私に課せられた、ワケの分からない試練は先日で四回目を終えた。
大徳寺先生、レッド寮生、カミューラ、そして圭。どのデュエルも人を傷つけるものだったけど、今になって考えれば、心の底では楽しんでいた。
痛みが伴うと勝敗の実感が増幅する。だからこそ、いつも以上に勝ちたいと思ったし、楽しいと思った。
でも。だとしても。
エリカが相手ならそんな気持ちは引っ込む。当然だ。親友を傷つけるデュエルなんてしたいわけない。
五戦目の相手はエリカ。変更するように言ったけど、却下された。しつこく食い下がったら脅された。
心がもやもやする。いろんな感情が混じり合っているようだ。入り混じりそれぞれの判別が難しい。
おぼろげに判っているのは、無力感と申し訳なさ、そしてもう一つ。
『あたしは、沙夜の存在は優姫ちゃんに良い影響を与えてると思うんだけどね、優姫ちゃんは沙夜の事、あんまり良く思ってはないでしょ』
学園祭を終えてから最初の休日、死刑囚の気持ちで部屋にいる時、デスガイドののん気な声が聞こえた。
「良くは思ってない。でも、なんでか嫌いにはなりたくない」
『なんで? 優姫ちゃんにとっては、したくない事を強制させる人なのに』
「さあ。自分の気持ちを言語化するのって難しいからよくわかんないけど、なんかそう認めるのは悔しいって思ってる」
『ふうん。不思議、まあいいけど。優姫ちゃんはやっぱりエリカと闇のゲームで戦いたくない?』
「うん。デスガイドたちには悪いけどね」
思い出すのは前回の指を賭けたデュエル。あの時デスガイドは、デュエルを放棄しようとした私に口出ししに来た。デスガイドには悪いけど、今回のデュエルは前回よりも乗り気じゃない。
『別に悪くはないよ? この前のはヤル気があるのに負けようとしたから出て来たけど、今回は心の底から嫌がってるでしょ? だったら何も言う事はないよ。あたしはね』
「そっか。じゃあいっそ、ワザと負けようかな。可能なら、だけど」
『難しいだろうね。沙夜は何かの意図があって相手をエリカにしたんだし、きっと、ワザと負けさせないような何かはあるはず』
そこで『うーむ』と考え込み、少ししたら『うん』と頷く。そして、
『優姫ちゃん、ちょっと手を打っておこう』
拍手したらいいのかな、違うか。
「どういうこと?」
『根拠はないけど、なんかイヤな予感がするんだよね。だから』
デスガイドは両手の人差し指を私の額とお腹の中心に立てる。
「えっと、なに?」
振り払う事はせずにその意図を聞く。
『まあ、お守りみたいなもの。精霊界にある呪術なんだけど、これで多少の無茶は通せるようになるから。でもちょっとだけ痛いから我慢してね』
「痛いって⋯⋯、っ!?」
とん、と頭とお腹を押された途端、痛みが広がった。ズキズキとした痛みは我慢できない程じゃない。ただ、今までに経験した事のない痛みだった為、痛み以上に恐怖が大きかった。
「なんなの、これ⋯⋯っ」
『鏡、見てみて』
言われた通りに部屋の隅にある全身鏡を見る。写し出された私の額には、幾何学な印が現在進行形で刻まれていた。
『完成したら痛みは消えるし見えなくなるから。⋯⋯ほら、消えた。それはさ、優姫ちゃんがホントにヤバイって時に一回だけ確定的に潜在能力を引き出す呪いだよ。これで、万一にも最悪の状況はなくなったはず』
「たしかに消えた。痛みもない」
いや、焦った焦った。
「でも、最悪の状況って?」
『そりゃあ、優姫ちゃんが死ぬ事だよ。極端な想像だけどね』
「たしかに極端。さすがに死ぬような状況はないと思うよ」
誰にとってもメリットがない。
『念のためだから。それに、これで何があっても完璧に完膚なきまでに全部上手くいくから』
「うわ、すごい自信。私にはなんでそんなに自信があるのかわかんないんだけど」
『まーまー。あ、そろそろ向こうで用事があるからあたしは行くね。それじゃ』
行っちゃったか。
まあ、これは私の問題だから別にいいけどね。
夜。
その時がやって来た。
女子寮裏の人目がつかない所に、私、沙夜、そして洗脳状態にあるエリカの三人が集まっていた。
やる事なんて決まっている。言わずもがなだ。
『一応見学に来たよ』
一人増えた。
「さて、そろそろ始めましょうか。最初にルールの説明をします」
「ルール? いつもの闇のゲームのデュエルじゃないの?」
「闇のゲームに変わりありません。ただそのレベルを引き上げます。端的に、今までの痛みを伴うダメージ、その割合を増加させます。要するに、負けたら死にます」
「え?」
「負けたら死にます」
え?
『ああ、やっぱり』
やっぱり?
『なんでかって? そういう事もあるかなって思っただけだよ。前回指を賭けたデュエルをした今、たとえエリカが相手だとしても普通の闇のゲームをするのは今更感がある。そう考えると、前回と同じかそれ以上、つまり命が掛かってくるって可能性も出てくるかなって。あ、でも大丈夫だよ、負けても死なないから。ほら、さっきのね』
⋯⋯ああ、そういうこと。だったら話しは早い。
「じゃ、さっさとやってさっさと済ませようか」
「随分と淡白ですね。予想していた反応とは違います」
「いいから。ほら、エリカも構えて。⋯⋯はい、デュエル開始」
保科優姫LP4000
常勝院エリカLP4000
「私が先攻ね、ドロー、ターンエンド」
「お待ち下さい」
沙夜が私とエリカの間に立った。
「なにかな。早く終わらせたいんだけど」
「死ぬつもりですか?」
「さあ。あ、もしかして狙い通りに行かなさそうで焦ってる?」
もしそうなら、少しだけスッとする。
「いえ、手間が一つ増えるだけです」
「ぅっ⋯⋯!?」
一瞬のうちに沙夜が私の目の前に来た。そしてその手の平を私の頭に触れさせた後、横にずれ待機するように居直る。
「今、優姫さまは思考はそのままに、身体のみ洗脳状態にあります。身体には、全力でデュエルしろ、と命じてあります。不本意ですが、優姫様が思っていたより根性無しなので仕方ありませんね。その教育はもう十分だと思っていたのですが⋯⋯。まあ、そこは追い追いということで。さあ、ターンの始めからどうぞ」
なるほど。沙夜はどうあっても、私とエリカとで殺し合いをさせたいのか。
腹立たしいな。
「わかったよ。ターンエンド」
私は当然のように自分の口でそう言い、手札を持つ左腕を降ろした。
「今、なんと」
沙夜は驚いていた。あの沙夜が。
その反応に、私は大きい喜びを感じていた。
『沙夜はあたしの存在を認識出来てないみたいだね。さっきの呪術だよ。額に掛けた方のなんだけど、簡単に言うと洗脳予防だね。ホントはそれだけじゃないけど。ま、役に立って良かったよ。これで心置きなく負けられるね』
流石、デスガイド。デスガイドがいれば沙夜にも対抗できるかもしれない。
沙夜にも、勝てるかもしれない。
「何をやったのかは知りませんが、どうやら優姫様には洗脳は通じないようですね。ですがいいのですか? 負けたら死ぬんですよ。人間であるなら確実に。完璧に。絶対的に。そういう設定なのです。それでもワザと負けようというのですか?」
「はっ。私が死なないってことは、エリカが死ぬってことなんでしょ? だったら私がやることは決まってるじゃない。それにね、沙夜の言いなりってのもそろそろ我慢ならないんだよね。エリカを巻き込んだってのもあるし。もう、なんていうか⋯⋯、そう、私は怒ってるんだよ」
私は怒ってる。もしかしたら、こうして人に怒りを向けるのはこれが初めてかもしれない。怒りを感じたことがないわけじゃない。しかし今までのそれは取るに足りない感情だった為、自然消滅するまで発露させることはなかったんだ。
でも今回は別だ。もう、何かにぶつけなきゃ気が済まない。エリカを洗脳したことを、私の領域に土足で入り込んだということを、思い知らせてやらないとダメだ。
ダメなのに。その力が私にはない。そのことも怒りに繋がっていた。
「もう自棄だよ」
「いいでしょう。それなら貴女はここまでです。無様にも死になさい」
「わたくしのターン、ドロー」
エリカのターンが始まった。きっとこのターンで決着はつく。
デスガイドが言うには私は負けても死なない。でもだからといって恐怖はあった。
「《ヘカテリス》の効果、このカードを捨て《神の居城—ヴァルハラ—》をサーチ、発動、効果で《光神テテュス》を特殊召喚、《トレードイン》発動、手札の《大天使クリスティア》を墓地に送り、デッキから2枚ドロー。そのうち《マシュマロン》を見せることで《テテュス》の効果によりさらにドロー、ドローしたのは《アテナ》よって《テテュス》の効果でドロー、ドローしたのは——」
そこから、エリカは機械のようにドローを続けた。引くカードはことごとく天使族。一向に途切れる気配がない。
『デッキが怒ってるね。だからあんなに回るんだよ』
気持ちはわかる。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「——ドロー。《手札抹殺》発動。お互い手札を全て捨て、同じ枚数分ドローする。そして《ムドラ》を召喚」
《ムドラ》攻撃力1500→7300
あれは自分の墓地の天使族モンスターの数かける200攻撃力を上げるモンスター。エジプトっぽい被り物をした筋骨隆々の男で、手には鋭く尖ったナイフがある。
あれで私を刺し殺すんだろう。
「やっぱり怖いな。すごく痛そう」
デスガイドは死なないと言った。私はそれを信じている。
でも手が震える。脚も震える。鳥肌が立ち寒気がする。
直感でわかった。あのモンスターは私を殺す。それだけの膂力を持っている。
『たしかに、あれを食らったら死ぬね。何もしてなかったらだけど。⋯⋯大丈夫だよ。あの程度のモンスターじゃ、優姫ちゃんは殺せない。格が違うんだから』
私はデスガイドを信じている。だから私は、先のことを考える。
すなわち、沙夜に対する報復だ。負けっぱなしなんて、私が廃る。
「沙夜、話しがある」
「何でしょうか。最期の言葉ですから聞きましょう」
「私が死ななかったら、覚えてろよ。絶対仕返ししてやるから」
負けは認める。でも最後に勝つのは私だ。
「良い気概ですが、もう遅いのですよ。敗者は死ぬ。私が定めたルールは絶対です」
「つまり、死ななかったらまず一勝ってことだよね。⋯⋯いいよ。エリカ、攻撃して」
「⋯⋯⋯⋯《ムドラ》で攻撃」
攻撃宣言がなされると、《ムドラ》は腰を落としナイフを構える。
数秒間静止した後、《ムドラ》は息を吐き始動した。
迫る、迫る、迫る。そして——。
攻撃力7300のナイフがお腹を抉り、私の視界は真っ黒に染まった。
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体感、これは夢の中だ。
真っ白で何もない空間、存在するのは私だけ。独白の世界だ。
「見てよコレ、凄くない? 何だと思う?」
それは私の声。私に向けられた、私の声だ。
「コレのおかげで私は死ななかったみたいだね」
私の身体から、黒い霧のようなものが漏れ出ていた。
「こんなこともできるよ」
黒い霧は自在に動かせた。腕の形にしておくのが一番しっくり来た。
「こんなの、ただの人間にはできないよね。何でできるんだろう」
私にわかるわけがない。でも。
「でも、これは武器になる」
そう。これがあれば、私は人の域を脱せる。
「沙夜に報復できる」
報復? 違う。私がしたいのは。
「私がしたいのは」
沙夜に勝つこと。
「そうだ。私は、沙夜に勝ちたいんだ」
単純なことだった。だけど気づけなかった。だって、勝ちたいって気持ちは、負けてる人が思う感情だから。知らないフリをし過ぎて、本当に忘れてしまっていた。
私は存外負けず嫌いなんだろう。だから、気づいた以上は、勝たなきゃいけない。
「目的がはっきりしたね」
うん。
「まずは起き上がって、沙夜が決めた、敗者は絶対死ぬ、っていうルールを覆そう」
そうだ。それでまず一勝。でもまだ足りない。それだけじゃ、勝ったことにはならない。
「どうしたら勝ったことになるの?」
デュエルで勝つとか?
「それで足りる? 私にはわからない」
だったら私にもわからないよ。エリカなら知ってるかな。
「かもね。でも聞いたら沙夜と私の一対一じゃなくなるんじゃない? 無意識のうちにそう思ったから、私はエリカに打ち明けなかったんだよ?」
そういえばそうか。そう思ってたんだっけ。じゃあ、話すのはやめておこう。
「だね。多分怒られると思うし」
そうと決まったら。
「そうと決まったら」
起きよう。目を覚ましたら、きっと沙夜がいる。早速この力の出番だ。
私は眼を瞑った。
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極めて簡単で、要領の良い夢を見た。おかげで心の整理が出来た気がする。
眼を開けると見覚えのある天井があり、軽く身動ぎをすると慣れたベッドの感触が私を支えた。身を起こし部屋を見渡すとデスガイドと沙夜がいる。私と目があったデスガイドはいたずらっぽく笑い、沙夜は泰然としていた。
「いやあ、良かったよ。もしかしたら、沙夜は挨拶もなく帰っちゃうのかもと思ったから」
早速、私は口を開く。
私は沙夜に、生きていたら覚えていろ、と小物悪役のようなセリフを言った。言ったのに五戦が終わったからと、私の事を気にもせずにとっとと帰られては、立つ瀬がない。
そんな状況はないとは思っていたが、あったら嫌だなと思ったのだ。
「まさか、本当に死なないとは。この学園に来て初めての驚愕です」
「それも良かった。最初の反撃は出来たってことだからね」
「はい、そうですとも。そして次はデュエルで、でしょうか。付き合いますよ? それで満足するのなら」
「⋯⋯」
なんだそれは。付き合うって、そんな意気の相手にデュエルで勝っても、『勝った』とは言えない。
「不服ですか。ですが今の優姫様では、真の意味で私には勝つ事は出来ませんよ。精々、闇のゲームで精神ダメージを与える程度。しかもその闇のゲームを作り出すのは私。私が付き合う、という形でしかデュエルは成立しないのです。——とは言え、私に侮りの気持ちはありません。あるはずもない。なぜなら貴女は、ただ強者としての人生経験が少ないだけで、その素質は誰よりも秘めていますから。それは恐らく、当主様以上に。ですので私の存在など、気にも止める必要はないのですよ」
『まあ、力はあるよね。だからあの攻撃を受けても生きてるんだし』
たしかにそれは、デスガイドの言う通りだ。でも、
「認めてくれるのは嬉しいよ。でもなんでそう思うのかわからない。私は普通だよ。いや、沙夜が言うほど狂ってはない 」
夢の中で見たあの力は今でも私の中にあるのを確認出来る。我欲に忠実であろうとする心も潜んでる。けど自制しようとする意識もしっかりあるんだ。
「まだ、そのように思っているのですか」
私の言葉に、沙夜は目を細め珍しく感情を顔に出す。
「私は優姫様が自身を普通だと思っている事が、いえ、事実これまでそのように振る舞ってきた事が不思議でなりません。貴女程であれば、周囲の人間と足並みを揃えて溶け込もうなど考えにもないはずです。出る杭を打とうとする凡人らなどねじ伏せてしまえ、と考えるはずです。普通なら、貴女は普通ではいられない。だと言うのに、なぜ、そうまで和を乱さず生きてこられたのです」
沙夜の言葉は不思議で仕方ないと言う感じだ。沙夜からしたら、そうだろう。
私が普通でいられる理由は前世の記憶があるからだ。前世の記憶が普通であるべきだと主張しているから、私はそれに従っている。
「それは私だからだよ」
明確な理由は答えなかった。
沙夜は私に前世の記憶があることを知らない。だからこうして、疑問に思う。加えて、沙夜はここにデスガイドがいることも知らない。だから私が生き延びることが出来たということを知らない。
完璧にも見える沙夜にも、知らないことはあるんだ。そう思うと、少しだけ勝利に近づけた気がする。
「どうしても知りたかったら、私にデュエルで勝てたら教えてあげるよ」
「そう来ますか」
「やる気になった?」
「そうですね。優姫様に関して私に解らない事は、何故生きているのか、何故普通でいられるのか、の二つですから。⋯⋯貴女について、完璧に知りたい。当主様の命令を完遂した今、私の欲求はそこにあります」
関心を向ける言葉を受け、私はニヤリと笑った。そして返す言葉を考える。
「じゃあ、二つの内、どっちかは今教えてあげるよ。どっちがいい?」
ほんの少し、間があった。それは、沙夜が二択を迷ったから出来た間だ。
「⋯⋯何故、普通でいられるのか、の方を教えて頂けますか」
「そっちね。教えてあげるよ、何故生きているのか、の方を」
選んだ方とは別の回答を提示すると言われ、沙夜は僅かにピクリと眉をひそめた。私はその変化を見た後に、「コレのおかげだよ」と言って、夢の中で見た名前も知らないあの力を、両腕の延長線上に露出させた。
「それは、その、お力は⋯⋯」
沙夜の声はあからさまに動転していた。
「コレに守られたから生きてるんだよ。⋯⋯多分」
今になって考えると、原理が分からないし、なんで自在に操れるのかも分からないけど、多分合ってる。
「⋯⋯成る程。死の危機に瀕した事で、生存本能により眠っていた精霊の力が覚醒した、とそんな所でしょう。そう考えると、こうなる事を狙っていた節があるのが気になりますが⋯⋯」
「あ、それはデュエルで負けたら教えるよ。いや、それより、精霊の力って言った?」
『それはあたしも気になってた』
デスガイドも。
「気になりますか。ではデュエルで私に勝てたら教えて差し上げますよ」
「いいね。意趣返しってわけだね」
良い。意志と意志がぶつかり合ってこそのデュエルだ。
勝算が見えた気がする。デュエルじゃなく、沙夜自身に勝つ勝算が。
「うん。じゃあ、早速やろうよ。熱が冷めない内にさ。あ、もちろん闇のゲームでだよ」
報復も忘れてはいけない。その思いも全てデュエルに込めるんだ。
「いえ、今すぐにはやりません」
「は。なんで」
逸る私を見た沙夜は、不敵に笑う。
「然るべき時に、神を以って迎え討ちますので」
「ああ、そういうこと」
私もつられて笑った。
『どういう意味なの、神って?』
沙夜はデュエルをする現地の下見とプランニングをすると言って、部屋から出ていった。その後少しして、デスガイドから今の質問が出た。
「三幻魔のことだよ。今は封印されてるけどね。きっと復活するんだと思う」
『ああ、奴らか。ボスには相応しいね』
「だね」
沙夜は本気だ。基本ポーカーフェイスな沙夜だけど、二択の時の沙夜の迷いは本物に感じられた。その辺だろう、勝ち筋は。
三幻魔を打倒し、その後沙夜をどうにかして言い負かす。朧げなイメージしかないけど、それで勝ったと言える気がする。
「あーあ。本当はコレで一発殴ってやろうとか思ってたんだけどな」
デスガイドにも見えるように、正体不明のどす黒い触手を伸ばす。今更ながら、夢で見た時より少し弱々しく感じた。
「コレ、何なのか、デスガイドわかる?」
『わかるよ。それは精霊の力、の源ようなモノだよ』
「やっぱりそうなんだね」
精霊のデスガイドが言うんだから、そうなんだろう。でもなんで私の中に?
『不思議って感じだね。なんで優姫ちゃんがその力を使えるのか、沙夜は秘密にしたけど、あたしは一つしかないと思うよ』
デスガイドは自信があると言うよりは、事もなく、そう考えるのが当然、というようなかんじだ。
「私にはわからないけど⋯⋯」
『単純に、優姫ちゃんに精霊の血が流れているんじゃない?』
「⋯⋯⋯⋯ん?」
無難に話すデスガイドの言葉に耳を疑った。
「お、お父さんかお母さんが精霊ってこと?」
『ううん。それよりも、もっと前。少なくとも、あのお爺ちゃんよりもね』
「そうか⋯⋯、そういうこともある⋯⋯? いや、ていうか人と精霊で子を成せるの?」
『ん。出来そうではあるけど、そうじゃなくても、精霊が人に力を分け与える事は可能だよ』
「そうなんだ⋯⋯」
たしかに、お祖父さんに初めて会った時、お祖父さんは得体の知れない力を部屋中に満たしてた。あれは精霊の力だったのか。
お祖父さんが精霊に力を貰ったのか、もっと祖先の人が貰ったのかはわからないけど、納得のいく話しだ。
『先祖返りってヤツだね』
「そうなるか」
『それに、その精霊はかなり高位な精霊だよ』
「そうなの?」
『うん。魔王とか冥王とか呼ばれる類だと思う。どことなく、それぐらいのカリスマを感じる質だからね。⋯⋯ちょっと触ってもいい?』
二つ返事で許可を出す。うっとりした顔で撫でさするデスガイドが少し気持ち悪い。
『うふふ、これこれ。なんだかんだあったけど、コレを出せるようになったんだから、沙夜には感謝だよねー』
「ええー、私、死にかけたんだけど?」
『そうだけどさ、これって凄いことだよ。優姫ちゃんは今、人以上の力を持つ存在なんだよ。世界征服だって夢じゃない。そっちの視野も広げた方がいいんじゃないかな』
世界征服か。そんなの本気では考えたことはない。
デスガイドが言いたいのは、力を持つ者の感覚を身につけた方がいい、ということだろう。私もそう思う。
『想像するだけでもいい。きっと、沙夜の気持ちも少しはわかるかもだから』
沙夜に勝つ為には、沙夜の事を理解しなきゃいけない。人外めいた沙夜を知るには、人並みの考えじゃダメだ。人を外れた、それこそ人外の思考でないと。
ならば役に立つはずだ。生まれた時から育て、抑え込んできた、私の思想が。
「デスガイドの言う通りだよ。言う通りなんだけど⋯⋯、そろそろ手を離してくれないかな」
『やだ』
私は無理矢理触手を引っ込めた。デスガイドから名残惜しそうな声が漏れ聞こえる。
「これって、そんなにいいもの?」
『そりゃあもう最高だよ。優姫ちゃんに近づいたのも、その力に魅かれたからなんだから』
「そうだったんだ」
『だからさ、もう一回出してくれない?』
「やだ」
『うわぁもう、優姫ちゃんっ』
デスガイドにじゃれつくように抱きつかれた。ふわりと甘い香りがする。
『ちなみにこうして触れるのも、優姫ちゃんに精霊成分が入ってるからなんだよ?』
「だったらこの血に感謝だね。この血のおかげでデスガイドは私の所に来てくれて、デスガイドが居てくれたおかげで私は今こうして生き延びている」
デスガイドが施した呪いがなかったら死んでいた。落ち着いて思い出してみると、恐怖感が湧いてくる。
「ははは。私、今になってビビってるみたい」
お腹をさする。傷はないが、ひりつく感覚が蘇った。
『もう寝ちゃったら?』
「それもそうだね。こんなの全然私らしくないし」
『それが解ってるなら大した問題はないよ。あ、でも、添い寝、してあげよっか?』
それは甘い誘惑だ。ぬるま湯に浸かる、弱い自分をデスガイドに晒す事になる。
「んー、私はどっちでもいいけど、デスガイドがしたいならすれば?」
デスガイドになら別にいいかな、と思った。