「…眠い。」
九月は七日。悟は目をこすりながら学園都市を歩いていた。
と言うのも、最近海人が負傷して風紀委員の仕事を他の支部の人達と連携して行わなければいけないくなったことや風紀委員の大制覇祭における役割等の決定で忙しくなっているからだ。
それに
「(えーっと、学園都市に敵対してる秘密勢力は、っと。)」
携帯のメモ帳アプリを開き、どんな組織が敵対してたかを確認する悟。
内部での捜査は御坂に任せてきた悟はこれから外に出て本当にその勢力が樹系図の設計者を盗もうとしているかどうかを確かめなければならない。
『目』を使えば秒で終わる作業な為、あまり緊張感は感じていなかった。
「ま、でも外に出なきゃ意味のあるものなんて見れないんですけどねーっと。」
そう呟き、学園都市の外出許可を出すセンターへと向かう。
いくら大制覇祭等の文化祭があちらこちらである九月だからとはいえ、流石にそこらの学生の外出許可を出せない程忙しくはなっていないはずである。
なるべく目立たずに樹系図の設計者について探りたい身としては外出許可を取ってから外に出た方が良いのは明らかである。
「さて、直ぐに許可が取れるといいんだけど…」
結論から言うとアッサリ許可は取れた。警備が緩くなっているとは言え拍子抜けするほどアッサリと。
学園都市は確か能力者の流出を嫌うはずだが、あの犬っころが裏で手を回したのか書類のチェックもどこかおざなりだったような気がしないでもない。
「(ま、出れるならそれに越したことなんて無いんだがな。)」
そう思いつつ、十八時をまわった夕方の町を歩いていく悟。しばらく歩くとコンビニを見つける。
そう言えば飲み物を買ってなかったなと思ってそちらへ目を向ける。するとそこには…
「…上条?何やってんだアイツ。」
彼のクラスメイトこと上条 当麻が目を皿にしてガイドブックを見ていたのだった。
「はぁ?シスターが誘拐にあっただぁ?」
「わわっ‼シーッ、シーッ‼」
上条に話を聞いたところによると、どうやらあの暴食シスターことインデックスが誘拐にあったらしい。犯人は上条の知り合いで、どうやら『薄命座』という廃ビルにいるようで、地図アプリを使ってその場所を検索したものの、学園都市の地図更新が早すぎて非常によろしくない状況になった。ガイドブックを買おうにも持ち合わせが生憎とないので、コンビニで店員が引いてしまうほどに立ち読みをしていたそうだ。
「じゃあ俺も行こうか?戦力ぐらいにはなれるぞ?」
「…いや、悟を関わらせるわけにはいかない。」
「ほう?上条さんは奢ってもらったガイドブックの恩を返せないほど畜生だったと言う訳でせうか?」
うっ、と言葉に詰まった上条。
悟からすると上条について行けば勝手に樹系図の設計者を狙う勢力を落としてくれるんじゃないかな、と言う打算込みでの発言だったのだが、ここまで効果があるとは思いもよらなかった。
一方、上条は悟との記憶が無くなっているためどう言った反応をすればいいのかがつかめず、言葉に詰まっていたのであった。
「そ、それでもだ‼悟を連れていくわけには行かない!」
「…わぁった。そこまで言うなら着いてかねーよ。」
「そうか。それじゃーな。」
「おう、また学校で。」
やけにアッサリと引いた悟に疑問を覚える上条であったが、今は一刻を争う事態である。そんなことに一々気を揉む必要もないと考え、悟に手を振ってガイドブックを見ながら駆けていく。
それを見送ってしばらく、悟は何の気負いもなく上条の駆けていった方向に歩いていくのだった…
上条を尾行し始めてから数分ほど経ったとき。
「(そうだ、持ってるブツの確認でもしとくか。)」
上条が黒い修道服を着た少女と話している最中に、悟はウエストポーチからいくつかのフラッシュメモリ等を取り出し、数を確認する。
「(『虚数暗号』のαとδ、『相反演算式』にゴム銃、スタンガン…こんなもんか。)」
さらっと学園都市の叡知を結集したデバイスを三個も持ってきていることに悟がどれだけガチで敵対組織を潰しにかかっているかが分かる。
しっかりと指差し確認をしてもう一度全部持ってきているかを確認し、ウエストポーチにそれらをしまい込む悟。そして立ち上がるとハーフパンツのポケットに手を突っ込み、上条が既に向かった方向へ歩いていく。
その目は真剣そのもので、普段の彼からは想像もつかないようなものだった。
「(あんな思いをするのは俺だけで充分、ってね…)」
「『
まだ悟が幼かった頃。当時から『天地解析』を発現していたが為に様々な実験でモルモットとして扱われていた頃の事である。
悟は担当の研究員からその旨が書かれた資料を渡された。
研究者は仰々しく、まるで手品師のように両手を広げる。
「ああ!この実験が成功すれば君は晴れて自由の身になれる!」
「本当ですか!?」
その言葉にアイマスクによって隠された目を輝かせる悟。今までの実験はヘドが出るようなものばかりであり、悟の心は壊れかけていた。だからこそ、研究者の『自由』と言う言葉に惹かれたのだ。
──それが、今までのどの実験よりも辛いものになるとも知らずに。
「…はぁ。めんどくせ。一々んなこと考えてられっかってんだ。」
頭をかいて回想を打ち切り、イヤホンを耳にかける悟。
以前使った時の耳はまだ復活してはいない。しかしどんな能力者と戦うかが分からない以上、やれるだけの事はやっておくべきである。
「(上条は…そこか。ん?さっきのシスターがいない?)」
『
「げっ…『
炎がこちらに向けて飛んできた。白翼を背中に展開して降り下ろし、その炎を文字通り『叩き潰す』悟。
「チッ…どォなってやがンだこん畜生‼」
白翼を散らして
「いきなり燃やそうとするのは酷いと思うンですがねェ?」
「そうかな?見られたくないものを見られたら殺すのが普通だと思うが。」
それもそうか、と思わず相手の言い分に納得してしまいそうになった悟。しかしそれが自分の生命に影響するなら話は別である。
悟は一方通行の能力を解除、『
「オイ悟!何やってんだ!ステイルも‼」
「何って、侵入者の排除だが?」
「あれ?知り合い?てっきり学園都市と敵対してる組織か何かかと。」
どうやらあの神父はステイルとか言う名前らしい。悟はあの不良めいた格好の神父が上条の知り合いであることに驚きを隠せない。
あの時神裂がなっていたのはそこら辺の不良くらいにしか思っていなかったのだが。
件の神父…ステイルはタバコをふかし、紫煙を燻らせる。
「君の友人か?」
「ああ。山峰 悟。俺のクラスメイトだ…って、お前何か用事があるんじゃないのかよ?」
「ん?ああ、ちょっと学園都市の外へ調査に出るつもりでな。んで、上条ならなんやかんやでその組織と関わりそうだなーと思ったから、ちょっとばかし後を付けさせてもらったんだが…アテが外れたっぽいな。」
まさか能力者とバトルする事になるとは思わんかったぜ、と悟はため息をついて呟く。ステイルはタバコを吸いながらそれを黙って聞いていたのだが、唐突にそれを放り投げた。
「君が神裂の話していた人物か。どんな奴だと思っていたんだが…なるほど、想像通りだ。」
「どんな評価だったんだ?」
「聞きたいかい?」
「…いや、遠慮しとく。」
ステイルの顔が若干悲しげになったので悟は言葉を打ち切り、能力を消去して着地する。
「そうだ、それがいい。…君は黙って僕らに協力してくれればいいんだ。そこのツンツン頭のようにね。」
「待てよステイル!悟も関わらせるのか!?」
上条が焦ったような声で割り込むが、ステイルはタバコを踏み潰して言った。
「何を言ってるんだい?彼は学園都市上層部とのパイプを持っている。それを存分に利用させてもらうとするよ。」
「…あー、アンタが夏休みの頃に話題になってた『魔術師』か。」
その言葉に手をポンと叩き、悟は納得がいったように頷いた。と言うのも、学園都市統括理事長ことアレイスターが招き入れた人物がいるという噂が夏休みの始まった辺りにたっていたからだ。
正直どうでもよかったので聞き流していた悟だったが、こんな形で会うことになるとは思ってもいなかった。
「意外かな?」
「いや、てっきりコードネームかなんかかと。」
「なるほど。科学サイドの君ならそう思うのも無理はない、か。」
「んで?何について協力すればいいんだ?」
「そうだね、僕が説明してもいいんだけど…彼女に聞いた方が早そうだ。」
そう言ってステイルが目を向けた先には一人の少女が。
その少女は若干赤みががった髪を三つ編みのようにした髪形、先日追いかけっこした絹旗を彷彿とさせるようなミニスカートの修道服に、馬の蹄のような厚底サンダルを履いている。
どう見ても日本人には見えない顔立ちのその少女に上条と悟は身構えた。
悟は解析さえあれば英語だろうとドイツ語だろうとルルイエ語だろうと理解出来るので正直どうでもよかったのだが、生粋の日本人である上条はそうはいかない。
華麗に立ち回ってやる、と上条が決心した瞬間、少女は口を開いた…
「あ、え、っと。こ、これから状況の説明を始めちまいたいんですけどそちらの準備は整っていますござりやがりますか?」
コケた。凄まじい程強烈で、個性的な日本語に。
『外国語ができない時の対処法=話しかけられたら魂の高速ボディランゲージしかないッ‼』という上条の決意がどこかに飛んでいったような音が聞こえた気がするのは悟の気のせいだろうか。
兎に角、シスターは顔を真っ赤にして上条に詰め寄り捲し立てている。
インデックスが何か早口の外国語で『落ち着け落ち着け深呼吸しろ』みたいなことを言っているとステイルが暗い顔をして俯きつつ、『いや、僕の知り合いにも妙な日本語を使う人が居てね。』という誰も求めていない説明をした。悟は悟で『日本語って難しいのかなやっぱり』とかいうどうでもいいことを考えている。
まあ兎に角。ミニスカシスター(悟の解析を使えば名前は分かるが、今は虚数暗号δ起動中なので解析が使えない為便宜上そう呼ぶことにした。)がその平坦な胸に手を当てて二回、三回と深呼吸する。そして背をぴしっと伸ばすと、
「いや、すいません。では改めて、こっから今の状況と、今後の我々の行動についてお話しするとしまひゃあ!?」
言い終わらない内に、シスターがバランスを崩す。パタパタと振られる手が、藁をもつかむ理論で上条…ではなく、音楽プレーヤーを操作していた悟を掴んだ。
所で、バランスを崩した人物が体幹がしっかりしていないザ・モヤシボディの悟に追突したらどうなるか。
「え?…ごふぁっ‼」
答、悟が地面に叩き付けられる。『虚数暗号δ』は数秒前に電源を切っていたため、能力によって自らを支えてやることすらも出来ない。悟は後頭部を強かに地面に打ち付け、のたうち回った。
「だ、大丈夫か?」
「ぐ、ぐおお…問題ない、まだ吹寄の拳のほうがダメージがある…」
「それを比較対象に出すってことは相当痛いな!?」
上条にそう返答し痛みに顔を歪めつつも悟は膝の辺りの砂を払う。ハーフパンツを履いていたものの割りと怪我はないようで悟は安堵した。
シスターはしばらくあわあわとしていたが、悟が問題ない旨を伝えると、やがてコホンと一つ咳払いをする。
「ええ、では今から『法の書』、オルソラ=アクィナス、及び天草式の動向と、我々の今後の行動について説明しちまいたいと思います」
再び転ぶのが怖いのだろうか、シスターはインデックスの修道服をちょこんと掴みながら、若干緊張のとれた声でそう言う。
悟は「法の書ってなんだよ、オルソラって誰だよ、天草式ってなんだよ。」と言う疑問を持ったものの、折角始まった話に茶々をいれる必要もないだろうと思い黙っていた。どのみち解析が復活した今なら脳への負荷を考慮しなければ欲しい情報は直ぐに手にはいるのだから。
「現状、『オルソラ=アクィナス』は十中八九天草式の手の内にあります。『法の書』の方も十中八九間違いないでしょう。今回の件に出張ってる天草式の数は、推定で五十人弱。下水道を移動してるみたいなんですが、地上に出てきている可能性もあるんですよね。」
そんなシスターとステイル、インデックスや上条の話し合いを聞き流しつつ、「妙なことに巻き込まれた」と悟は溜め息をつくのだった。
大まかな説明を終え、その後自由行動をする事と相成った悟達。ほとんどの人が寝静まった頃、悟は一本の電話をかけていた。
「そうそう、『法の書』に『オルソラ=アクィナス』がどうちゃらって。…ハァ?上条のサポート?それって…悪い、後でかけ直す。」
ピッ、と携帯の電源を切り空を見上げる悟。
『外』は権力争い、人殺しといったことが基本的に遠いからいい。…最も、学園都市でも能力さえなければそういった事とも離れた場所にはいられたと思うのだが。
「…寝れないの?」
「ん?…ああインデックスか。上条はどうした?」
「そ、それは…」
と、そこでインデックスが悟の元にやって来る。
彼女はいつも通りの修道服を着込んでいるものの、若干顔が赤くなっていた。言い淀んだ彼女を悟は手で押し留め、
「あー、言いたくないなら構わんぞ?どうせ上条が何かやらかしたんだろ?」
「う、ううー。聞かないでもらえると嬉しいかも…それはそれとして、さとるは自分の能力についてどう思ってる?」
「んー?能力だぁ?」
自分の能力といえば『天地解析』、学園都市にも少ない『解析』系統の能力の事である。
「…この能力を持ってから碌な日が無かったぜ。まあでも、捨てたいとは思わんな。この能力がないと、今のいままで俺は生きてこれなかった。」
「でも、さとるの能力は少しおかしいんだよ。『
「『
首をかしげる悟にインデックスは口を開こうとして、
「おーいインデックス、何をやって…悟?」
「おう上条か、どうかしたか?」
「どうかしたか?ってそりゃ、インデックスが寝床にいないって聞いたもんだから…」
そう言って頬をかく上条にインデックスはつん、と顔をそむけた。
悟は呆れたように頭をかくと、
「はあー、そんなにイチャラブするならあっちでやってくれ。」
「さ、さとる!?どうして清純をうたうシスターの私がこんな変態に屈しなきゃいけないのかな!?」
「誰が変態だ誰が‼大体、インデックスは──
そんな風に痴話喧嘩をしている二人を見て、もう一度悟は溜め息をついた…