弟はマのつく自由業、私はメのつく自由「いえいえ、王たる夫に永久就職です!!」 作:紗代
葵さんが落ち着くのにまだ時間がかかるとのことで、私たちは一旦別の部屋で待機することになった。そこで桜ちゃんは何か言いたそうにもじもじしながら落ち着かない様子でチラチラと雁夜さんを見ている。
「?どうしたの、桜ちゃん」
「あ、あのね。おじさんに、言いたいことがあるの」
「な、何かな?」
お互いに落ち着かずしどろもどろになりながらではあるが、雁夜さんは桜ちゃんの前に行きしゃがんで目線を合わせる。すると桜ちゃんが深呼吸をして雁夜さんを見た。
「雁夜おじさん!」
「は、はい!」
「桜のお父さんになってください!!」
「はい!!・・・え?」
桜ちゃんがそんなことを言うとは思っていなかったらしい雁夜さんは勢いで返事をしたが、正気に返ったのか処理が追い付かず間の抜けた顔になる。
「もう、マスター?かわいい女の子が一生懸命頼んでるのに、肝心の大人がそんなでどうするの!」
「あ、ああ。桜ちゃん、その、本当におじさんでいいのかい?」
「うん、おじさんがいい。入院してる方のお父さんは間桐のお家から出れて生き生きしてるみたいだし、元々、お父さんたちとの家族みたいな思い出なくて、おじさんと一緒の方が多かったから・・・」
「桜ちゃん・・・・」
しんみりとした空気の中で「それに」と桜ちゃんが付け加えた。
「『もし断られるようなら弱みを握れるだけ握って突きつけてやれば必ずうなずいてくれる』って言われて集めたおじさんの弱みリストがあるから大丈夫!!」
にっこりと笑う桜ちゃんとピシッと固まる雁夜さん。
「さ、桜ちゃん、一体誰からそんなこと習ったんだい?」
「先生!!」
「シールダー、おまえ・・・」
「・・・・ごめんなさい」
雁夜さんが凄い目でこっちをみている。ここは素直に謝っておこう。だがしかし!
「だって桜ちゃんに前々から相談されててやっぱり短期間で有無を言わせない手段ってこれくらいかなーって思ったんだもん!後悔は(反省も)していない!!✨」
「ふざけんなてめえええええええ!!」
「おじさんは、私と家族なの嫌・・・・?」
しょぼんとした桜ちゃんに雁夜さんがうっと言葉に詰まった。よし、ありがとう桜ちゃん。明日の朝ごはんに好きなもの作ってあげる。
「そんなことないよ。じゃあ、桜ちゃん。こんな俺だけど、これからも一緒にいてくれるかい?」
「うん、もちろん!」
「よかったね、桜ちゃん」
「ありがとう、先生!」
「でもお前は別だからなシールダー」
「・・・はい」
ち、誤魔化せなかったか。とりあえずもうこっちは大丈夫そうだけど・・・と思って振り返るとひどく沈んだカソックの人―――――言峰綺礼さんというらしい、がいた。
「どうしたんですか、ひどく弱ってますけど・・・大丈夫ですか?」
「シールダーか・・・私は・・・いや、やはりなんでもない」
「こーら、言いかけてやめるのやめなさい。どう見たって何でもないって顔してないでしょーが・・・遠坂さんたちのああいうの見ちゃった後だし、私もいろんな人間を見てきてる。ちょっとやそっとのことじゃ引かないし、あなたの変なところを見ても何の得もないんだから思い切って話しちゃえばいいのでは?」
「本当か?」
「もちろん」
「そうか・・・」
そして綺礼さんは話し始めた。自分の生い立ちのこと、全うなことに楽しみを感じられないこと、人の嫌がることや悲運にしか興味が見いだせなかったこと、それが原因で奥さんと死別してしまったことなど・・・余程溜まっていたのだろう。しかもそんな心を持ちながら家はバリバリの聖職者。本人が真面目すぎるくらいの生真面目さんだったこともあってもう追い詰めに追い詰められていたのだろう。いやなんていうか桜ちゃんとか雁夜さんとは別方向でヤバイ人だった。
「そして今日、師と奥方の追い詰められたあの姿に、私は明らかに悦びを感じていた・・・・やはり私は生きていることそのものが罪なのだ」
「スト―――ップ!!あなたの真面目さならそういうと思ったけどダメよ!」
「なら私にどうしろというのだ!?私はどうしたらこの苦しみから解放される!?」
「あのねえ・・・・たぶんその悩みを持っているのはあなただけじゃないわ、世界の何人もの人が自分の性格・生い立ち・性癖とかで悩んでる。ただ、あなたの場合はそれが異常なほど傾いてるから苦しいのよ、他人と共有できないから。普通の人ならそれを抑えて隠しつつ人とうまくやっていこうとするものだけどあなたはそれを抑えすぎてそれがストレスと苦しみになってる。なら人に迷惑をかけない方法で発散すればいいのよ!!」
「なん、だと?」
「正にあなたの前職の代行者なんて天職じゃない‼」
「しかしそれでも私の空虚は・・・」
「自覚するのとして無いのとじゃ雲泥の差よ!さあ、まず手始めにこのゲームをやってみなさいな!」
そう言って私が取り出したのは、そう「バイ●ハザードシリーズ」である。
「こ、これは・・・・?」
「死徒のような化物、ゾンビを倒して倒して倒しまくるゲームよ、あなたPSとPS2もしくは3持ってる?」
「いや、こういったものには関心が向いていなかったからな、生憎と持っていない」
「なら私のを貸してあげる‼さあ、お試しあれ‼大丈夫、ゾンビを倒してすっごい笑いながらストーリー楽しむよりそっち優先になってる人もいるから」
「ふっ・・・そうか、なら借りておこう」
「ぜひぜひ!!あ、あともっとおすすめなキャッチコピーが「どうあがいても絶望」なホラゲーもあるから」
「な、なんだそれは!」
口ではそう言いつつも目の輝きとにやけを抑え込めない綺礼さん。うん、バイオが終わったら貸してあげよう。
「イノリー、暇だ構えー」
「あれ?ギル、時臣さんのとこにいなくていいの?」
「あやつはつまらん、本当につまらん。今回の話で灰になっているのには笑えるがそれだけだ、ぶっちゃけもう飽きた」
「あらららら・・・」
「それよかイノリ!久しぶりに会ったのだ、我はもっとお前とイチャイチャしたい!」
「い、イチャイチャって・・・こ、子供のいる前で・・・」
「何、遠慮なく我の腕に飛び込んでくるがいい!」
「んと、えーっと・・・あーもう!えいや!」
覚悟を決めてギルにダイブする。あー、ほんとにかわってないなあ・・・そしてそんなふうに呆れつつも満更でもない甘えたな私がいるのだ。私はもうダメだ。ダメ人間なんだー!!
そんなふうに思っていると時臣さんの使い魔がやってきた。そしてそれを見たギルは舌打ちをする。
「・・・思いのほか早かったではないか、あともうしばらくそのままであればいいものを」
「時臣師も焦っておられるのだろうな、規格外のお前に想定外の暴露。あの方を含め魔術師は不測の事態や反則を嫌う。特にあの方は今回の聖杯戦争に前々から十全な準備をされていたからな」
「それの一環がお前がアサシンのマスターになり間諜に徹することか?」
「!アサシンの、マスターだって!?」
「そう身構えるなシールダーのマスター。私の求めていた答えは今まさに出ようとしている。故にもう参加する理由などない。恩人である彼女を狙うような真似はしない」
「そう、か」
「それはそうと、使い魔が来た。奥方が落ち着いたのだろう。ではこれでお開きか・・・名残惜しいが、案内しよう」
「ああ、頼む」
そして来た時と同じように綺礼さんに案内されて門まで行くとそこには時臣さんと葵さんがいた。けれど時臣さんはともかく葵さんは沈んだままで表情が見えない。
「今日はありがとうございました。」
「ああ、少々不手際があって、申し訳ない」
「いいえ、それでは自分たちはこれで」
そう言って去ろうとする雁夜さんの服の裾を桜ちゃんが引っ張った。目を瞬かせうつらうつらとしているあたり眠いのだろう。今日も色々あったからね。
「おとーさん、抱っこかおんぶ」
「はいはい、お姫様」
もうすっかり親子のやり取りをする雁夜さんと桜ちゃん。私がさっき目を離している間により打ち解けたようで雁夜さんは慣れた動作で桜ちゃんを抱っこし歩き出す。そしてそれに私も続き、こうして今日は明日へと移り変わっていくのだった。
綺礼さんが仲間になった!
時臣さんは立ち直った(混乱している)!
葵さんは倒れた(瀕死)!
というかんじです。
今後の問題は葵さんになると思います。なんせ時臣さんよりも徹底的に追い詰められてますから。
綺礼さんは英雄王主催の方の愉悦講座を受けずにイノリちゃんの愉悦講座を受けたので人畜無害とまでは言えなくとも人に被害をもたらすような人にはならなくなったので。きっと趣味の欄に酒の収集に付け足されてホラーゲーム収集も書かれるようになることでしょう。
ちなみに見送りの遠坂夫婦は桜ちゃんと雁夜さんのやり取りをしっかり見て聞いていました。なので色々思ったり考えたりして声をかけることが出来ませんでした。