学園祭とは、模擬店や喫茶店を生徒たちの主導で催すことにより、公共の精神を培い連帯感を持たせるための課外活動である。堅苦しく言えばそうなるが、大体の生徒たちにはその意識はなく、皆思い思いに普段とは違う空気感を楽しんでしまうものだ。
このデュエルアカデミアにも当然のことながら学園祭がある。今日がその日なんだけど、例に倣って生徒たちは浮かれていた。
催し事は寮ごとに決まっていて、ブルーが喫茶店、イエローが屋台、そしてレッドがコスプレデュエルとなっている。レッドの出し物が気になるところではあるけど、生憎今の私はウェイトレス。お仕事真っ最中でコスプレデュエルとはなんなのか、確認することはできないのだ。まあ、蓋を開けずとも言葉通りのことをやっているのはわかる。でも折角のお祭りなんだから楽しみたい、というのが私を占めていた。
それはさておき今は仕事に集中しよう。一時間毎のローテーションだから残り数分。結構繁盛してて大変だけど、これを乗り切れば後は自由時間だ。そうなれば思う存分学園祭を楽しめる。私とて、この学園祭を本来の目的を外れて満喫したがっていた。
そういう思惑でいたとき、一人の男性客が目につく。その人は私の知っている人物だったが、ここに居るはずのない人間だ。なぜなら彼は学園には関係のない部外者だから。だったらなぜか。そのおおよその答えは私の中にはきちんとあった。
その人に、手袋をはめた右手で手招きされ私は近づく。
「よう、久しぶりだな。元気してたか」
「うん。圭こそ元気そうだね」
夜闇圭。お祖父さんの家で会った、私のいとこだ。
「なんでここにいるのか、とかはあえて聞かないよ。なんか私に用があって来たんでしょ?」
挨拶もそこそこに、本題を提案した。教師でもなく、制服を着ているわけでもないこの人は他人の目を引く。そんな人と会話する私だって視線の対象になるから、なるべく早く問題を済ませたかった。それを察したかのように圭は口を開く。
「まあな。沙夜とかいう爺さんとこの使用人に雇われて、お前とデュエルすることになったんだ」
「やっぱりそれだったか。でも学園祭が終わってからでいいかな」
「ああ、元よりそのつもりだ。とりあえず今は顔見せだけってことで退散するわ。夜になったらまた来る。じゃあな」
圭は白い手袋をはめた右手をヒラヒラと振り、席を立つ。後ろ姿を見送り壁に掛けてある時計を見ると、時間は十二時半を回っていた。私の労働時間は終わった。
よくよく考えると、私の女友達はエリカしかいない。言葉を言い換えれば、心を許せる友達はエリカしかいない。さらに言葉を言い換えれば、学園祭を一緒に見て回る友達はエリカしかいない。自分で言っていて情けなくなるけど事実だ。
エリカには仕事があった。そのせいで私と学園祭を共にすることはできないそうだ。こうなってしまっては、楽しいはずの学園祭は一変する。一気に疎外感に襲われた。ガヤガヤとした喧騒の地であるはすなのに、それが遠い所にあるような気さえする。
まあ仕方ないと思い直り、あてもなく廊下を歩く。取り敢えずは昼食を食べようと思っていると、
「あ、見つけた。優姫さん!」
前方に沢木くんがいた。沢木くんはなにか私に用事がある様子だ。
「どうしたの?」
「優姫さん、学園祭一緒に見て回らない? 嫌ならいいんだけど」
願ってもない申し出だった。「いいよ」と肯定すると、「いいのか!?」と大きな声で返答されたので、また「いいよ」と言った。
「取り敢えずお昼にしない? 私、まだ食べてないんだ」
「ああ、俺もまだだ! よし、食いに行くか!」
たこ焼き。焼きそば。お好み焼き。唐揚げ。焼き鳥。フランクフルト。パフェ。チョコバナナ。クレープ。
各寮の外には様々な模擬店が連なり、いろんな食べ物の匂いが混ざり合っている。お祭り特有の匂いの中、私と沢木くんは昼食がてら飲食模擬店を見て回りつつ、気の向くままに買って食べた。
お腹を満たし興味が食べ物から離れた頃、沢木くんの提案でレッド寮に行くことになった。私としても気になっていた所なので丁度良かった。
レッド寮に着くと、そこには思っていたよりも多くの人が集まっていた。レッド寮は他の寮や校舎からは結構離れた所にあり、それだけ人が寄り付かない場所だ。だというのにこれだけの人数がいるのは、それほど興味を引くなにかをやっているのかもしれない。
人が最も固まっている所に行く。頭越しに中央を覗くとデュエルが行われていた。
片方はいまやレッド寮の代表とも言える十代くん。コスプレデュエルだと思っていたけど、十代くんはしてないようだ。
そしてもう一方が、
「ブラックマジシャンガールだよな、あれ。クオリティが高いなぁ」
「⋯⋯うん、そうだね」
ブラマジガール、おそらくコスプレじゃなく本物だ。コスプレ衣装の粗雑さがなく、精霊の異質感があるから多分当たってる。観客がいるということは誰にでも見えるようで、人を集めている要因は彼女にあるようだ。
ブラックマジシャンガールはそのイラストの可愛らしさから多くの人々に人気がある。その為、観客皆がブラマジガールの応援に回っていて、対戦相手である十代くんは完全にアウェイって感じだ。今もガールのモンスターを破壊した十代くんに対して、観客全体からブーイングが飛んでいる。
そんな中、なんだかんだありつつも十代くんの勝利でデュエルは幕を閉じた。ブラックマジシャンガールが、負けたけど楽しかった、という風な台詞と愛想を振りまいたことで、ガールを降した十代くんへ非難が寄せられることはなく、和やかな雰囲気が漂っている。私も珍しいものが見れて楽しい。
そこで「優姫さん」と沢木くんに呼びかけられる。
「実は俺がここに誘ったのは、レッドの催し物を見る為じゃないんだ」
「そうだったの? でもここら辺でめぼしいのはコレぐらいだと思うけど」
「ちょっとついてきてくれるか?」
私が頷くのを見て、生徒たちの輪から外れる沢木くん。私もその後について行く。本校へ続くあぜ道を少し戻ると直角に曲がり森の中に入った。
木々や背の高い草花を避けてどんどん進む。沢木くんの目的に不安を感じ始めたぐらいの所で、私たちは広い空間に出た。言わば森に囲まれた公園。あるのは中央の一際大きい樹木と、隅の方にある一つの東屋。
沢木くんは大樹の前で反転した。私と向き合う形になる。丁度そのとき、私の正面から柔らかな風が吹いた。木や草が揺れる音が清涼感を演出する。
風が止んだとき、沢木くんは口を開いた。
「優姫さんは、この場所についてなにか知ってる?」
「え? 知らないけど」
「そっか。この場所にはとある言い伝えがあるんだよ」
沢木くんはそう言ってから、意を決したように言葉を続ける。
「学園祭の時にこの木の前でデュエルをした二人は——、二人は結ばれるんだって」
顔を赤く染める沢木くん。そして、
「だからさ、デュエルしないか? 俺と、ここで」
私を貫かんばかりの視線で見つめてきた。
「もしかして、今のって告白?」
「うっ、そうだ」
「ちょっと待ってね」
こんな状況は初めてだ。どうして良いかわからない。
どうするべきか考えて、自分の気持ちに従うことにした。が、自分の気持ちもよくわからない。ハッキリしてるのは、沢木くんを傷つけたくはないということだけ。
「デュエルはしてもいいよ。でも、悪いけど告白は断らせてもらうよ」
「そうか⋯⋯。やっぱりそうか」
落胆。嫌われただろうか。それはないと信じたい。
「じゃあさ——これは、気に障ったら聞き流してくれていいんだけど——デュエルで俺が勝ったら付き合ってくれるか?」
気持ちが緩んだのか、どこか投げやりな質問。私は直ぐに答える。
「いいよ」
「だよな、って、⋯⋯え? いいって言ったの?」
「うん」
自分が負けた場合のビジョンを考えたとき、それなら良いと思えた。もしかしたら私は、自分よりもデュエルが強い人が好きなのかもしれない。
「だったらもう一つ聞くけど——ちなみにこれは、俺の考えじゃないんだけど——ガチガチのメタデッキで挑んだとしたらどうだ?」
「ん、良いと思う」
「さすがにそうだよな、って、⋯⋯え? マジで?」
「マジで」
困難なデュエルで、しかも重大なデュエル。自分はそういうものに魅かれる性質なのかもしれない。
「うん。そういう小狡さはむしろ好ましいよ」
「そっか。常勝院の奴に聞いた話しだったからアテにしてなかったんだけど、アイツも役に立つもんだな」
「エリカ?」
「うん。デュエルに絡めればチャンスがあるって聞いたんだ。最後の質問もアイツの案だったし」
「そうだったんだ。私のことよく知ってるなぁ」
私以上に私のことを知ってるのかも。でも私だってエリカのことはよくわかってる。
「エリカは『それでも優姫が勝ちますわ』みたいなこと言わなかった?」
「ああ、言ってたよ。まさにその通りに」
「ふふ。やっぱり」
的中したことに喜んだ。
「なんか、妬けるな」
「ん、なんか言った?」
「いや。デュエルしないか。もう一回聞くけど、俺のデッキは本当に優姫さんに対するメタデッキだし、勝ったら本当に付き合いたいと思ってる」
「いいよ。それでも勝つのは私らしいからね」
私は笑い、沢木くんは真面目な顔になった。
沢木龍馬LP4000
保科優姫LP4000
「先攻は貰っていいか?」
「どうぞ」
「じゃあ遠慮なく。ドロー! まずは《聖なるあかり》を召喚だ!」
《聖なるあかり》攻撃力0
「早速か」
「このモンスターは闇属性モンスターとの戦闘では破壊されず、その戦闘による自分へのダメージはゼロになる。そして闇属性モンスターは攻撃宣言できず、お互い闇属性モンスターの召喚、特殊召喚ができなくなる」
闇属性メタの代表的なカードだ。アレがいるだけで私の動きはだいぶ縛られる。
「カードを3枚セットしてターンエンドだ!」
沢木龍馬LP4000 手札2枚
《聖なるあかり》攻撃力0
セットカード3枚
「ふふ。ホントに対策してきたね」
「あー、やっぱり嫌だったか?」
「ううん。全然」
特定の相手のみに勝つ為のデッキ——いわゆるメタデッキは、一般的には嫌われている。私も普段ならそういうデッキを使う人とはあまり戦いたくはない。でも私と付き合いたいがために——または目的の為に形振り構わない戦法を取るというのは、それはむしろ好きだ。
しかし、手段を選ばずに作戦を実行した沢木くんを異性として好きだ、という所には繋がらない。きっとこの感情は受容してあげようと思う、母性のようなものだ。
「私のターン、ドロー! 私は《魔サイの戦士》を召喚する!」
《魔サイの戦士》攻撃力1400
《魔サイの戦士》は地属性。《聖なるあかり》のロックには引っかからない。
「バトル。《魔サイの戦士》で《聖なるあかり》に攻撃!」
「さすがに抜けて来たか! でも罠発動《和睦の使者》! このターン、俺が受ける戦闘ダメージはゼロになり、モンスターも戦闘では破壊されない!」
「防がれたか。なら私はカードを伏せてターンエンド!」
保科優姫LP4000 手札4枚
《魔サイの戦士》攻撃力1400
セットカード1枚
「ドロー。《ライオウ》を召喚! そして《聖なるあかり》を守備表示にする」
《ライオウ》攻撃力1900
「《ライオウ》か⋯⋯」
あのカードにはデッキからカードを手札に加えることを出来なくするのと、自身の効果での特殊召喚を《ライオウ》を墓地に送ることで無効にする効果を持っている。ヤバいのは前者だ。私のデッキには結構サーチカードが入ってるし、サーチすることを計算に入れてデッキを構築してるから、その機能が止まると私のデッキの回転力は極端に落ちる。引きたいカードが引きにくくなるのだ。
「《ライオウ》で《魔サイの戦士》に攻撃!」
保科優姫LP4000→3500
「墓地に送られた《魔サイの戦士》の効果を発動するよ! デッキから悪魔族モンスター《暗黒魔族ギルファー・デーモン》を墓地に送る! そしてその効果を発動!」
「そこまでだ! 永続罠《暗闇を吸い込むマジックミラー》を発動!」
「それは⋯⋯!」
フィールド、墓地で発動される闇属性モンスターの効果を無効にするカード。あれも闇メタだ。
「なにか狙いがあったんだろうけど、徹底的にメタらせてもらうぜ」
最初はどこか遠慮があった沢木くんだけど、そういうのはもう感じられない。純粋に勝負を楽しみ、勝ちを目指してるようだ。
「永続魔法《禁止令》発動! カード名を《サイクロン》と宣言する。このカードがある限り《サイクロン》はプレイ出来なくなる。さらに永続罠《生贄封じの仮面》発動、互いにリリースが出来なくなる。ターンエンドだ」
沢木龍馬LP4000 手札2枚
《聖なるあかり》守備力0
《ライオウ》攻撃力1900
永続罠《暗闇を吸い込むマジックミラー》
永続魔法《禁止令》(サイクロン)
永続罠《生贄封じの仮面》
今の私のデッキには、魔法、罠を破壊する効果を持つカードは、モンスターを除くと《サイクロン》しか入ってない。
モンスター効果は《暗闇を吸い込むマジックミラー》で止められてるから《サイクロン》さえ封じれば、バック破壊はされないと思っての《禁止令》だろう。
そして《生贄封じの仮面》。アレは相手のモンスターをリリースして召喚する《ラヴァ・ゴーレム》対策か。
さすがに沢木くんは、私のデッキをよく理解してるな。
「私のターン、ドロー!」
今、私が出来ないことは、
闇属性モンスターの召喚、特殊召喚、攻撃。
デッキからのサーチ。
フィールド、墓地で発動する闇属性モンスターの効果。
サイクロンの使用。
モンスターのリリース。
この中で一番厄介なのは一つ目、つまり《聖なるあかり》が持つ効果だ。アレのせいで手札のモンスターさえ満足に使えなくなっている。まずはあのモンスターをなんとかしたいけど、
「魔法カード《闇の誘惑》発動。2枚ドローして、手札の《エンド・オブ・アヌビス》を除外する。次に《トレード・イン》を発動する。手札の《闇の侯爵ベリアル》を捨てて2枚ドロー」
打開できるカードは来た。でもこのターンは動けない。
「モンスターとカードを伏せてターンエンド」
保科優姫LP3500 手札3枚
セットモンスター1枚
セットカード2枚
「俺のターン、ドロー! 《月風魔》召喚!」
《月風魔》攻撃力1700
「バトル! 《月風魔》でセットモンスターに攻撃!」
「伏せモンスターは《彼岸の悪鬼スカラマリオン》! こっちの方が守備力は高いよ!」
《彼岸の悪鬼スカラマリオン》守備力2000
沢木龍馬LP4000→3700
「ダメージは食らうが《月風魔》の効果だ! 戦闘したモンスターが悪魔族かアンデット族だった場合、ダメージステップ終了時にそのモンスターを破壊する!」
「そんな効果がっ」
上位互換のカードがありそうなのにそのカードを使うのは、あくまで私意識の私メタってことか。それほど愛されてるってことかな? なんてね。
「《ライオウ》でダイレクトアタック!」
「受けるよ!」
保科優姫LP3500→1600
「ターンエンドだ」
沢木龍馬LP3700 手札2枚
《聖なるあかり》守備力0
《ライオウ》攻撃力1900
《月風魔》攻撃力1700
永続罠《暗闇を吸い込むマジックミラー》
永続魔法《禁止令》(サイクロン)
永続罠《生贄封じの仮面》
「やるね、沢木くん。私結構ピンチだよ」
フィールドを見れば一目瞭然。皮肉や嫌味の気持ちは少しもない。純粋な評価の言葉だ。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。でもやっぱりこの勝ち方は好きになれないな。王道のやり方で勝って、それで優姫さんを手に入れたかったよ」
沢木くんは肩を竦めていた。まるでもう勝負が決したかのような反応——。
「あれ、勘違いしてない? 私は劣勢だけど負けたとは思ってないよ」
「逆転できるっていうのか?」
「まあ、見てなよ。ドロー! まずは伏せカード《強制脱出装置》発動! 《聖なるあかり》を手札に戻すよ!」
《聖なるあかり》を戻せた。縛りが緩んだこの隙がチャンスだ!
「そして《トリック・デーモンを召喚する!」
《トリック・デーモン》攻撃力1000
「そして装備魔法《堕落》を発動! 《ライオウ》に装備してそのコントロールを奪う! さらにぼちの悪魔族3体を除外して《ダーク・ネクロフィア》を特殊召喚だ!」
《ダーク・ネクロフィア》攻撃力2200
「掻い潜って来たか⋯⋯!」
「バトルする! 《ライオウ》で《月風魔》に攻撃!」
沢木龍馬LP3700→3500
「《トリック・デーモン》、《ダーク・ネクロフィア》でダイレクトアタック! 終わりだよ!」
「まだだ! 手札から《クリボー》の効果を発動する! このカードを捨てて《ダーク・ネクロフィア》の攻撃で受けるダメージをゼロにする!」
沢木龍馬LP3500→2500
「耐えるか! ⋯⋯もうターンエンドしかないね」
保科優姫LP1600 手札1枚
《トリック・デーモン》攻撃力1000
《ライオウ》攻撃力1900
《ダーク・ネクロフィア》攻撃力2200
セットカード1枚
装備魔法《堕落》(ライオウ)
「見事に逆転されたな」
「このターンで勝つつもりだったんだけどね」
「ほぼ勝ったようなものさ。この手札だけじゃどうにも出来ない」
諦めたかのような声色と姿勢。そのせいで私の気持ちは冷めていく。
「もう勝てないって思ってる?」
「半々ってとこかな」
まだ諦める段階じゃない。私は心の熱を保とうと言葉を続ける。
「まだ、ドローがあるじゃん。負けが決まったわけじゃない」
「ああ、その通りだ。きっと、優姫さんなら逆転手を引けるんだろうね」
デッキトップに指をかける沢木くん。
「俺も引くよ。じゃなきゃ優姫さんには釣り合わない」
「引けるよ。沢木くんは私の友達だから」
「ああ、今なら引ける気がする。ていうか引く。俺は優姫さんが好きだから」
堂々と、面と向かって、真っ向勝負で。
「ドロー!」
カードを引き抜いた。
「来なよ。私が勝つことに変わりはないけどね!」
「フッ、それはどうかな! まずは《堕落》の効果でスタンバイフェイズで800のダメージを受けてもらう!」
保科優姫LP1600→800
「そして手札から魔法カード《悪魔払い》発動! 悪魔族モンスターを全て破壊! フィールドから《デーモン》のカードがなくなったことで《堕落》は破壊され《ライオウ》は俺のフィールドに戻ってくる!」
ドローしたのは《悪魔祓い》か。この上なく私対策に相応しいカード。
「どうだ。逆転だ!」
沢木くんは引き入れた。おそらく沢木くんがこの状況で一番引きたかったカードだろう。
「凄いね」
自分のことでもないのに、なぜだか嬉しい。
「でも勝てないよ。私の方が強い」
「っ! そんな顔初めて見たよ。良い笑顔だ」
「あ、笑ってた? 楽しいからね、この瞬間が。強い人の底力が見えるのが良いんだ」
そしてそんな人たちに勝つのがなによりも良い。
「私は墓地に送られた《トリック・デーモン》の効果を発動する!」
「なにっ!? でも《暗闇を吸い込むマジックミラー》の効果で無効になるぞ?」
「それでもいいんだよ! 私はチェーンして伏せカード《闇次元の解放》を発動! 除外されている《闇の侯爵ベリアル》を特殊召喚!」
《闇の侯爵ベリアル》攻撃力2900
沢木くんの手札には《聖なるあかり》がいる。あのモンスターを出される前に《闇次元の解放》を使わないとダメだった。そして《悪魔払い》の後でなくてもいけない。《トリック・デーモン》の効果を無駄打ちしたのは《悪魔払い》と《聖なるあかり》の召喚の間に隙間を作る為だ。
「沢木くんが《聖なるあかり》をターンが始まってから最初に出してたら、私は負けてたよ」
もしくは攻撃力1800以上のモンスターを召喚されたら。私のライフは残り800で攻撃力1000の《トリック・デーモン》がいたからだ。
「ミスったか⋯⋯。俺は《ライオウ》を守備表示にしてターンエンドだ」
沢木龍馬LP2500 手札1枚
《ライオウ》守備力800
セットモンスター1体
永続罠《暗闇を吸い込むマジックミラー》
永続魔法《禁止令》(サイクロン)
永続罠《生贄封じの仮面》
「私のターン、ドロー! 《魔界発現世行きデスガイド》を召喚、《ライオウ》に攻撃。そして《ベリアル》でダイレクトアタック!」
沢木龍馬LP2500→0
デュエルが終わってから私たちは、近くにある東屋の木製ベンチに腰掛け休憩することにした。
「いやあ、楽しかったよ。普通のデュエルでエリカ以外に苦戦したのは久しぶりな気がする」
普通じゃないデュエル——つまり闇のゲームのデュエルも楽しくないことはないけど、痛みを伴うから素直に楽しめない。
「珍しくよく笑ってたしな」
「珍しいかな。自分ではそんなつもりはないけど」
そう言うと沢木くんは苦笑しながら「珍しいよ」と返答して言葉を続ける。
「優姫さんは本当に楽しいときは、さっきみたいな顔で笑うんだな」
「いつもと違う?」
「ああ。なんていうか、嬉しかった。心を開いてくれたみたいで」
うーん。その言い方だと、私が沢木くんを信用してないみたいだ。一年近くの付き合いになるのに。
「今まで、どうでもいい存在だった。ってことだよな」
「えっ?」
「責めてるわけじゃない。ただ、常勝院とそれ以外じゃ接し方が違うな、と思ったんだ」
「そりゃあエリカは親友だからね。違ってくるよ」
「そういうんじゃなくて、俺やクラスの奴らと接するときは、相手のことを深く知ろうとしてないっていうか、嫌われて損害を被らなければ後はどうでもいいって感じな気がするんだ」
嫌われて損害を被らなければ、か。無意識だったけど、そうかもしれない。
「そういえばそうかもね」
肯定することに抵抗はない。これは沢木くんに対しては『損害を被らなければどうでもいい』とは思ってないからだろう。私にとってどうでもいい存在じゃなくなったってことだ。
「沢木くんは友達だよ。どうでもよくない友達」
「⋯⋯今はそれでいいさ。むしろ進展したことを喜んでおくよ」
沢木くんにはめげた様子はない。やる気が増した様にも見える。私はそれが嬉しかった。やっぱり人に好意を向けられるのは嬉しい。でも、この好意が反転してしまうのが怖かった。そういう未来を想像してしまうのは、きっと私の中に嫌われる要因が秘められているからなんだろう。
満悦感と焦燥感が混ざったような感情が私を占める。
そのとき二つの足音が聞こえてきた。その正体はわかってる。あの二人だ。
沢木くんがいる今、来て欲しくなかった。だって、二人は私が嫌われる要因になり得るから。