とある科学の解析者《アナライザー》   作:山葵印

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番外編 御使墜しの解析 その3

「ふーむ…」

 

 あごに手をあて、悩ましげに声をあげる悟。彼の前には1枚の紙が。土御門から『もしもの時のために持っておけ。』と言われたために持っている紙である。悟はソレを手に取り、困惑したように呟いた。

 

「これってどんな仕組みになってんだ?」

 

 そう。この紙にはいわゆる回路に相当する物が何もない、本当に『ただの紙』にしか見えなかったのだ。

 先程試したときは普通に土御門の声は聞こえたので、何かしら回路に相当する物があるはずなのだが、彼の解析にも『魔術が使用された紙。術式は…』と言ったような情報しか表示されず、これが科学の物ではない、と判断できる材料を既に彼に与えてしまっている。悟は頭をかき、呟いた。

 

「あん時の『魔術』がどうちゃらみたいなのは間違ってなかったのか…」

 

 出来れば違ってて欲しかった、何て言葉は飲み込む。

 彼の『解析』には今まで間違った答えを提示したことがなく、今回もまたそうであっただけである。しかしにわかには信じ難いことだ、学園都市お得意の科学を軽々しく凌駕しかねない力を持つ分野が存在するなど。イギリスに魔術師というファンタジー染みた存在がいるなど。

 

「少し困惑しているようですね?」

「あ…神裂さんですか、どうも。」

 

 そんな悟に、声をかけるものが1人。

 神裂 火織、土御門の同僚にしてこの場所、『わだつみ』に悟を運んできた張本人である。悟は正規のルート、即ち書類審査を経て学園都市を出てきたのだが、まさか抱き抱えられてここまで来るなんて予測不可能回避不可能と言った所だろうか。そんな馬鹿な事を考えていると、神裂は口を開いた。

 

「無理もありません。あの少年も、最初は信じられなかったでしょう。彼はインデックスと言う例があるのでいいとして、貴方は科学の都市、学園都市の学生でしょう?私達の事を信じられないのは仕方のない事なのです。」

「…そんなもんなんですか?」

 

 そんなもんなんですよ、と呟いて緑茶の入った湯飲みを手に取りソレをしっかりと両手で飲む神裂。悟は頭をかいて紙をポケットの中に入れ、パソコンを開いた。

 このパソコンは外に持っていく用で、中には大して重要なデータは入っていないし、特定の手続きを踏まなければ『オメガシークレット』の改良版が即炸裂する仕組みになっている。学園都市の誇るスパコン郡でも解けるかどうか分からない代物であり、悟が『虚数暗号』の次の候補に持ってくる程彼の『解析』でも時間がかかるものである、普通の人間には解くのが難しいだろう。

 

「えーと…何しよっかな…」

「何も決めずにソレを開いたんですか貴方は?」

「ここ一応学園都市の『外』ですからね。上条ならいざ知らず、風紀委員…治安維持組織に所属してる俺はちょっと行動を選ぶ必要があるんですよ。」

 

 学園都市の技術を漏らして処刑、何て笑えない話だ。

 その言葉は言わずとも伝わったらしく、神裂は納得したように頷いた。悟はパソコンでインターネットを開き、調べものをする。ちなみに土御門と上条は上条の家に行っているらしい。

 上条が記憶喪失なのは大丈夫なのだろうか、何て考えたけれどあのご都合主義の塊のような男なら大丈夫であろう、と考え調べものを進める。

 

「何を調べているんです?」

「外だと学園都市より緩いんですよ、娯楽系統って。技術だけじゃに出来ないものもあるんでしょうね。」

 

 別に『外』から持ってきたとは言え、ゲームの1つや2つは許容してくれるはずだ。そう考えたので、彼は今めぼしいゲーム等を探している、というわけだ。神裂は何も返答せず、閉口している。そんな彼らに、先程の紙が輝く。1つの通信が入った合図であるそれに、悟は警戒の念を強める。

 

『おーい、悟ー?』

「土御門か…どうした?」

『『御使墜し』の犯人が分かった。…上条刀夜だ。』

「…上条の親父さんが魔術師だって言いたいのか?」

『違う。今上やんの家から出てきたところだが、家具などの配置、お土産とかのオカルトグッズの配置が『偶然』御使墜しの術式に必要な配置と一致している。』

「上条の右手は?」

『今回は『奇跡的に』御使墜しが発動していたから良かった。だが、もし上やんの右手を使ったらそれ以外の、もっとヤバイ物が発動しかねないんだぜい。」

 

 口調はふざけているものの声色は真剣に、小声で言ってくる土御門。悟は紙をポケットの上から叩き、軽口を叩く。

 

「つったって、お前は上条と一緒にいるんだろ?今こっちに戻ってきてるんなら、もうちょっと時間がかかるだろ?」

『いや、上やんは近くにいないぜい。今近くにいるのは…上条 誌奈だぜい』

「!?」

 

 電話から聞こえてきた声に、悟は身を堅くする。

 

「何で上条の母さんがそんなところにいるんだ?」

『どうやら上やんを迎えに来たらしいんだが』

「上条は居ないのか?…まさか」

『そのまさかだぜい悟。じゃ、夕方までには戻るからよろしく頼むにゃー。』

「オイコラ話を…って、光が消えた?」

「通信終了の合図のようです。相変わらず彼はこちらの話を聞かない癖があるようですね。」

 

懐から引っ張り出して悪態をつくも光を消した紙。ソレをポケットにしまい、一息つく悟。そして神裂の方へ向き直ると、言った。

 

「で、俺らは結局何すればいいんですかね?」

「…さあ?」

 

どうやら、この二人、想像以上の天然だったらしい。二人は顔を合わせ、肩をすくめるのだった…

 

 

 

 

 上条当麻は、自らの想いを吐き出す。魔術に頼らなくとも、自分は幸せだと。言えるはずもないが、記憶を失ったとしても精一杯生きていると。

 

「そうか…私は気付かぬ内にお前の幸せを、奪っていたのかも知れんな…あんなお土産にたよっても、なにかが変わる訳でもないと分かってはいたんだが…」

「おみ…やげ?父さんが御使墜しを引き起こしたんじゃないのか?」

「えんぜるふぉーる?何だそれは?」

 

そこで上条は、初めて自らの推論が間違っていたことに気づく。今まで自分の父親が御使墜しを引き起こしたと思っていた。ではいったい誰が?

 

「…」

「ああ。悪いなミーシャちゃん。母さんに付き合ってもらっちゃって。」

 

 そこにロシア成教からの使者ことミーシャ・クロイツェフがやって来る。上条は自らの父親である刀夜を押し退けて、ミーシャの前に立った。

 

「待ってくれミーシャ。父さんは確かに、他の誰とも入れ替わっていない。けど、入れ替わりにも気付いていないんだ。きっと────

「解答一。自己解答。標的を特定。詰まらない解だった。」

「ッ‼」

 

 顔を上げたミーシャの瞳は、幾何学的な模様…奇しくも、それは彼の記憶を奪ったインデックスと同じような…に覆われた、赤い瞳をしていた。

 

「神の命無しに人を殺してはならないはずなのに、それすらも忘れましたか?」

 

と、そこに割り込んでくる人物が1人。彼女は鋭い目をミーシャに向けつつ歩いて来る。彼女の名は神裂 火織。土御門のいる組織、『必要悪の教会(ネセサリウス)』の一員である。

 

「ここは私が引き受けます。刀夜氏を連れて、一刻も早く、ここから離れてください。」

「ミーシャは誤解している‼父さんは───

「ソイツは、ミーシャ・クロイツェフではないみたいだぜ?上条。」

「悟…?」

 

 その後ろから歩いてきたのは山峰 悟。彼もまた、真剣な表情をして、ミーシャを見つめている。

 

「ロシア成教に問い合わせました。確認出来たのは、『サーシャ・クロイツェフ』なる人物のみ。」

「つまり、ソイツは嘘をついていたってことになるよな?」

 

神裂の説明を悟が受け継ぎ、軽快に、そして確信をもって問いかける。

 

「さて、あえて問おう。『()()()()()()?』」

「ちょっと待ってくれ‼どう言うことなんだ‼」

 

怒りを覗かせる上条に、神裂はゆっくりと説明した。

 

「この世界には、常に両性として神話に描かれる存在がいます。彼らにとって、名前とは『神が自らを創り出した目的そのもの』。そう易々と名前を名乗る訳にも行かないのでしょう。」

「ど、どう言うことだよ?」

「忘れましたか?この大魔術が、なんと言う『名』で呼ばれているのかを。」

「ッ‼」

 

 そこまで言われて、ようやく上条にも考えが及んだようだ。目を見開く上条を尻目に、『ミーシャ』はバールを上に向けた。

 

「ッ‼」

 

 瞬間、辺りが『夜』に包まれる。

 

「自身の属性強化…その為の夜ですか‼」

 

神裂が戦闘体制をとるのに目もくれず、『ミーシャ』は翼を広げた。そして、それが凍りつく。

 

「水の象徴にして、神の後方を守護する者‼『神の力(ガブリエル)』‼」

 

 そして、『ミーシャ』と呼ばれていたもの…ガブリエルは超巨大な魔方陣を組み上げる。

 

「『一掃』‼かつて、堕落した文明を丸々1つ焼き払ったと言われる火矢の豪雨‼天上に戻ると言うたった1つの命のために、貴方はこの世界を滅ぼす気か!?」

「クソがっ‼オイ上条‼さっさと逃げろ‼」

「くそっ、ふざけやがって…‼」

 

 そう言って一歩前に踏み出そうとする上条。ソレを目で制止し、神裂は口を開いた。

 

「何をするつもりですか貴方は‼」

「アイツは、俺の『右手』に触れなかった。それって、俺の『幻想殺し』は天使にも有効ってことなんじゃないか!?」

 

 確かに、天使たる『神の力』ことガブリエルにも上条の右手こと『幻想殺し』は有効である。しかし、神裂は首を横に振った。

 

「いえ…ここから先は、人の戦ではありません。貴方にはやるべきことがある‼刀夜氏と共に、『御使墜し』を止めるのです‼」

「俺も神裂さんのサポートしなきゃだし、そもそも俺じゃこれは止めらんない。オマエしかいないんだよ上条。」

 

抜刀の姿勢にはいる神裂と、左手にUSBメモリらしき物を持つ悟。上条は1度大きく息を吐いて、言った。

 

「分かった…必ず止めて見せる‼」

 

 そう言って、呆然としている刀夜の手を取って駆け出す上条。悟はちらり、とそちらに目を向け、口を開いた。

 

「大丈夫ですか?アイツに任せて。」

「大丈夫です。彼は、インデックスの命を救ってくれた。だからこそ…今度は私が救う番です。」

 

 刀を構え、そんな風に言う神裂。悟は頭をかいて、言った。

 

「だから面白いんですね‼『虚数暗号α』、起動‼」

「───『救われないものに救いの手を(Salvere000)』」

 

 悟が右手にデバイスを掴み、握りつぶす。目が金色に染まって、雰囲気が全く別の物へと変化する。

 

 神裂は低く腰を落として、静かに宣言する。右手がぶれたかと思うと、既に彼女の右手には二メートルを越える刀が握られていた。

 

 神の力は宙へと浮かび上がった。ボン‼と破裂するような音が響き渡り、背中から凄まじき威圧感を伴う翼が生えた。

 

 かくして、『神の力』と世界に20人しかいないと言われる『聖人』、そして不思議な目を持つ少年の、絶望的な闘いが始まる。




次回、戦闘回です。

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