「つったって、どうしたもんかねえ…」
そう呟きながらも、夜の学園都市を駆けていく悟。駆けていく、と言っても空間転移を使用して短い距離を次々と転移して行くだけだが。
「(初春にも白井にも繋がらないし、なーんか嫌な予感がするんだよなー…)」
無駄に洗練された勘を無駄に発揮しつつ、悟はレッグホルスターに入った銃器を見る。日々科学が発展している学園都市では珍しい、普通の『外』の銃器だった。
悟がこれらを選んだ理由は特にない。強いて言うなら浪漫である。今回相方を勤めるどこぞの研究者には呆れを多分に含んだ視線で見られたが、そんなことはどうだっていいのだ。大事なのは浪漫と火力、それだけである。
「…ん?」
ふと、悟は近くの路地裏から電撃の音を聞いた。気になった彼は『
指先から電撃が走った。工事現場に放置されていたのであろう鉄骨を突き破り、それを盾にしていた人々へと衝撃を与える。
常識はずれとも、狂っているとも言える威力を持つその攻撃…彼女の代名詞であるレールガンを放った少女、御坂 美琴は口を開いた。
「出てきなさい、卑怯者。仲間をクッションにするなんて感心しないわね。」
彼女は一歩もその場所から動いてなどいなかった。その台詞に侮蔑の色を滲ませ、彼女は闇に向けて言葉を発する。
「あら?使えるものは何でも使う。例え親でも仲間でも…なんて。私たちには当然のことではないかしら?」
返ってきた声は余裕のあるものだった。大きい、白いキャリーケースを片手で引きずり、口元に笑みすら浮かべて、一人の少女が鉄骨で組んだ足場の三階相当部分へと降り立った。彼女…結標 淡希の周囲には、先程の高圧電流を浴びて気絶した男達が転がっていた。恐らくだが、美琴が攻撃する際に自分の手元へ転移させ、文字通りの『盾』にしたのだろう。見せつけるかのように、右手の軍用ライトがゆらゆらと揺れている。
「悪党は言う事が小さいわね。まさかたった40秒逃げ切った程度で、この
「いいえ。貴女が本気を出していたのなら、今の一撃でこの一帯は壊滅しているでしょうね」
まぁ、だから何なのかって話なのだけれど。
そう呟いた彼女はキャリーケースを鉄骨の上で固定すると、そこに腰を掛けて、
「それにしても、今回は随分と焦っているのね。以前はハッキングとかの情報戦が主流で、どれだけ力を持っていても直接的な暴力を使った『実験』の妨害には入らなかったのに。そんなに『残骸』を組み直されるのが怖いのかしら。それとも、世界中に散らばったであろうあの子たちの内の誰かが、再び実験に参加する可能性をつぶすためとかだったり?」
「……少し黙りなさい、うるさいわよ」
バチッ、と美琴の前髪から火花が散る。
「図星のようね。」
結標はケースの上に座ったまま、招くかのように軍用ライトを下から上へと緩やかに振る。
「(…まーたなんかフクザツな事件が…)」
能力によって一瞬で事情を見抜いた悟は、そんな言葉とともにため息を吐く。
ややあって、視線を別の方向へ。そこにいたのは、御坂美琴でも結標淡希でもなく。ツインテールが特徴的な一人の少女だった。
その様子を見ていたツインテール少女…もとい白井黒子は、すぐ近くに自らの先輩がいることにも気づかず、もう一度相手が結標であることを確認した。二人の間にどんな因縁があるかは知らないが、確かに今二人は戦闘態勢にあることも。
『知らなかったの?知らないまま利用されているという線は…なさそうね。超電磁砲がそんな人格してるとは思えないし。』
「(お互いに初対面、という訳ではなさそうですわよね…)」
彼女達の会話には、お互いに初対面という感じがなかった。おそらく彼女達は以前から激突しており、白井が覗いているのもその内の一つでしかないのだろう。ただ、そこで彼女に一つの疑問が発生する。
「(腑に落ちませんわね…お姉さまとぶつかって
もちろん戦いというのは真っ正面からぶつかり合うことではない。同じテレポーターとして考えるのならば、結標はできるだけ背後へと回り込んで闘うだろう。そうであったとしても、あの超電磁砲の強さはよく知っている。結標が自身よりある程度実力が上とはいえ自分が慕う彼女と直接戦って、そして倒れていないというのは異常としか言いようがなかった。
どうするのが最善だろうか、と白井は思考する。このまま闇雲に突っ込んでいっても結標と白井には隔絶した実力がある以上、捕らえるどころか触れることすら危うい。それに、白井が動くことで美琴が不利になることも避けたい。なら何をすべきか?そう思考しているうちにも、二人の会話が進んでいく。
「うふふ。弱いものなど放っておけばいいのに。そもそも、貴女が大事にしているあれらは『実験』のために作られたんでしょう。だったら本来通りに壊してあげれば良いのよ」
「本気で言ってんの?」
「本気も何も。結局、貴女は自分のために戦っているんでしょう、私と同じように。自分のために、自分の力を、自分の好きなように振るって。ああ、勘違いしないで。別に悪いことじゃないわ、自分の手の中にあるモノに対して自分が我慢することの方がおかしいのだから。そうでしょう?」
例え、他者を傷つけてでも。仲間の体を平然と盾にして笑う女は、そう嘲るように言った。
結局は、私欲のために力を振るっているのだと。
どちらも同じ同類なのだから、そちらが一方的に憤るのは筋違いであると。
「ええ、そうね」
それに対し、美琴は小さく、シニカルに笑った。
前髪だけでなく、全身から断続的に青白い花火を散らしつつ、静かに語る。
「確かに私はムカついてる。頭の血管がブチ切れそうなほどムカついてるわ。私欲のために『
そう語っていても、その眼光は、真っ直ぐに結標を見据えている。
「でもね。私はそれ以上に頭にきてんのよ」
「へぇ?」
「……あの馬鹿、私が気が付かないとでも思ってんのかしら。部屋は汚いし、救急箱はなくなってるし、あんだけ痛みを我慢してる声が聞こえてるってのに…」
その言葉に、白井は呼吸が止まるかと思った。彼女が何に怒りを感じているか、理解してしまったから。
「一番ムカついてるのはここよ。この件に私の後輩を巻き込んだ事。その馬鹿が医者にも行かず手前で手当てをした事、そこまでボロボロにされてんのにまだ諦めがついていない事‼あまつさえ自分の身を差し置いて!私を心配するような台詞を吐きやがった事‼あんな馬鹿な後輩を持った事に腹が立つわ‼」
白井の胸が、詰まる。
美琴の言葉は、結標には意味が通じないものだろう。常盤台中学の超電磁砲は白井がここにいることを知らない。そうであるならば、その叫びはいったいどこに向かっている?
自分には内緒で。
バレバレな言い訳まで用意して。
そんな濁した言葉で、でも何度も警告を与えてくれて。
たった一人で。
御坂美琴は、今の今まで、そして今この場において、何のために動いているのか。
「ああ私はムカついてるわよ私利私欲で!完璧過ぎて馬鹿馬鹿しい私の後輩と、それを傷つけやがった目の前のクズ女と、何よりこんな状況を作り上げた自分自身に‼」
大きく、美琴は叫んだ。
樹系図の設計者が関わった事件、それによっていがみ合う両者を共に止めるように。
「この一件が『実験』を発端にしたものだって言うのなら、その責任は私にあるわ。馬鹿な後輩が傷ついたのも、そしてアンタが私の馬鹿な後輩を傷つけてしまったのも!それが全部、私のせいだって言うのなら、私は私の義務と権利を全て使ってアンタを止める‼」
白井は知る。何故美琴が一人で闘っていたのかを。
それは、容易ではないことのはずなのに。
それではまるで──
「…ヒーロー、ってやつか」
「もう終わりにしてやるわ。アンタ達がわたしの『実験』に引きずられる必要はどこにもないんだから。」
「甘ったるいほど優しいわね。別に貴女が演算中枢を作った訳ではないのに。大人しく自分も被害者だとでも嘆いていればわざわざ戦わなくても済んだくせに」
「だけど、アンタが戦うきっかけになったのが私達の『実験』のせいだってことでしょうに、そうでもなきゃ、こんなことはしないわ」
「貴女は関係ない、貴方の妹達と最強の能力者の、でしょう?……やっぱり聞いていたのね、私の『理由』を。ならば分かるでしょう、貴女が一人の能力者であるなら。──私はここで捕まるわけにはいかない。誰を犠牲にしてでも、どんな手を使ってでも、逃げのびてやるわ。」
最後の言葉だけが、それまでの態度と全く違う、真剣な口調だった。
「アンタのちっぽけな能力で、私から逃げ切れるとでも?」
「あら。確かに雷撃は光とほぼ同じ速度。目で見ては避けられないでしょうけど、
「無理よ」
被せるように、御坂の声が割り込んだ。
「アンタとぶつかるのは初めてじゃないでしょうが。自分でも気付いてるんでしょ、自分の能力にクセがあるってこと。何でもかんでも転移させる割には、アンタは自分の体を転移させない。他人を犠牲にしても自分は助かりたいと思ってるアンタなら自滅の可能性を少しでも減らしたいか、それとも何か別の理由があるのか」
「…」
「何黙ってんのよ。もしかして気付いて無いとでも思った訳?仲間の体とか交通標識とかを使っといて自分だけ走って逃げてりゃ気付くに決まってるじゃない」
美琴は下らなさそうに息を吐いて、
「大体、これだけ不利な状況になったら普通逃げるでしょ。アンタみたいな能力を持ってる奴なら尚更。それともアンタがまだ出し惜しみしてるとでも?だとしたら舐められたものね」
結標は、相も変わらず薄く笑っている。だが、よく見ると彼女の両手の指先が、ほんの少しだけ、しかし不自然に揺れていることに気づいた。
「ひょっとして、アンタは他人や物体を飛ばすことは出来ても、自分の体を転移させるときだけ問題が起こるんじゃない?それこそ、
そして、と美琴はコインを手に持ち、
「そんな縛りのあるアンタに、私は≪≪これ≫≫を一体何発打てると思う?」
「……書庫にそんなことまで載っていたかしら。」
「アンタの面と戦い方を見てりゃ予想ぐらいつくわよ。」
結標のゆらゆらと揺れていた軍用ライトが、ピタリと止まった。
「流石は超電磁砲。素晴らしい洞察力ですのね」
「褒めても電撃しか出ないわよ」
「でも残念。あなたの考えには、少しの穴があるわ。それは─
「ッ!?」
「さて、問題」
結標の周囲に、10人近い人間が一斉に出現した。それを一瞬で実行した彼女の声は、不自然なまでに明るくて。
「この中に、私達と関係のない一般人は何人混じってるでしょう?」
「なっ!?」
美琴の演算にラグが生じた。結標の言葉に動揺し、無意識に演算にブレーキをかけてしまったのだ。そして、その一瞬。結標の姿がキャリーケースと共に虚空へと消える。
「チイッ!」
盛大な舌打ちをした美琴だが、そのまま後ろを振り返ると、虚空へと向けて、
「出てきなさいよ。さっきからジロジロと見やがって。鬱陶しいのよアンタ」
その言葉と共に、美琴が向き直っていた方角から一人の人物が現れた。
「…」
その人物は、青色のリネンシャツにサングラス、帽子を被り、右手にはよく分からない機械を、背中にはリュックサックを背負っていた。
「へえ…噂の『多重能力』じゃないの。」
その人物が、最近噂になっている多重能力者であることが分かった彼女は前髪から紫電を走らせる。
対して、その多重能力者──悟は、
「(うっわー御坂さん殺意全開じゃん電撃が見えたからって不用意に近づくんじゃなかったな白井にバレるリスクを考慮した結果がこれかよチクショウ肝心の本人もういないしぃ!?)」
──絶賛混乱中であった。
「アンタも私の邪魔をするの?」
「…」
「だんまり、か…じゃあ容赦はしないわ。吹っ飛びなさい‼」
「ッ‼」
混乱している途中に既に美琴の中では殺意スイッチがオンになっているらしく、即死クラスの電撃を放ってきた。慌ててポケットから『相反演算式』を取り出して使用する。そして、電撃をかき消した。
「へえ?あの馬鹿みたいな能力も持ってるのかしら…じゃあ、これなら‼」
「‼」
美琴が砂鉄の剣を生成した。悟は念動能力で空気を圧縮して壁を生成。それを受け止める。悟にとって負ける条件は二つ。一つは、このままぶっ飛ばされること。もう一つは、自らの正体がバレる事だ。…最も、美琴は既に悟の正体に勘づいていそうであるが。
「ッ‼」
しゃがんでレッグホルスターから拳銃を抜き放って発砲する。
「そんなの効くわけないでしょ!」
しかし電流で弾丸を溶かされた。
「(嘘だろオイ!?)」
ジグザグに駆け回りながら空気を圧縮して空中に足場を生成。三次元的に駆け回りつつ、あちこちから弾丸を放つ。
「無駄よ」
返ってきたのは短い返答だった。美琴が地を踏みしめるとそこから砂鉄がまるでドームのように彼女を覆い、弾丸を防ぐ。そのまま雷撃の槍を悟に放ってきた。
慌てて体を捻って回避する。そのまま地面へと着地した。
「知ってるでしょうけど、私はいつも周囲に微弱な電磁レーダーを放ってるの。アンタがちょこまか動こうと、私には関係ない事なんだから。」
これが、学園都市第三位の超電磁砲。悟に次いで豊富な手札を持つ少女。多角的に相手を追い詰めていく、ある意味での戦闘のプロとも言える存在。
「(さて、どうしたものか…)」
少し思考して、悟は思い付いた。まず、拳銃を再び発砲する。
「無駄だっていってんでしょ…ッ‼」
雷でそれを迎撃した美琴に対して、悟のやることは至ってシンプル。
そう、逃走である。
「逃がすかぁ!」
御坂が電撃を放つも、それより先に悟の姿が消える。先の結標にも劣らない、素早い転移だった。
「チッ!!」
大きく舌打ちして、御坂美琴は後を追う。
「お、お姉さま…」
後に残ったのは、たった一人だけ。
現在、加筆修正を行っています。次回の更新まで、もうしばらくお待ちください。