場面が飛び飛びになりますのでご留意ください。
「なぁ千ふ…織斑先生、これホントに今読まないとダメですか?」
「当たり前だ。先に戦っている
うげぇ……この書類全部にサインしないといけないのか。というか他の専用機持ちはもう終わらせたのか羨ましい。
さて俺こと織斑一夏が状況を説明しようと思う。今日は先週の入学式の日から見て一週間後の月曜日、その放課後。つまりクラス代表決定戦の時間である。丁度今俺以外のクラス代表候補、レイモンドさんとリチャードが戦っている所だ。
そんな中俺は何をしているかというと、納入が終業時刻に間に合わなかった俺の専用機の為の書類にサインをしている所である。正直適当にサインして早く機体と対面したいと思っているが、そうは問屋が卸さない。千冬姉の監視のもと一通り書いてある内容に目を通してからサインという余計な手間をかける羽目になっている。
「織斑、貴様余計な事を考えているだろう。だがそれらの書類は専用機を使う上で必須のものだ。テロリスト予備軍扱いに成りたくなければ良く読んでサインしろ」
「……はい」
この書類20枚近くある様に見えるんですが…これを全部読めと?しかも一試合終わるまでに?
この一枚読むごとに一つマリアーノ達、そして剣道部の先輩達のアドバイスが塗りつぶされている気がする。全て忘れたら千冬姉を恨んでパァンッ!
「いいから早く読み進めろ。グズグズしている暇はないぞ」
「ハイ。モウシワケアリマセン」
結局、全部書き終わるまで30分弱かかる事となった。
「あ、織斑君っ!やっと来ましたね。」
第三アリーナ・Aピットにやっとの事でたどり着いたときには、どうやら試合は終わっていたらしい。
山田先生、マリアーノと愉快な男達、箒と強かな剣道仲間達がこちらを向いて
「織斑。お前の機体は既に到着している。すぐに準備しろ。ただでさえアリーナ使用時間の延長が確定しているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」
――はい?
「この程度の障害、男子たるもの軽く乗り越えてみせろ。一夏」
「その為に今日まで訓練を重ねてきた。一夏君なら出来る。私が保証しよう」
――え、あの?箒にマリアーノまで何を
「私達は一夏さんの今日までの頑張りを存じております。ご健闘を」
「そうだぜぇ一夏。お前さんの相棒は待ちかねてんぜぇ?」
「え?え?なん……」
「「「「「「早く」」」」」
その場にいたほぼ全員の声が重なる。おいそこの男子、見合わせて“やったぜ”みたいにするな。負けたらお前たちのせいだからな。
そんな有り体も無い事を考えていると、皆の視線が一点に集まる。
――そして、ピットの奥の『白』が、目に入った。
◇vs
『それが君の機体、名前は白式か。こういうのを“名は体を表す”っていうんだろうね』
アリーナBピット側、前方43mの空中に佇むISから通信が入る。
白と金のフレームにフィンが幾重にも重なったような翼、二本の片刃大剣を腰に携えた機体はスラスターも無しに浮遊しており、ISが超兵器の類である事を思い出させる。
少ない装甲から露出した、白いISスーツ越しの肉体は
――操縦者レイモンド・ウーマー・マッケイ。ISネーム『ユートピア』。戦闘タイプ近距離格闘型。特殊装備あり――
(格闘型か、皆の予想は外れてたんだな)
先週の段階で正体が分からなかったレイモンドさんの機体、ユートピア。
『白式』と同様に真っ白な翼を背に抱えるあの機体の情報は、今の今まで得る事が出来なかった。
俺達が剣道部を味方に付けたように、レイモンドさんと白旗は整備科、開発室を味方に付けていたらしく、開発室の中に籠った彼らについての情報が一切外部に出てこなかったのである。
『君の機体も近接格闘型か。リチャード君のサンダーボルトは射撃型で、私は大した事が出来ずにやられてしまったからね。今度は噛み合う戦いを期待するよ』
レイモンドさんが双大剣――検索、
『君も武器を出すんだ。私はクラス代表には興味はないけど、折角だから――』
――警告!敵IS突撃体勢に移行。反重力力翼にエネルギーの充填を確認。
っ!いきなり突っ込んできたっ!
『
「うおっ!?」
慣れない機体のせいか反応が遅れたものの白式のオートガードの補助により左肩を掠めるだけに留める。まだ成形段階だった左肩の装甲の一部にひび割れが入ってしまった。
レイモンドさんは何か言っていたようだが、避けるのに手いっぱいで聞き取れなかった。
「装備、装備は!?」
…近接ブレード《名称未設定》のみに見える。
見間違いかと思い、下方からの切り上げを何とか躱してもう一度見る。
…近接ブレード《名称未設定》のみに見える。
見間違いではなかった。虐めではなかろうか。
「ええい、ままよっ!」
右手に形作られる、刃渡り1.6mの長刀。
『驚く事があったみたいだけど、準備は出来たみたいだね。私たちのISのデビュー戦、どこまで行けるかな』
上段からの一撃を鍔迫り合いに持ち込む。
『さぁ、戦いを始めよう。白き翼に望みを託して、物語を紡ぎだそう』
「なんのことだか分かりませんけど…」
二機のISが同時に距離を離す。ユートピアが上に、白式が下に。
こちらは初めて見た機体で起動して数分、対して向こうは搭乗経験は少なくとも一戦交えており、更に機体の事を熟知している。決定的ではないが、確かに存在する差を
「やってやるさ」
フィッティング完了まで約28分。なんとなくこれが決着までの時間であると直感する。
この一週間皆に手伝ってもらった成果、取り戻した剣術の勘がある。手伝ってくれた皆の為にも、同じ近接格闘型相手に負けるわけにはいかない。
せめてこの勝負は白星にしてみせる!
「流石は初心者同士。エレガントさに欠けた泥仕合ですわね」
HQ、こちら白旗。ピット内に待機して試合の様子を覗っていた所、
まぁ小芝居は置いといて、状況を説明しよう。
ここは第三アリーナBピット、原作ならオルコットが出陣した側のピットであり、俺はここでレイモンドさんを応援していたわけだ。
試合開始から大体19分、前半はレイモンドさん優勢、途中から織斑が機体に慣れ始めたようで少しずつ優勢が覆されて、そろそろ攻守が交代する所だ。
二機はどちらも近接格闘型なのもあって火薬的な派手さに欠ける試合ではあったが、流動波干渉特化のユートピアが行う緩急の強い三次元機動、段々と対応力が上がり遂にカウンターに成功する織斑一夏など細かい見どころがいくつもあった。
そして、そろそろレイモンドさんも
「訊いています?お返事は?」
「今ちょっとユートピアの機体ステータスから目を離せないんで後で」
適当な事言ってイベントフラグを折っておく。キーキー言ってるみたいだが真面目な顔してホントに機体ステータスが示されているタブレットを眺めてたら諦めたようで、静かになった。ちょろい。
試合の解説に戻ろう。レイモンドさんの機体は初めに比べ機動の複雑さを落とし、織斑一夏が追従できるようにしている。
何も考えずに見れば機体に慣れた織斑一夏が相手を捉え、完全に押し込んでいるように見えるだろう。織斑の対応力が増しているのも事実なのか、素で追い詰められている場面もある。ちなみに
「あのような極東の猿とのサーカスすらまともに出来ないなんて、期待外れも良い所。あれではイギリスの恥ではありませんか」
おおっとピット内の気温が下がった。これはマズイ。放っておくと最悪ブルー・ティアーズが整備不良を多発するようになってしまう。
IS整備室でしょっちゅうレイモンドさんに話しかけていた面子が突っかかる前に手で制し、それっぽい事を言ってお茶を濁す。
「能ある鷹は爪を隠す」
「はい?何か仰いまして?」
織斑の攻撃が徐々に大胆になり始める。そろそろ止めを刺すつもりなのだろう。
「ユートピアのシールドエネルギー残量もいい塩梅だし、そろそろ来ますよ。理想郷より来たる希望の皇、光の使者の真価の見せ場が」
シールドエネルギーは
ユートピアのコアに仕掛けられている
――勝利の方程式は全て揃った。
『流石に…くっ!剣術勝負に持ち込まれると…勝てないね』
「そういうレイモンドさんも…さっきから嫌な動きで…はっ!……ギリギリ届かないじゃないですか!」
シールドエネルギー残量97、実体ダメージ中破目前。恐らくだが目前のレイモンドさんはもう少しダメージを受けているはずだ。
初めは複雑な三次元機動を全く追い切れず一方的に切りつけられていたが、今は立場が逆転している。
白式が追い、ユートピアが逃げる。俺が仕掛け、レイモンドさんが受ける。この繰り返しの中で俺は幾つもの有効打を打ち込むことに成功している。
行ける。このまま押し込めば、初試合を勝利で飾れる。
「ぜああああっ!」
『っ!決めに来ているね。一撃の重さが最初と段違いだ』
袈裟狩りを避けそこなったユートピアにキツイ一撃をお見舞いする。バランスを崩したのか、ユートピアが地面に降りてバランスを崩した。
今だっ!
「はあああああああ!」
絶倒の気合の込め、重力まで味方に付けて近接ブレードを振りかぶる。
――獲った!
『
だが、宣言と共にユートピアの翼が変形し、機体を覆い隠した。今まで影も見せなかったこれは…っ
「なっ…シールド!?今まで隠して…」
剣先に乗せた力が全て吸い取られるような防御壁に渾身の一撃を阻まれる。剣を振り抜き損ねた不安定な姿勢で留まってしまった所を、ユートピアの双大剣に切り伏せられる。
『そろそろこちらに
そう言って飛び上がったユートピアは、翼を閉じ、白亜の塔のような形態に変形する。
一見して隙だらけ、だがハイパーセンサーからの情報に接近することを拒まれる。
『
――――
ユートピアから溢れ出るエネルギーが渦を巻き一点に凝縮する。高潔にも見えた白は黒に、守る為の白亜の塔は混沌を裂く黒の大剣へと変化した。
『希望の力!混沌を光に変える使者!ユートピアレイ!』
「ISが…変身した…?」
『呆然としている所悪いけれど、決めさせて貰おう。オーバーレイ・チャージ!!』
「織斑先生、あの、ISって変形ロボだったんですか?というかあれ変形のレベルじゃないですよね…?」
「いや、私が知る限りISは変形ロボではない…はずだ」
「つ…付け加えると、フォームチェンジする変身ヒーロースーツでもない…はず……です」
その頃、
致し方あるまい。30分弱に及ぶ接戦。初めは翻弄されていた可愛い後輩の動きがだんだん良くなるのは分かる。それで調子付いてしまって大振りの攻撃を誘導されてしまうのも分かる。
だが今のはなんだ。ISが変身するなど予想していない。そして、ISの見た目と機能が大幅に変わるなど、心当たりが一つしかない。
「まさか『
『
彼女らの常識では画面のすぐ向こうで起きた現象を説明する手段は無い。だがセカンド・シフトは十分な戦闘経験を積んだISコアでこそ起こる現象であり、ユートピアが新型の実証試験機である事実とあまりに矛盾する。
「
「南路、今の現象に心当たりがあるのか」
混乱から抜け出せない女性陣に対して、
「……最新のIS研究について調べたときに少々、と言う事でお願いします。正直俺も信じられないものを見ている気分です」
煮え切らない回答だが、深く追及しても何も変わらないので後で操縦者に聞くことにして、意識の切り替えを図る。
ユートピアレイと呼称された機体が副腕で特大剣を掲げ、両手の双大剣も含めたコンビネーションにより一夏を追い詰めている。とどめの一撃を回避された衝撃と目の前で起きた異常事態の衝撃が抜けきれないのか、一夏は先ほどに比べ動きの切れが無い。
残りシールドエネルギーは38、機体の能力によるものか威力が高められている特大剣の直撃一つ、もしくは双大剣の連撃で削り切られてしまう程の残量。
(流石に何も言わずに放り出して白星は期待しすぎたか。…次の試合の補給の間にアドバイスの一つは言ってやるか)
一夏の僅かな抵抗を踏み倒し、ユートピアレイが大上段から大剣を振り下ろした所で、戦いに決着は付いた。
『……流石は、といった所かな。まさかこのタイミングで
『
『試合終了。勝者――織斑一夏』
「良くやった、織斑。だが今のは機体に救われただけだ。終盤の増長と一緒に反省しろ」
「でもカッコよかったよ一夏君!途中嵌められたのはちょっと残念だったけど、最後の最後で逆転するなんて漫画の主人公みたいだったもん!」
「確かにギリギリでファーストシフトが間に合ったのは機体のおかげだけど、それでもとっさの判断であのビームサーベルを展開したのは凄い判断力だったと思うよ」
Aピットに戻った俺を出迎えたのは、厳しい顔をしてるけど少し誇らしげな千冬姉とニコニコ顔の山田先生、そして近接格闘戦の特訓に付き合ってくれた仲間達だ。
ISから降りてふらついた所は意外や意外、箒に受け止められる。柔らかいクッションのようなものを使って支えてくれている様だが、突然襲ってきた疲労感にそのままさらに寄り掛かってしまった。
「い…いいいい一夏!って、大丈夫か!?しっかりしろ!」
「悪い、急に疲れが…30分も動きっぱなしだったから、ちょっと休ませてくれ…」
「あ、それはISの生体機能補助を急に切ったときによくある事ですね。少し休めば大丈夫ですから、あそこのベンチに座らせてあげてください」
箒は山田先生の指示に従い、疲労困憊の俺をベンチに座らせてくれた。訓練を始めた頃は衝動的に手が出る事があったが、ここ二、三日はマリアーノらの矯正と剣道部部長らの強制によりかなり丸くなっている。優しさも22%アップ(当社比)だ。
「千冬姉、無我夢中で分からなかったんだけど、最後のあれは、千冬姉の…」
「織斑先生だ。どうやら織斑の機体、白式は既にワンオフ・アビリティーが使えるようだ。詳しくは機体の補給がてら調べる事になる」
「ワンオフ・アビリティー!?それってセカンド・シフトしないと使えないはずじゃないんですか?」
ベンチに腰を落ち着けたところで千冬姉に質問すると、帰ってきた答えは分からない(意訳)だった。教師も万能ではなかったか。
追い詰められた俺に逆転の光路を示してくれた、名称未設定近接ブレードが変化して現れた近接特化ブレード『
――かつて千冬姉が振るっていた専用IS装備の形名を継ぐ刀。
「最後の一撃の際に現れた光刃がそれでしょうね。ユートピアのシールドエネルギーを一太刀で奪い去ったあれは、織斑先生が使っていた『バリアー無効化攻撃』と同種のものではないでしょうか」
「察しが良いな
「暮桜と同じ能力…って、凄い凄い!ほとんどのISを一撃で落としたあの!?それを弟の一夏君が?そんなのあの筋肉にも簡単に勝てちゃうじゃない!」
どうやら雪片は名前だけではなく、力まで引き継いだらしい。元日本代表の弟として、あの格好良い千冬姉の弟として、それを託された事が誇らしく感じられてくる。
「ちふ…織斑先生。俺は先生の名前を守れたかな?」
不意に口が動く。千冬姉はほんの少し驚いたような顔をした後、口元を結び直してこう言った。
「それは次の試合の、いや今後のお前の活躍次第だ。調子付いているとまた策に嵌められるぞ」
「だが、初戦を白星で飾った事はまぁ褒めてやらんでもない。よくやった。一夏」
僅かに微笑んで頭に手を乗せてくる千冬姉。そんな姉の期待に応えなければという気力が湧いてくる。
本当に俺は世界最高の姉を持ったと、実感した。
ちなみにその場面を見ていた一部女子は鼻血を噴いて倒れた。
レイモンドの機体は希望皇でした。詳細はリチャード戦の後、人物紹介と一緒にまとめます。
戦闘描写についてアドバイスを頂けると幸いです。
以上。感想・誤字脱字報告・ご意見・助言お待ちしております。
リアルの都合と作者の力量の為、次話、vsリチャードの更新はまた気長にお待ちください。