ああ、いつから俺はこうなったんだろうか。
──クソッ、どこから侵入者がやって来た‼──
いつから、この目を持つようになったんだったか。
──俺達の『最高傑作』を、なんとしても保護しろ‼──
知らぬが仏、とは本当によく言ったもんだ、全く。
──ねえ、みんなどうしたの?どこにいくの?──
こんなクソッタレな世界、俺は見たくなかったんだ───
「…ん?ここは…」
知らない天井だ。そんなお決まりのボケをかましながら悟は起き上がる。確か、昨日は裏路地に入って、少女の前に立って、カッコつけたような台詞を吐いて…どうだったか。
「目が覚めたみたいだね?」
「先生…俺は?」
「全身に打撲、痣、骨にはひび…どうして生きているか不思議なぐらいだね?」
「ええ…」
ソレを患者に言うか、と顔をひきつらせる悟。医者は明日退院しても構わないが家で絶対安静が条件となると言った。風紀委員の仕事は!?と言う悟に医者は笑顔で、
「ソレをされたら僕は君に麻酔を打たなきゃいけなくなるね?」
といってきた。まあこの医者は医療に関することだけは信頼できるのだ…医療に関することだけは。
「(そーいや、負けたんだっけ…)」
医者が去ってしばらく後。悟は両手を頭の後ろに当てて、そんなことを考える。この都市…学園都市は、表向き超能力開発を行う夢の都市、と言うことになっている。
しかし、その本質にあるのは人の醜い感情だ。嫉妬、恨み…そんな物の上に、『夢の都市』は建っている。何とも危ういもんだな、と悟はへらへらと笑った。
「失礼しますわ。」
と、そこで悟の病室に入ってくる一人の影が。彼女が見覚えのある顔であることに気がついた悟は、その人物に声をかける。
「よお白井。どうした?」
「…聞きたいことがありますの。」
そう、それはあの時悟を救った少女、白井黒子であった。彼女は真剣な表情で悟を見据える。
「聞きたいこと?」
「…幻想御手の情報、そのソースと推理ですわ。」
「あー、…OK、説明しよう。」
まず、悟は幻想御手を調べるきっかけから話すことにした。
「最近、書庫の情報と実際のレベルが噛み合わなくなる事件が発生しているよな?」
「ええ。そうでしたわね。」
「んで、ウチってオカルト支部何て呼ばれてんじゃん?だから、たまたま幻想御手の噂を聞いたんだわ。」
そうして、悟は全てを話した。海人と協力して、犯人が脳科学者、もしくはそれに近い人物であること。幻想御手を使用すると、脳でキャパシティを越えた演算をしてしまうがゆえに、2、3日で意識を失ってしまうこと。
「…分かりましたわ。後はこちらで引き受けますの。悟先輩は休んでいて下さいな。」
「かかっ、そうさせてもらうぜ?」
頭を下げる白井にそう言い返し、ベッドに身を沈める悟。そして数分後、見知った人物が入ってくる。
「おー、悟。本当に怪我をしていたんだなー。」
「…土御門んとこの妹か。」
黒髪にフリフリのついた、いわゆるメイド服をしているその少女は土御門 舞夏。悟のクラスメート、土御門 元春の妹である。彼女はくふふ、と笑みを浮かべ、言った。
「よーっし、私が看病してやるぞ~。こんな美少女に看病してもらえるなんて、悟は幸せ者だな~。」
「おいおい、土御門の許可は取ったのか?」
「…さーって何をしてほしー?」
「オイコラ待たんか畜生。」
清々しそうな笑みを浮かべる舞夏に頭を抱え、この後に来るであろうシスコン軍曹のありがたいお話しを想像する悟。彼の予想通り、二時間ほど後に土御門(兄の方)が来て悟に説教していくのだが、それはまた別のお話。
「…」
私は、今、欠陥品だ、何て呼ばれなくなるような、スゴいモノを持っている。けど、私はそんなモノを前にして躊躇っていた。
──きっと大丈夫なんだ‼諦めてんじゃ、ねえよ──
目の座った表情で、圧倒的にやられているのに、そんな事を言ったあの人。私と、あの人を結果的に助けてくれた人。あの人は、能力はレベル3なのに、レベル0に負けるほど弱いんだそうだ。ある意味で、この学園都市の中では『落ちこぼれ』に入るその人。
…でもきっと、あの人みたいな『特別』に私達はなれなくて、でも『平凡』な自分は嫌で。才能なんてないけれど。この都市に来れば『特別』になれると思って。でも結局、私は『凡人』のままだった。
「(…だから、私は…自分だけの力が‼)」
そして、私はイヤホンを耳につけ、再生のボタンを押した。
何かの一線を、越えて、『平凡』は『特別』になった。そんな気がした。
閑話 とある少年の加速的日常
「…しっかし、悟の奴が大怪我ねえ…」
ここは風紀委員132支部。そこには一人の少年がいた。彼の名は凪川 海人。悟の先輩である。彼は、携帯を机に置いて椅子にもたれ掛かり、そう呟いていた。
ジャッジメントの支部、と言うのは本来5人以上の人数が居なければ成り立たない。ではなぜこの支部は2人だけで賄えているかというと、2人のコンビネーションが異常なまでに早いから、である。
『
そんな能力であるからこそ、噂の『
「んー?…はい、こちらジャッジメント132支部。…はあ?強盗?どこで?…うん、うん、うん…第8学区な、りょーかい‼」
唐突に鳴った電話をとる。どうやら強盗事件が発生したらしく、海人に応援を頼みたいそうだ。机に置いてあった腕章を引っ掴み、ドアを開ける。そのドアが閉じた時、既に海人の姿は見えなくなっていた。
「黄泉川先生、状況は‼」
「海人か…助かったじゃん‼」
ここは第8学区にある銀行の前。そこには黒塗りの護送車のような見た目をした車が円状に並べられ、バリケードを作っていた。海人に声をかけられた黄泉川、と言う名前の警備員は苦虫を噛み潰したような顔をして言う。
「中に十数名の人質がいる。奴らはしきりに逃走用の車をよこせ、と喚いているじゃんよ。」
「…サーモグラフィーは有りますか?」
「あるじゃん、そうでもなきゃ長点の良心何て呼ばないじゃん。」
「その通り名誰がつけたんですかね?あの高校は良いとこですよ…多分。」
黄泉川からゴーグル型のサーモグラフィー装置をもらいながらそう言い合う2人。そして、海人はそれを装着すると…
「It's show time!」
…ためらいなくゴム銃の引き金を引いた。
「クソッ、どうしてこんなことに…」
強盗犯のボスである彼は苛立っていた。計画は完璧だった筈だ、なのに直ぐに警備員がやって来て、人質が居なければ直ぐに踏み込まれてしまう、そんな状況だった。
回りの人質どもは泣きわめいたり、ブツブツとなにか呟いていたり、様々だ。しかし今の自分にそんな余裕はない。今すぐこの窮地を脱出するためのアイデアを考え付く必要があった…
「…そうだ。」
そして、彼は思い付いてしまった。ああ、そうだった。どうしてこんなことを思い付かなかったんだろう。もうこうなったら…
「…おい、1人、人質をつれてこい。」
「構いませんけど…一体何をするつもりなんですか?」
「見せしめだ、殺す。」
事も無げに言い切る。回りの奴らが怖じ気づいたような表情をしているが、知ったこっちゃねえと言わんばかりに彼は人質に向かう。
「よし、てめえだ…」
「ひ、ひいい…」
そして、選んだ人質の少女を警備員の前に連れていこうとしたところで…
「…あ?」
自らの脚が、真っ赤に染まった。
「ガッ‼」
「うわあっ‼」
そんな三下のような台詞を吐いて、次々に倒れ付していく仲間。理解ができない。どうしてこうなっているんだ?計画は?人質は?そんなモノがグルグルと頭のなかで回っていく。
「突入‼」
そして、警備員の声が聞こえたところで、彼は意識を手放した…
「…こんなもんか。」
そんな台詞をため息と共に吐き出し、ゴム銃の残弾を確認する海人。ジャッジメントのほとんどの人物に支給されているこの銃であるが、こと海人に関しては実銃より軽いし持ち運びもしやすい、まさにドリームウェポンである。
「相変わらずだなあテメェは」
「…麦野か、どうした?」
しかし大捕物が行われているのを見つめていた海人に声をかけるものが1人。肩甲骨辺りまで伸ばされた茶髪にワンピースのような服装をしている彼女は麦野 沈利。学園都市の誇るレベル5、その序列4位である。彼女は軽薄な笑みを浮かべつつ、言う。
「『アイテム』の件は考えてくれたか?」
「その件なら2か月前に断った筈だが?」
「念のため、だ。お前が他の暗部組織に入るって聞いたら、こちとらメシの食い上げになっちまうからな。」
「…ケッ、白々しいぜ。」
唾を道路に吐き捨て、そう毒づく海人。レベル5なら海人がいくらレベル4とはいえ、ゴミのように殺されてしまうだろうに。
実を言うと、海人は最近こういったいわゆる『暗部』からのお誘いを受けることが増えている。この前は第2位からもお誘いを受けたのだ。…最も、あっちは悟のことが酷く苦手らしいのだが。麦野は相も変わらずの軽薄な笑みを浮かべて言った。
「ま、これからも考えておいてくれよ、お前と『融点操作』の戦闘力は宛にしてるからな。」
そう言って、きびすを返して立ち去る麦野。それを射殺さんばかりの目で睨みつつ、海人はゴム銃をホルスターにしまう。そして頭をかき、
「…つくづくウチの支部ってジャッジメントらしいことをしねえよなあ…」
子供警察じゃねーんだぞ、と呟いて、彼は拘束された銀行強盗犯達が護送車的なサムシングに乗せられていくのを据わったかのような、それでいてやる気がないと形容できるであろう目をして見つめているのだった…
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