The beginning of a castle 作:里芋(夏)
3週間後のライブと体操部の大会とジャズ研の大会が重なってるんや…
そして今回女子組は出て来ないんや…
すまぬ…すまぬ…
夏が終わりに近づこうと太陽に仕事を休むつもりなぞさらさら無いようで、プロダクションの正門をくぐる頃にはリュックを背負った跡が残るくらいには汗を掻いていた。
自動扉が開くと同時、ゆったりと冷気が流れてくる。控えめに言って最高。
プロダクションの空調に感謝を捧げつつ、いつも通り更衣室へ。
第1レッスン室の扉を開けると…トレーナーさんの指示だろうか、俗にいう"シャカシャカした"Tシャツにジャージというラフな姿でストレッチをしている涼くんがいた。
「あ、よろしくお願いします!」
「うん、よろしく。
あー…トレーナーさんは?」
「自分なりのいつも通りで良いから体をほぐしとけ…って言ってどっか行っちゃいました」
「あー…」
ってことは、俺は涼くんに手伝ってもらえってことか。
「…ごめん、ちょっと柔軟手伝ってくんない?」
「え?」
今日は昼までがダンスレッスン、午後からは歌唱レッスンの予定となっている。
昨日の今日だから当然だが、これが涼くんにとって初めてのレッスンになるわけだ。
「痛い痛い痛い!翼さん、痛いです!ギブ!無理ですぅ!!」
「大丈夫大丈夫、そんなに声出せんならまだ余裕だっていけるいける」
「ぅううううううううううう!!!」
その初めてのレッスンで何故涼くんがこんなに呻き声を上げているのか?
ああしろこうしろと口で説明しても分からないだろうから…と、俺が涼くんに
一応、中学高校と体操部だった俺としては、運動する前の柔軟も体操部式になってしまうわけで、ペアストレッチの基本である肩に始まり今は前後開脚の真っ最中ってわけだ。
「…57、58、59、1分。
あ、バタッと身体倒さないように…って、もう遅いか」
「あ、あはは、はは、あはははは…」
柔軟をやった人特有の『限界突破すると笑い声しか出なくなる現象』に罹った涼くん。
「おー、おはよう。悪いな待たせて」
と、そこにトレーナーさんが到着。
汗で浅黒い肌がテカテカしているところを見るに、外でも走ってきたのだろう。
「ん、秋月は終わったようだな。新田、やるぞー」
「うい、お願いします」
◇◆◇◆◇
「うわぁ…なんかもう、ここまでくるとグロ画像です…」
「おいおい涼くん、君も1年後にはそのグロ画像になるんだぜ?」
「…冗談、ですよね?」
とてもいい笑顔でサムズアップを送るトレーナーさん…赤木
まぁ、俺も中学生の頃は
「…さて、これが秋月にとって初めてのダンスレッスンになるわけだけど、まぁやることは単純だ」
自身の柔軟をしながらそう言ったトレーナーさんは自らの背後一面に張られた鏡を指差す。
「こっち向いて、映った俺の動きを真似するだけ」
「…真似、するだけ?」
「そう。まぁ、持ち歌が来るまでは筋トレやら、基本ステップなんかの練習が主になる。
ちょっとばかし地味だが、秋月の年齢だとダンサブルな曲が来た時に歌いながらってのが厳しいだろうから、それに備えるって意味が強い」
まぁそこらへんはコイツのせいでもあるんだが…と指差されたのは俺。
…うん、ごめん涼くん申し訳ない。
俺と組まされた時点で運が悪かったと思って諦めてくれ。
言い訳させてもらうとすれば、今西さんの売り出し方が…いや、確かに俺も了承したけどね?
…取り敢えず、疑問符を浮かべる涼くんに手刀を切っておく。
「自宅でやってもらうメニューも有るから、しっかり頼むぞ」
肺活量やら腹筋なんかのトレーニングとかちょっとづつ増やしてくからそのつもりで…そう告げたトレーナーさんはネックスプリングで立ち上がる。
「すごい…!」
「ははは、ありがとう。じゃあ始めるけど、水分補給はこまめに、しっかり頼むぞ」
◇◆◇◆◇
「ーーストップ!
…新田、フリを大きくするのは良いが、声量をキープできるように考えろ。お前の売りが何かを忘れるな」
「…了解、です」
『歌って踊れる』
俺が想像する何倍もアイドル業界においてこの言葉は重い、
…なんてことは、方向性について最初に今西さんと話をした時に散々言われたことだが、
「秋月に関しちゃ自己申告どおりって感じだな…まぁ、まだ中学1年生だ、伸び代なんていくらでもある」
座り込んでスポドリを傾けながらコクコクと頷く涼くん。
都合2時間半のダンスレッスンもこれで終了らしく、丁度良く現れた今西さんがトレーナーさんと進捗やなんかを話している。
「この建物、結構クーラー効いてるから、風邪引く前にシャワー行こう」
他でもない練習初日に体調崩した俺が言うんだから間違いないぞ〜、と冗談めかして言うと、あははと苦笑いを返して立ち上がる涼くん。
扉の前まで行くと外から女性陣の声が漏れ聞こえてくる。どうやらあちらも既に終わっていたようだ。
扉に手を掛けている涼くんの肩を叩きトレーナーさんへ向き直る。
「レッスン、ありがとうございました。お先に失礼します」
「あっ…ありがとうございました!」
…挨拶は忘れずに、だ。
◇◆◇◆◇
昼食、in346カフェ。
女性陣はせっかく弁当を持参したので
空いてる席を探そうとカフェ内を見渡すと、誰もが一度は見たことのある女優さんや俳優さんの姿がチラホラ。
なるほどさっきから涼くんが物珍しそうに視線を動かしているしている理由はこれか、と納得。
俺自身、若かったり趣味が似ている役者さん・アーティストさんとは普通に話せるようになったけど、俗に言う大御所の方々とは挨拶くらいしかしたことがない。
恐れ多いっつーかなんつーか…とにかく、"そういう"オーラがあるんだよなぁ…
チラチラ盗み見るような涼くんに気付いたのかいろんな人が手を振ってくれる。サービス精神旺盛だなぁ…
適当な席について飯を食べ始めるも、卓上は無音。
せっかく2人で座ってるのに無言ってのもなんだし、適当に話でも振ろうか、
「…涼くんはさ、どうしてアイドルやろうって思ったの?」
挙動不審を体現したかのような動き。うーん、聞いちゃマズかったかな?
「…いや、そんな話しづらいなら「いえ!言います!大丈夫ですから!」お、おう…」
誘導、っていうか言わせたみたいになってて申し訳ない…
「…聞いても、笑わないって約束してもらえますか…?」
「え?あー…うん。笑わないよ」
ちょっとした話題作りがこんなになるとは思ってなかったけどね。
「夏休みの直前、なんですけど…」
「ふむ」
「クラスの友達に告白されちゃって…」
「へー、良かったじゃん。可愛い子?写真とかあるの?」
「あの、それが…男、なんです」
「…うん?」
「だから、『カノジョになってくれ!』…って、男に告白されちゃって」
「うわぁ…」
ってか、涼くんと同い年で男に目覚める子もスゲェな…いや、可愛いと言えないことも無いけれども。
「だから、決めたんです。アイドルになって、カッコよくなって…イケメンになってやる!って」
「なるほど…」
人に歴史有り…ってことか。
「…あの、翼さん。名前、呼び捨てで大丈夫です。その方が呼ばれ慣れてますし」
「そう?んじゃ、そうさせてもらうよ。改めてよろしく、涼」
「っ、はい!よろしくお願いします!」
「…さて、そんなこんなで
「はい!午後も頑張ります!」
◇◆◇◆◇
さて、場所はさっきと同じ第1レッスン室。トレーナーさんだけが変わってのボイスレッスン。
…と言っても、ウチのトレーナーさんは双子なので見かけ上は何も変わっておらず、突然キャラが変わったように見えたのか涼くんが目を白黒させていたのが面白かった。
まぁ、若干こっちのトレーナーさん…赤木
「秋月くんは…声変わりはまだみたいだね」
「あ、はい。音楽の先生もそう言ってました」
「じゃあ丁度いいかな…新田くんこの音出せる?オク下げた方がいい?」
「あー、あー…はい、ギリギリ全音で3コ上くらいまではいけます」
流石に裏声無しだとこれ以上はキツイけどね。
「じゃあこれでいこうか。そしたら、半音ずつ上げてくから…」
◇◆◇
「…うん!じゃあ、これでおしまい。
…まぁ、どっちにも言えることだけど、音域とか声の出し方ってそんな簡単に変えられるもんじゃないから、あんま変わってないなぁ…って思ってるだろうけど辛抱強く、ね?」
「はい!」「うい、精進します」
本日のボーカルレッスン終了。
またまた話し込む今西さんをよそに、涼くんを誘ってプロジェクトルームへ。
「…わぁ、綺麗ですね!」
「だろ?」
毎日高層階から外を見ていると、夕日の位置の変化で秋が近付いてきたのを感じる。
…まぁ、秋が近付いてきたからと言って何かが変わる訳でもないけど、西側が全面ガラス張りになっているこのプロジェクトルームの個人的な楽しみ方だ。
「また同じ景色が見えるまでに、君たちをトップアイドルに押し上げる!ってのが、僕の目標かな?」
「うわっ!」「あれ、今西さんいつの間に」
ふふふと上品に笑う今西さん。
「…ってか、なかなか詩的な言い回ししますね今西さん」
「だろう?お気に入りなんだ」
涼くんが若干変な喋り方したみたいに見えるかもしれませんが、13歳ってこんなもんかなぁ…ってカンジで書きました。文量ちょっと多めだから許して!