よければどうぞ。
心地の良い潮風が体に休息を感じさせてくれる。
「ごめんなさい提督、待たせてしまったみたいで」
凛とした声で俺に声をかけてくれたのは加賀。
「いや、俺もさっき来たばかりだよ」
「そう……」
「しかし……似合ってるな」
淡いピンク色の薄いセーター、七分丈のスカートと普段とは違う加賀の服装に俺は胸が高鳴っていた。
「やめてください。そんなことを言っても何もでませんよ」
可愛い服を着ても加賀は加賀だった。
「愛想無いな……」
「その言葉、そっくりと提督に返します」
このやり取りもいつも通りだ。
「今日は何処に行こうかねぇ?」
「あら、提督のことだから順路を決めているのかと」
「いやいや、こういう時ぐらい作戦無しで行ってみたくてね」
俺は加賀に白紙の手帳を見せびらかす。
「全く……それだから色々と失敗するんだから」
「それとこれとは別だろ……」
以前、俺は計画もなしにバカンスをしに行って宿を探しまくったことがあり、加賀を怒らせている。
「あの時は大変でした。お腹は空くし足が痛くなったりと……」
「あー! 悪かったって、今日は沢山食っていいから!」
「本当ですか? なら水に流しましょう」
ここで俺は自分の財布と話し合う。結果は言うまでもないが、あえて言うなら、節制という言葉を学ばなければならないということだ。
◆
「あのー……加賀さん?」
「はい?」
振り向く加賀の横顔はとても可愛いが手に持っている食べ物の量が可愛くない。
「その手に持っている食べ物たちは一体?」
「これは私のでこれは赤城さん、これも赤城さんで、このケーキも赤城さんで……」
「まさか、それ以外全部は……」
「ああ、全部赤城さんですね」
畜生、やっぱりそうだ。これじゃ俺の財布はレシートの束で力を持たない小銭たちが溺れてしまう。
「もう少し加減をしてくれると助かるんだが……」
「あら……せっかく水に流したのに、また拾い上げさせるつもりですか提督?」
「ぐ……」
反発したら確実に俺の鎮守府内での株が下がってしまう。
「次に行きましょう。赤城さんが欲しがっているものはまだまだありますよ」
「ま、まって!」
俺はこれ以上財布を詰まらせるようなことはしたくないので加賀を止める。
「なんですか、提督」
「い、いやぁ……買いすぎなんじゃないかなって……」
「…………」
加賀の目つきが急に鋭くなる。
「提督、貴方は私に言いましたよね? 『あの時は悪かった、今日は沢山食べていいから』って」
「だ、だけどテイクアウトは許した覚えが……」
「嘘をついたということですか」
まて、何故そんな話になる。
「いやいや、食っていいとは言ったけどな、持ち帰りは言っていないぞ!?」
「あら? 持ち帰りは駄目とも言われていないのですが」
加賀は、どこか悪いところでもと言わんばかりに首を傾げる。
「言われていなかったので、そこは自身の裁量でと判断しました」
「そこは相談しても良いと思うのだが……」
「それに私は赤城さんと一心同体です。赤城さんが食したものは私が食したもの、その逆もまた然りです」
力説、という言葉が似合うほどに加賀の言葉には何とも言えぬ迫力が込められていた。
「何か不服があるなら申してください。私には全力で論破できる自信があります」
「つまり聞く気はないってことね……」
「聞く気はあります。納得する気がないだけです」
「それは話を聞く気がないことと同じだよね!?」
どうやら加賀さんを説得させる道は完全に断たれているようだ。
◆
時刻も時刻。辺りは黒く、月と街灯の白い色が目立つ。
「沢山食べたな……加賀」
「そうね、感謝しているわ」
加賀の大荷物は一旦鎮守府に置いて、今は周辺の港にいる。
「なぁ加賀……」
「なんですか提督?」
「いや、もしもの話なんだけど……」
俺は近くにあるベンチに腰掛けて続ける。
「あー、その……なんだ、えと……」
「はっきりと仰ってください。だらしのない」
「いや、俺には好きな人がいるって言ったら……どうする?」
「そうね……」
加賀はいつも出撃している海の方向を向く。
「少なくとも、今の感じだとフラれますよ」
「そう思うか……」
それを聞いた俺は肩を落とした。
「ところでその人はどんな人なんですか?」
加賀は俺の隣に座る。
「かなり強気で、仲間思いでね。雪のように冷たいけど、どこかふんわりしている女性なんだ」
「…………」
「そんな彼女にプロポーズをしたいと思うんだ」
それを聞いた途端、加賀は何も言わずに俺に近場で買ったドーナツを差し出してきた。食べかけだけど。
「これは?」
「迷ってはダメよ提督。貴方は司令官なのよ」
加賀の瞳はまっすぐと海の方向を向いている。
「貴方のしたいことをしなさい。フラれたらそれまで」
「…………」
「でも、モヤモヤするならやりなさい」
加賀は腰を上げてその場を立ち去ろうとする。
「加賀ッ……!」
「まだ何かおありですか?」
「あ、あ……」
口が回ろうとしない。何か恐れているのだろうか。
「提督、一つ助言をしてあげましょう」
「助言……?」
「ええ。このようなタイミングで告白するならばドラマの見すぎと笑われますよ」
「ッ……」
その助言は俺の心に何かを植え付けられた気がした。
「加賀……」
「はい」
決めた。その一言以外は考えられない。
「好きだ。受け取ってくれないか」
セリフと同時に指輪の箱を開けて加賀に捧げる。
「…………」
「加賀っ!」
「申し訳ありません、提督」
加賀は開けられている指輪の箱をそっと閉じる。
「言いましたよね、ドラマの見すぎって」
「…………」
唖然。告白は失敗に終わってしまった。
「そもそも告白とプロポーズを同時に行うというところが駄目です。ちゃんと順序を踏むことをお勧めします」
加賀はそれを言い、何も言えない俺に背を向ける。
「ただ、気分は高揚しました。今はそれだけです」
この後のことはあまり覚えていない。気づいたときにはベットの中で頭痛と添い寝をしていた。
加賀の言葉は悲しかった。でも、確信はないが何かを期待しているようにも聞こえてしまったのだ……。
そしてまた、俺はどうしようもない衝動に駆られながらも加賀との休日に恋い焦がれていた。
連続投稿です、許してください。
今回は加賀さんでしたが、自分でも顔が渋くなる作品になりました。