とある科学の解析者《アナライザー》   作:山葵印

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お待たせしました…もう七月に入ってしまいましたね。遅れて申し訳ありません。


九月七日 戦闘は継続する

 そこに、何も必要はない。ただ、『達人』と『達人』が激突する。それだけである。

 

「ふっ‼」

 

 短い息と共に振るわれた雷の棒を天草式の少女は西洋剣(ドレスソードという名前だったはずだ)で受け流す。その隙を狙って天草式の少年が悟の後ろから幅広の剣を降り下ろした。

 悟は手首のスナップで棒を少年の方へ引っ込める。しかし、少年は空中でその攻撃に反応し剣を合わせた。

 

「チッ…(触れねえ事には気絶も狙えねえし、上条かステイル辺りがさっさとオルソラを見つけてくれるとありがたいんだが。)」

 

 舌打ちしながらそんなことを思い、悟は雷の棒を振るう。

 彼のような風紀委員は基本的に研修で護身術と逮捕術を習うのだが、そんな風紀委員の中でも棒術、もとい杖術を使うのなど悟しかいないだろう。というか、学園都市に棒術を使う人などいるのかどうかすら分からない。

 それは一旦置いておくとして悟は『念動力(テレキネシス)』で雷の棒を維持し続けていた。そんな事をしておいて演算能力に何も起こらないなんて断言できるほど、悟は楽観的ではない。

 

「(こりゃ短期決戦でいった方がいいか?…いや、無理だろこれは。)」

 

 しかし最も楽のできそうな『短期決戦』という案を悟は否定した。それは純粋に天草式の技量が高いからである。仮に彼らが一人、二人で来るようなワンマンチームであるならば、悟は直ぐに勝利していたであろう。だが、そこに『連携』という概念が加わっただけでこれだ。もしあと二人いれば苦戦していたのは悟の方だっただろう。

 学園都市の叡知を詰め込んだと言っても過言ではない悟であっても所詮は『個人』の力でしかない、ということは分かっているのだから。

 

「…はぁっ‼」

 

 バラバラのタイミングで斬りかかってきた天草式の攻撃を『致命傷になりかねない』ものだけ回避し、『念動力』を解除。不安定になった雷の棒を破裂させ、辺りに電磁波を撒き散らす。

 

「「!?」」

「うおるぁ‼」

 

 たたらを踏んだ天草式に、悟は雷撃の『鞭』を形どって、滅茶苦茶に振り回した。

 先程から辺りに響くボグァン‼ドグァン‼といった爆発音に、バチィン‼ギャチィン‼といったコンクリートを切り裂くような音が追加される。天草式の面々は間一髪で回避したらしく、静かにこちらを先程よりも警戒レベルを上げた目で睨むだけであった。

 

「(ッチ、めんどくせえな‼)」

 

 自らの体を『肉体再生(オートリバース)』で治癒しつつ、雷の槍を後退しながら放つ悟。その隙に電流を地面に走らせパークの電灯を崩壊させる。

 

「(よし、今…ッ‼)」

 

 その隙に逃げ出そうとした悟であったが、いきなり刺さった目の前の剣を見て一瞬足を止めてしまう。『透視能力』かどうかは知らないが、どうやら相手にもこちらの居場所を確保する術が整っているようで。

 チッ、と短く舌打ちして、悟はウエストポーチからゴム銃を取り出す。そして素早く二回、発砲した。

 

「(ッ!?かわされただと!?)」

 

 実銃程ではなくとも、そこそこの早さを伴ったその弾を軽々と回避する天草式。悟は驚きで一瞬思考を止めそうになるが、何て事はない。ただ相手も条件が同じだけだ。そう自らを無理やり納得させ、ふぅーと大きく息を吐く。

 

「(よっしゃ、行きますか‼)」

 

 そして、再び『達人』と『達人』が激突した。

 

 

 

 

 

「くそっ、オルソラはどこだ!」

 

 そう毒づいて、辺りに視線を走らせる上条。彼は今、たった一人でパークの中を駆けていた。悟が体を張って足止めしているとは言え、早くオルソラを助けたほうが良いことには変わりはない。幸いにして、辺りに天草式の面々の姿は見えない。焦りを滲ませながら、彼は駆ける。そして建物の角を曲がろうとしたところで、

 

「ッ‼ぐへっ!?」

 

 『何か』に体当たりされた。まったく予想していなかった横っ腹への攻撃に上条は悶絶し、追撃で馬乗りにされるのを防ぐために両手の拳を握って、そこで違和感を感じる。

 

 そこにいたのは、一人の少女であった。黒い修道服に身を包み、口元に何かお札、後ろ手にテープのようなものを張られていて、むぐむぐと口を動かしている。

 

 上条はその少女に見覚えがある…というか、その少女は現在目下捜索中であるオルソラ=アクィナス本人であった。ぺたん、と上条は安堵からへたりこんでしまう。

 

「むぐぐー。むがむぐむむむーむがむぐむー」

 

 不気味な文字がびっしりと書き込まれている得体の知れないお札的な何かに口を塞がれたオルソラが、上条の顔を見て必死の形相で何かを伝えようとしていた。

 

「え?せっかく日本に来たんだから本場のスモウレスラーを見てみたいって?あのな。日本人全員が相撲なんてやってるはずないだろ。お前はホントにおばーちゃんだな。」

「むーっ‼」

「え?ちょっ、冗談だぐほぉ!?」

 

 しかしここで上条の難聴スキルが火を噴いた。結果的に彼は鳩尾の辺りに頭突きを受け、オルソラと共に床に倒れこむ。しばらくむせ返っていた上条だったが、ふと彼の手に何かが当たっていることに気づいた。それがなんなのか、理解しようとしたところで、悟がヒュインという音とともに降り立つ。

 

「クソッ、野郎‼めんどくせえ事してくれやがって…ッ‼」

「悟!?無事なのか!?」

「上条か…さっさと逃げるぞ‼ここにいるとマズイ!」

 

 金色の目を若干充血させて焦ったように言う悟に分かった、と短く頷いて急いでオルソラの下から抜け出し、彼女の口に右手の指を這わせるように置く上条。するとはらり、と音をたてて紙が剥がれた。口に指を這わされたことと紙が剥がれた事で顔に驚愕の表情が浮かぶ。

 

「あ、あの。あなた様はバス停でお会いした方でしたよね。でも、どうして」

「お前を助けに来たからに決まってんだろ!事情は後で話すから。とりあえずここを離れないと!悟、どっちに逃げればいい!?」

「今『探して』るからちょっと待ってくれ‼」

 

 頭を押さえながら叫ぶように言った悟。彼の視線がキョロキョロと辺りを見渡すのと同時、オルソラは口を開く。

 

「え、え?あの、本当に、私を助けに?『法の書』とは関係なく…?」

「そんな()()()()事情なわけないだろ‼っつかテメェは俺が古本一冊のためにこんなトコまでやって来るような物好きに見えんのか!?」

「何なら上条は万年留年生と言っても過言じゃないからな、その本が日本語で書かれていようが活字ならこいつは読めんよ」

「おい、馬鹿にしただろ」

「ならもうちょっと補修に出ろ」

 

 うぐ、と言葉を詰まらせた上条に、イヤホンを外して悟は歩み寄る。

 

「(チッ、やっぱ学園都市の『外』だと足りないな…)上条、囲まれてる。こっちはオルソラさん?であってるよな?」

「え?あ、はい。」

「アンタを見つけてローマ正教とやらに引き渡すのが条件だから、まあここは上条がオルソラさんに着いていくべきだろ?」

「…悟はどうするつもりだ?」

「決まってんだろ、囮だよ囮。それぐらいしないとお前ら逃げれねえぞ?」

「俺の右手で何とかできないか?」

「それでもアリだが、魔術師ってのは肉体的な戦闘を一切行わないような奴らなのか?」

「それは…」

「さらに言うなら相手は連携を得意としてる。いくら学園都市のケンカが普通じゃないからっつっても、キツいもんはキツい。お前は能力とかに関しては最強かもしれないけど、ただの物理攻撃に関しちゃあ防御力はお察しだ。だとすると、俺が引き付けた方が便利だろ?」

 

 ゴム銃の残りの弾数を確認しつつ、ウエストポーチからスタンガンと、何かを取り出す悟。それを上条に投げ渡すと、

 

「持っとけ…出来れば壊さないでくれよ?高いんだから。」

「……おいくらほどで?」

「うーんそうだな、改造してるしざっと200万ってとこか」

「そんなものを投げるな!うわ、なんか急に重くなってきた気がする!」

 

 あたふたする上条。根本的に貧乏人である彼は、その金銭感覚も相応に庶民のものだった。それをかか、と笑って。そして二人がいなくなったのを確認して、能力を発動させる。

 

「(耳はまだ治ってない…触覚、今のでイカれたのは味覚か?となると視覚…いや、限度があるから嗅覚?)」

 

 δを使った際の副作用はランダムで襲いかかるので、どの感覚が無くなったのかを一回一回確認する必要がある。今回はどうやら味覚がおかしくなってしまったらしい。大体感覚が治るのは一週間ぐらい必要で、それまでは残っている五感を駆使して戦っていく必要がある。

 

 ざっと辺りを見渡してみても、特に使えそうなものはない。相手は能力者ではないという話だったので、最悪『相反演算式』も通用しないだろう。となると、使えるのはαだけになるのだが…

 

「むぅ…面倒くさい事になった。」

 

 口を尖らせつつ、ぽつりと呟く悟。と言うのも、今の悟には虚数暗号が使えない。念のためフラッシュメモリを握ってみても、演算領域が拡張される…要は頭が冴える感覚があるのだが、そんな感覚はない。

 

「(チッ…どんぐらい持ちこたえられるかね…)」

 

 右手に持っているゴム銃が、今はひどく頼りなく感じられた。

 

 

 

 

 

 上条達は、壁を背にして座り込んでいた。と言うのも、悟と別れた後に天草式の別動隊に見つかりかけてしまったからである。運よく死角に入り込めた彼らは、低木によって見えにくくなっている場所で身を屈めていた。

 

 断続的に響く足音のせいでうかつに出ることが出来なくなってしまった彼らは短く息を吐きつつ、そんな中でも上条はステイルやインデックスのことを心配していた。先程彼らは自分達を囮にしていたが、そもそもプロでもない上条や悟がこんな事件に首を突っ込んでいるのがおかしいのだ、それにオルソラの身柄を確保できた以上この遊園地…『パラレルスウィーツパーク』にとどまる理由もない。しかしいくら危険だとは言っても彼らと連絡をとることはできないのだ。

 

「特殊移動術ってのは午前0時から5分間しか使えないって話だから、逆に時間までここで粘れば天草式の計画を妨害できたってことになるんだろうけど…」

 

 時間を確認するために上条は携帯電話を開いて時計機能を見ようとしたが、暗闇のなか携帯電話のバックライトは非常に目立つからやめた。腕時計でも買っとけばよかったか、なんてどうでもいい後悔をして、そしてポケットにしまった。

 

「(これを使って連絡を取れるのが一番いいんだけど…)」

 

 そう思う上条であったが、あいにくインデックスの持っているはずの0円携帯はあの三毛猫が咥えているのをしっかりとこの目で見ているのだ。

 

 ふぅ、と息を吐いて上条は身を少し楽な体制にもっていく。そこでようやく、彼の意識は内から外に向いた。そして彼は自分が普段より汗でびっしょりと濡れていることに気づく。緊張のせいなのか、少し体を動かしただけでマラソンの後のように発汗している。

 それに気がついたオルソラがあら?と言って袖の中からレースのハンカチを取り出す。嫌な予感がした上条は後ずさりをしようとして、見つかりそうな可能性もあることに気が付いて、そしてせめてもの抵抗として両手を前に出して、

 

「いやいやいいんですって別に気にしてませんからほらハンカチだって汚れるしってゆうかバス停近くでもこんなことあっただろむがっ!?」

 

 言葉が終わる前に問答無用でお花のいい香りのするハンカチで口をふさがれた。

 

「きちんと拭かなければ夏風邪を引いてしまうかもしれないのでございますよ。まぁ。そういえばバスの停留所近くでもこんな事をやったような気がするのでございますけど」

「おんなじコメントほんの少し前に言ったよ俺!お前ホントに人の話聞いてねーんだなこのおばあちゃんがってか苦しっ、苦しい‼お願いですから口と鼻を塞ぐのはやめぐうっ!?」

 

 やや酸欠になった上条は必死になってハンカチの攻撃から逃れようと手足をわたわた動かしたが無駄だった。オルソラは思う存分ハンカチを動かすと、後光が見えそうな笑みを浮かべる。

 

「あの、あなた様は確か学園都市の方でございましたよね?」

「げほっ、うぇ。……ん?まぁそうだけど」

「では、その学園都市のあなた様が何故このような所にいるのでございましょう?ローマ正教の動きとあなた様の行動は無関係とは思えませんし、でも学園都市の中に教会はなかったと存じ上げておりますけど。」

 

 確かあの悟という方も学園都市の方でしたよね?と言って首をかしげるオルソラ。不思議そうな声であったが、上条はあんまり重要視していなさそうな感じで、

 

「まぁ、俺はちょっと特別でね。イギリス清教に知り合いがいんの。今回は何だか知らない内に巻き込まれて、何だか知らないうちに手伝いをさせられてるってトコ。」

 

 そう言った。

 オルソラの肩が、少しだけ動く。聞き捨てならないことを聞いた感じだった。

 

「で、では悟という方も?」

「いや、それは多分…というか、これってちょっとまずかったか?お前って確かローマ正教だったっけ。やっぱローマ正教とイギリス清教って仲が悪いモンなの?」

「いえ、そうではございませんよ」

 

 オルソラはゆっくりと、何かを考えるようなそぶりを見せたあと、

 

「確認させてもらいますけど、あなた様はイギリス清教からの協力要請があって手伝う事になったのでございましょうか?」

「そうだけど」

 

 上条は適当に頷くと、オルソラは『んー……』としばらく動きを止めて、

 

「あら?少々汗をかいていらっしゃいますのね」

「いや汗拭きはもう良いから!」

「まあまあ遠慮なさらずに」

「いやホントにいいからマジで!」

「つまりあなた様はローマ正教ではなくイギリス清教の筋のものをお持ちでございますか」

「うっ、話が戻ったり進んだりだりしてる!?い、いや、そんな大それたモンじゃないけど。あ、言っておくけどコネなんて使えねえぞ。俺は学園都市の住人だからな」

「そうで、ございますか」

 

 何故だか安堵したようにオルソラは笑った。

 

「左様でございますよね。あなた様のような方は、私達のような人間の住む教会世界に関わりを持たない方がよろしいのでございましょう」

「……そうなのか?ふーん」

 

 そういえば、と上条は悟から投げ渡された十スタンガンと同時に投げ渡されたものを見る。それは、十字架のようだった。

 

「何でアイツはこんなものを…?」

「まぁ。それはイギリス清教のお知り合いからいただいたものでございましょうか?」

「分かるのか?」

「一口に十字架と言いましても、ラテン十字、ケルト十字、マルタ十字、アンデレ十字、司教十字、教皇十字…まあとにかく、様々な形、種類のものがあるのでございますよ」

「ふうん、そうなのか。けど俺がこんなもの持っててもしょうがねえしなあ…そうだ」

 

 そう言って上条は十字架を、オルソラの方へ渡した。

 

「良かったらお前が預かっててくれ」

 

 そう何気なく言った上条に、オルソラは飛び上がりそうになくらい喜んだ。

 

「あら、よろしいのでございますか!」

「いや別に良いけど。あいつがどんなつもりで渡したか知らないけど、大した意味とかないだろ。だって俺が魔術使えないのは知ってんだし。……あいつ皮肉とか好きだしひょっとしたらジョークの一つかもしれないしな」

 

 オルソラに十字架のネックレスを手渡しながら上条は言った。

 と、彼女は何故か握手をするように上条の手を掴み、さらにもう片方の手で包むようにして、

 

「すみませんが、一つだけお願いがあるのでございます」

「え、な、何だよ?」

 

 不覚にも、予想以上に柔らかい感触に上条の声が裏返りそうになる。

 

「あなた様の手で、私の首にかけてもらえないでございましょうか」

 

 ニッコリと笑って、オルソラはそう言ったのだった。

 

 

 

 そんなラブコメ時空の傍ら、戦場にて。

 

「やば、ヤバイ‼死ぬ‼死ぬぅ!?」

 

 後ろの壁が吹き飛ぶ破砕音を耳に納めつつ、悲鳴に近い声を悟は上げた。解析を使って今まで辛うじて生き残れたものの、そろそろゴム銃の残弾が少なくなって、そろそろヤバイ事になっている。

 

「くっそやっぱりあのクソ犬に感化されてゴム銃の形式をオートマチックじゃなくてリボルバーに改造したのがいけなかったっておわぁっ!?」

 

 言い終わる間に壁が爆撃されて悟は前に転がるようにして避ける。6発装弾のロマンを求めたリボルバー形式だといざというときに対応しにくい。

 

「(ゴム式のマグナム弾とか誰得だこの野郎…ッ‼)」

 

 全力で逃げ出しながら、弾倉にゴム弾を装填。両手でそれを抱えつつ駆けていく悟。クソッタレ、という悪態を吐きながらも彼は後ろに向けて発砲する。それがあまり効果を持っていないことを確認しつつ、再度舌打ちをする。

 

「おっふ…ッ‼クソがァッ‼」

 

 狩られる兎のような気持ちを味わいつつ、悟は上条達へと向かっていくはずの追っ手を引き付けるため、暗闇のパークを駆けていくのだった…


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