弟はマのつく自由業、私はメのつく自由「いえいえ、王たる夫に永久就職です!!」   作:紗代

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桜ちゃんの本音と葵さんだけが知らない葵さんの体質の話。
本当に葵さんファンの方には申し訳ないです。


本音と家族

開いた扉の先にいたのはギルと桜ちゃんだった。そして間一髪で葵さんを拘束したのは桜ちゃんの虚数でできた影だった。

 

「おじさん!」

「桜ちゃん!どうしてここに!?」

「何、時臣が帰ってこいなどと我に令呪を使い、帰ってきてみれば何やら応接間が騒がしいことに気が付いてな。寄ろうと思い廊下を歩いておればこの見かけぬ子雑種がいたゆえドアを開けてやった、それだけのことよ」

 

桜ちゃんが驚く雁夜さんのもとに走って飛び込んだ。雁夜さんは咄嗟にそれを抱き止めて目線を合わせる。

 

「おじさん、大丈夫?ケガしてない?」

「うん、桜ちゃんのおかげで助かったよ」

「よかった」

 

ほっとしたようにほんの少し笑顔になる桜ちゃんとそれを見て桜ちゃんの頭を撫でる雁夜さん、本当の親子のように見えるそれだったが、拘束されている葵さんはそう思えなかったらしく桜ちゃんの方を見て声を上げる。

 

「桜!何をしているの。さあ、お家に帰りましょう。間桐のようなところにあなたを置いておけないもの。今度こそ家族みんなで一緒に遠坂で暮らしましょう、ね。ほら、手を取って」

「嫌です」

「?な、なにを言ってるの、桜?その人たちは今まであなたに痛いことをしてた人たちなのよ?こっちに来なさい」

「嫌だって言ってるでしょ!!」

 

その時桜ちゃんは葵さんの差し伸べた手を払いのけた。桜ちゃんは葵さんを睨みつけ、葵さんは振り払われたことへのショックと理解できない娘の行動に目を白黒させているようだった。

 

「桜、どうして「何もしないで見てただけの人に言われたくない!!」っ!」

 

桜ちゃんの叫びにも似た声に葵さん、時臣さん、雁夜さんが固まった。

 

「・・・ほんとは、信じてた。辛くて痛くて苦しくても魔術の修行さえがんばってれば、いつか桜を助けに来てくれるんじゃないかって。おとぎ話やテレビのドラマみたいに。間桐のお家にかっこよく乗り込んできて「もう大丈夫」って言ってくれるお父様や抱きしめてくれるお母様をずっとずっと信じてたの・・・でも待っても来てくれなくて、おじい様の言ったように桜は「いらない子」だから間桐に入れられたんだって思うようになって・・・でもおじさんが戻ってきて抱きしめてくれたから今まで頑張って来れたの。おじい様にいじめられてる桜を助けてくれたの!桜の代わりにいじめられるようになってからもおじさんは桜のこと真っ先に心配してくれたよ!おじさんの方がどう見たって桜よりボロボロで痩せてて血を吐いても、おじさんは桜の前では「辛い」なんて言わなかった!そんなふうになっても、桜と一緒にいてくれたの!なのに、なのにどうしておばさんや遠坂さんはおじさんと先生の悪口ばっかり言うの!?先生は桜とおじさんを助けてくれたんだよ!?おじい様を倒して、桜とおじさんの悪いところを全部直してくれて、痛くない魔術も戦い方も全部教えてくれたの。なのになんで!?何も知らないくせになんでそんなふうに言うの!?」

「雁夜くんが、そんな目に・・・?」

 

葵さんの目が雁夜さんに向けられるが雁夜さんはその目線に答えようとはしなかった。そして桜ちゃんはまだ止まらず話し続ける。

 

「遠坂さんはおじさんが家から逃げたから馬鹿にしてるの?でもあんなの見せられたら誰だって逃げ出したくなるよ。だってどんなに頑張ってもおじい様の新しい器か、おじい様の蟲に食べられて蟲の栄養にされちゃうんだもん」

「そんな・・・」

「嘘じゃないよ、だっておじい様が鶴野お父さんに言ってるのきいたもん」

「っ」

 

時臣さんの顔が蒼白を通り越して紙のように真っ白になっていた。そりゃそうだ。見下していた雁夜さんの環境がここまでひどいものだなんて思ってなかっただろうし、間桐も資産家で資金はあるし、たぶん自分と同じような生活を送りつつ魔術を忌避する愚か者だとでも思っていたんだろう。そのうえ未来を信じて養子に出した娘が間桐にとって体のいいただの胎盤扱いだったのと、その娘と将来できるであろう子供が最終的にたどり着く末路。正直最悪以上のものと言っても差し支えない。

打ちのめされ深く沈んだ時臣さんを一瞥すると今度は今まで黙っていたギルが葵さんに向かって口を開いた。

 

「――――――時に女、お前は自分がなぜ時臣に選ばれたのかわかるか」

「え」

 

私が、私たちが敢えて触れずに素通りしていたところを突いた。葵さんもよく分からないといった表情でギルを見る。

 

「ギル!それは・・・」

「止めるでない、イノリ。おまえはこういったことにはどうにも甘すぎるきらいがある。こうなった以上どうせ遅かれ早かれ暴かれることなのだ。いっそこの場で引導を渡してやるというのが筋だろうよ」

「・・・・」

 

その言葉に私は黙り込む。確かにそれはそうだ。でも今までの展開からして、これは葵さんにとって一番最悪な話になる。それが更に彼女を追い詰めることに成りかねない。

一方で葵さんはいきなりの質問に困惑していた。

 

「それはどういう意味?」

「そのままの意味だ。おまえはどこまで理解している」

「・・・・私の家は元々魔術師の家系で、ある程度それに理解があるだろうからと。私の家の方も限界を感じて根源を目指すことを数代前に諦めてしまったようだったからまだ魔術師として続く遠坂の家への輿入れには積極的だったのもあって私は時臣さんのプロポーズを受け入れた、それだけよ」

「ふ、ふふ、フハハハハハハハハハハハハッ!!」

「っ、何がおかしいというの?」

「なんだ、お前はたったそれだけで選ばれたとでも思っているのか?フハハハハ!これは滑稽にもほどがある!そのような価値観の理解などというのが理由だというのなら今頃はどこぞの三流魔術師でも娶っておろう。ましてや貴様の一族は既に数代前には諦めが付くほどの回路しかなかった。ならばもうその数代先の貴様には回路はない。一つもな。魔術師の間では回路を持たぬ人間を「凡俗」と侮蔑し切り捨てる。貴様も本来ならばその部類の雑種にすぎぬ、ならばなぜ己の娘さえ切り捨てる典型的な魔術師である時臣が貴様を選んだのか、だが」

 

ギルが一旦区切って葵さんに目を向ける。やや目を細め、口元には薄く笑みをたたえて。裁定、真実を暴く者もしくはその両方。しかしこれは、もっと純粋に抉り出そうとするあくどい笑顔だ。

 

「それはなお前が「番の血統の潜在能力を最大限まで引き出した子を産む」という特異体質だったからだ。これは相当珍しい体質でな、禅城の女が輿入れした家系が魔術師として再興・大成したとでも聞いていたのだろう、これに目を付けた時臣は歳の近い貴様に近づくことで理想の後継を作ろうとした。わかるか女、貴様が時臣を選んだのではない。時臣が貴様の才能欲しさに取り入った、それだけのことだ」

 

突きつけられた真実に葵さんの目は見開かれ、身を守るように両腕で自分を抱きしめている。

 

「そんな、そんなウソ、嘘よ!ねえ、時臣さん何か言ってください。お願いですから、違いますよね?」

「・・・・」

「なんで?なんで何も言ってくれないんですか?まさか本当なんですか?私は、私は体質だけで選ばれたの?じゃあ、今までの私の努力は?何も言わずにいた私は?桜を手放した私は・・・私は一体なんだったの!?」

「葵・・・」

「嫌!そんな目で、憐れんだような、何も見ていないような目で私を見ないで!嫌、嫌。いやあああああああああ!!」

 

頭を抱えて泣きじゃくり床にへたり込んだ葵さんの悲痛な叫び声が響き渡った。

 




たぶん葵さんは魔術師の価値観を受け入れられても自分がその中に入っているとは思ってなさそうだなと思って書きました。最愛の娘を巻き込まれてる時点で自分も十分その中に入ってると思うんですが・・・。
ちなみにイノリちゃんはこの話題を避けつつ話を終わらせようとしていました。凛ちゃんのことも考えて葵さんを再起不能にさせるつもりはなかったからです。ただ、ギルの言う通りいずれ知ることだろうし、何より桜ちゃんが胎盤扱いされるきっかけって葵さんが遠坂に嫁に行っちゃったからなんだろうなと考えたらやるせなくなってギルに出張ってもらいました。

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