とある科学の解析者《アナライザー》   作:山葵印

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遅れて申し訳ございません、ようやく出来ました。


九月一日 かくて題意は示される

「チッ…」

 

 ゴスロリ服を身にまとった女性…シェリー=クロムウェルは、苛立ちを隠そうともせずに毒づいた。

 先程まで戦っていた二人の少年と『化け物』、そして警備員の連携によって一人の少年…『幻想殺し』に殴られた右の頬がヒリヒリと痛む。

 どうやら幻想殺しではない方の少年は魔術を知らなかったようで、自らの魔法を用いることで上手く逃げおおせることは出来たものの、彼女は次の行動を決めかねていた。

 『エリス』は既に禁書目録の所に向かわせた。どうなるかは分からないが、化け物はそちらへと行ったようだ。

 となると、自分が迎撃すべきは幻想殺し。魔術という力そのものに絶対的な力をもつ少年だ。

 

「…『エリス』…」

 

 ポツリと、シェリーは呟いた。

 エリスと言う名は、元々彼女が考えた名ではない。昔に亡くなった一人の少年、エリス=ウォリアーから名付けたものであった。

 苛立ち混じりにオイルパステルを握りしめるシェリー。そこで、彼女は足音を耳にする。

 

「(来たか…『幻想殺し』‼)」

 

 そこで、シェリーはオイルパステルを振るい、柱を崩す。幻想殺しの弱点に、彼女は気づいていた。

 それは『魔術しか消せない』と言うことである。

 例えば、自分が今みたいに柱を崩して攻撃したとしよう。幻想殺しは魔法陣を消すことはできても、柱そのものは崩せない。幻想殺しは窮地に陥ると言うわけだ。

 そう思っての柱を崩すと言う行為だったが、幻想殺しはそれを横に飛んで回避した。

 ズン、と言う音がなり、コンクリートの粉塵が舞い上がる。

 

「簡単には潰れないわね、流石」

 

 咳き込む幻想殺しにそう言いつつ、薄汚れた黒いドレスを引きずるようにして歩くシェリー。彼等の距離はおおよそ十メートル程。

 途中で幻想殺しの目が怪訝なものに変わったのを見て、愉快そうに口を歪める。

 

「うふふ。エリスなら先に追わせているわよ。今頃もう標的の元に辿り着いてるか、肉塊に変えているちまってるかもな」

「!インデックス!テメエ…っ‼」

 

 軽い長髪に、幻想殺しはすぐに乗った。

 幻想殺しが低く腰を落として拳を握る。その様子を眺めながらシェリーは満足気に笑い、

 

「それでいいわ。あなたは私の相手をしていなさい。エリスの元には、決して通してあげないから。」

 

 そう言われて、ようやく幻想殺しはシェリーの意図を知ったようである。唯一エリスを一撃で破壊できる自分だけは、何としてもここで足止めするつもりなのであろう、と。

 

「…一体何考えてんだよテメエ。俺には何がどうなってるかなんて分かんねえけどよ、今はまだ科学も魔術もバランスが取れてんだろ。なのに何でわざわざそれを引っ掻き回そうとするんだ!その行動に何の意味があるっていうんだよ!?」

 

 その問いに、シェリーは口元に含んだ笑みを浮かべるのみ。

 にやにやと笑ったまま、彼女は告げる。

 

「超能力者が魔術を使うと、肉体が破壊されてしまう、聞いたことはないかしら」

「何?いや、知ってるけど…」

 

 先程までの質問とは全く違う内容に、眉をひそめる幻想殺し。彼の怪訝な顔に、緩やかにシェリーは告げる。

 

「おかしいとは思わなかったの?『なんでそんなことが分かっているのか』。」

 

 上条の胸が少しずつ突き刺されていく。

 

「試したんだよ、今からざあっと20年くらい前だったか。イギリス清教の一派が、学園都市と手を結ぼうって動きがあってな。私達はお互いの技術や知識を一つの施設に持ち寄って、能力と魔術を組み合わせた新たな術者を生み出そうとした。その結果が…

 

 その言葉を最後まで聞かなくても、上条には結果が読めていた。

 能力者が魔術を使えば、体が破裂して死んでしまう。『三沢塾』での一件や、『御使墜し』の一件などで、あるときは塾の生徒。あるときは自らの友人である土御門で、数秒間しか魔術を使っていないにも関わらず、それぞれが死にかけの重症を負っていた。きっとその能力者とやらも同じ結末を辿ったのだろう。

 

「その、施設は……」

「潰れたというか潰されたというか。科学側と接触していた事がバレたその部署は、同じイギリス清教の手によって狩り出されたよ、徹底的にね」

 

 上条は押し黙る。その能力者を生み出そうとしたのも止めようとしたのも、誰かを傷つける為ではない。純然たる、ただの悲劇だった。

 

「エリスは、私の友達だった。」

 

 シェリーが、語る。

 

「エリスは、そのときに学園都市の一派に連れてこられた超能力者の一人だった。」

 

 シェリーは、呟く。

 

 辺りに、暗い静寂が張り詰める。

 

「私が教えた術式のせいで、エリスは血まみれになった。施設を潰そうとやってきた『騎士』達の手から私を逃がすために、エリスはメイスで打たれて死んだの。」

 

 シェリーはゆっくりとした口調で言う。

 

「私達は住み分けするべきなのよ。互いにいがみ合うばかりじゃなく、時には分かり合おうという想いにすら牙を剝く。魔術師は魔術師の、科学者は科学者の。それぞれの領域を細かく定めておかないと、また同じことが繰り返されちまう。」

 

そのための、戦争。

 

「クソ…なんかかみあわねーな。お互いを守るためなら戦争を起こしてどーすんだよ。」

 

しかし、上条はそれを否定した。

そもそも、戦争なんて起こす必要はない。『危険が目の前まで迫った』、『戦争が起きそうになった』。これらだけで十分なはずだ。

シェリーは数瞬押し黙ったが、唐突にオイルパステルを取り出す。

 

「くふふ。案外気が付かないものなのね。辺りが暗いのも一役買ってるんだろうけどな。」

「なに?」

 

上条は訝しんだ。今の彼女のとなりには、あの石像はいない。オイルパステルだけでは、壁を崩すことしかできないはずである。

十メートル程離れた今の場所では決定力に欠けた攻撃しかできないはずだ。そんなことを考える上条とは裏腹に、シェリーは大げさに、芝居がかったように両手を広げる。

 

「おやおや、違和感は覚えなかったの?私が何故、わざわざこうして暗闇から姿を表してベラベラ喋ってたのか。普通なら闇に紛れてテメエが通りすぎようとした場所の柱を崩した方がいいと思わないか?」

 

「そう、そしてこの場所。私がここを選んだ理由は?一本道なら行き違いになることなんてないのに、どうしてわざわざこの一点で待っていたと思う?」

 

 上条は、足りないと自認する頭をフルに活用していく。しかし、回答にたどり着く前にシェリーは口を開いた。

 

「つ・ま・り、こう言う理屈よ!目ぇ剝きやがれ‼」

 

 シェリーが、オイルパステルを横に一閃する。瞬間、地下鉄のトンネル全体が淡い、赤色の光に包まれた。見ると、トンネルの壁に、天井に、床に。ありとあらゆる所に魔法陣が描かれている。

 

「(トンネルごと崩すつもりか!?)」

「地は私の味方。しからば、地に囲まれし闇の底は私の領域。」

 

まるで歌うように、シェリーは告げる。上条は舌打ちして駆け出した。

 

「全て崩れろ!泥の人形のように!愚者を呑み込め!泥のなかに練り混ぜろ!私はそれでテメエの体を肉付けしてやる!」

 

 絶叫に呼応するかのごとく、パラパラと辺りから音が聞こえてくる。いっそう輝きをました魔法陣が、上条を押しつぶさんとしていた。。

 

「(くそ、どうする……ッ!?)」

 

 上条は思考する。この状況をいかに打開するか?この大量の魔法陣の全てが自らの右手で消せないのは明白。例え周囲の魔法陣を消したとしても、最も消せないであろう天井からの崩落を防がなければ生き埋め確定であるのもまた事実。ならば床の魔法陣は消したところで意味など──

 

「(待てよ、床の魔法陣?)」

 

 そこまで聞いてふと、上条は今日の昼に自らの家に居候している暴食シスターことインデックスの言っていたことを思い出す。

 

『じゃあとーまは分かる?イギリス仕込みの十字架に天使の力を込める偶像作りのための聖堂内における方角と術式の立ち位置の関係とか!実際、メインの術式の余波から身を守るための防護の魔方陣を置く場所は厳密に定められてるんだけど、その黄金比とか分かる?ほらほら、これくらい常識だよ?』

 

 黄金比。崩すことのできない、完璧な比率。それはすなわち、この中の魔法陣の内の一つが、シェリーの身を守っているということになるだろう。

 ダミーの魔法陣をいくつ設置したところで自らの身を守る魔法陣の位置は変えられない──‼

 

「う、おおっ‼」

 

 そこまで思考が及んだ上条は、弾かれたように駆け出した。狙うのはシェリー…ではなく、その手前の床に置いてある魔法陣。

 

「ッ!?」

 

 シェリーは一瞬目を見開くも、オイルパステルを振り回し、天井の崩壊を食い止めた。

 

「…止まったか?」

「食らえ‼」

 

 動きを止めた彼女の頬に、上条の右手の拳が突き刺さる。揉んどりうって転がるシェリー。

 

「……くそ、ちくしょう」

 

 シェリーは一歩、二歩とよろめくように後ろに下がりながら、忌々しげに呟いた。

 右手のオイルパステルは小刻みに震え、ともすれば指の圧力のみで折れてしまいそうな程に握られている。

 

「戦争を起こさなきゃいけねえんだよ、止めるな‼今のこの状況が一番危険だってことにどうして気づかないんだ!?最近の学園都市はどうもガードが緩くなっている。イギリス清教だってあの禁書目録を預けるなんて甘えを見せてる。まるで状況が同じなのよ、エリスのときと!私達の時さえ、あれだけの悲劇が起きた‼これが学園都市とイギリス清教全体ってことになったら!どんな悲劇が起こるかなんてわからない‼」

 

 シェリーのその声は暗い地下を反響して、上条の耳に突き刺さっていく。しかし、それに上条はつまらなそうに息を吐くことで答えた。

 

「くっだらねえ。そんな言い分で正当化できると思うな!風斬がお前に何をした?インデックスがお前に何かやったのか!?争いたくないなんてご大層な演説してるのに、どうしてお前はあいつらを殺そうとしてんだよ!」

 

「怒るのはいい。哀しむことだって止めはしない。けどな、向ける矛先が間違ってんだよ!そもそもその矛先は誰に向けてもいけないんだよ!それを誰かに向けたら、テメエの嫌う争いが起こっちまうだろうが‼」

 

 もちろん、上条は自分にシェリーの気持ちが理解できるなど思っていない。例えば、エリスという人物が死んだ際に、シェリーは一体何を考えたのだろうか。

 

「…分かんねえよ。わかんねえんだよ、ちくしょう!確かに憎いんだよ!エリスを殺した人間なんて、みんな死んでしまえばいいと思ってるわよ!だけど、本当に超能力者と魔術師を争わせたくないとも思ってんのよ!」

 

「信念だって一つじゃねえよ!いろんな考えが納得できるから苦しんでんのよ!たった一つのルールなんかで生きてんじゃねえよ!ぜんまい仕掛けみたいな生き方なんてできないわよ!笑いたければ笑い飛ばせ。どうせ私の信念なんて星の数ほどあるんだ!一つや二つ消えたところで胸も痛まない!」

 

 そんなシェリーの、懺悔とも言える絶叫に上条は一言で、

 

「何で気づかねえんだよ、お前。」

 

 そう、返した。

 

「…何ですって?」

「確かにお前の言葉は滅茶苦茶だ。お前の主張はお前の中でも正反対だし、それはみんなの意見が分かるからだろうし、だからこそ自分の信念なんて簡単に揺らいでしまう……とか何とか思い込んでるみたいだけどさ、そんなの違えだろうが。結局テメエの中にある信念なんて、最初から最後まで一つだけだろうが‼」

 

 そして、上条当麻は言った。シェリー本人すら気づかない、その心に。

 

「結局、お前は大切な友達を失いたくなかっただけなんじゃねえか?」

 

 そう。いくらシェリーの信念が星の数ほどあろうと、彼女の根本には変わらず、その思いがあった。いくら信念が変わろうとも変わらない、その思いが。

 

「それを踏まえて、もう一度テメエで考えろ!テメエが泥の『目』を使って俺達を監視してただろ。その時にインデックスが俺に嫌々従わされていたように見えたのかよ!住み分けなんかしなくたっていいんだよ!そんな風にしなくたって、俺とインデックスはやっていけるんだ!」

 

 だからこそ、上条がシェリーに告げるのは一つだけ。

 

「頼むよ、俺から大切な人を奪わないでくれ‼」

 

 シェリーの体がビクリ、と揺れる。その絶叫は、かつてシェリー自身が抱いたものと、まったく同じだったから。

 

「──我が身の全ては亡き友のために《Intimus115》‼」

 

拒絶するかのごとく、彼女は叫ぶ。

上条の想いを理解する一方で、上条の事を理解できない気持ちも理解できてしまう彼女の想いは、既にぐちゃぐちゃなのかもしれない。

ヒュバン‼と、彼女の手の中にあるオイルパステルが閃く。

シェリーの横にあった壁に紋様が浮かんだかと思うと、まるで紙粘土の如くそれは崩れ落ちた。巻き上げられるコンクリートの粉塵が、まるで霧のごとく二人の視界を分断する。

 

「死ね、超能力者‼」

 

 罵声を放つシェリーであったが、上条の見たその顔は、泣き出す寸前の子供のように見えて。

 

「(ああ、そうか)」

 

 上条は右手を握りしめ、駆け出す。彼女は先程、星の数ほどある信念の中で苦しんでいると言った。ならば…

 

「お前は、自分を止めてほしいって気持ちも、理解できてるわけか。」

 

 上条の右手が、シェリーのオイルパステルを砕き、彼女の顔面を殴り飛ばした。大きな音をたててシェリーの体が地下構内を跳ね回る。

 上条はシェリーにゆっくりと近づいた。どうやら気を失っているらしい。

 

「(あのゴーレムは、エリスは止まったのか?)」

 

 近くに落ちていた廃棄コードでシェリーを後ろ手に縛り、上条は自分で確かめた方が早いと言わんばかりに駆け出す。シェリーは、その少し後に目覚めるも、何かを呟こうとして、再び意識を失うのだった…

 

 

 

 

「間に合え…!」

 

 凪川 海人は、学園都市のビル群を駆けていた。あの後、上条はシェリーを追い、そして海人は白井とともに取り残された人の救助を行っていた。

 …と言うか、シャッターを力任せに海人がぶち抜き、近くにいた警備員の偉い人に丸投げして出てきただけなのだが。海人は大きな爆発音を断続的に響かせ、ビルを飛び移っていく。

 彼の能力の関係上着地する際にどうしても音が鳴ってしまうのだが、どうせ監視カメラでは海人の姿を捉えることなど出来はしない。

 

「見つけた…ッ‼」

 

 そして、海人は石像が、今まさに風斬に腕を降り下ろそうとするのを見た。鉄骨を踏みしめ、まるで弾丸のごとき速度で石像へと接近する海人。そして、その腹の辺りをぶち抜いた。

 

 大きな破砕音が、辺りに響き渡る。ガラガラと音をたてて再生していく石像に向けてふわりと地面に降り立った海人は右腕の腕章を見せびらかし、

 

「風紀委員だ、…取り合えずぶっ飛ばさせてもらう!」

 

 そう、高らかに宣言した。石像が丸太のような腕を降り下ろすのをバックステップで回避し、ついでに風斬が受け止めていた腕を回し蹴りで砕く。

 呆然としている風斬を片腕で抱き止め、白い修道服を着ている少女の元にザザリ、と音をたてて着地する。

 

「大丈夫か?」

「へ?は、はい…」

「離れてな。巻き込むと面倒なことになる。」

「あれと戦うつもりなの!?そんなの絶対に無理だよ‼」

 

 修道服の少女…インデックスが悲鳴に近い声を上げるが、海人は頭をかいて、

 

「大丈夫だ、何とかなる…いや、どうとでもなるか?」

 

 そう宣言して、竹串を二本投げる海人。ギュイン‼と言う音をたてて石像の肩辺りを打ち抜くも、ひるむことなく石像は腕を降り下ろす。

 

「遅え」

 

 しかし、海人は既に降り下ろされた場所から消えていた。テレフォンパンチであるものの、音速の二、三倍のスピードの拳は殺人級の力を秘めている。大きな破砕音が響くのを尻目に、海人は踵落としを放った。再度大きな音と瓦礫の砕ける音。

 

「チッ…ラチが明かねえな…」

 

 ザザリ、と音をたてて着地し、そう愚痴をこぼす海人。破壊した端から再生していくなら、いくら攻撃したところで意味がない。何か、別の方法は無いのだろうか?

 

「あのゴーレムには『核』があるから、それを破壊しないとどうにもならないかも!」

「『核』だぁ?…それはどこにある。」

「分からない!けど、少し時間があれば特定できるかも!」

「引き付けろってか?…いいぜ」

 

 笑みを浮かべ、海人は石像へと接近。膝の辺りをぶち抜き、背後に回る。石像が腕を後ろに振るも、海人はそれを足場にして喉元の辺りを蹴り砕く。

 石像が咆哮のようなものを上げるが、その腕が海人をとらえることはない。

 彼が操作するのはあくまでも『加速率』のみ。しかし学園都市において海人と同等の速度を出せるものなど、それこそ第一位か第七位しか存在していない。海人が速度で負けることなどありはしないのだ。

 

「風斬‼インデックス‼」

「とーま!」

 

 そこにやって来たのは一人の少年、上条当麻。彼は額に汗を滲ませながら修道服の少女ことインデックスと風斬に駆け寄ってくる。彼の目を向けた先には、まさに海人が石像の顔を砕きつつ、こちらに戻ってくる時であった。

 

「上条君か…ちょうどいい、彼女たちをつれて逃げてくれ!」

 

 鋭い目付きでそう言う海人。しかし、上条はしっかりと反論した。

 

「俺は風斬を助けに来たんです!ついでに、そのゴーレムをぶっ壊す手段を持っています!」

「…アレを?」

 

 海人が指を指した先には、石像がこちらに向けて腕を降り下ろしていた。冷静にそれを蹴りで砕き、絶句している上条に言った。

 

「30秒。」

「え?」

「あの石像を俺が引き付けられる時間だ。どうやら奴さんは君が狙いみたいだから、俺がアレを引き付けよう。その隙に上条君はアレを!」

「…分かりました!」

 

 そして、海人は地を踏みしめ、弾丸のごとき速度で石像へと接近する。真っ正面から石像の腕を食い止め、歯を食い縛りながらも耐える海人。上条は風斬に振り返ると、

 

「教えてやるよ風斬。」

「?」

「お前の居場所は、この程度じゃ壊れはしないってことを‼」

 

 そう言って拳を握りしめ、駆け出していく。そして、彼の右手が石像に触れると、キュイン‼と言う気の抜けた音とともに、石像が崩壊していく。

 

「…ッ‼見つけた‼右胸の辺り‼」

「チィッ、上条君!何とか出来るか!?」

「やってみます!…!」

 

修道服の少女の叫びに、海人は両手で石像の腕を再生していくそばから砕きつつ言う。そして上条が再び駆け出そうとしていく。

 

 

 

「で、この状況を何とかしなきゃいけない訳だが。」

「?」

 

 石像もどきをぶっ壊したあと、海人は右手の親指を後ろに向けて指さしそう言った。首をかしげる上条に海人は、

 

「いいか?この状況だと、下手したら俺達がテロリスト扱いになるぞ?」

 

 サッ、と顔を青ざめさせる上条。海人は携帯でどこかへと連絡をとる。

 

「もしもし華か?…ああ、後始末だ。お前なら余裕だろ?…おう、お菓子な、りょーかい。」

 

 ピッ、と通話を切って上条の方へと向き直る海人。

 

「…えーっと、上条さんはテロリストとして逮捕されるということですか?」

「な訳無いだろう。後始末はこっちでやっておくから、君たちは先に帰ってなさい。」

「え、いいんですか!?」

「ああ、また会おう『上条 当麻』君。」

 

 頭を下げて去っていく上条を尻目に海人は頭を抱え、これからやってくる災難に頭を悩ませることになるのだった。

 

「…呼ぶべきじゃなかったかもな、アイツ」

 

 

 

 一方その頃。

 

「いやああああああっ!」

「オラ超待ちやがれって言ってンだろがァ‼」

 

 第十学区。学園都市一治安が悪いと言われるそこでは、相も変わらず悟と絹旗の追いかけっこが開催されていた。

 絹旗が繰り出すパンチを、悟はサイドステップで回避する。

 悟に体力はない。しかし、風紀委員で培った反射神経があるため、ほとんど紙一重ではあるものの回避自体は成功しているのだ。

 悟が虚数暗号を使用しようとしても、絹旗はその隙をついて攻撃してくるだろう。

 第十学区から出ると言う方法もあるにはあるのだが、もし仮に絹旗の仲間がいたとすれば、そんなことを想定していないはずがない。直接的な手出しがないだけまだマシと言うものである。

 アドレナリンが出ていると疲労を感じなくなると言うが、今は正にその状態であると言えそうだ。

 そんなことを考えて現実から目をそらしつつ、悟は第十学区を走っていく。

 ビルとビルの隙間に入り込み、絹旗の目を撹乱させてビルの影に隠れると、悟はポケットからデバイス…ではなく、イヤホンと携帯型音楽プレーヤーらしきものを取り出した。

 

 虚数暗号には有効時間がある。

 しかし、音楽のような虚数暗号ならば、その有効時間を長くすることは出来るのではないか?そんなコンセプトで作られたのがコレ、『虚数暗号δ』である。

 使用後暗号を使用した時間に比例して五感の一部が失われると言うデメリットもあるが、他のデバイス型と違い時間制限がないため今切れるとしては最善の手札だった。

 イヤホンを耳にかけ、再生ボタンを押す。プログラムがダウンロードされていくのを意識の隅に納めつつ、悟はゆっくりと、ゆっくりと絹旗から逃げ出していく。

 

「そこにいやがりましたかァ‼」

「チイッ‼」

 

 しかし、絹旗はわずかな足音から何が起こっているのかを理解して、悟のいたほうに向き直った。

 解析が使えない以上、先ほどまでのアクロバティックな動きができないために先程よりもつらい追いかけっこになることを察知し、舌打ちして駆け出す悟。

 

──31%。

 

 それはつまり、絹旗のパンチを全て直感で避けるしかなくなったことを意味している。

 ごみ箱を倒して絹旗の行く手を遮り、室外機を飛び越え、裏路地を駆けていく。

 

──46%。

 

 しかしそんな小細工がレベル4たる絹旗に通用するはずもない。

 絹旗は悟の倒したごみ箱を殴り付け、悟の方へと飛ばす。

 

──59%。

「うおあっ!?」

 

 間一髪、ギリギリで角を曲がり大通りに出て回避する悟。ゴム銃を取りだして後ろに向き直ったと思うと、絹旗の飛ばしたごみ箱に発砲する。

 

──67%。

 

 中から様々なごみが飛び出し、絹旗は一瞬顔をしかめた。だがすぐにそれを飛び越えたかと思うと、悟の方に駆けてくる。

 

──75%。

 

 ゴム銃を投げ捨て、人のいない大通りを駆けていく悟。

 海人は今厄介事に巻き込まれているだろうし、華に至っては今どこにいるかすらも分からない。

 助けを呼ぶ方法は使えなさそうだ、と舌打ちして思考をいかに絹旗の攻撃を避けるかについてのことに切り替える。

 

──83%。

 

 絹旗の放ったパンチを、服に掠らせつつも回避。絹旗が怒鳴る声が聞こえるが知った事ではない。だんだんと勝利への階段を上っている事に口を歪め、嘲笑う悟。

 

──93%。

 

 丁度いい、具体的には人に見られにくい裏路地への道を見つけ、瞬間的にそちらへ向かうことを判断。そこへと駆けていく。やはり、その先は行き止まりであった。

 

──100%。プログラム名、『多量能力者』起動します──

 

「ハァ、ハァ、ハァ…もう逃がさねェぞこの野郎ォ‼」

「く、ククク…」

「何超笑ってやがンですかァ‼」

「いやー、可笑しくてな…誘い込まれたのにも気づかないのが、さ!」

「!」

 

 瞬間、悟の背中に2対の白翼が生えた。更に、右手に小さい竜巻、左手に炎を生み出す。

 

「多重能力者!?」

「改めて名乗ろうか。風紀委員132支部所属、山峰 悟。またの名を……『特力研の最高傑作』だ。」

「…アンタが噂の多重能力者って事ですか…なら、超生かしておけませんね。」

 

 構えをとる絹旗に、悟は両手の炎と竜巻を合わせて、絹旗へと投げつける…

 

 

 

 

 『学園都市最悪の実験』と呼ばれる実験があった。

 その実験は、ある少年…演算式を解析できる不思議な目を持つ少年に様々な能力者の演算パターンを植え付け、多重能力者を作ろうとした、ただそれだけの実験である。

一方通行の絶対能力進化実験、超電磁砲の欠陥電気計画に比べれば生易しいにも程がある実験、そう思えるかもしれない。しかし、問題は実験の内容ではない。

 

 『実験は成功している』これ自体が問題であった。本来、人間の脳はいくら学習装置等を使っても二人分以上の容量を持つことはない。よって、この計画も失敗すると思われていた。

 

 ──しかし、その少年は演算式を『最適化』し、一人分の脳でレベル3相当の能力を発現できるようになってしまった。

 補助装置を使用するものの、間違いなく少年は多重能力者となったのだった。

 

 これに焦ったのが、学園都市の統括理事会、その一部である。

 多重能力者が生み出されたという事実は、『樹形図の設計者』の演算に狂いが生じているということを意味する。

 

 特力研が、警備員の部隊によって制圧される、およそ一週間前の事であった。

 

 多重能力者になった少年の名は、『山峰 悟』といった。

 

 

 

 

「ハァ…」

 

 あの戦闘の後、悟は溜め息をついて第十学区を歩いていた。

 あらゆる音が聴こえなくなっていることから恐らく聴覚が犠牲になったのだろう。それでも『目』で解析する対象を音の系統に絞りつつ、風紀委員の支部へと戻っていく。

 

 

 あの後、絹旗は警備員のサイレンが聞こえた瞬間に逃げ出した。

 悟も悟で自分が多重能力者モドキであることがバレるわけにはいかなかったので逃げ出せるのは願ったりかなったりではあるのだが、やけにあっさりし過ぎではなかろうか?

 悟には、絹旗やその仲間が何を考えているか分からない。『解析』には、そんな情報は表示されない、というか意識的に切っているのだが、今回ばかりはつけていた方が良かっただろうか。

 

「ままならねえもんだな…」

 

 伸びをしてそう呟く悟。今回の絹旗との戦いだって、海人や華のような能力であれば一瞬で撒くことができたハズだ。

 虚数暗号と言うプログラムを使わなければ戦うことすらもままならない自分の力に嫌気がさす。

 しかし、悟は風紀委員だ。だからこそ、悪事を見逃すことなど出来はしないのである。

 

「この目がなけりゃ、見てみぬフリも出来たんだろうかね?」

 

 ボソリ、と呟く悟。夏休み前の白井に助けてもらった時といい夏休みのときの不良にボコボコにされた時といい、自分は自身の実力の把握がいささかできてない気がする、と悟は思う。

 『目』をもってすれば相手の力量を測ることなど容易いにも関わらず、だ。

 なんと言うか、英雄願望と言うか。そう言った物だと悟は解釈してはいるものの、こんな能力では他人どころか自分の身を守る事すらも危ういのに面倒ごとに首を突っ込んでいくこの性質は何なのだろうか?

 疑問が疑問を呼ぶも、結局はいつも通りに「分からない」で済ませる悟。いくら考えても分からないことの一つや二つはあるだろう、これもそう言う類いのものなのだ。そう自分に言い聞かせるように思考し、悟は第十学区を歩いていくのだった…




次回から、少しオリジナル展開が入ります。こんな拙作ではありますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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