弟はマのつく自由業、私はメのつく自由「いえいえ、王たる夫に永久就職です!!」 作:紗代
やっぱり叙事詩通りにするつもりはないけど、イシュタルの性格的に黙ってなさそうだなーと思ってこんな形にしました。
×月〇日
色々あってフンババを倒しに行くことになった。ギルの黄金の鎧が痛い。目が痛い。いろいろ反射して目に刺さる。「どうした、疲れたのか?」と抱き上げてくれるのはすごく嬉しい。けど痛い。自分に触れるのはいつものあったかい腕ではなく鎧。なんか腕とか背中とかがゴリゴリいってる。そのうえ鎧に太陽光が反射して私の目を潰しにかかってる。それでもって熱い。とにかく全てにおいて痛い。でも言えない。一緒にきたエルゥも生暖かい目でこっちを見てくる。見てるなら助けてよ!そうして溜まりゆくストレス、フラストレーションを申し訳ないが何の関係もないフンババへぶつけさせてもらった。ごめんね。
×月△日
フンババの戦いを見ていたらしいイシュタルがギルを見初めた。え、ギルはすでに私と結婚してるんですけど。そういえばこの人重度のほしがりさんだった。友達が恋敵に変わった瞬間。そしていつの間にか言い合いから何でもありのキャットファイトに発展し痛み分けで終了した。友情は深まったもののまだあきらめていなさそうなのでギルに個人的な結界を張っておくか検討してみよう。私だって譲れないものがあるのだ。
ちなみにこのキャットファイトは早くもギルに伝わっていたようで帰ったら離してもらえなかった。
エルゥによると結構目立っていたらしい。私の「ギルは私のだっていってるでしょ!一昨日きやがれコノヤロー!!」などの叫びやイシュタルの暴言も筒抜けだったらしくもうしばらくはウルクを出歩けないかもしれない。
□月△日
この頃熱っぽい、あと食欲があんまりない。変な病気だったら困るので医者に診てもらうことにした。
妊娠三ヶ月目だった。
びっくりなのと嬉しいのとで寝所に戻るまで上の空だった。
ギルに報告したら「そうか、そうか!!」って言って嬉しそうに私のお腹に手を置いてた。なんだかこそばゆい。
◎月×日
安定期に入ってしばらく経つ。大きくなったお腹に手を当てるとポコっと内側から蹴られて思わず笑ってしまう。今日もお腹の我が子は元気だ。この頃私は体調がいいと王宮の中庭でひなたぼっこするのが日課なのだが今日はなぜか突然神殿に行くことを勧められた。よく見ると侍女や兵士たちのなかには苦笑いを浮かべる人やギクシャクした動きの人がいる。
それで察した。「あ、イシュタル来たなこれ」と。
前のケンカで軽く周りが更地になり、クレーターもいくつかできて月みたいになってしまったのは記憶に新しい。二度とあの悪夢を繰り返すことがないようにみんな私達を鉢合わせしないようにしているのだ。
私が神殿に行こうと王宮を出ると同時に上から響く轟音そして流星のごとき速さで去っていく天舟が見えた。あそこは確かギルのいる王の玉座のある階だったと思うんだけど……
まあ、私の予想通りやっぱりイシュタルはギルを口説き落とそうと直接乗り込んできたらしい。ギルは彼女とどんな会話をしたのか怒り心頭で拒絶して追い出したらしい。
◎月□日
イシュタルがギルにフラれた腹いせに天の牡牛を放った。しかもウルクの市街地に。どこまで傍迷惑な女神様なんだあの人。
形は牛っぽいけど大きさは目測スカイツリー以上だし、気性も荒いし最早災害…いや天災レベル以上の怪物だった。そんなのが市街地で暴れては今までの私の、私達の生存戦略として打ち出した改革が無駄になってしまう。いてもたってもいられない私は皆が必死に止めるなか権能を使いウルクに結界を張り、牡牛をウルクの外へ弾き出した。
そのあと駆け付けたギルとエルゥによって牡牛は見事退治され事は終息した。
そのあとギルとエルゥにこっぴどく怒られた。もう臨月に入っているのにあんな無茶するやつがあるか‼イノリはもっと大事にされてることを自覚したほうがいい。とか。そのあと顔馴染みで結構仲のいいお付きの侍女たちにも泣きながら怒られた。こう言っては不謹慎だけど愛されていることを自覚できて凄く嬉しい。そうだ。これからは母親になるんだしよき母、よき王妃になれるように頑張らないとね‼
幸せだなあ。
最愛の夫と親友。王宮の人々。ウルクで生きる人々。エレシュキガルやイシュタル。
色んなひとと出会って仲良くなったり見守ったり。最初連れて来られた時はこれからどうなるのか、いやむしろ生きていけるのか不安だったけど、今はもうどうってことない。うん、我ながら凄い環境適応力だ。
「イノリ」
ギルに呼ばれ手を引かれてテラスへ出るとウルクに沈む夕日が見えた。そしてそれに照らされて輝くギル。ああ、あの時と一緒だ。
「きれい…」
「ああ、まるでお前のようだ。一際輝きながら皆を見守り包み守る。沈めども記憶に焼き付いて離れぬ美しいものだ」
「ふふ。それならギルは太陽ね、となるとエルゥは海かしら」
「…今回は流石の我も肝を冷やした」
「ごめんね、あれ以外思い付かなくて」
やっぱりやりすぎだったかなーと思っているとそれに呼応するようにお腹の内側から衝撃がきた。
「あらら。こどもにまで怒られちゃった」
「ふん、これに懲りたら大人しくしておれ」
「むー…ねえギル」
「どうした」
「だいすき」
「ふ、我は愛している」
「ずるい」
ああ、こんな時がいつまでも続けばいいのに。
そう思いながら幸せを噛みしめる。本当に幸せだ。
幸せだった
はずだった。
不吉なラストの言葉は次の話に続きます。ちなみにみんなはイシュタルとイノリちゃんを近づけないようにしていますが、本人たちは別にこれといって何事もなく仲良し。
ギルがイシュタルに激怒したのはイノリちゃんをダシに・・・というかイノリちゃん目的の求婚だったため。興味本位のセイバーに対してさえあれだけ執着してたんだから本当の最愛であるイノリちゃんに手を出そうとするならその比じゃないだろうなっていう。
あ、あと乗っけるの忘れましたけどやっぱり親友二人に付きまとおうとするイシュタルにはエルキドゥもいい感情持ってません。会うたび手あたり次第にもの投げるのはお約束になります。