この世界では考えられない錬金術を使って何が悪い 作:ネオアームストロング少尉
私の兄は何時から変わってしまったのだろうか?
……変わった事なんて、とっくの昔に理解したハズだ。理解して、悔しくて悲しくて、ルミアが来るまで一人で泣いていた。あの時の私に何が出来たのだろうか? もし戻れるのなら、なんだってする。
あの時の私はただ逃げることしか出来なかった。片足を無くした兄を見て、その流れる涙を見て。
その日以来、兄は変わってしまった。いや、変わったと思うのはずっと近くで見ていた私ぐらいだろう。ほんの些細な変化だ。しかし、その些細な変化が私は大きく感じていた。
いつも優しい笑顔で迎えてくれる兄のその笑顔は、あの日から何かを無くした笑顔になった。
それが、成長するにつれて怖くなり、私は離れていった。それでも、兄は歩みを止めない。何処へ行っているのか私には分からない。片足を無くしたとしても止まらない。私がただ、願うのは──
朝日が眩しい。じっとりと汗を吸いとって貼り付く寝巻が気持ち悪い。何とも嫌な目覚めだ。システィーナはゆっくりと起き上がりベットから出る。近くのテーブルに置いていた水を一気に飲み干す。嫌な熱が内側から冷めていく。
一息ついて時間を見た。いつも起きる時間より少し早い。
「……着替えよ」
普通なら今日、学校は学会があるため休みなのだが、ヒューイ先生が来なくなって滞っていた授業の遅れを取り戻すため、自分たちのクラスだけ学校がある。
幸い、非常勤の講師は最初こそ最悪であったが、今では見違えるほど質の高い授業を行っている。ヒューイ先生にも引けを取らないぐらいだ。若干楽しみにしつつ髪を解かし終え、何時ものように身だしなみを整えた。最後に姿見でおかしな所が無いかチェックし、無事確認して階段を下りる。
そこまでは、いつもの日常だった。
朝食をとるためリビングに行くと──
「──ん、おはよう」
母のエプロンを着た兄がいた。朝食を作って。
「......え?」
「二人ならもう出て行ったぞ。何でも今度有休を取りたいからとか」
「あ、うん……いやいや、そうじゃなくて」
二人の事は分かった。だけど、この状況は一体なんなのか? なぜ、兄がエプロンを着て料理をしているのか?
「何、気にするな。味はお母様が保証してくれた」
「……もういっか」
兄の変な行動は今に始まった事ではない。昔からよく訳の分からない行動をしていただろう。うん、そうだ。ただ、これは初めての事だったから驚いているだけだ。
「あれ? システィ、早いね」
後ろからルミアが顔を出す。ルミアもまたエプロンをしていた。
「まさか、と思うけど……二人で?」
「そうだよ、フォル義兄さんが料理上手だったのは驚きだったけどね」
そして、頭の中で考えられるのは、二人してキャッキャウフフ……もとい、仲良く台所に並んで料理したと言う事か。
そういう事なのか。
「このっ!!──」
右手を突き出して。
「──《バカ・アホ・変態》!!」
三節で唱えられた【ショック・ボルト】がフォルティスに炸裂したのだった。
~Ω~
「……遅い!」
システィーナは懐中時計を握りしめて唸っていた。今まで調子が良かったグレン先生が三十分ほど遅刻しているのだ。まあ、今日がもともと休校日と言う事もあって、もしかしたら休みと勘違いしているかも知れない。
そんな中、無造作に扉が開かれ、人が入ってくる気配がする。しかし、それはグレンでは無く、見たことの無い二人組であった。
「ちょっと貴方達、一体何者なんです?」
正義感の強いシスティーナは臆せず二人に言い放つ。だが、それは少々無用心だった。そもそも、コイツ等は
このアルザーノ帝国魔術学院は無粋な侵入者が入って来れないように、高度な結界が張られているハズだ。守衛が許可したのなら分からなくも無いが、こんな怪しい奴等を通すだろうか?
守衛が簡単にやられるとは思えない。仮に守衛が洗脳等をされたとしたら十分危険な存在だろう。しかし、もしやられていたとしたら──
「──《ズドン》」
チンピラ風の男がふざけた呪文を唱える。立て続けに三回。それは、指した相手を一閃の電光で刺し穿つ、軍用攻性スペル【ライトニング・ピアス】。自分たちが使う【ショック・ボルト】とは、桁違いの物だ。貫通力、射程距離、弾速、威力、すべてが上位互換と言える。
システィーナは余りの恐怖にその場に座り込んでしまう。いや、クラスの全員が唖然としていた。
……
机の下で自分の手袋を触る。手の甲の錬金術を行う為に書かれた赤い錬成陣。やはり正解だった。あの速さの詠唱で、しかも、
しかし、もう
そして、チンピラ風の男がシスティーナの頭に照準を合わせる。自分もグッ、と指に力を入れようとした時、ルミアが立ち上がった。
「私がルミアです」
「へぇ」
……指の力を抜く。今やっても近くにいる二人を捲き込んでしまいそうだ。こんなことなら少しぐらい試しておくべきだった、と後悔する。自分は本番に弱い質なのだ。それに、どうも男は元々分かっていたようで、いつ名乗り出てくるか遊んでいたようだ。
「ジン、その辺にしとけ」
それまで、黙っていたダークコートの男が口を開いた。
「私はその娘をあの男の元にへ送り届ける。お前は第二段階へ移れ。この教室の連中は任せた」
「あーもう、面倒くさいなぁ。なぁ、レイクの兄貴ぃ、やっぱりこいつ等に【スペル・シール】かけていくの? 別にいいでしょ、こんな雑魚共。束になって暴れだした所でオレの敵じゃねえし? そもそも、もうすっかり牙抜かれちまってるじゃん?」
ジンと呼ばれたチンピラ風に男が教室全体を睥睨する。誰も目を合わせないように逸らした。
「それが当初の計画だ。手筈通りやれ」
「へいへーい」
レイクと呼ばれる男が一瞬、自分と目が合った気がした。だが、直ぐにルミアの方を向いて連れて行った。システィーナと話している中、どうも、ルミアが触られる事が気に食わなかったように見える。
微かに残った記憶では確か……いや、思い出している場合じゃない。今は、残ったジンと言う輩をどうにかする事が優先だ。
「んじゃあ、下手に抵抗すんなよぉ~」
やるなら今だな。自分は立ち上がり机を蹴って教卓と最前列の間辺りに移動した。ジンと呼ばれている男は面倒くさそうにこちらを見て、指をこっちに向ける。
「おいおい、言ったばっかりだろ? この学院に言葉の意味も理解出来ないバカとか、笑えねえ」
「な、なにやってるのよ」
システィーナは震える声でそう言った。確かに、この状況で言えばおかしな行動だろう。しかし、ここなら
指に力を込めて真っ直ぐと相手に向ける。その行動にジンは腹を抱えて笑いだした。
「ギャハハハ!! 何すんの!? 面白れぇ!!」
「錬金術」
「は? なに──」
次に聞いたのは指の鳴らす音と爆音だった。そして、テロリストを中心に燃え上がる爆炎が窓を割り外へ逃げていく。それと、一緒に手前で発生させた衝撃波でジンと呼ばれた男も教室の外へと放り出される。
「……なに、今の」
システィーナは――否、そのクラスにいた全員が、皆目の前で起きている状況を理解出来ていない。もし理解したとしても、それを実行するなんて考えられないだろう。それは正しく、グレン先生が言った『人殺し』の魔術だ。
だと、言うのに自分は何も感じないし、何も思っていない。ただ、あるのは成功したと言う事実と達成感。
……自分はこんなにも薄情な人間だったのだろうか。例え、ヤツが罪を犯し裁かれる人間だったとしても、人を殺して何も感じない、何も思わない、そんな事があっていいのだろうか。
人を殺したのは初めてだ。どうして――
──『通行料だ』
「ああ、そうか。俺も同じだった、ってことか」
周りを見て見れば、自分に対する恐怖を宿した目、目、目。決して、誰も『助けてくれて、ありがとう』なんて言葉を口にしない。したとしても、何だ、アレは? と言った意味合いのものだろう。
なら、最早こんな所にいる必要はない。ルミアを助けなければいけない。ルミアは何かしら事情を抱えていそうだ。出入口に向かおうとした時、一瞬立ちくらみのような物を感じた。
何となく、『マナ欠乏症』と近い感覚だ。どうやら、思った以上に魔力を消耗するらしい。後、撃てたとしても三回か四回が限界と言ったところか。落ち着いたら『錬丹術』も考えた方がいいかも知れない。
ふらつきはしたものの、何ともないように教室を出ていこうとするフォルティスにシスティーナは声を掛けようとしたが、逆にフォルティスから声を掛けられた。
「ルミアを助けに行って来る。安心しろ、ルミアが言った通りグレン先生は来るだろう」
「……私も連れてって」
「ダメだ、来ても足手まといにしかならないよ」
「何でっ!! 私も一緒に……ううん、分かった」
最後、システィーナが何を言おうとしたのかは知らない。知った所で分かるハズも無い。きっと、そんな感情は自分には理解出来ないのだから。
感想にありましたが、手合わせ錬成は出来ます。ただ、本文にもあったように、一節詠唱があったりするので、手合わせ錬成はタイムロスが発生するのです。だから、私はこんな形にしました。まあ、あの錬成陣が好きだから、と言うこともありますが。次の投稿は来週の金、土、日曜日辺りになりそうです。