目覚ましの電子音で目を覚ますと天井ではなく、デスガイドが目に映った。
身体を起こそうとしても動かないし、枕の脇にある両手も押さえつけられて動かせない。
寝ぼけた意識が覚醒していくうちに、デスガイドが私の上に覆い被さっているんだと理解した。
『優姫ちゃんっ。朝だよ!』
テンションの高い声が寝起きの耳に響く。
デスガイドが起きたのはとうに昔のことのみたいだ。
ていうか、精霊って寝たりするの?
「あ、うん。おはよ。なんで私の上にいるの?」
『優姫ちゃんの寝顔が可愛くてつい』
「⋯⋯かわいくないよ」
真顔で言わないで。
だらしない顔を見られてたと思うとすごく恥ずかしい。
『そんなことない、可愛いよ』
情感をたっぷり込められた言葉に思わずドキリとしてしまい、ふいっ、と顔をそらす。
『あははっ。顔、赤くなってる! ⋯⋯そういうところも可愛いよ』
くっ、からかわれてるっ。
「もう、どいてよ。そろそろ起きたいんだけど」
『えー、やだー。起きたいんなら、無理やりあたしを退かしてみれば?」
はあ、仕方ない。
じゃれ合いに付き合ってあげよう。
両手に組まれたデスガイドの指をはがそうと手に力を入れる。
が、全然びくともしない。
『フフフ』
「⋯⋯」
なんか悔しい。
遥か高みから見下されてる気分だ。
こうなったら、手当たり次第に動いてやる。
頭や肩、胸、肘など、動かせる部位を必死に動かした。上下左右に揺れ動いた。
それでも全く拘束は外れない。息が上がるだけだった。
『ダメダメ。人間が精霊に力で敵うわけないんだから』
「はぁはぁ。疲れたー。それを早く言ってよ」
どうやったってムリじゃん。
批難の目でデスガイドを見つめる。
『優姫ちゃん』
すると、改まって名前を呼ばれた。
「なに?」
『⋯⋯なんだか、抵抗する優姫ちゃんを無理やり押さえつけてるみたいで、すごい興奮してきた』
「はぁ?」
『今から襲っても良い?』
上気した顔を向けてくるデスガイド。
⋯⋯えっ、本気で? 冗談じゃなく?
もしかして貞操の危機?
さすがにそれはまずいと、私は脚を浮かせる。
私の腹の上に乗るデスガイドの真後ろからそっと忍ばせた。
『ねぇ、キスしてふぎゃっ!?』
「だめですっ」
デスガイドの首に脚を引っ掛けて、そのままベッドに倒した。
『やーん。あたしをベッドに押し倒してどうするつもり?』
「どうもしないよ。そろそろ準備しないと授業に遅れるから」
『はーい』
さすがは精霊というべきか、少し乱暴にしただけではなんともないみたいだ。
デュエルアカデミアには、能力ごとに三つのコースがある。
能力が高い順に、オベリスクブルー、ラーイエロー、オシリスレッド。ただ、女子は例外で、成績に関係なく、全員オベリスクブルーに所属している。私もそうだ。
各コースの違いは、制服の色と寮。
特に、寮のグレードの差が大違いで、見た目や内装の格差が激しく、提供される食事も段違いらしい。
能力によって待遇に差をつけるのは実に実力主義で、この学校の創設者の性格が少し透けて見える気がする。
「——シニョール丸藤!」
「は、は、はいっ!」
前の席の方で、クロノス教諭にイタリアチックに名前を呼ばれた人が立ち上がった。
ってよくみたら船で会った翔くんだ。
赤い制服。オシリスレッドなんだね。
「フィールド魔法の説明をお願いしまスーノ」
「えーと、その、あの⋯⋯」
翔くんは緊張してしまって答えられない様子だった。
「おいおい、ドロップアウトはこんなのも答えられないのかよ!」
「幼稚園児でも知ってるぜ?」
心無いヤジとそれに反応するように嘲笑の声が上がった。
それらは主にオベリスクブルーの席から発せられている。
「うぅぅ」
「気にすんなって、翔」
翔くんに話しかけたのは十代くんだ。
十代くんもオシリスレッドの制服を着ている⋯⋯ 。
結構強いと思ったけど、もしかして、ここの生徒ってとんでもなく強者揃いなのかな。
だとしたら、十代くんに負けた私ってこの中じゃ、相当弱いってこと?
「よろしい、引っ込みなさイーノ。基本中の基本も答えられないトーハ、さすがオシリスレッド」
「でも先生、知識と実践は関係ないですよね。だって、俺もオシリスレッドだけど、先生にデュエルで勝っちゃったし」
ニカッと笑いピースする十代くん。
「ヌゥー、マンマミーヤッ」
クロノス教諭と十代くんのやりとりで、教室内にはドッと笑いが起こり、クロノス教諭は自前のハンカチを悔しそうに噛み締めた。
時間は飛んで、今は夜。場所は大浴場。
デスガイドと一緒に湯船に浸かっていた。
周囲に人はいないが、少し離れたところに3人の女子生徒が談笑している。
スタイルが良いとか胸が大きくなったとか、聞きたくもない話しが勝手に耳に入ってくる。
「⋯⋯」
『どしたの? あの3人を睨みつけて』
「⋯⋯別に。睨んでないし」
『あっ、わかった。あの金髪の人のスタイルがうらやましいんだっ。そうでしょ?』
「はっ? 別に? 違うけどっ?」
『絶対そうだよー。ちょー動揺してるしー』
「動揺してない」
背が高くて羨ましいとか思ってないしっ。
『別に気にしなくていいじゃん。優姫ちゃんは胸が人より大きめなんだから』
「胸はいらないよ、変な目で見られるし。それよりも身長が⋯⋯、あっ」
『ほらっ、やっぱり気にしてた』
バレちゃった。まあ、隠してるわけじゃないからいいけどね。
「はあ。身長伸びないかな。胸なんていらないから、身長伸びないかなぁ」
『ぜ、贅沢な悩みだね』
なぜか困り笑いするデスガイド。
「なんで? ⋯⋯ああ、そっか。デスガイドはアレだもんね。気が回らなくてごめんね? 不謹慎だった」
目線を落として、主にデスガイドの胸部を見つめて言った。
『あ、哀れまないで! あたしは普通くらいだから! 不謹慎とかそんな深刻な問題じゃないから!』
「そんなに強がらなくていい。大丈夫、デスガイドの胸がアレだってこと、私わかってるから。胸を張って生きよう!」
『絶対わかってないよっ。だいたい、アレってなに!?』
「アレはアレだよ。貧」
『あーあーあー。やっぱり言わなくていい。聞きたくない』
「聞くのも辛いよね。うんうん。もうデスガイドの前では、貧乳って言葉は使わないから」
『うわああ。今言った! わざと言った!』
「はははは!」
デスガイド面白い。
リアクションがいちいち良い。
『もー、あたしをからかってぇー』
「フフ。仕返しだよ。朝とかの」
あー、楽しい。
「笑ったら熱くなっちゃった。そろそろ上がろうか」
『そう? じゃあそうしよう』
私は立ち上がり、脱衣所に向かった。
「ホント今更だけど、精霊ってお風呂入るんだね」
しかも、服もちゃんと脱いで。
お風呂で服を脱ぐのは当然なんだけど、カードに描かれてる姿で印象が固定されてたから、こういうのって新鮮なんだよね。
『ううん、実際は入ってないんだよ。優姫ちゃんには見えるし触れるけど、あたしの身体は精霊界にあるからね』
「精霊界?」
『簡単に言うと、あたしたちカードの精霊が住む世界のこと。いろんな種族が存在するから、世界観がごちゃ混ぜなんだよ』
「精霊の世界かぁ」
カードたちも精霊界で生きてるってことか。
そういえば、カードのテキストとか絵柄にも物語が描写されてたりするもんね。
「楽しそうだね。そこって人間は行けたりしないの?」
『うーん、あたしは知らないけど行き来する方法はあるみたいだよ。でも、やめといた方がいいかな。悪い奴とか多いし』
「そうなんだ。確かに、悪魔族とかアンデッド族とかは怖そう」
『フフン、あたしも悪魔族だよっ』
そこ自慢するとこ?
「わかってるけど、デスガイドは攻撃力1000じゃん。全然怖くないよ」
『そう言うけどね、あっちには、攻撃力1200だけど、かつては闇の全てを支配するほどの力を持っていた冥界の王もいるんだから』
「えー、昔のカードによくそんなのがあるけど、なんか嘘くさいんだよねー」
『どんな攻撃でも防げる』とか『マッハ5で飛行する』とか。
『ホントだよ。⋯⋯多分、おそらく、きっと』
「わあ、すごく自信なさそう」
『うーん、よく考えるとこの話し、本人からしか聞いたことない⋯⋯。嘘だったのかなぁ」
頭をひねるデスガイド。
『⋯⋯攻撃力1000の弱いあたしって、デュエルで役に立ってない?』
控えめに問われた。
「えっ、なんでそんな話しになるの?」
『だって、あたし、あんまりデュエルで攻撃したことないし、この前だって攻撃力が足りなくて負けちゃったし⋯⋯』
十代くんとのデュエルのことか。
「あれは、私の作戦ミスだよ。それに攻撃力の低さだってむしろ利点だし、デスガイドの1番良いところはその効果。万能なんだよ? ていうか、そもそも私は、『デスガイド』が使いたくて悪魔族のデッキを使ってるんだから。私がデュエルしてて1番楽しいときは、アドを取るときなの。だからデスガイドは強いし、役に立つよ!」
後、イラストが可愛いっ。
とは、口には出さなかったけど、長々と語ってしまった⋯⋯。
引かれてないかな。
『ゆ、優姫ちゃん、そんなに言われると照れるよ⋯⋯』
「あー、とにかく、デュエルで負けるのは全部プレイヤーのせいで、デスガイドは気にしなくてもいいから。それだけっ」
そんなに顔を赤くされると、こっちまで照れる。
顔をそらすと、ちょうど大浴場に通じる戸が勢いよく開かれた。
そこから2人が出てきて、テキパキとタオルで水気を拭き取り、着替えると猛ダッシュで脱衣所を出て行った。
「えっ、今のなに?」
『なんか、すごい急いでたね』
「あら? 保科さん?」
呼ぶ声に反応して振り向くと、金髪の人。
「私は天上院明日香。明日香でいいわ」
名前がわからずどう反応するべきか迷っていると、それを察したのか、自分から名前を教えてくれた。
「私も優姫でいいです。あの、聞いていいかわからないんですけど、2人はどうしたんですか?」
「同じ1年だし、敬語はいらないわ」
そう言って、明日香は自分の着替えカゴのあるところまで歩く。
1年生だったんだ。その身長で。
「覗き魔が出たのよ」
「の、覗き?」
「ええ。ジュンコとももえはその覗き魔を取り押さえに言ったのよ」
さっきの2人はジュンコとももえっていうのか。どっちがどっちかわからないけど。
「私たちも行きましょう」
「う、うん」
私は別に興味ないんだけどなぁ。
大浴場から通路を通って、女子寮の無駄に広いエントランスに着くと、3人の生徒がいた。
2人はジュンコとももえで、もう1人は翔くんだ。
「あっ、明日香さん、助けてくださいッス! この2人に説明してあげて!」
「なんのことかしら」
「明日香さんがくれたラブレターのことッス!」
ラブレター! 明日香もそういうことするんだ。
「バカね、明日香さんがオシリスレッドのあんたなんかにラブレター書くわけないでしょ」
「嘘じゃないよ。女子寮の裏で待ってますってロッカーに、ほらっ」
翔くんはポケットから手紙を取り出す。
するとすぐにジュンコ(またはももえのどっちか)がそれを奪い取り、広げた。
私も横から覗きこむと汚い字でお誘いの文がつづられていた。
「私、こんな汚い字は書かないわ。それに、宛て名が遊戯十代になってる」
「そんなこともわからないなんてね。明日香さん、このことを学園に通報しましょう」
「⋯⋯いえ、これは、遊戯十代と戦う、いいチャンスかもしれないわ」
明日香はなにかたくらむような顔をしていた。
⋯⋯ラブレターは偽物で、誰かが十代くんをはめようとしたってことなのかな。
そして、今の言葉から察するに、これを利用して明日香はなにかをしようと考えてる。多分、この後なにかをやるつもりだ。
それは気にはなるけど、もう夜も遅い。
夜間の外出は下手したら退学まであるらしいし、もう帰ろう。
明日香たちに軽く挨拶をして自室に戻った。
『別れてきちゃってよかったの?』
「これからなにをするのかは気になるけど、もう夜だしね」
『じゃあ、あたしが見てきてあげようか?』
「えっ、いいの?」
『うん、あたしならバレることはないからね。それじゃあ見てくるから待ってて』
デスガイドはスッと壁をすり抜けて出て行った。
十数分の時間が経ち、デスガイドは戻ってきた。
「ごめんね、パシリみたいに使って。どうだった?」
『うーん。ボルテックサンダーで楽しいデュエルだったぜで今日はもう疲れターノネ、だった。ガッチャ?』
「えっと、⋯⋯ノーガッチャ」
ちょっと意味わかんないです。