お前を転生させてやる、何でも願い事を叶えてやるよ。
なんて事を一度でも言われることを想像したことが無い奴は、あんまりいないだろう。
少なくとも二次創作やらネット小説を読んでいる奴の中にはあんまりいない。
そんな状況が訪れてしまった場合、人はその場のノリと勢いに任せて『ぼくのかんがえたさいきょうのちーと』を所望するだろう。
その相手が、例え邪神だろうとだ。
「俺を神にしてくれ、エロい事とかして、働かないで生活したい!好待遇の神にしてくれ!」
「喜べ少年、君の願いは叶う」
その時に笑った顔を人は愉悦というのだろう。
ゆさゆさ、ゆさゆさ、そんな効果音が聞こえるくらい優しい感じで身体が揺さぶられる。
何と言うことだ、朝がやってきたという絶望感が俺を襲う。
そんな俺に対して、幸運の女神様が言うのだ。
「後輩ちゃん、朝ですよ。いや、時間の概念とか超越してるのですが一応朝という設定の時間ですよ」
「働きたくないでござる」
「最初に言うことがそれぇ!?」
朝からまたあの夢か、忘れた頃に思い出すような呪いでもあるんじゃないかと転生される直前の光景を見て憂鬱になった『私』は目を覚ます。
かつて男であり、哀れにも邪神に弄ばれて、そして今も邪神が作ったかのように創作の世界のようなところに転生した『俺』は目を覚ました。
それはとても奇妙な感覚だ。
紛れもなく生まれた世界であり現実であると認識している『私』と、創作の世界に転生したと認識している『俺』が同居しているからだ。
「おはようございます、せーんぱいっ……」
「くっ!」
「どうしたんですかぁ?胸が痛いんですかぁ?」
突然胸を押さえる先輩である、幸運の女神エリス様に俺は自分のゆっさゆっさ揺れる胸を強調しながら首を傾げた。
なんですか、そんなに胸を凝視して怖いです。
いや、私も望んで手に入れたわけじゃ無いですけどあれば不要で無ければ必要ですよね。
「な、なななんでもないですよ後輩ちゃん」
「顔が引き攣ってるんですが……もうっ、しょうがないですねぇ」
「きゃぁぁぁ!?待って、待って何がしょうがないの!?」
あぁ、もう可愛いなと私の中の男が言う。
そうですねと、私の中の私が言う。
やりたいこととやるべきことが一致したとき、迷わず行ってしまうが吉。
ということなので、私は彼女を抱きしめて布団の中に引きずり込むという選択肢を選んだ。
「わー、わー、誰か!?」
「安心してください先輩、私ってバイなので女の子も大好きです」
「安心出来ないですよ!?待って、服に触らないでぇ!?」
あと少しのところで騒ぎを聞きつけた天使に邪魔されたが、泣き顔のエリス先輩は可愛かったです。
改めて、起こされた私は今日のスケジュールを確認する。
ふむふむ、どうやらイベント中らしいのでスタミナ管理しながらゲームしなくてはいけないな。
「こらぁ、サボっちゃダメなんですよ!」
「また来たんですか、せんぱぁい」
「働かなきゃダメですよ。いいですか、仮にも女神なんですから――」
「やめてください、死んでしまいます」
私の部屋にやってきては、なんだかんだで面倒を見てくれるエリス先輩に恐ろしいことを言われる。
何故なら、『俺』が転生して生まれた『私』は酷い担当属性の女神だからだ。
その属性故に、何というか駄目人間……いや駄女神なのである。
「もう、そんなんだとアクア先輩みたいになっちゃいますよ」
「なんだかんだハイスペックなアレと一緒にされても困る」
「アレ呼ばわりとは、何したんですかアクア先輩」
「悪気なく貶されました」
嫌なことを思い出した私はぐてぇーとベッドにダイブした。
ありがとう、いつも優しい包容力溢れる布団君。大好き、抱きしめて。
「あぁ……で、でも自分の事だし誇りにしても良いと思います!」
「じゃあ先輩、私の名前とか役職?言ってみてくださいよ」
「えっ!?」
「やっぱり言えないんだ。もうやだ、働かない」
「言うからっ!言うから、働こうよぉ!」
そう言って、先輩はモジモジしながら小声でボソボソ言う。
その姿は可愛いけど、人の名前を恥ずかしがるとは失礼な。
「先輩っ、人の名前を恥ずかしがるなんて失礼ですよ」
「ご、ごめっ……待って何で怒られてるの!」
「ほら、早く言って!」
「……ロースちゃんです」
「えっ?誰が肉の部位だって?」
「エロースちゃんですっ!何これ公開処刑!?」
顔を真っ赤にして、プルプルしながら羞恥に混乱する先輩の様子を私はばっちし録画していた。
そして、後日それを動画サイトに投稿していたことが分かって怒られるのだった。
改めましてこんにちわ、駄女神ことエロースちゃんですっ!
そんな私は、珍しく仕事をしていた。
「はぁ……鬱だ」
「あの、すみません」
「なんで私、働いてるんだろう。はぁ……」
「えぇぇぇぇ!?」
それはそれは大きな玉座にて、私はだらけていた。
無駄に大きい胸を肘掛けに載せて、私を見てわたわたしている迷える魂を見守っていた。
仕事、仕事しなきゃ……説明がダルい。
「あの、ここどこですか?私は一体……」
「これ、あげる」
そうだと思って、私は自分の能力を使って作り出した紙を渡す。
渾身の出来である、もう働きたくないくらいである。
渡された迷える魂ちゃんは渋々読み始めてくれた。
「じゃあそういうことで」
「働いてよ!もっと、お悔やみ申し上げますとかあるじゃん!何ですか、これ!ごめーん死んじゃったから特典選んでね、なんだよこの最初の一文!キャラも違うし、軽いわ!」
「ねぇ、疲れない?」
「お前のせいだぁぁぁぁ!ふーざけんなぁ!説明も天国でニート、普通に転生、チートで異世界転生とか雑なんだよぉぉぉぉ!」
分かりやすいと思うんだけどなぁと、同じベクトルでも仕事が出来るアクア先輩を見習いたくなる。
ごめんね、私ってばこんなんで仕事できないでさ。
でも、やる気はあるっちゃあるんだよ、一応これが全力なんだよ。
人より、全力の値が低いだけで頑張ってるよ。
「他の人、他の人はいないんですか」
「前任者は特典に選ばれてしまって、急遽配属された感じなの。ごめんね、人手不足で」
「もっとマシな奴いただろぉぉぉ!」
私の作成した説明書をパァンしながら、迷える魂ちゃんが荒ぶっていた。
いるにはいるけど、天使だしな。女神以下だから、動ける女神は私だけなんだよね。
なお、恐らく役職だけで天使の方が働ける模様。
「他は私以下だよ(役職的な意味で)」
「私以下!?(実力的な意味で)」
「そうそう、まぁ腐っても女神ですし……ダメな先輩でも洪水起こせるレベルだし」
「なにそれすごい」
事実、水の女神なら余裕ですしね。
えっ、その先輩を呼んでくれ?
「ごめんなさい、その人前任者なので異世界なんです……はぁ」
「マジですか」
「でも異世界オススメ、魔王倒したら願い事なんでも叶うから……ふぅ」
無理、エロ動画みたいよゲームしたいよ。
もうゴールしてもいいよね、休んでもいいよね。
「なんか適当にチート選んで、何でもいいから」
「んっ?今、何でもって言った?」
「淫夢厨乙」
「決めました!私の特典は、貴方です!」
ビシィっと、迷える魂ちゃんは私を指さして宣言した。
えっ、えっ、なにそれ聞いてない。
アクア先輩ルートにいつの間に入っていたのだろうか、まって前例があるから……。
「貴方の願いは受理されました。これより新たな世界に向かっていただきます」
「天使ちゃんマジ天使。なんて事だ、天に召される系じゃ無いですかヤダー、こんなところにいられるか帰らして貰う」
「ちょ、それ死亡フラグ!」
願い事が受理されて、私と迷える魂ちゃんの下に光が溢れる。
そう、異世界に飛ばされる前兆である。
エアコンとネットがない異世界なんて地獄に行ってたまるか、そう思って抵抗するも両足を捕まれた私はビターンと顔面から倒れ込む。
「痛ったぁぁぁぁい!顔がぁぁぁぁ!」
「あっ、やばっ」
「あの、今あって言いましたよね?なんで目を反らすのそこの天使!こっち見ろやぁ!」
てへっと小さく舌を出す天使を最後の光景に、私は意識を失った。