とある科学の解析者《アナライザー》   作:山葵印

20 / 25
九月七日 戦闘開始につき

 夜11時を過ぎた頃。悟は大勢のシスターさんやステイル、そしてインデックスや上条と共にある場所へ向かっていた。

 

「…しっかし、よくこんな人数集められたな。」

 

 そんな事を言ったのは上条だ。彼は若干呆れたように大量のシスター達を見回している。アニェーゼはそれにどこか誇らしげに答えた。

 

「人海戦術がウチの特権なんですよ。何せ世界中に仲間がいるんですから。」

 

 流石世界百か国以上に信徒のいる世界最大の宗教、ローマ正教と言ったところか。ここまでの人材を割く事出来るのはやはり人数に余裕があるからなのだろう。上条は感心しつつ歩いていく。

 

「…」

 

 その後ろを歩いているのは悟だ。彼は上条と違い一睡もしていない上に耳が聞こえにくいのとさっきのステイルとの戦闘で触覚、すなわち皮膚の感覚が利かなくなってしまっているため、上条よりコンディションは悪い。むしろ最悪まであるのだが、彼はそんなことおくびにも出さず歩く。

 彼は既にイヤホンを耳にかけて多量能力をダウンロードしていた。その証拠に彼の目は金色に染まっている。

 

「随分不思議な目だね?」

 

 そんな彼に話しかけたのはステイルだ。彼はいつも通りの黒い神父の服を着込んでタバコを吸い、紫煙を燻らせている。

 悟は眠たげに細めていた瞳を若干開いて「んー?」と言った。

 

「そんなに珍しいかね?俺はこれが普通だと思ってたんだが」

「そんな色の瞳が普通とは学園都市とは随分とメルヘンチックな場所のようだね」

 

 今学園都市のどこかで通称メルヘンがくしゃみをしたのはきっと偶然だろう。悟は大きくあくびをして、頭をかいた。彼にとってはこの目は色が変わるのが普通で、まだあとに何か隠されてると思っている。

 さっきインデックスに能力について聞かれたとき、悟は返答をためらった。なぜなら天地解析という能力は、悟自身も実は全貌を把握できていないからである。わかっていることはリミッターが若干あるという事と、何でも解析できること。それと範囲が『目の見えるところまで』という事ぐらいだ。

 未だに謎の多い能力だなあとそんなことを思っていると、どうやら目的地に着いたようで、悟の回りにいたシスター達が足を止めた。

 

「ここが『渦』の場所です。私達ローマ正教の面々は陽動をしますので、イギリス清教の方々とお二人はその隙にオルソラを。」

「引き受けた…行こうか。」

 

 アニェーゼがステイルにそう言ったと思うと、ステイルはタバコを吸って、金網沿いに歩き出した。悟は一瞬シスター達を見やったが、直ぐにその後をついていく。

 

「え、ちょ!?」

「ほら、行くよとうま!」

 

 上条は戸惑っていたがインデックスに袖を引かれ、ずるずると引きずられていく。

 シスターに向けた「気、気を付けてなー!」という上条の声が、無情に響いた気がした。

 

 

 

 

 

 

「テーマパーク、か…」

 

 金網の中を見つつ、悟はそう呟いた。その目は何を考えているか分からないが、寂しそうな印象を上条は受けた。

 

「何だ?悟はこういったところ来たこと無かったのか?」

「行った『経験(こと)』はあるけどないな」

 

 意味不明な悟の言葉に何だそりゃ、と疑問符を頭上に出す上条。それに対して悟は目を閉じ、金網にもたれ掛かった。

 

「なあステイル、全部解決できると思ってるか?法の書も、オルソラ=アクィナスも。全部だ。」

 

 そう、真剣な顔でステイルに問いかけたの上条にステイルは短くなったタバコを踏み潰し、

 

「無理とは言わないが…厳しい事にはなりそうだ。」

「そりゃそうさ、向こうは逃げりゃ勝ちなんだから。」

 

 悟は目を閉じたまま呟くようにそう言った。こちらが『法の書』、オルソラ=アクィナスの両方を確保しなければ行こうかないのに対し天草式はそれから逃げる、もしくは隠れて時間を稼げば勝利確定。最初からかなり分の悪い戦いになっていることに悟は若干苛立つが、そんなことを言っている暇などない。今も刻一刻とカウントダウンは近づいているのだから。

 

「ただでさえ園内のどこにオルソラ=アクィナスがいるかどうかが分からないのに、まだローマ正教の連中には伝えていない情報もある。」

「?」

 

ステイルはちょっと迷うように視線をさまよわせ、

 

「イギリス国内から神裂 火織が逃亡した。おそらくかつての部下…いや、仲間を思っての行動だろう。」

 

 悟が若干身をこわばらせ、上条は緊張で喉が干からびるような感覚に襲われる。神裂 火織という魔術師は、『御使墜し(エンゼルフォール)』の一件の際に悟と共に天使の足止めを行った程の実力者であったからだ。

 あの時、悟は『虚数暗号』を使用して飽和的に攻撃することで辛うじて足止めを行えた。それでなくとも自分が気絶した後は彼女が足止めをしていたはずだ。それほどの実力をもっているなら衝突したなら大打撃になるであろう事は想像に難くない。

 

「だから全ての仕事を成功させよう何て思うな。ただでさえ破綻気味な計画で、さらに危険要素が満載なんだ。最悪『法の書』が解読されるのだけでも回避するんだ。」

「だったら…」

 

上条は、ステイルの顔を見て言う。

 

「だったら、最優先はオルソラでいいか?」

 

 

「僕は別に構わないさ。解読者がいなければ『法の書』は宝の持ち腐れだ。アレの知識自体は彼女の頭の中に入っているんだし、原典にも興味はない。それに『法の書』の持ち主はローマ正教なんだから紛失してもイギリス清教はどこも痛まない。」

「私もそれでいいと思うよ。ていうか、とうまはダメって言っても勝手に突っ走っちゃうに決まってるもん。ただでさえ人数少ないんだからみんなでまとまらないとね。」

「…俺もそれでいいと思うぜ。その結末が一番楽でやり易い。」

 

 上条の意見に、三人はそう返す。悟はまだしもステイルとインデックスはイギリス清教の、プロの人間もである。

 

「分かった、ありがとう。」

 

 そう礼を言った上条にステイルとインデックスは若干面食らったような顔をする。悟は右手をひらひらと振って反応するだけだった。

 

「あ、そうだったそうだった。事前に言っとくけど、上条以外は俺のなるべく俺の回りに近づかないでくれ。」

「…そうかい。分かったよ。ところで…」

 

 悟がステイルに向けてそう言ったのに神父の彼はしっかりと頷いた後、悟の方を向いて、

 

「君からも言ってくれないか?彼らに『もうちょっと緊張感をもってほしい』と。」

「うんそりゃ無理」

 

 即答した悟の声と共に、園内の一部が爆発したような音が聞こえてくる。上条は驚いてそちらの方に顔を向けた。

 

「…なぁ、あれって本当に陽動か?」

 

 豪々と燃え盛る火柱を見て、上条は呆然としたように言う。

 

「学園都市の内部テロでもあんな陽動よくあるからなぁ…あんまり、って感じだ。」

「ええ…騒ぎにならないのか?」

 

 若干自分の感性がおかしくなっていることを自覚しつつ悟がそう言うと上条は案の定顔をひきつらせ、インデックス達に言った。

 

「あれぐらいのものをぶつけないと押し負けちゃうって事だよ。油断しちゃダメ」

「騒ぎが起きることはないよ。人払いと刷り込みの魔術を併用しているからね。ただ、あの術式にはローマ正教のクセというか、訛りみたいな特徴が感じられない。…天草式の術式か。これほどの術式を天草式が持っているってのは癪だね」

「人払いと刷り込みかぁ…なんか応用できないかな」

 

 かくして、時間は来た。ステイル、インデックス、上条は園内へと侵入する。悟は頭を再びかいて、一度後ろを振り返ったかと思うと、彼らの後に着いていく。

 

 暗く、狭い園内では彼らを照らすものは頼りない街灯しかなく、彼らは身をなるべく近づけていた。

 

「(さーって、どれくらいならやっていいのかな…っと)」

 

 『透視能力』を使っている悟にそんなことは微塵も関係ないのだが、どうやら暗闇というのはそれだけで人間に原始的な恐怖を思い起こさせるものであるらしく、インデックスまでもがピリピリとした表情で暗闇の奥を見つめていた。

 

「早く行くよとうま。『渦』の場所に行かないと!」

「そうだね。時間は少ない。急ぐよ!」

 

 どことなく同調しているような台詞を吐いて、ステイルとインデックスは目線を辺りに走らせている上条へと顔を向けた。

 

「お、おう。分かった。」

 

 そう言ってステイルの方へと向かう上条。しかし突如ガン、という硬質的な音がなる。

 

「上条!上だ!」

 

 そう叫んだ悟に、弾かれるように上を見上げる上条。そこにはいたのは西洋剣を持つ、四人の少年少女。彼らががジェラート専門店の屋根から上条へと飛びかかっていた。

 

「ッ‼うわっ‼」

 

 恥も外聞も投げ捨て、上条は右へゴロゴロところがって回避することを選択する。しかし運よく初撃は回避できたものの、そこからの踏み込みには対応できない。

 

「させるかこんチクショウ‼」

 

 しかし、そこに演算を組み上げ終わった悟の電撃の槍が飛んでくる。上条に飛びかかった少年は反射的にそれを剣で防御した。

 

「うおりゃあっ‼」

 

 そこに上条が右手を握りしめて拳を放つ。しかし、路地裏喧嘩位にしか馴れていない彼が達人クラスの技量をもつ天草式の面々にダメージを与えられるはずもない。

 

「くそっもう来たか‼ステイル‼俺らはいったいどうすればいいん…ステイル?」

「あ、アイツならさっきインデックスと一緒にオルソラを探しにいくって」

「オイコラ‼俺達素人なんですけど!?」

「俺らも囮なんだろ察しろ」

 

 隣で「不幸だー!」なんて叫んでいるウニ頭は一旦思考外に追いやっておくとして、いったいどうすればいいんだろうか、と悟は考える。

 学園都市のチンピラもどきならまだちょっと煽るかすれば簡単に怒ってくれるのでいいのだが、相手はプロである。ちょっと煽った程度では揺らがないだろう、というのが悟の判断であった。

 

「チッ…上条!」

「分かってるよ!」

 

 考え込む暇を与えないといわんばかりに少年達が踏み込む。悟が電撃を放って牽制し、上条が取りこぼした人物を攻撃するというコンビプレー。しかし天草式は悟の電撃を先程と同じように剣を盾にして回避され、上条には返す拳でカウンターを決められてしまう。

 

「ぐっ…」

「チッ‼これなら…」

 

 腕をクロスしてのガードに成功したものの少し後ろに押し返された上条を尻目に悟は演算を組み上げ、右手に砂鉄の剣を持つ。そして、踏み込んできた少年に合わせ剣を振るう。

 少し前に、どこぞのビリビリ中学生が使ったときのような切れ味を伴ったそれは魔術的要素の入っているはずの剣をバターのように切り裂いた。

 驚く天草式の少年に悟はニヤリ、と笑みを浮かべて返す刀を一閃。しかしそれすらもダメージを与えるには至らなかったようで、バックステップで避けられてしまった。

 

「上条、ほれ。」

「ん?何だこりゃ。」

「ステイルから伝言だ。『死にたくなければ肌身離さず持っていろ』だとよ。」

 

 その隙を見て、悟は上条にケルト十字を投げてよこした。首をかしげる上条であったが、今はそんなことを気にしていられる暇などないのである。

 砂鉄の剣を不規則に伸縮させることによって天草式の面々への牽制を行いつつ、悟はその頭をフル回転させていく。

 

「上条!ここは俺が食い止めてるからさっさとオルソラとやらを助けてこい‼」

「悟!?…分かった‼」

 

 悟が上条にそう叫ぶように言うと、上条は一瞬迷ったものの弾かれたように駆け出す。

 

 

 

 

「…っと、行ったか…」

 

 上条が居なくなったのを確認して、悟は砂鉄の剣を引っ込めた。そして『念動力』を使って雷を一本の棒の形に固め、一歩を踏み出す。

 

「───ま、こんな借り物の『善性』でも少しは役にたつんじゃねえかな…上条?」

 

 ニヤリ、と。人を小馬鹿にしたような笑みをひっさげ、『学園都市の最高傑作』は天草式と激突した。

 

 

 

 

 

 

 山峰 悟という少年を知るものは、案外少ない。せいぜいが通う学校の住人、風紀委員の一部、それと『超能力者(LEVEL5)』の一部ぐらいなものだ。よくよく考えるとマズイ面子じゃないかと思うかもしれないが、まあそれは置いておくとして。

 そういった面々からの評価で最も多いものに、『山峰 悟は善人である。』というものがある。これは悟が様々な事件に首をつっこみ、何だかんだで解決してきたからだ。

 しかし、悟はそんな評価には嬉しいとも思わない。

 

 

 

 何故なら、悟の力は、基本的に『借り物』だからだ。

 

 

 

─────善人である?

 借り物の力を振るうだけの事なんざ誰にだって出来る。そのヒーローは何も『山峰 悟』である必要なんてどこにもないんだから。

 『山峰 悟』という借り物のヒーローは、いつだって力を『借りて』きたのだ。上条 当麻(ヒーロー)のような力。一方通行(ダークヒーロー)のような力を持っているわけもなく。

 

 借り物のヒーローは、力を振るう。きっとそれが、自分にしか出来ないことだと信じて。心の奥底で疑いを持ちながら。

 

 

──その先が、どんな結果であろうと。




今度の投稿なんですが、ちょっとリアルの事情で遅れるかもしれません。こんな拙作ではありますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。