私は、天海春香   作:ルイボスてぃー

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デレステで無料ガチャを回すと、ピックアップ確率の壁を飛び越えてSSR響子ちゃんが出てきてくれた。
少し、運命を感じました。

UA 560
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さらに感想も書いてくれた方も本当にありがとうございます!
ハーメルンのアイマス小説がもっと盛り上がるといいなぁ。

続きです。


第2話

 先週訪れたカメラマンは実は新しいプロデューサーだったのさ! という事件から大体一週間ほど過ぎた頃だろうか。

 今日は私と千早ちゃんと貴音さんと三人でオーディションを受ける日、そして宣材写真を撮りなおすことが決まる日でもあった筈だ。

 宣材写真を撮りなおす事を話すのは、恐らく控え室で座りながら待っているこの時間が一番可能性としては高く、知識的にも正しい筈だ。

 

「宣材、撮り直すみたいね」

 

 やっぱり物語の予定通りに千早ちゃんから、宣材写真の撮り直しが決まった事を話すトークイベントがスタートした。

 映像で見るのとやっぱり変わらない感じで、千早ちゃんの持っている青色の携帯も本物の私が生きていた時代より少し前の世代の携帯、いわゆるガラケーという物を使っていた。

 千早ちゃんは機械が壊滅的に苦手なので、こういったシンプルな携帯は恐らく扱いやすいのだろう。

 私の時代では主流だった高性能のスマートフォンを上手に操る……いや、それでポンコツな千早ちゃんも見て見たいという好奇心は無いわけではないが。

 

「はて、前のではいけなかったのでしょうか?」

 

 私が他の事に気が散っている間に、千早ちゃんの携帯の画面を覗き込んでいた貴音さんが宣材写真を撮り直す事について疑問に思う。

 あの時にあの場にいて、あの写真を撮ってしまった私が言うのもあれだが、あの写真を見た時に宣材写真の撮り直しを選択したプロデューサーと小鳥さんは決して間違った判断はしていない。むしろ、正しいまである。

 例えば伊織はデコが眩しく輝いていたり、他には亜美と真美がお猿さんのコスプレをして写真を撮っていたりと、確かに個性は出ているが宣材写真には相応しくない奴ばっかりだった。

 私もちょっと変な感じな宣材写真を撮るのに、逆に苦労してしまったぐらいである。

 と、いけないいけない。体を震えさせて緊張している様にしないと。

 確かこの後は、春香の様子を不審に思った千早ちゃんがこちらに話しかけてくるシーンだ。

 

「──春香、大丈夫? なんだか顔色が……」

 

「き、緊張しちゃって。心臓、飛び出しそう」

 

 自分でも恐れるほどの演技力だと思う。

 自分の耳で聞いてても声を震えさせて話せて、いかにも緊張しています感は上手く出せていた筈だ。

 そして、ここから貴音さんがオーバーリアクションに話してきて、私が慌てて外へ飛び出すところ。

 

「なんと! それは一大事です! すぐに救急車を──」

 

 いきなりそう言って予定通り立ち上がった貴音さんは、本当にこれから救急車を呼ぼうとしていた。

 このシーンはアニメで見ていても面白かったが、やっぱり目の前で聞いて、その当事者になってしまった身からすると一々笑っている余裕はない。

 

「あ、あのっ! 違うんです。……えっと、お手洗い、行ってきますね!」

 

 そう言って慌てて立ち上がって走り出す私、完璧に原作の流れをそのまま引き継いでいて、私と言う異物がいても原作と同じ様に流れが続けている事にホッとしながら、慌てて扉を開く。

 その瞬間、人と当たって私は倒れてしまった。

 

「……ご、ごめんなさい!」

 

「──あぶねーんだよ!」

 

 私の台詞に食い気味で入ってきた男の子、この世界では961プロダクションのジュピターという人気ユニットのリーダーであり、私はここから先の彼らの事も知っている。

 天ヶ瀬冬馬と、出会った。

 魂の中身は同性とは言え、やっぱり彼はかっこいい男の子ではあると思う。

 どん底から頂点まで上り詰めたその姿はまさに感動するに値するが、今の私は、天海春香だ。

 

「気をつけろよな」

 

「ほ、本当にすみませんでした……」

 

 私は彼の強い口調に怯えたふりをしながら彼に謝罪をするが、彼はその言葉を最後まで待たずにそのまま歩き出してしまった。

 やっぱり、まだまだ見ていて未熟な部分が多く目立っているというのが第一印象だ。

 少なくとも、961プロダクションに所属している間はジュピターが真に輝くステージは来ないだろう。

 そう考えている中、突然扉が開いた。

 

「──春香? どうかしたの?」

 

 扉から出てきたのは千早ちゃんだった。

 さっきまで私の様子がおかしかった事と、先程の私が謝る声に気が付いて、心配したかは不明だがこちらに来てくれた。

 

「だ、大丈夫。ちょっと転んだだけ」

 

 私は身振り手振りをしながら、千早ちゃんに向けて微笑みながら大丈夫だというサインを送る。

 千早ちゃんも納得したのか、そうと一言言って、私達はオーディションの控え室へと戻っていった。

 その後のオーディション、やっぱり結果は残念な事に。

 私は結構ショックを受けたフリをしながら、三人で事務所に戻っていった。

 

 

 それから数日後、今日は宣材写真を撮り直す大事な日!

 と言っても、この回で私は特別な事をしなければならないという制約はない。

 勿論、だからと言って素に戻れる訳ではないが、あくまで天海春香として縛られずに動く事は出来る日だ。

 今回の宣材写真でのテーマは自分らしさ、個性、アイドルの私を上手く数枚の写真に収めるという、簡単な様でとても難しい作業をしている。

 天海春香は良く言えば笑顔が可愛い女の子でみんなの絆とかを大切にする子、悪く言うならば笑顔が可愛いだけで普通の女の子と何も変わらない、個性のない子だ。

 今回の宣材写真の撮り直しでは、私はそう言った難しい作業をしなければならないが、この回の主役はあくまで私ではない。

 

「……い、伊織。これは一体なんだ?」

 

「決まっているでしょ、撮影の衣装よ!」

 

 唖然としたプロデューサーが見たのはクマのぬいぐるみや舞踏会のドレスの様な服、そして伊織はそれを宣材写真で使う衣装だと、ドヤ顔をしながら認めてしまった。

 私はあずささんの衣装を見ようと思い、着替える前に少し様子を見に来たのだが、案の定流れ通りに進んでいるのを見て、私は苦笑いしか出せなかった。

 決定的に勘違いしている伊織ややよいに亜美と真美、この回ではこの四人がメインとなって物語が進んでいく。

 自分らしさとは何か? 派手にする事なのか、面白い事をする事なのか? 美しく、可愛くあることなのか? それらの答えは総じて否と言える。

 私は彼女達の未来の結末を知っているので、私の答えはカンニングに近いものであるが、自分らしさとは自分が一番輝いている状態、簡単に言ってしまえばいつも通りの状態だと私は思う。

 例えば千早ちゃんで言うなら、クールな佇まい等がらしさと言える所だろう。

 と、口で言うのは簡単だがこれが案外難しい。

 自分らしさが分からなければ今の伊織達の様に迷走してしまうし、逆にわかっていても意識してやるのはなんだか違う気もする。

 要するにバランスが大切なのだ。

 

「春香、そろそろ撮影の準備頼むよ」

 

「はーい。じゃあ、準備してきますね!」

 

 伊織達の相手は終わったらしく、こちらの方へやってきたプロデューサーさんは、準備のほうの連絡をしてきた。

 扉を開けて通路を通っている最中に、奇妙な二人とすれ違った。

 

「……真ちゃん、あれは絶対にお化けだって! プロデューサーさんに相談しようよぉ〜〜」

 

「いや、きっと伊織達だって。何であんな格好しているのかは分からないけど……」

 

 ああ、伊織達は絶賛暴走中か。

 あくまで私に被害は無さそうなので、こうやって他人事の様に見ることが出来る。

 真が頭をやさしく撫でながら落ち着かせているが、雪歩の方は今にも暴走しそうで恐ろしい感じだった。

 奥の方にある化粧や着替えの準備をする部屋の扉を開いて、近くの椅子に座って準備を始めようとするが、私の用意したあるものが足りない事に気がついた。

 

「……あれ、カーラーは何処にいった?」

 

 まさかと思い慌てて机の下やバックの中を探してみるが、やっぱり見つからない。

 誰かが借りるなら私に一声言ってくれるはず、いじめみたいな事は765プロでは絶対にありえない。

 こうなってくると、答えは一つだ。

 失念していた、確かに自分らしさを探す伊織達のメイン回で、天海春香はあまり関係ないが、真や雪歩みたいに被害にあわないわけがなかった。

 だって、765プロだから。

 

 

「──これは傑作だ! 長い間記者やってきたけど、そうそうお目にかかれるものじゃないなぁ、これは」

 

「だろぅ。これなんかせっかく綺麗に撮れているのに撮り直すなんて残念だよ」

 

 高木社長はそう言いながら一枚の写真を善澤記者に見せる。

 ここは765プロダクションの事務所の中、今はまだ小さい規模の事務所だが、いずれは961プロダクションみたいに規模が大きい事務所になる……予定らしい。

 善澤記者は先程から初めて撮った千早達の宣材写真を見て、ずっと笑いが止まらない様子だった。

 特に笑ったのは亜美と真美のお猿さんの格好をしていた宣材写真、善澤記者曰く、こんな宣材写真は生まれてこの方初めて見たレベルだと言う。

 善澤記者と高木順二朗には深い縁があり、今でもこうして互いに仕事面でも世話になっている。

 当然、隣でデスクに座りながらその様子を聞いている音無小鳥も深い縁があるのだが……それはまた、別の話である。

 何故なら、その当人が夢の世界へダイブしてしまったからだ。

 

「──次回、衝撃の最終回」

 

「音無くん? 音無くん」

 

「えっ?」

 

「どうしたんだね、音無くん?」

 

 これが、音無小鳥の悪い癖である。

 音無小鳥には妄想癖があり、765プロのメンバーでしょっちゅうあんな事やこんな事の妄想をしているらしい。

 小鳥は何でもありませんと言いながら、その場を逃げる様に去っていった。

 ……去っていく最中に何か言葉が聞こえたのも、きっと気のせいだろう。

 

「……どうしたんだい、彼女?」

 

「まあ、何時ものことさ」

 

 善澤記者はあまり目にしたことないのか、小鳥のその行動を疑問に思っているが、高木社長は何となく理解しているのか触れないままその話は流れていった。

 

「……で、話はなんだよ? こんな宣材写真見せておしまい、って訳じゃないだろ?」

 

 善澤記者は小鳥がいなくなった事で都合が良くなったのか、少しずれていた茶色いハンチング帽子を整え直して、咥えていたタバコを携帯ポケットの中に突っ込む。

 善澤記者の遊びがなくなった目を高木社長が見て、ため息をつきながらも寄りかかっていた机から離れて、横にある椅子に腰掛ける。

 

「まあ、な。相談があるんだよ、これから我が社はユニットを結成する事になっていてね、それの取材をお願いしたいのが一つ」

 

「もう一つは?」

 

「この写真を、見て欲しい」

 

 そう言って、高木社長は机の引き出しにしまってある一枚の宣材写真を取り出した。

 善澤記者はその写真を見て、机の上に散らばっている宣材写真と扱いが違う事に気がつくが、敢えてその事には触れずにその宣材写真を手に取る。

 

「……名前は?」

 

「──天海春香という」

 

 善澤記者はフチのないメガネをぐいっと上にあげ、その写真を先程とは打って変わった雰囲気で見つめ始める。

 側から見たら、その写真はなんで変哲も無いものだ。普通の女の子が笑っていて、他の人が見たらアイドルを夢見る女の子が頑張っているなぁと、素直に思うぐらい。

 しかし、善澤記者はこれまで数多のアイドル達を見てきた。

 今はもう引退したがトップアイドルだった日高舞や、他にも名前も一切知られていない無名のアイドルも、その全ての顔を見てきた彼だから理解出来る。

 

「……高木、お前はとんでもないのを拾ってきたな」

 

「──自分でもそう思うよ」

 

 写真に写る女の子、その子はその宣材写真の中で一際目立つわけではない。

 双海亜美や真美と違いお猿さんの格好をした訳でもない、如月千早の様に冷たいクールな表情をしている訳ではない。

 この宣材写真に写っている彼女達は、未だ自分らしさというのをまだ確立できていない段階だ。

 だからこそ、善澤記者や高木社長はこの段階で自分らしさにかなり近いものを見せている彼女達に期待を込めた笑みを見せていた。

 

 そこにいる十三人のうち一人を除いて。

 

「彼女の育て方を誤るなよ。この子は、異常だ。あの、日高舞に並ぶほどの演技力を持っている」

 

「ああ、注意していくさ」

 

 完璧だと天海春香は思っていた。

 原作通りの流れを忠実に演じていて、他の765プロのメンバーやプロデューサーや小鳥さんにも分からないほど。

 しかし、この業界に長くその身を置いていた高木社長や善澤記者には一目見ただけで理解出来てしまった。

 ──天海春香は、完璧に新人アイドルを演じていると。

 無論、その答えは正解ではないが間違いでもない。

 しかし、たった一つ言えることがある。

 この、アイドルマスターの世界は既に原作の流れを逸脱しつつあるという事だ。

 

 

 撮影を終えた時、辺りはすっかり真っ暗になっていた。

 宣材写真の撮り直しを終えた後は事務所に戻り、早速出来上がった宣材写真をみんなで眺めていた。

 事務所の中にはお留守番をしていた小鳥さんと社長の他にもう一人、お客さんが事務所にはいた。

 その人の名前は善澤記者、うちの社長や小鳥さんとは昔からの縁があるらしく、初めて会う記者にプロデューサーさんは少し緊張した固い顔をしながら挨拶をする姿を見て、アニメでは見られなかった特殊な光景だなぁと少し面白く見ていた。

 プロデューサーさんへの挨拶を一通り済ませた後、その記者も出来上がった宣材写真を見てくれて、全員になかなか良く出来ていると褒めてくれた。

 ……確かこの後は伊織とやよいとプロデューサさんがハイタッチをするところだった筈だ。

 やよいの生ハイタッチを見て見たいなぁと考えていた時、その声は突然耳元から聞こえてきた。

 

「──演技をするなら、最後まで気を抜かないことだ」

 

「えっ!?」

 

 慌てて後ろを振り向くと、そこには善澤記者が立っていて、笑顔でこちらに手を振ってきた。

 茶色いハンチング帽子にフチなしメガネ、いつもなら口に咥えているタバコは流石に女の子の前だからか、遠慮をしてくれたらしい。

 

「もう、驚かさないでくださいよ。びっくりしちゃいました」

 

「ああ、すまないね。ぼーっとしていたもんだからつい、驚かせたくてさ。君が、天海春香ちゃんだね?」

 

 原作では、この時点で善澤記者と天海春香が会話をしているシーンは描写されていなかった。

 しかし、初対面での挨拶をわざわざ描写に写しているアニメも少ないだろうと考え、あまり深くは気にしない事にする。

 

「はい、そうですけど?」

 

「そうかそうか、君が天海春香君か。君の今後のアイドル生活を楽しみにしているよ。是非、その力を存分に発揮してくれ」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 善澤記者ってこんなに律儀な人だったんだなぁと、失礼だが少し意外に思ってしまった。

 兎にも角にも、これで宣材写真の回は無事終了を告げた。

 事務所の中ではやよいのハイタッチという声が聞こえてくる、見ることは出来なかったが、その元気な声を聞けただけで私は満足だ。

 

「──あっ、そろそろ電車に間に合わなくなりそうなので帰りますね! お疲れ様でした」

 

 私の声に反応したのか、プロデューサーさんや近くにいたみんなはそれぞれ別れの言葉をこちらに伝える。

 その声に手を振りながら反応して事務所の扉を閉じる。

 こうして、今日の天海春香の『日常』は終わりを告げた。

 と言っても、これから家に帰るまで仕事が残っているが、私の駅は結構田舎の方なので終電の時間もかなり早い。

 今から駅に向かってダッシュしてギリギリの感じ、少し不安でドキドキとしてしまう。

 最悪なケースとして、ドンガラガッシャーンとしてしまう事が本物の天海春香ならあったかもしれないが、私は偽物の天海春香なのでその心配もない。

 ビルの外へ出て、電車の時間に間に合うために走り出すと自分の影も走り出しているのを見つける。

 今のような生活を始めてから、十七年経とうとしている。

 生まれたばかりの私は調子に乗っていて、こんな演技をしながら春香をする予定でもなかった。

 原作知識は持っている、春香には能力があるのも知っていた。

 だから、その記憶と力を利用して完璧な天海春香というキャラで、自分の人生の余生を楽しむ。はずだった……

 

「──私の未来を返してよ!」

 

 これが、俺と天海春香との最初で最期の会話だった。

 外で走り続けていると、突然雨がポツポツと降り始める。

 その雨は、まるで本物の天海春香の涙の様だった。

 

 




文字数六千も書いたのは初めてです……
勢いで続けている小説ですが、今後ともよろしくお願いします。

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