とある科学の解析者《アナライザー》   作:山葵印

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九月七日 戦闘は終結を迎える

「アァ?誰だテメェは?」

 

「山峰 悟。君の同室になった人間だよ。化け物同士仲良くしようぜ?」

 

 一人目、『第一位』一方通行(アクセラレータ)

 

「ん?お前誰だよ?」

 

「山峰 悟だよ。聞いてなかったか?今日からお前のルームメイトになるんだが。」

 

 二人目、『第二位』未元物質(ダークマター)

 

「…チッ、こんなヤツが私と同じ研究を受ける奴なんてな。」

 

「決まったことだから仕方ないだろ?俺は山峰 悟。よろしく頼むぜ?」

 

 三人目、『第四位』原子崩し(メルトダウナー)

 

「あら、貴方も同族かしらぁ?中々幸福力が低そうだけど。」

 

「あのなぁ…ここにいる時点でもうマトモな研究所から送られてくる訳ないだろ…まいいか。山峰 悟だ、よろしく頼むよ。」

 

 四人目、『第五位』精神掌握(メンタルアウト)

 

 

 

 

 淡々と、ただ淡々と。『金属』はその身がなれるものを増やしていく。そして、それが『歯車』になったとき────

 

 

 

 

 

「──ッ‼」

 

 目が覚めた。ひどく体がびっしょりと濡れている。それを拭おうとしたら自らの手首と足首が手枷によって戒められているのに気づいた。

 

 思考をゆっくりとクリアにしていき、悟はふと思い当たる節があることに気づく。

 

「(あー、確か天草式と間違われて捕まったんだっけ?)」

 

 そう。あの後、天草式から逃げ惑っている最中に顔役が撃破されたらしく、天草式の面々は散り散りになっていたのだ。悟は期を見計らって逃げようとしていたのだがその行為が天草式の人々と同じ風に取られたらしく、ものの見事に捕まったという訳である。

 

「──ッ‼何だ何だよ何ですか!?」

 

 と、唐突に高周波の音が響く。悟は慌てて辺りを見回してみるも、特に何もない。

 

「教皇代理だ‼」

「私たちを助けに来てくれたんだ‼」

 

 そんな声が辺りから上がる。悟は件の教皇代理を見たことがないので何とも言えないが、きっとこれだけの人数に慕われるだけの力を持っているのだろうなぁ、何てことを他人事みたいに思って。

 

「全員‼ぶじなのよな!?」

 

 その言葉とともに、一人の男がテントの中に駆け込んでくる。上条みたいなツンツン頭に、大きな両手剣(確かフランベルジェだかフランベルジュみたいな名前だったはずだ)を片手で持ち、大きな袋を背負っている。「教皇代理‼」という声が合唱され、次々と手枷が解かれていく。

 

「お前は…あの少年の友人だったよな?」

「ああ。山峰 悟と言う。よろしく頼む。」

「こちらこそ。…と言いたいところだが、今は予断を許さない状況なのよな。お前にも協力してもらうが、いいか?」

「勿論。…っつーか、まるで状況が飲みこめないんだが?」

 

 それもそうなのよな、と相手の男が呟いて、悟に何かを放った教皇代理と呼ばれた男性。それは悟愛用のリボルバー式ゴム銃だった。

 

「これは…良いのか?」

「自分達が持ってても無用の長物なのよな。だったら、うまく使えるヤツを信頼して渡したほうが確実なのよ。」

「それもそうか。」

 

 コキコキ、と手首の調子を確認するように鳴らしてゴム銃の残弾を確認。ポーチに手を伸ばすも、そう言えば無かったなぁと思い直す。

 

「お前さんのウエストポーチだが、」

 

 教皇代理の男は気まずそうに頭をかいて、

 

「すまんが、俺が到着したときには既に中身はボロボロだったのよな。…科学サイドのことはよくわからんが、ほぼ復元不可能に近い状態だったのよ。」

「…マジか。」

 

 どうやら魔術に属する人間は随分と荒っぽい破壊を好むらしい、と悟は若干ずれた感想を抱きつつも、彼は銃の撃鉄を引き起こした。

 

「まあそんなに高くないからいいけどさ。」

 

 その内一つは量産可能だし。そう言って両手で包み込むようにして銃を持ち、天草式の面々と共にどこかも分からない地を駆けていく。

 

 ドゴォン‼という音と共に、大きな建物の壁を教皇代理の男が吹き飛ばした。

 中は、酷いものだった。上条が大勢のシスターに囲まれて、オルソラがその後ろにいた。

 悟の表情が一瞬消える。しかし直ぐに表情を復活させ、聖堂の中へと踏み込んだ。

 

「チッ…せりゃあ‼」

 

 すると、数人のシスター達が武器を構えて突っ込んできたので、悟はなるべく急所にあたるように銃弾を放ち、意識を刈り取る。

 

「乱戦状態じゃこいつも弱いな…」

 

 舌打ちして悟は銃弾を装填し直すと、弾かれたように()()()()()()()()()()()駆け出す。

 

「?いったい何を…」

「変・形ッ‼」

 

 悟がリボルバー銃の下部にあるスイッチをカチリ、と押す。すると銃身が三倍ぐらいの長さに伸び、まるでショットガンのような形へと様変わりする。悟は薄く笑うと、こう言った。

 

「リボルバーと変形は男の浪漫だ。感性を学べ若人…だったか。まあとにもかくにも、持つべきものは変形機構だな、うん」

 

 その言葉と同時に、数人のシスターが発砲音と共に吹き飛んだ。

 

「ヒャッハー‼」

 

 考えることを止めたのか手当たり次第に銃をあちこちに乱射していく悟。しかしその弾丸は一発も外すことなくシスター達を打ち抜いていく。

 

「チッ‼(数が多すぎなんだよ…)」

 

 しかし持っている分の銃弾をすべて使いきってもまだシスター達の数は多い。舌打ちをしつつ銃身をもとの長さに戻してベルトにぶっ刺し、素早く視線を走らせる。

 

「(棒、槍、メイス…ダメだどれも扱えねえ)」

 

 悟にとって使うことのできる武器と言えば棒、かろうじて槍やメイスが使えるかもしれないといった程度である。『多量能力』があれば多少どころかかなりのごり押しも可能ではある。しかし、現在虚数暗号は破壊済み。さっと目線を走らせても、能力の演算が流れ込んでくるような感覚はなかった。

 使えねえ、と吐き捨てるように自嘲し地を蹴って銃を引き抜くと手首のスナップをきかせてそれの銃身を掴む。そして迷うことなくシスターの頭に振り下ろそうとして。そしてシスターのメイスが悟に降り下ろされた。それを避け、そして。

 

「灰は灰に───」

「ッ‼」

 

 その声が響いたとたん、悟は弾かれたようにシスターへと向かう。

 

「塵は塵に───‼」

 

 暗殺者がナイフを持つときのような体制でシスターへと突っ込んでいく悟。そして…

 

「吸血殺しの───」

 

 銃を投げつけ、右へと全力で飛んだのだ。シスターは思わず手で顔を覆ってしまう。

 

「───紅十字ッ‼」

「しまっ──」

 

 シスターが顔を覆った手を離した瞬間、そこに炎の十字が飛来して爆発した。それを放った張本人であるステイル=マグヌスは、忌々しげにある方向を見据えていた。悟がその方向を見ると、そこには何事かを詠うかのごとく紡いでいくインデックスと、その回りに倒れているシスター達が。

 

「助かった。あっちはなかなかすげえことしてるが…」

「そんなことをいっている暇があるならさっさと倒せ能力者‼」

「わかってるよ…ああもう‼『解析』ッ‼」

 

 悟の銀色の目がぐるぐると動きだし、脳に様々な情報が叩き込まれていく。しばらく後、悟は頭をおさえ、舌打ちした。

 

「(クソッタレ…まだ『足りない』のかよ‼)」

 

 実を言うと虚数暗号を使わずとも『多量能力』を扱うことは可能である。しかし、無理矢理に演算をしようとすると最悪どちらの能力も暴走、死に至る恐れすらもある以上もっと情報を頭に叩き込んで思考力を高めていく必要があった。

 

「『再現開始』。発火能力、レベル2‼」

 

 しかしそうであっても、悟がやることは変わらない。敢えて口に出すことでイメージを固定しやすくし、悟はステイルが放ったものより幾分か火力の落ちた炎を放つ。それは何人かのシスターへとヒットするも、まともなダメージを与えることは叶わなかった。

 

「(チッ‼火力が足りねえな…)『再現開始』。記憶から情報を修正。加速操作、レベル──ッ!?」

 

 追撃と言わんばかりに演算を組み上げていくも、それは突如遮られた。シスター達が悲鳴を上げながら吹っ飛んでいったからである。何事かとそちらを見ると、インデックスが先程と同じく何かを紡いでいた。

 

「(魔術、か)」

 

 さっきからうるさいぐらいに入ってくる情報の大半は、いつものようなどうでもいい情報ではない。魔術という学園都市にはない、新しい概念の能力。

 

「覚えておけるかな…『再現開始』。」

 

 まるで詠うかのように、滑るかのように悟は呟く。

 

暴風車輪(バイオレンスドーナツ)、レベル1で出力。」

 

 ゴギャッ‼

 悟のメイスが、地面のアスファルトをえぐった音であった。続けざまにメイスを振るおうとし、シスターはその範囲から逃れようとする。しかし、メイスが不自然に空中で停止すると、向きを変え落下した。

 

 そして、それはシスターの腹部へ落下した。彼女はそのまま意識を失う。

 

「殺さないのよな?」

「最小限の動きで最大限の結果を得る…と、カッコつけてみるけど正直メイスで殴ったら死にそうなんでやめました、ハイ。」

「…随分温い事をするもんなのよな。」

 

 一応高1ですから、と嘯き、悟は再び地面を蹴ろうとする。しかしそれを、シスターの声が遮った。

 

「攻撃を重視、防御を軽視!玉砕覚悟で我らが主の敵を殲滅せよ‼」

 

 シスター達の動きがピタリと止まる。

 彼女達の表情が音もなく消え失せた。軍隊が敬礼するときのような呼吸の合いかたで衣服の中から万年筆を取りだし、

 

 それを、自らの耳に突き刺したのだ。

 

「ッ!?」

 

 悟の表情が、微かに歪む。ぐちゅり、というブドウのようなものを潰したときに出る音、耳の奥から流れる赤いナニかが、武器を構え直した彼女らの笑みが、彼女達の狂気を物語っていた。

 

「くそっ…!?」

「行くぞ‼」

 

 いち早く気付いたのは、ステイルと建宮、そして悟であった。ステイルが炎剣を用いて爆風を起こして攻撃し、悟はメイスを投げ捨て地を蹴った。

 

「『再現開始』‼」

 

 シスター達が爆風で吹き飛ばされているのを尻目に、悟は迷うことなく叫んだ。

 

「風力使い、肉体再生、各能力をレベル2で出力‼」

 

 インデックスの腰に手を回し、悟は大きく地を踏みしめる。

 

「ひゃわあ!?」

「喋んな舌を噛むぞ‼」

 

 即座に言い返すと、悟は地面に手を触れた。瞬間、ボンという音と共に地上数メートル程吹き飛ぶ。手頃な屋根に着地し、再び同じことをステイル達の居るところまで跳んだ。

 

「あ、ありがとうさとる…」

「礼なら助かってから言ってくれ…状況は一切変わってないんだから。」

 

 メイスを拾い上げ、悟は跳んだ衝撃で傷付いた肉体が修復されていくのを感じつつため息を吐く。肉体再生では、傷を癒すことはできても疲労まで治すことは叶わない。今この瞬間、一番足手まといになっていることを感じつつ、

 

「こっちだ‼」

 

 大きな両開きの扉を開け放って、上条は叫んだ。彼の後ろには傷だらけのオルソラ=アクィナスがおり、彼女は包帯を巻いた大時計の針を杖代わりにしていた。手負いの彼女を連れて逃げるのに限界を感じ、どこかに身を隠していたのであろう。

 ステイル、インデックス、建宮、悟の四人はギリギリで滑り込むことに成功した。上条が閉めると同時、黒樫の扉に次々と無数の刃が貫通した。

 

「こわー…」

 

 口の端をひきつらせながら呟いた悟。上条はへなへなと大理石の床に座り込み、

 

「とりあえず、全員無事みたいだけど……おい。歩けるか、オルソラ」

「心配性で、ございますね。そこまでひどい怪我は、負っていないのでございます。」

 

 弱々しく微笑んだオルソラに、上条の心がズキリと痛む。ウエストポーチに簡易救急セットが入っていたのだが、ローマ正教のシスターに破壊されているのでそれは叶わないのだろう。舌打ちする悟。仕方がないので、上条は強引に話題を変えようとする。

 

「で、これからどうするよ?」

 

 その問いに答えられるものはいなかった。

 

「…あるにはあるぞ。」

「本当か!?」

 

 悟は右の視界を紅く染めつつそう言った。先程から虚数暗号を使わずに別の能力を演算したせいで思考能力に大分付加がかかっており、身体中から変な汗をだらだらと流しながら悟は言った。

 

「まあその前にインデックスにちょっと聞きたいことがああるんだが。」

「…何をするつもりだい?」

 

 鋭い目で問いかけたステイルに、悟はこめかみを抑えて笑いながら、

 

「なあに。ちぃーっとばかし無理をするだけさ。」

 

 と、言ったのだった。

 

 

 

 バガァン‼という音と共に扉が破壊され、シスター達が宗教的に意味を持つ武器を持って『終油聖堂』に殺到する。しかし、そこにいたのはたった一人であった。

 

「世界は神が作ったというのがローマ正教の持論らしいが。」

 

 その一人…黒髪の中に若干白髪の混じった中性的な顔立ちをしている少年は、両手を広げ、シスター達へと問いを発していた。

 

「まあそれは間違いだー、何て言うつもりはないけど。それで人を延々追いかけ回すのは、また違うんじゃねーかな?」

 

 挑発的な物言いだったが、シスター達はその話を

止めることは出来なかった。

 

「まあ、そんなわけで────」

 

──ケース、未知の力。記憶より情報を参照。コード『天使の力』、出力23%。

 

 そこにいたのは『天使』だった。

 最も、天使というにはいささか違う部分が多すぎたが。

 まず、翼である。右側は純白の中に若干のノイズが走ったかのように歪んでおり、左側に至っては黒い翼が半分ぐらいで分解されたそばから再生を繰り返しているという異様なもの。

 次は天輪。色は透明…というより、『ない』と表現した方が適切であろう。それもまた、分解されたそばから再生を繰り返している。

 

「──ぶっ飛ばさせてもらうぜクソッタレ‼」

 

 少年…山峰 悟は、翼をバサリと広げて声高らかに宣言するのだった。

 

 

 

 上条以下聖堂にいたメンバーは、裏口から外へと逃げ出すことに成功していた。

 

「さとる、大丈夫かな…?」

 

 そう問いを発したのはインデックスだ。ステイルもそれに同調するように頷き、

 

「全くだ…いきなり天使の力を使いだすなんて」

 

 そう。悟が提案したのは至ってシンプル。

 

──確かインデックスは俺の能力を天使の力とやらが動力源になっていると言っていたな。それをどうにかして攻撃に転用して、俺がシスター達を食い止めている間にお前らが司令塔をドカン、簡単だろ?

 

 要は丁寧なごり押しである。

 悟らしからぬ攻撃的な作戦であったが、それほどまでに状況は一刻を争うのだろう、と上条は思う。

 

「でも、どれだけさとるが持つかわからないんだよ。早く司令塔を叩かないと‼」

「分かっているさ…上条当麻、君が司令塔を叩け。」

「…分かった‼」

 

 

 

「…何か感慨深いと言うかなんと言うか。」

 

 悟は、聖堂に置かれていた段ボールに腰掛けそんなことを呟いていた。彼の回りにはたくさんのシスター達が倒れており、彼女達は呻いているもののそこから動けるようには思えない。

 空に手を伸ばしながら、悟は笑みを作った。

 

「これが新たな『可能性』か…成る程。アレイスターの奴が手を出させたくなかっただけある。」

 

 ポツリ、と悟は呟く。翼は既に右側は完全なエメラルドグリーンに染まり、左側も純白に染まりつつあった。

 

「さて、と…上条の奴がさっさと司令塔を撃破してくれると嬉しいんだがな。」

 

 そう言って、悟は地に降り立った。

 

 

 

 アニェーゼ=サンクティスは、暗闇に染まる『婚姻聖堂』の中にいた。先程まで彼女の護衛をしていた十人ほどのシスター達は戦闘に加わり、今彼女の近くにいない。

 

「(それほど慌てる必要も無いのに、どうして緊張しちまうんですかね)」

 

 戦闘に加わるように命じたとき、笑顔すら浮かべて戦列へと加わっていったシスター達を思いながら、アニェーゼはため息を吐く。

 

「(おや?)」

 

 と、そこでアニェーゼは一つの足音を聞いた。足音の主は婚姻聖堂の扉を勢いよく開け放った。バン!!という大きな音が響く。

 そこには上条当麻が立っていた。しかし、アニェーゼは顔色を一切変えなかった。むしろ笑みさえ浮かべていた。つい先程とは同じ構図であるにも関わらず随分と様子が違い、彼の顔は疲労にまみれ、その体は傷だらけだったからだ。

 

「どう考えたってあれだけの人数を相手にしちまいながら、自由に敷地内を移動できるとは思えないんですけどね」

 

 対して、上条は荒い息を吐きながらも笑って、

 

「まあ、ちっとばかし作戦があるからな。」

 

 そう言った。アニェーゼは片目を閉じ、

 

「作戦?ああ。なるほどなるほど、そういう訳なんですか。なーんだ。あれだけ格好付けて登場しておきながら、仲間を囮にしちまったんですか。確かに、ウチの戦力がまんべんなくあなた達を襲っちまったら、一人もここまでたどり着けなかったでしょうけども、でも、例えば、ねえ?」

「………」

 

 意味ありげな語尾の上がり方に上条は黙りこむ。

 

「図星ですか。」

 

 それを肯定ととったアニェーゼは愉快そうにくつくつと喉を鳴らす。

 

「くっくっ。オルソラ=アクィナスは言ってましたよ。彼らは騙すのではなく信じることで行動する、とか何とか。あはは!まったく笑っちまいますよね、結局あなたは今こうして誰かを騙して囮に使ってここに立ってるってんですから。」

「いや」

 

 嘲るような声に、上条は悪意のない笑みを浮かべ、

 

「俺は信じてるよ、お前と違って。あいつらにはあいつらにしかできない事があって、俺にはそれができない。だから、他の役を与えてもらった。そんだけさ」

 

 上条は、右の拳を硬く握り締め、

 

「できればあいつらにも信じてもらえると嬉しいけどな。何の心配もしなくても、こっちの問題はこっちで片付けられるって」

「……、司令塔たる私を潰せば全攻撃を停止できると?よくもまぁ、そんな都合の良い想像ができますね。羊飼いの手を離れた子羊の群れは暴走するって相場が決まっちまってんのに」

 

 アニェーゼ=サンクティスは冷たい大理石の柱から背中を離す。

 彼女は床に転がっていた銀の杖を爪先で蹴り上げ、宙を舞う武器を武器を片手で掴み取ると、

 

「まぁ、良いでしょう。こっちも暇を持て余しちまってた所です。怠惰は罪ですからね、ここは一つあなたの希望を打ち砕いて手慰みといきましょうか!」

 

 そう言って、杖を構えた。同じように、上条当麻は右手の拳を握る。

 戦いが、始まった。

 

 

 

 

 

 山峰 悟は辺りを見回した。

 上条は司令塔であるシスターを潰しに行ったのだろう。辺りは倒れているシスター、戦う天草式しか見られなかった。

 

「……」

 

 バサリ、と悟は無言で翼を広げる。目で見れば、左側の八割がエメラルドグリーンへと染まり、二対目の翼が生えそうになっていることに気づいた。

 

──ふと、さっきまで頭を圧迫していた頭痛がなくなっていることに気づいた。

 

「……?(天使の力が頭痛を治める特効薬だったってことか?何ともメルヘンな話だな…)」

 

 彼の右手には、一本のメイスが握られていた。膨大な『天使の力』を注入されたせいで一種の霊装と化しているそれを軽く振る。たったそれだけで、こちらに向かっていたローマ正教のシスター達が吹き飛んだ。

 

「わお。」

 

 顔をひきつらせ、悟はメイスを腰に差す。

 

「『再現開始』…ん?」

 

 超能力を使って攻撃しようとしたところで、彼は違和感を感じた。演算を組み上げることが叶わなくなったからである。

 

「(『天使の力』はどうやら俺たちが普段使ってる超能力の領域から随分と逸脱しているっぽいな)」

 

 そう思考した悟は翼を引っ込めようとするも、背中辺りに鈍い痛みが走った。

 

「ッ、いってえな…」

 

 背中を突き破るような感触に顔をしかめつつ、悟は再び翼を広げた。3メートルを超える大きさを持つようになったそれを悟はちらりと見やって、駆け出した。

 

「おーいステイル、何やってんだ?」

 

 そこにはステイル、建宮、その他天草式の面々がいた。悟の方をちらりと見やると言った。

 

「丁度いい。…悟、コレに天使の力を通すことは?」

「あん?…やってみるけど何をするつもりなんだ?」

「すぐわかるさ」

 

 ステイルが見せた星のような図形が書かれた紙のようなものに手を触れて、コップに水を注ぐ感覚で天使の力を注いでいく。

 

 

 一方、炎に包まれた教会。

 

「「‼」」

 

 上条当麻とアニェーゼ=サンクティスの二人はお互いの顔を睨みつけていた。

 二人の距離はおよそ5メートル。近距離の拳でもアニェーゼの持つ遠距離の杖…名前を『蓮の杖(ロータスワンド)』というそれでも、どちらも一瞬で届く距離。互いが睨み合うその姿は、さながら時代劇の居合いや西部劇の早撃ちの瞬間を連想させた。

 両者の頬にぬるい汗がゆっくりと伝う。両者の神経がジリジリと焼き付く。両者の呼吸がはたと止まって、一秒がいくらにでも引き延ばされそうな気がして。

 

「ふん」

 

 と、アニェーゼはつまらなさそうに息を吐くと、唐突に天使の杖の構えを解いた。あまつさえ、上条から視線を外して辺りをゆっくりと見回す。

 一応はチャンスだが、しかし上条は安易に動かない。アニェーゼがわざと隙を作っている可能性もあるし、下手に動いて『蓮の杖』の餌食になれば終わりだ。一瞬の隙を狙い続ける上条に、アニェーゼはジロリと目玉だけを動かしてその顔を眺めて、言い放った。

 

「努力しようと頑張ってる最中申し訳ありませんけど、もう終わっちまったみたいですよ」

 

 上条は一瞬、何を言っているか理解できなかった。

 そして、遅れて気付く。

 静まり返った『婚姻聖堂』には、物音がなかった。あまりにも、完璧に、音らしい音は一つ残らず消え去っていた。まるで自分の他に何も物がない、そんな空間に閉じ込められてしまったように。

 それは単に、上条とアニェーゼが動きを止めた、それだけではない。

 外。

 

 ローマ正教のシスター達と、イギリス清教、天草式の混合部隊。双方合わせて300人以上の人間がこの『婚姻聖堂』の外にいるはずなのに、周囲を取り囲む音が全てまとめて消えていた。

 それが示す意味は、つまり。

 

「どうも、彼らが囮になって粘っている間に、あなたが司令塔たる私を倒して話を収めるつもりだったようですけど。…あなたの描いた幻想は、簡単に崩れちまったみてえですよ。」

 

 嘲るように言う彼女に、上条 当麻の右の拳から力が抜ける。

 

「ああ、そうだな。」

 

 じりじりと、頭が焼けるような感触とともに。上条当麻は、()()()()()()()()()()()

 

「お前の幻想は終わっちまったよ、アニェーゼ=サンクティス。」

 

 瞬間、婚姻聖堂の扉が弾けた。アニェーゼ=サンクティスは、それを見た。

 

 入ってきたのは自分の、見慣れた部隊の部下達ではない。

 イギリス清教のシスター、禁書目録とステイル=マグヌス。天草式十字凄教の教皇代理、建宮斎示と彼に抱き上げられたオルソラ=アクィナス。

 それから、あと二つ。

 ステイルの隣に、オレンジ色の炎に身を包んだ化け物が佇んでいる。アニェーゼは、それが『魔女狩りの王』であることを知らない。摂氏3000度を超え、回りにあるルーンを潰さない限りは永遠に再生し続ける怪物であることを知らない。

 そして、背中から4枚の翼を生やした天使のような存在。

 その内二枚は、透き通るかのようなエメラルドグリーンであった。その内の1枚は、まっさらな純白だった。その内の1枚は、黒く、蛇のようにうねる翼で。どう考えても天使にしか見えない容貌なのに、化け物と勘違いしてしまいそうな説得力が、そこにはあった。

 

「使用枚数は4300枚。」

 

 その横にいた赤髪の神父…ステイルは、歌うように告げる。

 

()()()()()()()()()()()()()が…天草式っていうのは凄いね。ルーンを貼りつける場所を使って、この教会自体を一つの巨大な魔方陣に作り上げてしまったんだから。それに、天使の力を通すことで何重にも魔方陣を練り上げる事で、同じ魔方陣を合わせ鏡のように共鳴させて威力を上昇。…こういった小細工は、僕には学びきれなさそうだ。」

 

 それに続くようにして天使、山峰 悟という名前を持つ少年は死んだ魚のような目でアニェーゼと、上条を見据えた。

 

「天使の力ってーのは、メチャメチャ扱いが難しい。高速で飛行機を飛ばすときのように、全力全開でぶっぱなしてないと体が破裂しかねん…らしい。だからちょっと弄らせてもらった。」

 

 彼の右手には、あのメイスが握られていた。

 

「避雷針の要領でこのメイスに天使の力を流して、この翼の制御を何とかしてみる」

 

 くるり、と悟はメイスを回す。

 

「インデックスが言うには、天使の力ってのは『属性』に応じた事しか出来ない。ただ、天使の力そのものを使って、付与みたいなことはできるらしい。別に()()()()()()()()()()()を使うのはこれが初めてじゃないし、むしろ得意分野だしな。…まあ完璧に制御できたってことでもないけれども」

 

 

 

「な…なっ…」

「だから言っただろ、作戦があるって。」

 

 上条は獰猛に笑って、

 

「こいつらは囮になるために逃げていたんじゃない。園内のあちこちにカードを配置してたってだけの話さ。…俺は魔術師じゃないから詳しい理屈は分からないけどな。」

 

 悟と違い、上条は『幻想殺し』を持っている。あらゆる異能力を打ち消すその能力では、魔力の通ったルーンの配置作業を手伝うことは出来ない。悟はルーンに天使の力を注入すれば終わりとはいえ、悟のみを囮には出来ないと、上条が提案した作戦である。

 だからこそ、上条は一人でアニェーゼに挑んだのだ。本当の狙いを悟らせず、玉砕覚悟でやって来たと錯覚させるために。

 

 いちいち説明せずとも、アニェーゼは大体の顛末を予測することが出来たらしい。杖を構え、彼女は叫ぶ。

 

「何をやっちまってんですか!数の上では私達が圧倒的に有利です‼まとめて潰しにかかれば、こんなヤツら取るに足らねえんですよ‼」

 

 そう。いくらステイルが『魔女狩りの王』を使おうと、悟が天使の力を扱おうと。上条達とローマ正教のシスター達の数の差は決して埋められない。あんなにボロボロな一行、すぐに瓦解してしまうのに、それでもなお、シスター達は動けずにいた。

 

「何でっ…!」

 

 思わず部下を怒鳴り付けたくなるアニェーゼだったが、彼女も原因には気付いていた。

 すなわち、不審。

 頭の中ではアニェーゼの言っていることが理論的には正しいと分かっていた。それでも、心のどこかでそれを信じられなかった。

 

──彼らは、信じることで行動する。

──それに比べて、私達ローマ正教の何と醜いことか。

 

 そう思ってしまえば、もう止まらない。不信は疑念を生み、行動を鈍らせる。それが、この状況を生み出したただ一つの原因だった。

 

「『信じる者は救われる』…面白い、じゃねえですか。」

 

 アニェーゼは、そう言って唇を噛んだ。

 例えそうだとしても、天秤がギリギリの状態を保っているなら、今目の前の少年を叩きのめせばいい。しかしそれは上条も同じことで。

 詰まるところ、一対一だった。

 

「(どう、────する…)」

 

 限りなく孤独に近い両者は、じりじりと間合いを計りながら、しかし片方には、珠のような汗が浮かんでいて。

 

「(タイミングは?踏み込みは?術式は?…何をどう選べばいい!?)」

 

 でも、でも、でも。

 

 次々と並ぶ選択肢が消されていく。疑念が、心を覆いつくしていっていた。

 

「終わりだ、アニェーゼ。」

 

 向かいから、迷いのない声がした。

 

「テメェももう分かってんだろ。テメェの幻想は、とっくの昔に殺されてたんだよ」

 

 ややあって、ステイルが吸っていた煙草を無造作に横に投げ捨てる。

 それが、開戦の狼煙となった。

 右の拳を握りしめ、上条は駆け出す。

 

「(何を、何をすれば─────ぁ、うぁああ!?)」

 

 アニェーゼの心の中で、何かが弾けた。崩壊しそうな心の中、半ば泣きそうになりながら杖を振るう。

 

 ガン‼という音がして、その人物の手から力が抜ける。

 

 どちらが勝利したかなど、決まっていた。


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