とある科学の解析者《アナライザー》   作:山葵印

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番外編 御使墜しの解析 その4

「チィッ‼」

 

 盛大に舌打ちをしつつ、悟は殺到する氷の塊を白い翼をはためかせて回避する。悟は今現在、学園都市第二位『未元物質』の能力をコピーして使用している。オリジナルである垣根 帝督の翼は六枚。しかし悟の未元物質はあくまで劣化版であり、翼は二枚が限界となっている。

 

「せいや‼」

 

 しかし、ある程度の性質は再現できる。降り下ろした二枚の翼は金属と金属が擦れたような音をたてて、結果的にその両方が砕け散った。超高速で演算を切り換え、今度は竜巻を連結させたかのような荒々しい翼が生えたかと思うと砂浜スレスレを飛行して神裂の近くに着地した。

 

「どうしますか神裂さん。全く効いてませんよ?」

「かの天使は独自の術式…文字通り『次元の違う』術式を使います。私は聖人という特異な体質、かつ天使が干渉できない術式を使うことで何とか攻撃を捌いていますが…それでも傷を付けるには至らないでしょう。」

「打開策はなし、ですか…」

 

 頭をかく悟。そんな彼らに向けて、再び氷の塊が殺到する。

 

「兎に角耐えましょう‼上条当麻が何とかしてくれるはずです‼」

「クソッ、じり貧か…」

 

 絶望へと抗う戦いは、まだまだ続く。

 

───────────────────────────

 

 そして件の少年、上条当麻は『わだつみ』へと足を踏み入れた。強制的とはいえ夜にされたせいかやはり暗く、月光を頼りに歩いていくしかない。

 

「と、当麻‼少し待ってくれ。休ませてくれないか。あれは何なんだ、今ここでは何が起きている?これは映画の撮影か何かなのか?」

 

 肩で荒い息を吐きながら、刀夜はそう言う。なにも説明されていない彼ならば当然の反応だろう。

 上条当麻は、自らの父親が魔術師的なナニかではないと思っている。しかし、この期に及んで事件の張本人が理解していないと言うのもおかしな話だ、と思った。

 

 そして上条は、机に誰かが突っ伏しているのを発見する。

 

「なっ…!?おい。ちょっと待て、大丈夫か!?」

 

 それは紛うことなく御坂美琴だった。上条は思わず走って声をかけたが反応がない。

 

 と、上条はそこで異変に気がついた。異臭が、彼の鼻をつく。

 

 CHCl3…通称クロロホルムと呼ばれるその薬品に気がついた上条は慌てて息を止める。しかし、わずかながら脳へと入り込んでしまった化学物質が彼の意識を若干揺らがせた。

 

「おい、当麻。どうしたんだ、おい!」

 

 刀夜の心配そうな声に、上条は右手を上げることで応答する。しかし、誰がこんな事をしたんだろう、とも思う。

 

「当麻‼何がどうなっているんだ!?」

 

 自らの妻である上条 詩奈(当麻の目からはインデックスにしか見えないが)を抱き抱え、刀夜は叫ぶ。当夜はそれに返答を返そうとして、そして。

 

 ──外に激しい炎を伴う柱を見つける。

 

「なっ…!?」

 

 動きが止まった当夜。当麻は急いでこの状況を何とかしなければと思い刀夜に話しかける。

 

「父さん、どこで『御使堕し』をやったんだ!?止め方は分かってる。どこでやったかさえ教えてくれれば、後はこっちでやるから‼」

 

 しかし、刀夜は。困惑した表情を当麻へと向けるのみだった。

 

「なあ、さっきから気になっていたんだが、そのエンゼルフォールというのは何なんだ?何かの例えなのか?」

 

 そう言われて。当麻は訳が分からなくなった。刀夜の顔に、嘘はない。本当に魔術とは何の関係もなさそうに見える。もしかしたら、自分は何か大きな間違いを犯しているのでは、と思い

 

「やめとけよ、カミやん。ソイツは何も知らないはずだ」

 

───────────────────────────

 

「ッ‼」

 

 悟は、氷を紙一重で回避しながら、違和感を感じていた。

 

「(神の力ってのが使っている力…魔術とやらは再現が可能なのか?)」

 

 学園都市で培った科学技術で、全く畑の違う魔術は再現することはできるのか。『創造性』を持つ未元物質を媒介にして、神の力が扱う天使の力とやらを複製し、全く同じモノを造り出すことは可能なのか?

 

 ──やってみるしかない、か。

 

「『再現開始』。」

 

 頭の中を、計算式が埋めていく。計算が合わないところは未元物質を使って計算を合わせる。適切な演算を行うことで、天使の力を複製できるように信号を合わせる。

 

「仮コード『天使の力』、再現開…ッ!?」

 

 瞬間、悟は内部からナニかが飛び出してくるかのような錯覚を覚えた。

 

「──ッァ、ギッ!?」

 

 痛みに耐えきれず、意識を手離す悟。薄れる意識の中、彼は自分の背中から翼が生えた感覚を記憶した。

 

 

 

 

 神裂は、神の力と戦う際、主に遊撃を担当する係を担っていた。悟の多彩な手札による援護射撃があったからこそ、彼女は未だに無傷だと言える。

 

 

 

 

 だが、異常と言うのは、いつでも唐突に訪れる。

 

 

 

「ッ‼」

 

 神裂の背後から、莫大な熱量の塊が吹き上がる。彼女は反射的に刀に手をかけ、そちらへと向き直る。

 

 そこにあったのは、目測ですら数十メートルを越えるであろう巨大な火の柱だった。辺り一帯を煌々と照らしながら、ソレは吹き出し続ける。

 

 …と、唐突にピシリ、というガラスに亀裂の入ったかのような音がした。柱が割れ、中からナニかが飛び出してくる。

 

「あ、あれは…」

 

 そこから現れたのは『悟』だった。しかし、背中からは数十枚もの翼を生やし、強大な威圧感を伴っている。そこに先程までの()()()()()()()()()()()()()といった雰囲気は欠片もない。

 

「『ふむ…天使の力の生産方法を宿主は間違ったようだな。当然か、魔力の生成方法すらも解らぬ素人だというのに』」

 

 『悟』が口を開く。しかし、神裂はその声がどこか機械的で、作られたもののように感じた。

 

「『そして()が外部に出てきたということは…やはり。天使の力に指向性がない。一番近くにいた存在だからこその私、か…』」

 

 そう呟いたかと思うと、『悟』の右手に一冊の本が表れた。

 

「『少々強引な手段をとってしまうか…召喚。終末を告げる者よ来たれ。汝の慈しみを以て咎人を断罪せん。』」

 

 光があった。神裂は思わず目を覆い隠し、神の力は今まで出していた者の数十倍の量があるであろう氷を『悟』へと放った。

 

 氷が、するりと音をたてて()()()()。『悟』の背後には、いつの間にか神の力が組み上げている『一掃』の術式にも勝るとも劣らない魔方陣が現れていた。

 

「『生憎と私はラッパ吹きではないのでね。天使の力に変質させた物質…未元物質と言ったかな?ソレを多少混ぜさせてもらった。さあ、吹き出せ』」

 

 刹那、『悟』から衝撃波が放たれる。本来ならば神の力、ひいては神裂すらも蹂躙しかねないソレだが、襲われたのは神の力のみだった。

 

 ──爆音。

 

 神裂が知覚したときには、既に終わっていた。『悟』が持つ槍が神の力を、空に縫い止めていた。

 

「『口ほどにもない、とはまさにこの事かな。宿主が過剰とも言える天使の力を生成していた、と言うのもあるだろうが。恐らくこの世界に存jsvdhdgb在jfbdjdvdv』」

 

 ノイズが走る。神裂が見ると、『悟』の背中から生えている翼が、若干ながらも()()()いた。あごに手を当てて、納得したように呟く。

 

「『貯蔵が切れたか…まあいい。jdjdvshs制jdbdvkbb御jsnvsjsgs権jsvshsygsk…───

 

 プツリ。ブレーカーが切れたときのような音をたてて、悟の体が地面に墜落する。

 

「悟さん‼」

 

 呆けていた神裂だったが、直ぐに悟の元に駆け寄り意識を確かめる。彼女たちの後方にある旅館から、光が吹き出して。とりあえず、彼らの戦いは終わった。

 

───────────────────────────

 

『くくっ…素晴らしい物だな、あの少年は。』

 

 ここは窓のないビル。そこにいる人間ことアレイスターは愉悦の表情を浮かべていた。

 

『ふむ…奴がまさか一介の人間の身に卸されていたとは驚きだ。』

『…君もそう思うかね?』

 

 と、そこでその場所に声が響く。アレイスターのものと同じく中性的な声をしているそれはアレイスターの反応に肯定の意を返した。

 

『彼は、曲がりなりにも天使だ。その膨大な力を、ただの少年である彼に制御できるとは考えにくい。』

『それは私も同意件だ。しかし、現実的に彼は『眼』を既に制御下に置いている。理由は定かではないが…』

 

 実際には、彼らの言う『奴』が悟に『眼』のコントロールを受け渡しただけである。

 しかし、天使の力が凄まじい勢いでぶつかった為に戦闘現場を見ていないアレイスター達には何故悟が眼を持つ者を制御できているか、わからなかった。

 本来なら、この時点で暗部に入れるか『処理』するのだが、生憎と悟はただ殺すには()()()使()が邪魔をするだろう。神と同一視されることのある化け物と好き好んで戦いたいわけでは無いのだ、アレイスターも。

 

『…少し、静観するとしよう…』

 

 そう呟き、アレイスターは眼を閉じて、ビーカーの中の液体へ身を浸していくのだった…

 

───────────────────────────

 

 ()()()()()()()()()()()()()()。虚ろな少年は、己という存在を知覚してから暫くして、そんなことを思った。当たり前の事を当たり前と言えるような生活だろうか。事件に巻き込まれることもない生涯だろうか。己の理想に追い付いた時だろうか。

 

 ──きっと、どれも違う。自分の持っているしあわせには、そんな定義は通用しなかった。

 

 一方通行がいた。御坂美琴がいた。インデックスがいた。ステイル=マグヌスがいた。神裂火織がいた。凪川海人がいた。凪川華がいた。初春飾利がいた。白井黒子がいた。佐天涙子がいた──

 

『死に場所を探そう、オティヌス。』

 

 ──そこに居なかった少年がいた。

 

 足音のカウントダウンが始まり。かつて『英雄』と呼ばれて、ひたすらに戦い続けてきた彼は()()()()()()()()()()に一度屈した。

 

 何度だって、何度だって。その後彼は『奴』に立ち向かった。結局、何百何千と戦っても無理だったが。

 

『きっと、それは間違いでも何でもない事だった。』

 

 ──異常は、何時から始まっただろうか?本来あるはずのない場所に『歯車』があり、いつの間にかソレは『部品』になっていた。

 

 英雄は、何時だって孤独なものだ。理解者がいようともソレは絶対的に変わりようのない事実。じゃあ、虚ろな少年になんの意味があったと言うのだろう。

 

『インデックスは、上条当麻は、何時かきっと救われる。バッドエンドなんて有り得ない。俺が作らせない‼』

 

 ──始まりは何時だったか。でも、何時も終わりは同じ。

 

 世界が終わり。少年は心を失くし。『神』によって殺された。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も…

 

『ヒントをくれてやるよ上条当麻。』

『…何?』

 

 数百回目の()()。今の上条当麻は覚えていなくとも、その瞬間、確かに彼は…山峰悟は。『歯車』なんかじゃなかった。

 

『なーに、簡単なことさ、ゲームと一緒だよ、これは──

 

 

 

 ──元々、そう言う物語だから。』




次回、ようやく打ち止め編に入ります。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

10/9 加筆修正を行いました。

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