私たちは一旦解散して、各人に割り当てられた部屋にそれぞれ向かった。
私は荷物を部屋に置いてすぐにエリカの部屋に出向き、今は2人で寛いでいるところだ。
「優姫は平気でしたのね」
「お祖父さんのこと? そうだね、なんでだろ。お母さんもなんともなかったし、遺伝的なものなのかな」
「さあ」
「それとも、お祖父さんが意図的にそうしたから?」
「どうかしらね」
あれ、なんかそっけない。疲れたのかな。それなら仕方ないか、これから探険にでも行こうと思ったけど、1人で行くか。
「私、もう行くよ。エリカは時間まで休んでたら?」
「えっ」
「うわっと」
立ち上がろうとしたらエリカに手を引かれ、そのままよろめいてさっきまで座っていたところに腰を落とした。
掴まれた手はまだ離してくれない。
「えっと、どうしたの?」
「あっ。⋯⋯まだ居たら?」
「うーん。でもこの家を見て回りたいし、行くよ」
「そうですの」
エリカは顔を伏せて答える。台詞的には了解を得たと思ったが、手は握られたままだ。
「優姫は平気でしたのね」
さっきと同じ台詞。だけどエリカの意図が見えない。
「わたくしはあんなに辛かったのに、優姫は⋯⋯」
そういうことか。
エリカは負けず嫌いだ。それはデュエルに関わらず全てのことに置いてそうだ。
単純にしんどかったのもあるだろうけど、エリカがこんなに落ち込んで気が弱ってるのは、さっきの一件で私に負けたと思ったからだろう。
こういうエリカはちょっと可愛い。
「エリカ。私はエリカが好きだよ」
「き、急なんですの?」
「さっきのアレに耐えられた私はすごいけど、その私に好かれてるエリカはもっとすごいってことだよ」
「フフッ、もしかしてわたくしを励ましてくれているの?」
「うん」
「そう。フフ、フフフッ。フフフフッ」
そんなに笑わないでよ。励ましの言葉が強引だったのは私もわかってるから。
「ごめんなさいね。でも元気は出ましたわ」
「それならいいんだけどね。元気が出たならエリカも一緒に行く?」
「わたくしは遠慮しておきますわ。優姫だけでいってらっしゃいな」
「そっか。じゃあ行ってくるよ」
エリカは今になって、やっと手を離してくれた。
1階から3階を端から端まで歩き回った。
といっても各部屋には入らず廊下を通るだけだったので、そんなに時間は経ってない。
全てを回り終えたと思ったが、どうやらこの家には地下室があるみたいだ。地下なんてデパートぐらいでしか行ったことがない。
私は早速、地下室に向かった。
地下にはデュエルコートがあり、そこには4人の人影があった。見た目の年齢からいって、4人とも私と同じ孫たちだろう。
近づくと何やら言い争いをしているのがわかった。
1人の男と1人の少女が言い合い、他の2人は困ったように眺めているという構図だ。
「あれ、君は?」
横で見ていた2人のうちの1人が私に気づき、声を出すと他の3人もこちらに視線を向けてきた。
「保科優姫だけど」
4人の視線に少し気圧される形で名前を告げる。
「僕は夜闇涼介。一応言っておくけど2番目の夜闇だよ」
私に1番最初に気づいた人がそう述べた。優しそうな人だという印象だ。
2番目というのは、お母さんたち6人兄妹の上から2番目の人の息子ということだろう。
たしかお母さんの話しじゃ、6人兄妹のうち上3人の苗字は全員夜闇だ。2番目と言ったのは、その辺をわかりやすく覚えてもらおうという配慮か。
「オレは夜闇圭だ。⋯⋯あー、3番目だ」
そう言ったのは横で見ていたもう1人で、無精髭を生やした少しだらしない見た目だ。
「俺の名前は夜闇統治。この中で最も夜闇の血を濃く受け継いだ男だ」
どこか人を見下す話し方をする人。消去法でこの人が1番目か。
夜闇の血とはどういう意味だろう。
「三上かなみです」
ふてくされた女の子が簡素に言った。私と同じか下の年齢くらいだ。
これで一通りの名前を知ることができた。
「それで、今言い争いしてなかった?」
「別に言い争いじゃあないさ。そこのハズレが俺に突っかかってきただけだ」
「だから! ハズレって言うのをやめろって言ってますよね!」
統治の売り文句をかなみが買う。誰が見たって言い争いだ。
「ハズレってなに?」
「夜闇の血を引いているくせに夜闇を名乗ってない奴のことだよ。⋯⋯ああ、お前もそうだな? 保科優姫」
「そうだけど、それはそんなに大事なこと?」
「それだけではない。お父様たち兄妹の中で1番デュエルが強かったのがお父様で、1番弱かったのがこいつの母親だ。そういう意味でも、こいつは夜闇のハズレってことなんだよ」
随分と選民意識が高い人だ。私は血がそんなに大事なものだとは思わない。デュエルの強さに親なんて関係ないはずだ。
「だったらこの娘とあなたでデュエルしてみたら? もしもこの娘が勝ったらこの娘はハズレじゃないってことでしょ?」
「そうです! 今からわたしとデュエルしてください!」
「ハッ、いいだろう。所詮ハズレはハズレだとわからせてやる」
ちょうどここはデュエルコート。
統治とかなみは所定の位置につき、残りの私たちは少し離れた場所に移動した。
「「デュエル!」」
夜闇統治LP4000
三上かなみLP4000
「わたしのターン、ドロー。わたしは《レスキューラビット》を召喚します!」
《レスキューラビット》攻撃力300
「《レスキューラビット》の効果を発動です。このカードを除外することで、デッキからレベル4以下の同名の通常モンスターを2体、特殊召喚します。わたしは《メルキド四面獣》を2体特殊召喚です!」
《メルキド四面獣》攻撃力1500
《メルキド四面獣》攻撃力1500
おおっ、そのモンスターってことはアレだ!
「わたしは2体の《メルキド四面獣》をリリースして《仮面魔獣デス・ガーディウス》を特殊召喚!」
《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300
うーん、強いっ。 私的にはその効果よりも、3300という攻撃力の方が好きだ。
攻撃力3300は攻撃力3000よりも強い。当然のことだけど、私にはこれがすごく魅力的に見える。
「わたしはカードを1枚セットして、ターンエンドです」
三上かなみLP4000 手札3枚
《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300
セットカード1枚
「俺のターン、ドロー。ハッ、早速来たな。魔法カード《暗黒界の取引》を発動する。お互いカードを1枚ドローして1枚捨てる効果だ。ドローして、《暗黒界の龍神グラファ》を墓地に捨てる」
「わたしもドローして《仮面術師カースド・ギュラ》を墓地に捨てます」
「そして墓地に捨てられた《グラファ》の効果。《デス・ガーディウス》を破壊だ」
《グラファ》か。私がお祖父さんからもらったカードだ。統治がもらったカードも《グラファ》だったのかな。私は元から持ってたけど、暗黒界のデッキなら統治もそうだろうな。
ともあれ、《デス・ガーディウス》はその効果を使うことなく破壊だ。ちょっともったいない。
「そして《暗黒界の尖兵ベージ》を召喚だ」
《暗黒界の尖兵ベージ》攻撃力1600
「わたしはこのとき罠カードを発動します! 《悪魔の嘆き》! 相手の墓地のモンスターをデッキに戻し、自分のデッキから悪魔族モンスターを墓地に送ります。わたしは《グラファ》をデッキに戻し、自分のデッキから《メルキド四面獣》を墓地に送ります!」
「ちっ、わかったよ」
上手い。《グラファ》はフィールドの暗黒界モンスターを手札に戻すことで何度でも墓地から特殊召喚できるカードだ。これで《グラファ》が出てくることがなくなった。
「バトルだ。《ベージ》でダイレクトアタック!」
「くっ、受けます!」
三上かなみLP4000→2400
「俺のターンはこれで終わりだ」
夜闇統治LP4000 手札4枚
《暗黒界の尖兵ベージ》攻撃力1600
「わたしのターン、ドロー。墓地の闇属性モンスターは5体! よって手札から《ダーク・クリエイター》を特殊召喚します! そして効果発動! 墓地の《メルキド四面獣》を除外することで同じく墓地の《仮面魔獣デス・ガーディウス》を特殊召喚です!」
《ダーク・クリエイター》攻撃力2300
《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300
「それで終わりだって言うのか」
「その通りです! バトル! 《デス・ガーディウス》で《ベージ》に攻撃!」
夜闇統治LP4000→2300
「とどめです! 《ダーク・クリエイター》でダイレクトアタック!」
「だからお前は、ハズレだって言うんだ! 手札から《バトルフェーダー》の効果を発動! このカードを特殊召喚してバトルフェイズを終わらせる!」
《バトルフェーダー》攻撃力0
「くっ、わたしはカードを2枚セットしてターンエンド」
三上かなみLP2400 手札1枚
《ダーク・クリエイター》攻撃力2300
《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300
セットカード2枚
「俺のターン、ドロー。魔法カード《暗黒界の雷》を発動。裏側のカードを破壊して、自分の手札を1枚捨てる。俺は右のセットカードを選択だ。そして手札から《暗黒界の策士グリン》を墓地に捨てる。《グリン》が捨てられたとき、フィールドの魔法、罠を1枚破壊だ。俺はお前の残ったセットカードを破壊する」
かなみのフィールドに伏せられた2枚のカードはあっという間に破壊されてしまう。その2枚は《激流葬》と《聖なるバリア—ミラーフォース—》だった。
両方共、強力な罠カードなだけに、かなみの絶望がありありとわかる。
「この局面で良いカードをセットしてたようだな、腐っても夜闇ということか。だがまあこれまでだ」
「これまで? このターンで勝つとでも言うんですか!」
「そうだ。たった2体のモンスターなど、すぐに破壊してくれる!」
「ふん。だとしても、無理ですよ」
「⋯⋯なるほどな。その反応から察するに、お前も《バトルフェーダー》を握っているようだな? だが関係ない! 俺はフィールド魔法《暗黒界の門》を発動。フィールドの悪魔族モンスターの攻撃力、守備力は300アップする。そして、1ターンに1度、墓地の悪魔族を除外して手札を1枚捨て、その後デッキから1枚ドローする。俺は墓地の《グリン》を除外し、手札の《グラファ》を捨て、デッキから1枚ドローする。このとき、墓地に捨てられた《グラファ》の効果を発動する。《デス・ガーディウス》を破壊だ!」
⋯⋯そういうことか。《デス・ガーディウス》の誘発効果は強制。つまり、
「《デス・ガーディウス》の効果、相手フィールド上のモンスター、《バトルフェーダー》を対象として発動です。デッキから《遺言の仮面》を装備カード扱いとして《バトルフェーダー》に装備します。そして《遺言の仮面》の効果発動。《バトルフェーダー》のコントロールを、得ます⋯⋯」
攻撃力300の《バトルフェーダー》が、棒立ちのまま自分フィールドに来るということだ。
統治の墓地には《グラファ》がある。そして手札は1枚。
あれは《暗黒界の門》の効果でドローしたカードだ。だから、一般論からすれば、あのカードが暗黒界モンスターでない可能性はある。
けどこういう局面のとき、強者なら引き入れるんだ。絶好の1枚を。
少なくとも統治は、その部分を計算に入れてこのターン展開してきたはずだ。
「俺は《暗黒界の狩人ブラウ》を召喚。そして墓地の《グラファ》の効果発動。《ブラウ》を手札に戻し、墓地の《グラファ》を特殊召喚だ!」
《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力3000
「終わりだ。《グラファ》で《バトルフェーダー》を攻撃!」
三上かなみLP2400→0
「これが俺とお前の差だ」
「っ⋯⋯!」
「ハズレはハズレなりに、せいぜい精進するんだな」
そう言い残し統治は踵を返して行ってしまった。
「ぼ、僕もそろそろ戻ろうかな」
「オレも」
涼介と圭も気まずい場から逃げるように去る。去り際、涼介が目線を送ってきた。多分、慰めてやれってことだと思うけどかなみとは今日が初対面だし自信がない。
ただ、デュエルの提案をしたのは私だったから、そこに対する責任感はあった。
「⋯⋯」
かなみの目尻には涙が溜まっている。それは悔しいからなのか傷つけられたからなのか、全く別の理由なのかはわからない。
「悔しい?」
「⋯⋯わたしに構わないでください」
見られたくないか。まあ、そうだろうね。私が慰めたって知らない人に話しかけられてるだけだし。
「まあまあ、気を紛らわすと思って話しでもしようよ」
「⋯⋯」
なにも言わないってことは、肯定したってことかな。そういうことにしておこう。
「あいつ、嫌な奴だったね」
「⋯⋯陰口は言いたくありません」
「あくまでデュエルで見返したいと?」
「⋯⋯」
多分図星だろう。
デュエリストとしての矜持だ。私もわからないではない。
「⋯⋯わたしは今までデュエルで負けたことがないんです。だから負けるのがこんなに悔しいなんて知りもしなかった」
「へぇー、井の中の蛙だったんだね」
「⋯⋯」
うわあ、すごい睨まれてる。ここまで遠慮なしだといっそ清々しいな。
「あなたはわたしを励まそうとしているんでしょう。だったらわたしを怒らせるんじゃなく、気持ちよくしてください」
「ごめんごめん。あっ、じゃあ、私が仇をとってあげようか?」
「仇ぃ? あなたにできるんですか?」
「さあ。でもかなみよりは望みがあると思うよ?」
「⋯⋯」
あらら、今度は拗ねちゃった。
「私だってバカにされたようなもんだからね、少なくとも苗字がどうこうってのは撤回させるよ」
「⋯⋯期待しないで待ってます」
「そうしてて。それじゃ、私たちも戻ろうか? かなみちゃん?」
「わたしに馴れ馴れしくしないでください」
ちょっとは元気になってくれたかな。傷口を抉っただけな気もするけど。
こういうのってやっぱり苦手だ。