「待ってましたわ。ちゃんと逃げずに来たようですわね」
「そりゃあ、逃げたら実力行使でくるだろうしね」
デュエル場。
そこにはいつもの賑わいはない。だだっ広い空間の中に私とエリカただ二人だけ。
深夜なんだから仕方がないけど、人がこうもいないと寂しさがある。そして、それと同じくらいワクワク感もあった。まるでこの世から私とエリカ以外消えてしまったかのような感覚になり、これからするデュエルに特別感や高尚さがあるように思えてくる。
「ボーッとして、眠いんですの?」
「ううん。ただ、エリカと初めてデュエルしたときと状況が似てるなって思ったんだ」
エリカがいる立ち位置はあのときと全く同じだし、私が後からここに来たのも同じだ。会話の流れもどこか似ている。
「そういえばそうですわね。わたくしが勝ったら、今度こそ下僕にしてしまおうかしら」
「落ち着いてるから元に戻ったと思ったんだけどな⋯⋯」
やっぱり、デュエルで目を覚まさせるしかないみたいだ。
「よし、早速だけどデュエルを始めようか」
「あら、もう会話は終わり? わたくしとしてはもっと優姫の可愛らしい声を聞いていたいのですけど」
「⋯⋯普段のエリカはそんなこと言わないんだけどな」
「人は変わって行くものですのよ?」
私をからかうような澄まし顔を浮かべるエリカはデュエルディスクを構えてくれない。冗談ではなく本当に会話を続けるつもりだ。
「デュエル、したくないの?」
「いえ、そうではありませんわ。ただ、その前にもっと優姫とお話ししたいのですわ。⋯⋯手始めに。優姫、愛していますわ。わたくしのものになって?」
「⋯⋯⋯⋯」
「そう! そういう顔を見たかったのですわ! ⋯⋯愛する人の色々な表情を見たい。優姫もわかるでしょう?」
正直に言うと照れる、悪い気はしない。
でも今のエリカは目的と手段が入れ替わってしまっているのだ。私に認められる、対等になるという目的がどこかにいって、そのための手段であるはずの、私を誑し込んで堕とすというのが目的になってしまっていた。
それでも、歪んではいるけど本来の目的に到達できるから、暴走した感情が勘違いしてそのまま遂行しようとしている。それは悪い方向に行くとは限らない。けど、目的と手段の認識のズレはきっと大きな綻びを作る。
まずは本来の目的がなんなのか、無意識でもいいからわからせてあげなきゃ。
よし。少しカマをかけてみよう。
「こういうエリカも嫌いじゃないんだけどね」
「そうでしょうとも! 優姫が望むなら、わたくしはなににだって」
「こういうペットみたいなエリカも嫌いじゃないよ」
「ペット、ですの?」
食いついた。
「そうでしょ? 今のエリカは、ご褒美が欲しいがために私に媚びたりおだてたり、私に気に入られようとしてるようにしか見えないよ」
「わ、わたくしは⋯⋯」
「エリカは私のペットになりたかったんだね。いいよ? 私の下に置いてあげる」
「そういうつもりで⋯⋯」
気づいて欲しい。本来の目的を、本来の悩みを。ペットになるのはその対極だということを。
「⋯⋯それもまた、良いですわね。優姫がそう望むなら、そうなりますわよ?」
届かないか。本来のエリカなら私の下に甘んじるなんてありえない。これで無理なら後はもうデュエルしかないな。
「エリカ、デュエルしよ? 私が勝ったらそうしてあげる」
心にもないことを言う自分が嫌になる。そんなエリカ、見たいわけがない。
「望むところですわ! 勝っても負けても、わたくしの願い通り! さあ、始めますわよ」
そんなことを望むな!
「「デュエル!!」」
保科優姫LP4000
常勝院エリカLP4000
「わたくしから行かせてもらいますわ、ドロー! まずは《堕天使イシュタム》の効果ですわ! 手札のこのカードと《堕天使》のカードである《堕天使スペルビア》を墓地に送って発動、デッキから2枚ドロー!」
「堕天使⋯⋯」
休学する前にエリカは、堕天使をデッキに入れたら回らなくなると言っていた。堕天使のカードを使ってるってことは、今はそうじゃないってこと?
「この力があればわたくしはどんな場所でだって、本領を発揮できますわ! わたくしはもうこの前みたいな無様なデュエルはしませんの!」
「そうか、カードにかかった呪いか。精霊との親和性が高まったことで、堕天使も使えるようになったんだね」
「理由はわかりませんが、わたくしは以前よりも戦力か上がり強くなりましたわ!」
「そうみたいだね。楽しくなりそうだよ、多分、今までで一番!」
エリカの気分を盛り上げようとかじゃなく、純粋にそう思う。今まで以上に強いであろうエリカとの未知のデュエルが楽しみで仕方ない。
「ふふっ。わたくしは魔法カード《堕天使の戒壇》を発動、墓地の《堕天使スペルビア》を守備表示で特殊召喚しますわ!」
《堕天使スペルビア》守備力2400
「墓地から特殊召喚された《スペルビア》の効果で、墓地の天使族モンスターの《イシュタム》をさらに特殊召喚!」
《堕天使イシュタム》攻撃力2500
手札消費1枚で上級モンスターが2体か。《スペルビア》が強いな。
「そして2体のモンスターをリリースして《堕天使アスモディウス》を召喚ですわ!」
《堕天使アスモディウス》攻撃力3000
「《アスモディウス》の効果を発動! デッキから天使族モンスターを1体墓地に送る。わたくしが墓地に送るのは《堕天使ゼラート》ですわ。最後にカードを1枚セットしてターンエンド」
常勝院エリカLP4000 手札3枚
《堕天使アスモディウス》攻撃力3000
セットカード1枚
「私のターン、ドロー!」
堕天使。実はどんなカードがあるのかあまり知らない。だからどんな動きをするのかとかよくわかってない。それは楽しみが多いってことだからいいんだけど、今みたいに上級モンスターをポンポン出されるとさすがに慎重になってしまう。
まずはあのカードで様子見だな。
「私は魔法カード《儀式の下準備》を発動! デッキから儀式魔法《善悪の彼岸》とこのカードに記されている《彼岸の鬼神ヘルレイカー》を手札に加える! そして《魔界発現世行きデスガイド》を召喚! 効果でデッキから悪魔族、レベル3モンスターの《儀式魔人デモリッシャー》を特殊召喚する!」
《魔界発現世行きデスガイド》攻撃力1000
《儀式魔人デモリッシャー》攻撃力1500
「儀式魔法《善悪の彼岸》を発動、レベルの合計が6以上になるように、この2体をリリースして《彼岸の鬼神ヘルレイカー》を儀式召喚だよ!」
《彼岸の鬼神ヘルレイカー》攻撃力2700
「《デモリッシャー》を素材として召喚されたこのモンスターは、相手の効果の対象にならないよ! さらに効果発動! 手札の《彼岸の悪鬼スカラマリオン》を墓地に送り、《アスモディウス》の攻撃力を《スカラマリオン》の攻撃力分下げる!」
《堕天使アスモディウス》攻撃力3000→2200
「《ヘルレイカー》で《アスモディウス》を攻撃!」
「ふふふ。《アスモディウス》は破壊されますわ」
常勝院エリカLP4000→3500
「破壊されて墓地に送られた《アスモディウス》の効果。自分フィールドに《アスモトークン》と《ディウストークン》を特殊召喚しますわ!」
《アスモトークン》攻撃力1800
《ディウストークン》攻撃力1200
「2体のトークンは《アスモトークン》が効果で、《ディウストークン》は戦闘で破壊されない耐性をもっていますわ」
「場持ちがいいね。私はこれでターンエンド。このとき墓地に送られた《スカラマリオン》の効果でデッキから悪魔族、闇属性、レベル3のモンスター《魔犬オクトロス》を手札に加えるよ」
保科優姫LP4000 手札5枚
《彼岸の鬼神ヘルレイカー》攻撃力2700
「わたくしのターン、ドロー。ふふっ、多分優姫なら大丈夫だとは思いますけど、もしかしたらがあるかもしれませんわね」
「どういう意味?」
「もしも《ヘルレイカー》についた効果に胡座をかいているのなら、わたくし、このターンで勝ってしまいますわよ?」
不敵な笑みを作るエリカ。それが私の不安を煽った。
「わたくしはセットカード《背徳の堕天使》を発動、手札の《堕天使アムドゥシアス》を墓地に送り《ヘルレイカー》を選んで破壊しますわ」
「えっ? 《ヘルレイカー》は対象にはできないよ」
「このカードは対象を取りませんの」
「なっ!? だったら、墓地に送られた《ヘルレイカー》の効果! 《アスモトークン》を墓地に送る!」
「いいですわよ。でもこれでガラ空きですわ」
「っ⋯⋯!」
《デモリッシャー》の効果付与は意味がなかったというわけか。
「わたくしは《ディウストークン》をリリースして《堕天使ディザイアを召喚!」
《堕天使ディザイア》攻撃力3000
「攻撃力3000⋯⋯っ」
「このモンスターはレベル10だけど天使族1体のリリースで召喚できますわ。わたくしは魔法カード《堕天使の追放》を発動、デッキから《堕天使》と名のつくカード、《堕天使の戒壇》を手札に加えますわ」
《堕天使》のサーチカードか。魔法、罠もサーチ可能とは範囲が広い。それに今持ってきたカードは⋯⋯。
「《堕天使の戒壇》を発動ですわ! 墓地の《スペルビア》を守備表示で蘇生! さらに《スペルビア》の効果で追加で《堕天使イシュタム》を特殊召喚ですわ!」
《堕天使スペルビア》守備力2400
《堕天使イシュタム》攻撃力2500
《スペルビア》のコンボに繋がる。
「《堕天使の戒壇》で特殊召喚するモンスターは守備表示じゃないといけないから困りモノですわ」
「いや、充分過ぎるから」
「それもそうですわね。なにせ、それでもこのターンで勝負がつくんですもの! わたくしは《イシュタム》でダイレクトアタック!」
「私はこの瞬間、手札から《バトルフェーダー》の効果を発動する! このモンスターを特殊召喚してバトルフェイズを終わらせる!」
《バトルフェーダー》攻撃力0
「そうこなくては。それでこそわたくしの優姫」
「エリカのじゃないけどね」
「いずれそうなりますわ。わたくしはこれでターンエンド」
常勝院エリカLP3500 手札1枚
《堕天使ディザイア》攻撃力3000
《堕天使スペルビア》守備力2400
《堕天使イシュタム》攻撃力2500
「ドロー!」
みんな数値が高いモンスターばかりだ。このモンスターたちを対処するのは骨が折れる。でもエリカの手札は1枚。セットカードはなく、あの3体さえなんとかできれば一気に有利になってくる。
手札を補充される前にこっちから攻めよう。
「私は《魔犬オクトロス》を召喚する」
《魔犬オクトロス》攻撃力800
「そして魔法カード《二重召喚》を発動、このターンもう一度通常召喚を可能にする。フィールドの2体のモンスターをリリースして《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》を召喚!」
《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力3000
「《魔犬オクトロス》がフィールドから墓地に送られたことで発動する。デッキから悪魔族、レベル8のモンスター、《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》を手札に加える」
《ラヴァ・ゴーレム》は相手フィールドの2体のモンスターをリリースして相手フィールドに特殊召喚するモンスターだ。つまり2体のモンスターを問答無用に破壊できるってこと。
通常召喚したターンは特殊召喚できない制約があるけど、これで少しはモンスターを並べるのを抑えてくれるかもしれない。
あるいは2体以上展開してきたイコール、勝負を決める手段がある、になったか。
「《ジェネシス・デーモン》の効果を発動! 手札の《ヘル・エンプレス・デーモン》を除外して《ディザイア》を破壊!」
「くっ」
これで1体。このターンでもう1体、破壊する!
「私は《ジェネシス・デーモン》で《イシュタム》に攻撃!」
「ダメですわ! 《イシュタム》の効果、ライフ1000ポイントを支払い墓地の《背徳の堕天使》を対象に発動! その効果を適用しますわ!」
「墓地のカードをっ!?」
常勝院エリカLP3500→2500
「効果により《ジェネシス・デーモン》を破壊! その後墓地の対象にしたカードをデッキに戻しますわ。⋯⋯またガラ空きですわね。今度はどうするつもりかしら?」
「言ってくれるね。⋯⋯カードを1枚伏せてターンエンド」
保科優姫LP4000 手札2枚
セットカード1枚
「わたくしのターン、ドロー。⋯⋯さて、攻めと守りの比重をどうするべきか、悩みますわね」
「⋯⋯」
きっとそうさせているのは伏せカードと《ラヴァ・ゴーレム》の存在だ。
モンスターを2体以上並べると《ラヴァ・ゴーレム》の素材にされるし、《ラヴァ・ゴーレム》は自分のスタンバイフェイズに1000ポイントライフにダメージを与える効果を持っている。
1000ポイントは痛い。避けたがるはずだ。このターンで決める算段がないなら。
多分このターンでエリカができることは、何通りかあると思う。ここでどう動いてくるかで、勝負は決まる気がする。
「決めましたわ。まずは魔法カード《アドバンスドロー》、自分フィールドのレベル8以上のモンスター《スペルビア》を墓地に送り、2枚ドロー! さらに手札の《堕天使イシュタム》の効果、このカードと《堕天使マスティマ》を墓地に送り2枚ドローですわ! そして《貪欲な壺》を発動! 墓地の《イシュタム》、《アスモディウス》、《ディザイア》、《アムドゥシアス》、《ゼラート》をデッキに戻し、2枚ドロー!」
「手札補充か!」
これで手札4枚
「行きますわよ! 《死者蘇生》を発動! 墓地の《スペルビア》を特殊召喚! その効果でさらに《マスティマ》も特殊召喚ですわ!」
《堕天使スペルビア》攻撃力2900
《堕天使マスティマ》攻撃力2600
「さあ、バトルですわ! 《イシュタム》でダイレクトアタック!」
「この瞬間、罠発動《闇次元の解放》! 除外されている《ヘル・エンプレス・デーモン》を特殊召喚だよ!」
《ヘル・エンプレス・デーモン》攻撃力2900
「それ、でしたのね⋯⋯っ! いえ、わかっていて切り捨てた可能性ですわ⋯⋯」
なにか読みを外したんだろうか。ひどく悔しそうな顔をしている。
「⋯⋯《イシュタム》の攻撃は取り止めますわ。わたくしはカードを1枚セットし、ターンエンド」
常勝院エリカLP2500 手札2枚
《堕天使イシュタム》攻撃力2500
《堕天使スペルビア》攻撃力2900
《堕天使マスティマ》攻撃力2600
セットカード1枚
「私のターン、ドロー!」
どうするべきか。今度は私が悩む番だ。エリカのライフ、《ラヴァ・ゴーレム》の使い所、そしてあの伏せカード。
まだだ、この手札じゃ決めきれない。
「私は《ヘル・エンプレス・デーモン》で《スペルビア》に攻撃! 相打ちになる!」
「わたくしはこの瞬間、《イシュタム》の効果を発動! ライフを1000ポイント払い、墓地の《堕天使の追放》の効果を適用しますわ!」
常勝院エリカLP2500→1500
「《堕天使の追放》?」
アレは確か堕天使をサーチする効果。なんで今?
「わたくしが手札に加えるのは《堕天使テスカトリポカ》! そしてこのカードを墓地に捨てることで、戦闘破壊される《スペルビア》の身代わりにしますわ!」
「そうか。身代わりに⋯⋯。いや⋯⋯っ!」
これは悪手だ! エリカのライフは1500。《ラヴァ・ゴーレム》で1000削るとして、残り500!
「私は破壊された《ヘル・エンプレス・デーモン》の効果で墓地から悪魔族、闇属性、レベル6以上のモンスターを特殊召喚する! 私が特殊召喚するのは《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》だ!」
《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力3000
「ミスしたね、エリカ。私は《ジェネシス・デーモン》で《イシュタム》に攻撃!」
《イシュタム》の攻撃力は2500。よってダメージは500だ。勝てる! 私の勝ちだ!
「このわたくしが、そんなミスをするなんて本当に思っていますの?」
「えっ?」
「罠発動《魅惑の堕天使》! 手札の《堕天使ユコバック》を墓地に送って、《ジェネシス・デーモン》のコントロールをエンドフェイズまで得ますわ!」
「こ、コントロールまで⋯⋯っ。ズルい効果ばっかりだ!」
蘇生に、対象を取らない破壊、範囲の広すぎるサーチに、コントロール奪取。
禁止や制限カードに近い効果しかないじゃん!
「私はエリカの《イシュタム》と《マスティマ》をリリースして《ラヴァ・ゴーレム》をエリカのフィールドに特殊召喚する!」
《ラヴァ・ゴーレム》攻撃力3000
「ターンエンド! このとき《ジェネシス・デーモン》は私のフィールドに戻るよ!」
保科優姫LP4000 手札2枚
《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力3000
でもまあ、これでエリカのライフはスタンバイフェイズに500になる。てことは、ライフコストが足りないから墓地の魔法、罠の効果を使うことはできない。そして手札もドローを入れて1枚。
エリカのフィールドには2体のモンスターがいるけど、私のライフは削りきれないだろう。
そしたら返しのターンで残り500を削ればいい。私ならできるはずだ。
「もしかしてこのターンを乗り切れると思っていますの?」
「⋯⋯思ってるよ。なにもできないでしょ」
たった1枚で、できるわけがない。確かにエリカは強かったけど、ここで終わりだ!
「ダメですわね。優姫がそんなことを思うなんて。⋯⋯そんなことを思わせてしまうなんて!」
「なにを言っているの?」
「このわたくしに、不可能はないってことをですわ! ドロー!」
エリカはドローする。
優雅に、気品高く、そして自信たっぷりに。
その1枚は起死回生のカードなんだと、なぜか私の頭は決めつけていた。
「⋯⋯スタンバイフェイズ、《ラヴァ・ゴーレム》の効果でエリカに1000ポイントのダメージを与える」
常勝院エリカLP1500→500
「良いカードを引けたっていうの⋯⋯?」
「当然ですわね。わたくしはフィールドの2体のモンスターをリリースしてこのカード、《堕天使ルシフェル》を召喚!」
《堕天使ルシフェル》攻撃力3000
そのカードは、まだ見たことがない⋯⋯っ。どんな効果なんだ!
「召喚に成功したとき効果発動! 相手フィールドの効果モンスターの数まで手札、デッキから《堕天使》モンスターを特殊召喚する。わたくしはデッキから《堕天使テスカトリポカ》を特殊召喚ですわ!」
《堕天使テスカトリポカ》攻撃力2800
「さらに《ルシフェル》の効果! フィールドの《堕天使》モンスターの数だけデッキの上からカードを墓地に送り、《堕天使》カードの数×500ポイントライフを回復!」
「ライフ回復!?」
「フィールドの《堕天使》は2体。よって2枚のカードをデッキから墓地に送りますわ!」
2枚とも《堕天使》なら1000回復。つまり墓地の魔法、罠の効果を1回使えるようになるってことだ。
それはかなりまずい!
「墓地に送られたのは《堕天使ゼラート》と《堕天使降臨》! わたくしは1000ポイントのライフを回復しますわ!」
常勝院エリカLP500→1500
「続いて《テスカトリポカ》の効果発動、ライフを1000ポイント払い墓地の《堕天使降臨》の効果を適用しますわ!」
常勝院エリカLP1500→500
「早速使われたか!」
「相手フィールドのモンスターと同じレベルのモンスターを2体まで墓地から《堕天使》モンスターを特殊召喚しますわ!」
「2体も!?」
「わたくしが蘇生させるのは《堕天使ゼラート》と《堕天使スペルビア》!」
「《スペルビア》⋯⋯!」
「そう! 《スペルビア》が墓地から特殊召喚されたとき、さらに墓地から《堕天使イシュタム》を特殊召喚ですわ!」
《堕天使ゼラート》攻撃力2800
《堕天使スペルビア》攻撃力2900
《堕天使イシュタム》攻撃力2500
「なんだこれ、すごい⋯⋯」
あっという間にフィールドには5体の堕天使が揃った。そのどれもが上級モンスターだ。
強大なモンスターを前に私はただ呆然とする。それは絶望したからじゃなく、感服したからだ。
これほどの力を従えるエリカに、私の魂が震えていた。
「これがわたくしの力ですわ」
尊大な態度で放たれた言葉が私に突き刺さり、染みこんでくる。そうだ、これがエリカなんだ。
「やっぱりすごいね、エリカは」
力を見せつけられて、私の心は踊る。
「ああ、そうでしたわ⋯⋯」
ポツリとエリカが呟いた。
「わたくしは、その言葉が聞きたかったんですの。心のもやが晴れていくようですわ。思考が一直線に繋がっていく⋯⋯。こんな晴れやかな気持ちになれるなんて!」
それってもしかして⋯⋯。もしかして治ってる? 私とのデュエルで治ったの!?
「エリカ! 正気に——」
「こんなデュエルどうでもいいですわ! さっさと勝って、優姫をわたくしのものにしてあげますわ!」
「そ、んな⋯⋯」
舞い上がった心が、一気に地に叩きつけられた気分になった。
これほどのデュエルをしたというのに、エリカは正気に戻ってくれない。それだけでなく、こんなデュエルどうでもいい、と言った。それがとても悲しい。
私一人で楽しんでいたってことだったんだ。
「エリカはこのデュエル、楽しくなかったの?」
「こんなのただの賭けの勝負に過ぎませんわ」
「そうなんだね⋯⋯」
「——と、言うと思いましたわね?」
「え?」
「ふふふ。嘘ですわ」
「ええ?」
悪戯っぽく笑うエリカ。意味がわからなかった。気持ちが上がったり下がったりで、理解が追いつかない。
嘘とはどれが嘘? 正気に戻ったと思わせた言葉? それともこんなデュエルと言ったこと? エリカの意図がわからない。
怖いけど、聞くのが早いか。
「エリカ、嘘って、なにが嘘なの?」
「このデュエルをただの賭けの勝負と言ったことですわ」
「じ、じゃあ、エリカも楽しかったってことだよね?」
「当然ですの。このわたくしと優姫のデュエルが楽しくないわけがありませんわ!」
「な、なんだぁ。騙すなんて人が悪いよ」
エリカも楽しんでくれていた、それがわかっただけでホッとする。
デュエルとは力の見せ合い。力を見せつけることができるから楽しいんだ。
眼前には5体の堕天使。これだけやって楽しくないなんて、そんなの悲しすぎる。だから嘘で本当に良かった。
「なんでそんな嘘を。ちょっとひどくない?」
「ごめんなさいね。ただ、わたくしは優姫に悲しんで欲しかったんですの」
「悲しむ?」
これは正気にはまだ戻ってないってこと?
「わたくし今まで心が曇っていましたわ。でもデュエルをしていくうちにどんどんもやが晴れていって、思考が一直線になりましたの。そしてわたくしがしたかったことが二つ、はっきりと見えましたわ」
「二つ⋯⋯」
「一つはわたくしは強いということを優姫に認めてもらうことですわ。まあ、今考えればそれは当たり前のことで、優姫も当然わかっていることでしたわね」
「そうだけど、自分で言う?」
「それでもう一つが、あのとき、わたくしが成す術なく負けたとき、優姫に悲しんでいて欲しかったということ。思えばそのときから自分の思考が見えなくなっていましたわね」
「そうだったんだ」
素直に悲しんでいれば良かったんだ。傷つけないように無表情を作ったけど、返って傷つけてしまった。
「私はあのときエリカに負けたことを大きく考えて欲しくなくて、表情を繕ったんだ。でも失敗だったよ」
「でも今となってはどうでもいいことですわ。この、わたくしと優姫のデュエルの前では」
「エリカ⋯⋯」
晴れやかに笑うエリカは、なにもかも吹っ切れた表情をしていた。
きっと呪いなんてもう跳ね除けているに違いない。じゃなきゃこんな良い笑顔にはなれないはずだ。
「もう特別ルールなんていらないね」
「あら? 負けそうになった途端、ルールを撤回するんですの?」
正気に戻るやいなや挑発してくるエリカが可笑しかった。でも売られたものは買わなきゃね。
「勝つのは私だよ?」
「ふん、言ってくれますわね。デュエル再開ですわ!」
堕天使5体に対して私のフィールドは《ジェネシス・デーモン》のみ。伏せカードもない。でも耐えきってみせる!
「バトル! わたくしは《ルシフェル》で《ジェネシス・デーモン》に攻撃!」
「攻撃力は同じで相打ちになるよ!」
「続いて《イシュタム》でダイレクトアタック!」
「受ける!」
保科優姫LP4000→1500
「自分フィールドにカードが無い場合、戦闘ダメージを受けたとき、手札から《冥府の使者ゴーズ》を特殊召喚! さらに効果で戦闘ダメージと同じ数値の攻守の《冥府の使者カイエントークン》も特殊召喚する!」
《冥府の使者ゴーズ》攻撃力2700
《冥府の使者カイエントークン》攻撃力2500
「そのカードがあることはわかっていましたわ! でも無駄ですの! わたくしの攻撃できるモンスターは残り3体! その2体では防ぎきれませんわ!」
「やってみなくちゃわからないよ⋯⋯っ!」
「負け惜しみを! 残りのモンスターで総攻撃! わたくしの勝ちですわ!」
「それはどうかな!」
保科優姫LP1500→1000
「な、なぜライフが⋯⋯っ。はっ、手札がない。まさか!?」
「そう。私は手札から《トラゴエディア》を特殊召喚していたんだ!」
「そんなカードが、都合よく⋯⋯っ」
「エリカも都合よく良いカードを引いたじゃん。エリカにできて私にできないことはないよ?」
「ふっ。わたくしはターンエンド」
常勝院エリカLP500 手札0枚
《堕天使テスカトリポカ》攻撃力2800
《堕天使スペルビア》攻撃力2900
《堕天使ゼラート》攻撃力2800
《堕天使イシュタム》攻撃力2500
「さすがだと褒めてあげますわ。でも2度は続きませんの! 優姫のフィールドにカードはない。手札も《ゴーズ》と《トラゴエディア》を使って今はゼロ。この状況を逆転するのは、優姫でも無理ではないかしら?」
「確かに、状況は厳しいよ。でもここから勝てたらすごいと思わない?」
「できたら、そう思いますわ」
「ふふふっ、見ててよ。今度は私がすごいってとこを見せる番だからさ! ドロー!」
力を示したい。エリカだから力を示したい。私の大好きな友だちのエリカだから!
そして楽しむんだ。この瞬間を二人で!
「魔法カード《終わりの始まり》を発動! 墓地に7体の闇属性モンスターがいるとき、5体を除外してデッキから3枚ドローする!」
「終わりの、始まり⋯⋯!」
3枚の中に逆転のカードは、当然ある!
「まずは墓地の《善悪の彼岸》の効果! このカードを除外して手札の《彼岸の悪鬼ガトルホッグ》を墓地におくり、デッキから《彼岸の悪鬼リビオッコ》を手札に加える! そして墓地に送られた《ガトルホッグ》の効果で、墓地にある《彼岸の悪鬼スカラマリオン》を特殊召喚!」
《彼岸の悪鬼スカラマリオン》攻撃力800
「次に手札から《リビオッコ》を自身の効果で特殊召喚、さらに《魔サイの戦士》を召喚する!」
《彼岸の悪鬼グラバースニッチ》攻撃力1300
《魔サイの戦士》攻撃力1400
「《魔サイの戦士》がいる限り、このカード以外の私の悪魔族モンスターは戦闘、効果では破壊されない。よって《彼岸》モンスターは自壊しなくなる」
よし、これで準備はできた。
「下級モンスターを並べて、それからどうするの?」
「こうするんだ! 私のフィールドの全てのモンスターをリリースして《真魔獣ガーゼット》を特殊召喚!」
《真魔獣ガーゼット》攻撃力3500
「《魔サイの戦士》の効果でデッキから《暗黒界の龍神グラファ》を墓地に送る」
「⋯⋯」
「バトル! 《ガーゼット》で《ゼラート》に攻撃!」
「⋯⋯」
常勝院エリカLP500→0
——私の勝ちだ!
デュエルが私の勝利で幕が下されると、ソリッドビジョンが消えて再び辺りは闇と静寂に包まれた。
目を閉じ立ち尽くすエリカに私は近づく。
「エリカ?」
呼びかけるとエリカはゆっくりと目を開けた。その表情には落胆や悔しさはなく穏やかだ。
「負けたというのに、こんなにも清々しいのはなぜかしら」
「エリカはカードにかかった呪いの影響で、感情がおかしくなってたんだ。それの効きめが今のデュエルでなくなって、元のエリカに戻れたんだよ」
「イシュタムのカードにかかった呪いですわね。詳しい話しは後でイシュタムに聞いてみますわ。それより、特別ルールですわ」
「ああ、そうだね」
なにも決めてないや、どうしよう。負けたエリカにお願いしたいこと、なにかあるかな。
「また、私とデュエルして、ていうのは?」
「そんなの当たり前過ぎますわ。もっと特別なものを」
「だよね。うーん、あるにはあるんだけど。うーん」
多分それを言ったら絶対恥ずかしくなるんだよなぁ。
「煮え切りませんわね。言ってみたらどうですの?」
「わかったよ。じゃあ言うよ、し、親友になって欲しいな、って」
「それは⋯⋯」
「あ、いやだったら別にいいんだ。あはは」
恥ずかしさと気まずさで嫌になる。後、撤回しようとしている自分にも。
さらっと行きたかったよ。
「優姫、握手しましょうか」
「握手?」
「あの日、わたくしたちはここで友だちになりましたわ。だからそのときと同じように握手を」
「あ、うん!」
勢いよく手を差し出すと、エリカはそれに応え握ってくれた。ギュッと握ると同じ強さで握り返してきて、それがまた嬉しい。
今日、私には親友ができた。自信家で負けず嫌いで、でもちょっとだけ打たれ弱いそんな親友が。