「ハァ、ハァ、ハァ…」
ここは学園都市の中でも最も治安が悪いと言われている第十学区。そこを一人の少年が駆けていた。彼の名は山峰 悟。とある高校に通う学生にして、この都市にある治安維持組織、風紀委員《ジャッジメント》の一員である。
彼は鬼気迫る表情で、夜の学園都市を駆けていく。
彼に体力はあまり無いため、1、2分走っただけで額からは汗がたれ、喉の奥は既に張り付き、みぞおちの辺りが何かに押されているような感覚を感じる。しかし、ソレを抑えて彼は駆けていく。
「(第七学区は…あっちか‼)」
彼が駆けている理由は、勿論先程の監視カメラに写っていた少年…一方通行を助けに行くためである。彼の近くにいた少女、もといラストオーダーには脳に不思議な欠陥が見受けられた。まるで欠陥をわざと作ったような…
「(いや、今は考えるのを止めよう。重要なのは一方通行をいかに早く手助けしに行くかだ。)」
そこで思考を一旦転換し、左ポケットにあるデバイスを握る。
悟は、解析ができるとは言え某暴食シスターのような完全記憶能力が有るわけではない。そのため、虚数暗号はおおよそ一から二週間程度で使い回すことは一応可能ではある。…デジャヴによって少々効果時間が落ちると言う欠点はあるが。
「(使うか?いや…)」
しかし、それでも悟は使うのを躊躇っていた。ただでさえ風紀委員の数名、果てはあの超電磁砲に捜査されるかもしれない案件である。ここで使うのは手札が…
「(─────いや、そもそも何故損得勘定で考える必要がある?)」
そこで、悟の思考が変わった。状況をシンプルに考えろ。今の自分は、一人で突っ込もうとしてる馬鹿な友人を救いにいく、自称お節介焼きな解析者だ。手札が云々はこの際『どうでもいい』。
「『虚数暗号α』起動‼」
だからこそ、彼は手札を切る。一流の悪党の贖罪を、見届けに行くため。…そして、悟の姿がその場から消える。
悟がその場に着いたとき、銃声が響き渡った。
「手間かけさせやがって、クソガキが。」
ここは第七学区の量子力学研究所。そこにいる少年、一方通行はひしゃげた車の中を覗きこんでいた。『何故か壊れていない』その部分には、一人の少女が。
毛布を被せられ、頭に電極のような物を貼り付けられているその少女の名は打ち止め《ラストオーダー》。彼が殺し続けてきた少女達…『妹達』を統括する存在にして、実験には存在しない20001体目の妹達である。一方通行はため息を吐き、電話を掛ける。
「芳川か?…ああ、ガキなら保護したぜ。」
時刻は凡そ午後8時。タイムリミットまでまだ4時間もあるなら結構余裕だったな、何て思いながら彼は話を進めていく。
「で、どォすンだ。先にガキでも連れて帰るか?」
と、そこで一方通行は気づいた。打ち止めの頭部に電極が着いているのを。これがウイルスの書き込みに必要なコードなら外してしまえば良いのではないかと思い、一方通行は質問した。
「オイ、クソガキの頭に電極みてェなモンがついてンだけどよ、これってはがさない方が良いのか?」
『電極?おそらく妹達の身体検査《システムスキャン》用キットだわ。』
はがしても問題ないわね、と続けたのは芳川 桔梗。彼の元々参加していた実験…絶対能力者進化計画に参加していた研究者の一人である。彼女は先程一方通行が打ち止めを助けよう(本人は否定するだろうが)とした際に、今回の件…『ミサカネットワークへのウイルス注入計画』を一方通行へ教えた。
「───BC稼働率ってェのは。」
『それは最終信号《ラストオーダー》の脳細胞の稼働率ね。』
ブレインセルでBCよ。と付け足す芳川。一方通行は打ち止めを見やった。
ハァ、ハァと短く荒い息を吐きながら眠っている打ち止めを見て、一方通行は提案する。
「なァこの機械を使ってウイルスを駆除できねェのか?こっからじゃ連れて帰るにしても結構時間がかかるしよォ。」
『無理ね。それはただのモニタだから。書き込みには専用の培養器と学習装置《テスタメント》が必要よ。』
そうにべもなく切り捨てる芳川。彼女の電話口からゴォォォと言う音が聞こえたのに、一方通行は反応した。
「オイオマエ今どこにいンだ?」
『あら気がついた?わたしは今そちらに向けて運転中。機材も準備してあるわ。キミが研究所に引き返すよりは時間を短縮できると思ってね。』
「ウイルスコードの解析は終わってンのか?」
『8割方、と言ったところかしらね。大丈夫。時間までには間に合わせて見せるわ。』
「────そォかよ。…ったくどこまで面倒臭ェ事に巻き込みゃきがすむンだこのガ──
「み…サか────は」
ドクン、と打ち止めの身体が1度跳ねた。
「ミサカはミサカはミサカはミサカミサカミサカミサカミサミサミサミサミサm<ミサ!jiu0058⑧Misakeryup@[iig**0012qansicddi───
「な…ン…!?芳川!こいつはどォなってる!?これもなンかの症状の一つなのかよ」
『……………なんてこと…0時発動と言うのは、ダミー情報だったんだわ─────
「オイオイ…ってェこたァつまり」
『ええ…ウイルスコードよそれ。もう起動準備に入ってるわ───‼』
また、打ち止めの身体がビクンと跳ねる。
「(間に合わなかった───!!?)」
焦る一方通行。芳川は比較的冷静に告げた。
『聞きなさい一方通行。こうなった以上次の手を打たなければならないわ。』
「…次の手だァ?」
『ウイルスはミサカネットワーク上へ配信される前にコードを『上位命令文』に変換するための準備期間がある。その時間はおよそ十分。───もう分かっているわね。』
「…」
『処分なさい。その子の命を奪う事で、妹達の暴走から世界を守るのよ。』
「…チ、どォ転がろォと殺すしかねェンだな俺には。」
『それは…そうする事が最終信号を救ってやる事にもなるのよ。ウイルスが発動すれば彼女の心はズタズタに引き裂かれてしまう─────‼』
一方通行は気づいた。打ち止めが、目の端から涙を流している事に。彼女の心が、壊れかけていることに。
「…………れが。くそったれがああああああああああッ‼」
一方通行は思考する。この少女を救う方法を。彼の能力では、力の『向き』を変換するしか出来ない。思いつくのは他人の皮膚に触れて血液や生体電気を逆流させることぐらいしか───
「(───待てよ。生体電気?逆流───)ッ‼」
唐突に、一方通行はポケットからデバイスとモニタを取り出した。そして、携帯電話をつかんで通話する。
「芳川。もし脳内の電気信号を制御することさえできンなら学習装置がなくてもあのガキの人格データはいじくる事ができンだよな?」
『何を言って────まさか…君自身が学習装置の代わりをするというの?それなら無理よ。いくらキミの能力でも人間の脳の信号を操るなんて。』
「できねェって事はねェだろ、『反射』ができた以上その先の『操作』ができたって不思議じゃねェ。要はウイルス感染前のデータと照合して余分を消しちまえばいいんだろォ!?」
『できっこないわ!あと数分しか残されていないこの状況で、失敗すれば妹達だけじゃなくたくさんの犠牲者が出ることに───
そこで一方通行は携帯を投げ捨てる。芳川が応答を促す声をかけてくるが知ったことではない。一方通行はデバイスをモニタに刺し、起動した。
「─────できるさ。俺を誰だと思ってやがる‼」
そして、彼は呟く。自らに言い聞かせるように。一方通行という人物が、この都市では最強であるかのように。そして、一方通行は打ち止めの頭に手を置いた。
「行くぜェ。コマンド実行‼」
脳内の電気信号を操作するため、デフォルトで設定されている反射すらも解除し、一方通行はコマンドを実行する。
「(ハハッ、何だ簡単じゃねェか‼)」
笑みを深めながらデータを削除していく一方通行。しかし、先程気を失ったはずの男…天井 亜雄が起き上がり、一方通行へ拳銃を向けた。
「じ…じゃまを…ッ‼邪魔をするなああああッ‼」
そして、天井は引き金を引き…否、引こうとした。
「ぐあっ…!?」
しかし、拳銃が爆散してソレは叶わなくなってしまう。そして、天井はいつの間にか『地面』に倒れていた。
「『遅い』んだよクソ野郎が。俺が敵に回ったことを後悔するんだな。」
そして、低い声でそう言いつつも歩いてくる少年が一人。
その少年は茶髪に青い瞳を持ち、若干傷のついたシャツに僅かに血を滲ませ、左腕の腕章は既にあちこちが刻まれている。そして、その少年…凪川 海人は言った。
「一方通行。」
「…ンだよ。」
「これ貸しな?」
「…チッ。」
「一方通行‼海人先輩‼」
「おー悟。遅かったじゃないか。」
茶化すようにそう言った海人。そしてその直ぐ後に、金色に染まった瞳を持った状態の悟がやってくる。彼は一方通行の方を見やり、その顔を驚愕に染めた。
「オイオイ、それって…」
「話は後。兎に角この場を離れないと…ッ‼伏せろお前ら‼」
海人がソレを打ち切って一方通行と打ち止めの元へ近づくも、警戒の声を出す。
悟は反射的に駆け出し、一方通行は天井がもう一本の拳銃を取り出し自らに向けてくるのを見ていた。そして引き金が引かれ、それと同時に海人が針を投げつける。
辺りに、パスンと言う気の抜けた音が響き渡った。
「──チィ‼」
「一方通行‼」
海人の針によって軌道は若干逸れたものの、天井の凶弾は一方通行の足を貫いた。
悟は『電撃使い』で天井に電気ショックを与え、気絶させる。足から血が流れるも、ソレを歯を食いしばってコマンドを実行する一方通行。海人は救急車を呼び、悟はどこかを向いた。
「一方通行‼」
「…アンタは?」
「ただの研究者。今はそれよりは彼女を‼」
「…削除完了だ、クソヤロォ。」
彼女…芳川は一方通行と打ち止めの方を見やり、焦ったようにそう言う。一方通行は痛みと出血からか意識を失う。悟は咳をしながらも、『ある』演算を起動させた。
「フゥー…」
大きく息を吐き、一方通行の足を抑える悟。そして…『多量能力』の本領が発揮される。
「…何をしてるんだ?」
海人が疑わしげな目を向けるも知ったことではない。悟は脳内で『良く見知った演算』を起動させる。そして、一方通行の血流が戻り始めた。すると、悟は機械的な、平坦な声で言う。
「能力『一方通行』による応急措置を完了。本体の命令が届くまでの時間、演算を継続させます。救急車が着くまでの時間を逆算…完了。おおよそ15分前後と想定。多量能力の残り時間、およそ2分。…最適化を開始。解析に演算能力を取られない最低ライン、150GBまでの演算の最適化…完了。効果時間を2分から5分に増加。これより先は代理演算システムなどの起動を推奨します。…代理演算システムの起動、確認できません。このまま5分間の間、個体名『一方通行』の応急措置を継続します。」
「お、おい…悟?一体何をしてるんだ?」
「個体名『凪川 海人』からの質問を感知。…本体からの命令により、解説を開始。まず今やっていることは能力『一方通行』の演算式を複製し、応急措置ではありますが治療を行っています。」
「…能力は一人一つじゃなかったか?」
「ハイ。通常ならばそうですが、本体は能力によって桁違いの演算能力を誇ります。その為、本体は『解析』の演算をを別の物へと割くことにより、一時的ではありますが『多重能力』の発現に成功しています。」
「…分かった。俺は回りで騒ぎが起こっていないか確認してくる。どーせお前の事だ、カメラのハッキングは終えてんだろ?」
「…ハイ。明日0時をもって、コントロールが戻るようになっています。」
海人の質問にそう答え、そこからは黙って演算へ集中する悟。
その目は既に銀色に戻っており、額には汗が浮かび、左手では頭を抑えている。彼の頭には凄まじい量の情報が流れ込んできており、彼の演算能力でもそろそろキツくなってきてはいる。しかし、ソレをつとめて意識の外に追いやり、彼は演算を続けていく。
「…一方通行はどう?」
「本体の演算能力にもよりますけど、このまま行けば大丈夫でしょう。…彼女は?」
「無事よ。今は培養液の中に入ってるわ。」
そう言う芳川に、僅かに安堵を見せる悟。ギリ、と無意識の内に悟は歯を鳴らしていた。ソレは己の無力を嘆いてか、果たして。
「(あの一方通行がここまで本気で助けようとしたんだ…俺も頑張んなくちゃなぁ‼)」
結論から言うと、一方通行は助かった。しかし、足を銃弾で撃たれ、それが摘出困難な部位であったこと、一方通行が今まで能力に頼っていたために体力がなく、銃弾の摘出手術に耐えきれないだろう、と言う判断の元に一方通行はしばらく杖での生活を余儀なくさせられるそうだ。
また、今回の怪我によって演算に狂いが生じないよう、一方通行はミサカネットワークを駆使した代理演算システム付きのチョーカーを着けるらしい、と言う事を悟は聞いた。そして、そんなのになってまで助けた少女、打ち止めは…
「ほらほらこっちだよーって、ミサカはミサカはあなたを引っ張ってみる‼」
「クソガキがァ‼騒いでンじゃねェ‼」
…こうして、ダークヒーローの最初の贖罪は終幕となった。全てを見通す目を持つ少年、そして彼の先輩は非日常から日常へと戻り行くのだった…
…最も、戻れる訳では無いのだが。
凄いUAや評価をいただき、驚いています。こんな拙作ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。