動。墓地の《ラビエル》《ウリア》《エフェクト・ヴェーラー》《暗黒の召喚神》2枚をデッキに戻しカードを2枚ドローします」
「⋯⋯⋯⋯」
手札6枚。
沙夜が本来持つデュエリストとしての力量に私の力を合わせると、こうまで自在に操ることができるのか⋯⋯。
「まずは《ネクロフェイス》を召喚して効果発動します。お互いの除外されたカードをデッキに戻し、戻したカードの枚数につきこのモンスターの攻撃力を100上げます」
《ネクロフェイス》攻撃力1200→2900
《グラットン》の効果を利用された。それだけじゃなく《ハモン》も容易くデッキに戻った。
「続いて《二重召喚》発動、このターンもう一度通常召喚可能にし、《天帝従騎イデア》を召喚、効果発動します。デッキから《イデア》以外の攻撃力800/守備力1000のモンスターを守備表示で特殊召喚します。私はデッキから《冥帝従騎エイドス》を特殊召喚します。そして《エイドス》の効果によりこのターン私は、通常召喚に加えてもう一度アドバンス召喚が可能、よって《イデア》と《エイドス》をリリースし、《怨邪帝ガイウス》をアドバンス召喚」
《怨邪帝ガイウス》攻撃力2800
「《ガイウス》の効果発動します。《ヘルレイカー》と《グラットン》を除外します」
「⋯⋯除外されたことで《魂吸収》の効果発動、回復する」
保科優姫LP8300→9300
《グラットン》の戦闘耐性も《ヘルレイカー》のカードの墓地送り効果も躱された。
《命削りの宝札》の効果でこのターン私はダメージを受けないのが幸いだ。
「最後に魔法カード《異次元の指名者》発動。カード名を《溶岩魔獣ラヴァ・ゴーレム》と宣言。そのカードが相手手札にある場合そのカードを除外します」
「⋯⋯《魂吸収》で回復」
保科優姫LP9300→9800
「ターンエンド。この時《命削りの宝札》により手札を全て墓地に送ります」
沙夜LP3600 手札0枚
《ネクロフェイス》攻撃力2900
《怨邪帝ガイウス》攻撃力2800
フィールド魔法《失楽園》
「2、3ターンは持つと思ってたんだけどな」
「その間に逆転勝利の手札を揃える、優姫様ならそうするのでしょう。分かっていますよ、これまで観察してきましたから。だから強引にでもその守りを破らせていただきました。これで手詰まりですよ、優姫様」
「手詰まり、か。⋯⋯ちょっと長考させて」
「どうにもならないと思いますが、どうぞ」
引きたいカードを想像する。具体的なカード名じゃなく、劇的な勝利を可能にするカードを。
今まではそうしてきた。今回もそうする。
「私のターン、ドロー!」
カードを見る。当然、このカードだ。
「魔法カード《終わりの始まり》発動! 墓地に闇属性モンスターが7体以上いる時、5体を除外して3枚ドローする!」
「⋯⋯⋯⋯」
保科優姫LP9800→12300
「そして⋯⋯っ!」
そして。その先に言葉は続かなかった。
「あ、あれ?」
モンスターが1枚もない。内訳は《マインド・クラッシュ》《おろかな埋葬》《エネミー・コントローラー》。
この状況では来ても仕方ないカードたちだ。
勝つつもりでいたのに、なんでだろう。
「解らないでしょうね、優姫様には」
「何が?」
「良いカードが引けなかったのでしょう? その理由がです」
「⋯⋯たまたまでしょ」
「違います。貴女ならば、引きたいと願えば引ける。勝ちたいと願えば勝てる。貴女は間違いなくそういう存在です。でも今回に限ってはそうはなりません。何故なら優姫様の力の過半数が、既にこの身に宿っているからです。失礼ながら、この瞬間に於いては、私の方が上位の存在なのですよ!」
語気を強めて沙夜が言った。そこで初めて、沙夜に負けるかもしれないと思った。
私は自分の内側に意識を向ける。いつの間にか、自分の密度が小さくなっていた。
いや、気づいていて知らないふりをしていたのだ。幻魔に奪われていく精霊の力から目を逸らしていたんだ。だって、意識したら気持ちが負けてしまうから。大切なモノが抜けて行っているのは理解できていたから。
「あーあ、そういうことか。⋯⋯引きたいカードが引けないって、こんな気分なんだね。ちょっとヤバイかも」
「あら、本当にそうかしら?」
エリカは相変わらず高潔に笑んでいた。親友のピンチだっていうのに。自分の仇がとれなさそうなのに。それはどうなんだろう。
半目でエリカを見る。
「可愛らしいこと。案ずる事など何もないというのに」
「簡単に言うね」
「優姫なら勝てますわ」
意味が分からない。意味が分からなかった。
「私はカードを3枚伏せてターンエンド!」
根拠を聞いてもいないのに安心している自分を不思議に思った。
保科優姫LP12300 手札0枚
セットモンスター1体
セットカード3枚
永続魔法《魂吸収》
「セットカードが3枚。ブラフですね」
沙夜が見透かしたように言う。実際その通りだ。
「だと言うのに優姫様には随分と余裕があるご様子。それは、そう繕っているのではなく、本心からの表れだ。まさかとは思いますが、勝負を投げてはいませんよね」
「私は勝つ気でいるよ」
「分かっているでしょう。この戦況を。力量差を」
「分かってるよ」
「ならば何故、動じずにいられるのですか」
沙夜はどこか焦っている。見た目こそ平常通りだけど、何となくそう感じた。
「沙夜こそ、分かってるんじゃない? 何で私が揺るがずにいられるか。⋯⋯まあ、敢えて言葉にしてみるけど、その理由はエリカが支えてくれてるからだよ。それだけで私は沙夜に勝てると思える」
いやあ、照れ臭い。
「非常に疎ましい。その友情はただ目を曇らせているだけですよ」
「疎ましいのではなく、羨ましいのではなくて?」
戯けたように横から言うエリカ。それを受けた沙夜は、一瞬、あからさまに目が鋭くなる。
それは瞬きほどの速さだったが、私の目は捉えていた。そういう表情をするだろうという予想もあった。
「⋯⋯何でしょうか。私は優姫様と会話をしているのですが」
「何をそんなに苛立っているのかしら。貴女らしくないですわね」
「私らしく? 私の何を知っているのでしょうか。横槍を入れて私と優姫様のデュエルを乱すのはやめていただきたいのですが」
エリカは小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「あまり、金持ちを舐めないで下さる? 貴女の事など既に調べ尽くしていますの。それに横槍ですって? このわたくしを巻き込んでおいて部外者扱いなんて、良い度胸していますわね。⋯⋯本当に、優姫が居なかったら潰してしまいたいのですが、まあ仕方ありません。どうぞ続行なさって? 一対一のデュエルを」
その何かを含んだ物言いは、二人の間に不和の空気を生んだ。私は沙夜を見つめて考えを巡らせる。
見当違いかもしれないけど、分かった気がする。沙夜に足りないもの。弱点。劣等感。それが私の勝利に繋がる。私を優位たらしめる。と、思う。
「言われずとも。ドロー、《終末の騎士》召喚。デッキから《暗黒の召喚神》を墓地に送ります」
《終末の騎士》攻撃力1400
「《終末の騎士》でセットモンスターに攻撃」
「伏せモンスターは《クリッター》。破壊されて効果発動! デッキから《彼岸の悪鬼ファーファレル》を手札に加える」
「はい。《怨邪帝ガイウス》と《ネクロフェイス》でダイレクトアタックです」
保科優姫LP12300→9500→6600
二回、衝撃と激痛がこの身に走った。
精神が悲鳴を上げているが、声を上げはしない。その行為に意味はないと、幾度の闇のゲームで私の脳が学習したからだ。
でも痛いものは痛い。痛みを逃すように深呼吸した。
「ターンエンド」
沙夜LP3600 手札0枚
《ネクロフェイス》攻撃力2900
《怨邪帝ガイウス》攻撃力2800
《終末の騎士》攻撃力1400
フィールド魔法《失楽園》
流石に意識が朦朧としてきた。限界が近いのだろう。震える指をデッキに掛ける。
「ドロー」
霞む目が覚めた。
「《強欲なカケラ》発動! 2ターン後、カードを2枚ドローするよ。モンスターを伏せてターンエンド」
保科優姫LP6600 手札0枚
セットモンスター1体
セットカード3枚
永続魔法《魂吸収》
永続魔法《強欲なカケラ》
「勝負は2ターン後というわけですね」
「そうそう。話が早いね」
「まあ、それまで持てばの話しですが。ドロー」
持たせる。中途半端な決着にはしないよ。
「バトル。《ネクロフェイス》でセットカードに攻撃します」
「破壊される。モンスターは《ファーファレル》、よって効果発動! 《ネクロフェイス》をエンドフェイズ時まで除外する。そして除外された《ネクロフェイス》の効果が発動される。お互いデッキの上からカードを5枚除外する! 除外されたことで《魂吸収》の効果を発動する」
「残りの2体でダイレクトアタックします」
保科優姫LP6500→12000→10600→8200
「ターンエンド」
沙夜LP3600 手札1枚
《ネクロフェイス》攻撃力1200
《怨邪帝ガイウス》攻撃力2800
《終末の騎士》攻撃力1400
フィールド魔法《失楽園》
なぜか身体が痺れる。なぜか手足が震える。なぜか耐え難い程の眠気がある。
いよいよヤバそうだ。自嘲で笑おうと思ったが、それさえ満足に出来ない。
「さすがに辛そうですわね。肩貸しましょうか?」
エリカは平気そうに振舞っていた。努めて余裕を示す理由が今なら分かる。
「ん、ありがと。でも必要ないよ。一対一だからね」
「⋯⋯そう。優姫ならそうしますわね」
断ると納得したように頷いてくれた。
「ドロー。モンスターを伏せてターンエンド」
保科優姫LP8200 手札0枚
セットモンスター1体
セットカード3枚
永続魔法《魂吸収》
永続魔法《強欲なカケラ》
「さあ。沙夜の最後のターンだよ。次のターン、私は仕掛ける。全力で備えなよ」
宣誓。それは敬意の表れだ。
「そうですか。そうでしょうね。《強欲なカケラ》による最後の仕掛け。それが優姫様のラストチャンスとなるのでしょう」
目を閉じ、そうして、
「そのターンが来るのなら、の話しですが」
沙夜はぴしゃりと言いのけた。
でも私は確信している。私のターンは来る。
「分かったんだよ、沙夜の攻略法がね」
辛さ怠さを跳ね除けて、精一杯笑って見返した。