「ったく…俺一応今日始業式だったんだがな…」
学園都市の地下街。そこを歩くのは一人の少年であった。彼の名は凪川 海人。今現在、自らの所属する事務所こ132支部で死んだ魚のような目をしている少年こと山峰 悟の先輩である。彼は頭をかいて地下街を歩いていく。
念話能力を持っている同僚が既に避難勧告を出しているものの、怪我や病気によって動けなかったり等の理由から念話能力を受け付けれなかった人々がいるかもしれない。それを探すのが海人の役目であった。
「ッ‼何だ?何事だ?」
突如、海人は激しい揺れと共に何かが閉まる音を聞く。また、どこかから人々の悲鳴も聞こえてきた。
「(オイオイ…人がまだ中にいんのに隔壁を閉めたのか?確かに俺は隔壁をぶち抜くことは可能だし、白井はテレポートで抜けることは可能だが…他の人が全員隔壁をぶち抜けると思ってんのか警備員は?)」
思考する海人。仮に白井がテレポートで逃げ遅れた人を運ぼうと、遅いのに変わりはないのである。とにもかくにも、誰か逃げ遅れた人を探さなくてはならない。海人は僅かに能力を使いつつ、地下街を駆けずり回る。
「んー?あれは…白井に超電磁砲?」
そして数分後、海人は見知った顔を見つける。風紀委員の後輩、白井 黒子と彼女の慕う『お姉さま』ことレベル5第三位、超電磁砲の御坂 美琴である。
海人の支部にはたまに第二位や第一位が遊びに来るため感覚がおかしくなっているが、普通はレベル5に会えることなど滅多にないことなのだ。
「…何だ?」
ましてや、何か物々しい雰囲気まで漂わせて言い合いをしているのなら珍しいどころか事件レベル5と言うべきか。海人は頭に手をあて、そちらに歩いていくのだった…
上条 当麻は、焦っていた。なぜならば、いつも自分に突っかかってくるビリビリ中学生と、自らの家に絶賛居候中のシスター、インデックスにまるで浮気がばれた男のような状況になっているからである。
早急にこの状況から脱さなくてはならない。足りない頭をフル回転させ、この状況を早く終わらせるための解答を導きだす。
「おーい白井ー?何やってんだー?」
と、そこで一人の少年が歩いてくる。右手をひらひらと振りながらやってくるその少年もあの変態露払いこと白井 黒子の着けているものと同じ腕章をしている。
「あれ、海人先輩ではありませんの?てっきりもう出ている物だとばかり…」
「…とと、避難誘導は念話能力でもう済ませてんだ。俺は残った人の捜索をしてるのさ。」
海人、と呼ばれた少年はタン、と飛び上がると一瞬で上条達の前に表れて白井の質問に答えた。
「…で?これどういう状況何だ?」
「修羅場ですわ。」
「いやそれぐらいは俺にも分かるよ?」
「…お姉さまを狙った不躾な類人猿の修羅場ですわ。」
「詳しい説明要らねぇからな?…つーかテロリストいんのにずいぶんと余裕だなお前ら。」
「そうですわ…ただでさえもう一組、学園都市への侵入者がいると言うのに。」
呆れたとでも言わんばかりに顔を向ける海人。そしてそれに同調する白井。上条はバツが悪そうな顔を作ると、言った。
「すまん、その侵入者。たぶん俺だ…」
「ハァ!?」
「いやー、昨日の夕べ、急に『外』の病院に用ができちゃって…」
呆れた、とでも言いたげな視線を向ける超電磁砲とシスター(仮)、そして白井と海人。上条はあははー、と曖昧な笑みを浮かべるだけであった。
「つったって、危険なことに変わりはねーだろう?…昨日の侵入者だって俺攻撃食らったんだし。」
「もしかして昨日の風紀委員の人?」
「あ?あのファミレスにいた人?」
だったら恥ずかしいところ見られちゃったな、と笑う海人。御坂はむっとした表情で言った。
「何よ。私がテロリストごときに遅れをとるとでも?」
「アンタは学園都市最強の一角だろーが…俺が言いたいのはどー見てもそこの三人組の事だろうに。」
え、俺ら?と言って自らに指を指す少年と白い修道服に身を包んだシスター、そしてその後ろのセーラー服の少女。海人は頷くと、白井に向き直った。
「白井。お姉さま云々はこの際一回どけといて、この人たちを運ぶことは?」
「その類人えn…上条さん以外なら可能ですわ。」
「何でだよ。」
「できなかったからですわ。寮での時も失敗しましたし。」
常盤台の寮でのこと?と御坂が上条の方を向き、上条は両手でバッテンマークを作る。どうやら知られたくない理由があるらしい。海人は頭をかき、とりあえず、と前置きして言った。
「そこの上条君以外の人は一旦この地下街から離れてもらう。俺は上条君達の護衛をしなければならんしな。」
「誰から最初に運びましょう?」
「じゃあインデックスと風斬。こいつら先に送ってやってくれ。」
そう言って上条が指を指したのはシスターとセーラー服の少女だ。しかし、シスターはむっとした表情で言う。
「とうま?それはこの短髪と一緒にいるってことでいいんだね?」
「じゃ、じゃあ御坂と風斬で…」
「ほう。アンタはそこのちっこいのと残りたい、と。ほほう?」
バチバチと言う電流と、ぶーぶーと頬を膨らませる音が衝突している。しかし、それを銃声が遮った。
「…銃声か。」
「考えてる暇は与えてくれないようですわね。」
「白井。」
「何でしょう?」
「その二人運べ。」
「了解ですの。行きますわよお二方。」
「黒子!?ちょっ──
シュン、と言う音をたてて消える白井達。海人は頭をかいて、言った。
「すまんな、お二方。」
「いや、いいよ。助かった。」
「わ、私も…大丈夫です。」
「じゃあ、行こうか?」
そう言って、3人は地下街を歩き出す…
「くそったれが…」
ここは風紀委員第132支部。そこでは悟が頭を抱えていた。と言うのも、数分前に地下街のシャッターが降りてしまったからである。
いくら初春や悟が超人クラスの演算能力を持っていようと、電撃使いでもない限り停電したシステムを動かすことは不可能である。くそったれが、ともう一度呟き、悟は身を椅子から起こす。
「つったって、流石に目立つよなあ…」
未だに中に取り残されている人を助ける第1の手段としてあげられたのは、最近話題の『多重能力者』になることである。
しかし、流石に警備員や他の風紀委員をねじ伏せてまで推し通る気もない。また、どうやら多重能力者の目印は『青色のリネンシャツ』であるらしく、今のところ特力研の関係者として疑われている状態の多重能力者である、制服なんぞ着て行ったらどこの高校かばれてしまう。
そして上条にそげぶされるところまで見えた。何て下らないことを考えつつ、海人に通話を繋ごうとする。
「…っかあー、ダメだ繋がんねえ。あそこ一応基地局あったはずなんだが。」
吐き捨てるように呟き、再び椅子に体をもたれさせる悟。その目には、多少の憂いがこもっていたのだった。
「チッ…分が悪そうだな。」
海人達が銃声が響く場所へとたどり着く。そこにあったのは、ただの戦場であった。海人は腹立たしげに舌打ちすると、エアガンらしき物を取り出す。
「そこの少年‼何やってるじゃん!?」
「それはこっちの台詞だ黄泉川先生。」
「か、海人!?風紀委員のお前が何でここにいるじゃん!?」
舌打ちをしてこちらを向いた警備員、黄泉川が海人を見て驚愕の表情を見せる。海人は肩をすくめて言った。
「逃げ遅れた人を捜索してた。…それより、助太刀するか?」
「ああ、頼む…ってどこに行こうとしてんの少年!ええい、誰でもいいからそこの民間人を取り押さえて‼」
黄泉川が叫び、手を伸ばすも、上条には届かない。他の警備員も取り押さえようとするも、傷ついた彼らでは高校生一人を押さえる力すら残されていない。
「悪いな…えーと、風斬さんだったか?ここで待っていてくれ。」
そして、その後を海人が追う。彼は若干動きを素早くし、上条の横を歩いていく。
「うふ。こんにちは。うふふ。うふふうふ。」
そして、停電により薄暗くなった通路内に、女の声が反響する。その女性は、漆黒の、長いドレスにくすんだ金髪の、褐色の肌を持つ女性であった。そして、彼女の回りには、まるで盾のごとく石像が立っている。回りには7、8人の警備員が倒れ付していた。女性は口を歪めて言う。
「案外、衝撃に強い装備をしているのねぇ、エリスの直撃を受けて生き延びるなんて。」
「どうして…こんなに酷いことが出来るんだ‼」
激昂する上条。しかし、女性はひどく冷静に、なんの感慨も持たずに言い返した。
「おや。お前は幻想殺し《イマジンブレイカー》か。虚数学区の鍵は…そこにいるのか。うふふ。選り取りみどりで困っちゃうわ。…まあ、ぶち殺すのはどっちでもいいんだし。」
「何だと?」
自分を殺しにきたにはあまりにも投げやりな態度だ、と上条は眉をひそめる。女性は口を歪めて言う。
「そのまんまの意味よ。つ・ま・り。別にテメェを殺したって問題ねえワケだろ‼」
「なっ…‼」
オイルパステルを振り回した女性の動きに連動するかのごとく、石像が大きく地を踏みしめた。
海人は反射的に飛び上がり、石像が彼に腕を降り下ろす。舌打ちして自らを素早くし、飛び退くことで回避する海人。
「(やりにくい…クソッ‼)」
と言うのも、海人自身はあの石像の1つや2つは楽勝で砕くことは可能である。しかし、そのままだと警備員に被害が及んでしまう。ままならねえな、と吐き捨てるように呟いて、海人は砕けたアスファルトを掴み、女性へ向けて投げつける。
「あら、パワーアップを自らしにいくたぁドMかテメエはよッ‼」
「嘘だろ畜生が…」
しかし、その攻撃は石像に『吸収』されてしまう。どうやらあの女性は地面の素材から作り出した人形を操る能力を持っているようだ、と考察し終えた海人は自らに迫る大きな拳を見る。
「チッ…」
それをサイドステップで回避した後飛び上がり、踵落としで石像の腕を踏み砕いた。女性は驚いたような表情をするも、直ぐにオイルパステルを振り回す。
「下がれ少年‼」
その言葉に反射的にバックステップをする海人。警備員のうち数名がアサルトライフルらしき物を構え、石像に穿つ。石像は酷く緩慢な動きではあるものの、ダメージは対して与えられていない。
「これなら…どうだッ‼」
そして、海人はその隙間を縫って数本の竹串を投擲する。倒れている警備員の被害にならないよう最小限の力で投げているからかあまりダメージは見られない。しかし、あの石像は竹串を吸収することはなく異物として吐き出そうとしている。
「(ここ周辺の地面に含まれてねえ素材ならいいってことか?)」
考察しながらも、警備員達と共に石像へとダメージを与えていく海人。…そして、数分後。
風斬の元に、石像によって弾かれたライフル弾が迫る。
「風斬‼伏せろ‼」
「え?」
上条が警戒の声を上げるが遅い。人間の目は、もちろんのこと飛んでくる銃弾を見切ることなど出来はしないのだ。一部の例外はあるだろうが、風斬の身体能力は『まだ』平凡の一言である。そのため、風斬はその凶弾を見切ることは出来なかった。
ゴキン、と言う硬質的な物のぶつかった音がする。風斬は大きくのけぞったかと思うと、後ろにまるで人形のごとく倒れ込む。
「風斬‼…ッ‼」
上条が、ふらふらとした足取りで風斬の元へ向かう。彼はさっきまでの石像による攻撃の余波で地面が揺れていた為、体勢を立て直すのに必死で特に何もすることは出来なかった。海人は竹串を投擲しつつ、上条と共に風斬の元へ向かう。
「オイオイ、嘘だろ…」
上条と海人の二人は息を飲んだ。風斬のあまりの惨状…ではない。
『何もなかった』からである。顔の左半分がライフル弾によって吹き飛び、スプラッタ映画のように撒き散らされるはずの脳漿が、脳が、肉が、骨が。
ただ、本来それらが入っているはずの場所に、何か、細胞の核のようなものが、くるくると回っているだけだったのだ。
「メ、メガネは…メガネはどこですか?」
そして、風斬は酷く緩慢な動きで起き上がる。メガネを探し、辺りをキョロキョロと見渡す。そして、その視線が近くの店のガラスに向いた。
「…え?」
風斬の頭を、反応できない疑問が埋め尽くされていく。何故私は生きてるの?この顔は何?あの人達は?そんなありきたりで、しかし今の自分には反応しづらいことが、ぐるぐると頭の中を巡っていく。
「い、イヤアアアアアアアアアッ‼」
その叫びは、一種の防衛反応だったのかもしれない。風斬は頭を覆い、上条達に背を向けて逃げ出す。
「…何だ、あれは?」
「…風斬…」
後には、負傷した警備員と、先程の光景が頭から離れず、呆然としていた上条、そして海人だけであった。