日曜の朝。
聡美は加村の家を訪ねた。
「なんだ、お前か」
「刑事さんから康之くんが執行猶予になったって聞かされてね」
「あ、聡美お姉さん!」
「義男くん、元気そうだね」
義男の頭を撫でる聡美。
「で? 何のようだよ?」
「夏休みの宿題を持ってきてあげたのよ」
聡美は康之に荷物を渡す。
「そうか。わざわざありがとな」
荷物を受け取った康之が中へとひっこむ。
「義男くんはもう宿題はやったのかな?」
「うん」
「偉いじゃん」
「工藤、義男をどこか遊びに連れてってやってくれないか? 俺は宿題やるから相手にできねえし」
「わかった」
行こうか——と、聡美は準備をした義男と共に出かける。
「義男くん、映画でも見にいく?」
「オデ、今やってるゴメラの映画が見たいな」
「いいよ」
聡美は義男を映画館へと連れていく。
スクリーン室に入り、座って映画が始まるのを待つ。
映画が始まり、しばらくしたところで、映像に不審な影が映り始める。
聡美は映写機の方を見る。
「……?」
暗くてはっきりしないが、映写窓の前に何かが吊るされており、それが振り子のように左右に揺れていた。
明かりが点き、振り子が首吊り遺体であることが判明した。
「きゃああああ!」
映画を見ていた客が悲鳴を上げる。
「なに、どうしたの?」
「みちゃダメ!」
聡美は義男の目を塞いだ。
スタッフの通報で警察が到着し、捜査が始まる。
「目暮警部、どうも」
「おお、聡美くんか。毎度毎度行く先々で事件に巻き込まれるなんて、君もついていないなあ」
それで——と、目暮は高木刑事を見る。
「死亡したのは、
目暮が館長であるご老人の方を向く。
「山崎さんはよくここに来ていたんですか?」
「ええ、最近は毎日のように。目的は映画ではなく、ここの解体作業の経過を視察をするために来られているようじゃった」
「ただの冷やかしよ」
そう口にするのは、女性スタッフだ。
「なにかムシャクシャすることが、あったのかどうかは知らないけど」
「営業妨害もいいとこだよ」
と、映写室の責任者。
「何度も注意してるのに、館内でタバコを吸っちゃ、お客様を冷やかして。おまけに、座る席はいつも一番後ろの映写室の真前」
「おかげでタバコの煙で映像に影ができて、こっちは偉い迷惑をしてました」
「今日も吸っておられたようじゃな」
というのは館長だ。
「時々映像に影ができとったから」
目暮が言う。
「しかし、本当なんですか? 上映中に首を吊ったというのは」
「ええ、間違い無いですよ。ちょうど、映写している窓の真前で首を吊られましたから。画面に彼とロープの影が出てしまいましたから」
「その時間、いつでしょうか?」
「えーと……」
「エメラのシーンの時だよ!」
義男が言う。
「エメラがゴメラの高ぶった気を沈めているシーンなんだ。エメラのアップにでっかい影がゆらゆらと揺れて入ってきたんだ」
「そのシーンなら中盤ちょい前だから、時間は大体十二時四十四分くらいです」
「目暮警部!」
千葉刑事がやってくる。
「千葉くん、なにかわかったかね?」
「チケット売り場のおばさんの話によると、死亡推定時刻に館内にいたのは、聡美さんと子どもを除けば、あの三人のようです」
三人とは、館長、女性スタッフ、映写室責任者だ。
「その証言は確かかね?」
「問題の上映が始まってから、そのおばさん、入り口で近所の方と話していたそうです」
「なるほど」
目暮が三人を見る。
「つまり、これが殺人だとすると、犯行が可能なのは、あなた方三人だけだということになりますな」
疑問符を浮かべる三人。
「警部さん、これは自殺なんですよね? 大の男をロープで吊り上げるなんて芸当、年寄りや女には無理ですよ。まあ、できるのは俺ぐらいだけど、俺は映写室にいましたから」
女性スタッフは言う。
「映写室にいた彼に、ちょうどお弁当を持っていって、お茶を入れてた時だから、間違いないです」
「では、館長さんはその時、どこに?」
「客席で映画を見ておったが?」
「うーむ……、やはり自殺なのだろうか……?」
「映写室に案内していただけますか?」
聡美の問いに責任者は構わないと言う。
一同はいったん上映室を出て、立ち入り禁止の張り紙がされた扉を抜け、階段を上がって映写室へ。
「うん? 映写機はどこにあるんだね?」
「ここは控え室。映写機はこっちです」
責任者が扉を開け、映写室に入る。
「ほおう、二台もあるのか」
「片方で上映している間に、上映し終わったフィルムをもう片方で巻き取るんですよ」
「一台ではできないのかね?」
「巻き取るには時間がかかって、次の上映には間に合いませんので」
責任者が窓を指差す。
「そして、この窓が、映像がちゃんと映っているか、確認する覗き窓。左のは映写機からの映像を投影する窓です。この窓の前であの男が、首を吊って映像に出てしまったわけです」
目暮が映写窓を見る。
「この窓は開きはしないだろうね?」
「ガラスはびっちりはまってますので。影が出た時、俺はここにいたし、隣の部屋には彼女がいてお茶を煎れていた」
「これ以上のアリバイはないですよね」
「うーん、となるとこれはやはり自殺か」
「お言葉ですが、目暮警部。二台の映写機を使って、前半と後半にわけてフィルムを回すというのは?」
「そうか! そうすれば前半に遺体は映らず、後半にだけ現れるってことか! つまり、あらかじめ遺体を吊るしておくことができるってことか!」
「それはないですよ。そんなことすれば、フィルムにつなぎ合わせた痕が残ってしまいますよ。なんなら、このフィルムを調べて下さいよ。あのシーンにそんな痕なんか、なにもありませんよ」
女性スタッフが付け加える。
「お弁当を買ってきた時、映写室を覗きましたが、動いていたのは手前の映写機のみでした」
「弁当を買ってきた時間は?」
「確か、画面に影が出てみんなが騒ぎ出す五分くらい前でした。十二時四十分くらいかな」
控え室に移動する。
「ほら、みんなで次の休憩時間に食べようと、買ってきたんだけど、コンビニが混んでて、戻ってきた時にチケット売り場のおばちゃんに時間を聞いたから。おばちゃんに聞いてみて下さいよ。間違いないわ」
「じゃあ、あなたはあの弁当を買ってきたあと、みんなが騒ぎ出すまでずっとこの部屋に?」
「俺がお茶を煎れるよう頼んだから。湯を沸かしてたんですよ」
「本当ですか?」
「ええ。そこのコンロで」
コンロを指差す女性スタッフ。
「とりあえず、あのフィルムは警察で預かります」
「どうぞ。お役に立つのであれば」
「警部!」
高木刑事がやってくる。
「死亡した山崎さんは、賭博による借金をかなり抱えていたようで、ここ売って出る儲けを全額、返済につぎ込んでも、ままならない状態で。近所の人の話では、遅かれ早かれ、山崎さんの不動産会社は潰れていただろうということです」
「なるほど。自殺の動機はなくはないか」
「全く。迷惑な話ですよ。自殺するなら、よそでやればいいのに」
女性の不謹慎な発言に館長が「これこれ」と。
聡美は考える。
(自殺か。確かにあの状況なら、脚立を使って自分で首を吊ったと考えても問題はないが。そういえば、問題のシーンの時、空調が強かった気がするわね。それで遺体が揺れてたのか)
聡美は上映室に移動し、山崎が座っていたであろう席の前を調べる。
いくつかの吸い殻が落ちている。
そして、前の席についた靴の痕。
(間違いない。犯人はあの人。あの人が被害者を殺したんだ)
聡美は目暮に話し、上映室にみんなを集め、部屋の照明を落とした。
「みなさん、今回の事件は殺人事件です。今から、犯人の使ったトリックと真犯人を暴きたいと思います」
「ええ!? 山崎は自殺なんだろ!?」
「上映中の闇に包まれた客席で山崎さんを絞殺し、映写機を使って自分のアリバイを立証した。そう、犯人はあなたですよ」
聡美が映写責任者を指差した。
一同が驚く。
「ちょっと待ってよお嬢さん。彼はあの山崎が首を吊った時、映写室にいたのよ? あの男の影が出た時、彼は映写室にいたわ」
「それは、こんな風にですか?」
聡美が映写機を操作する。
すると、スクリーンに映った映像に、影が出現する。その正体は義男だ。
「これのどこがトリックなのよ? 子どもが映写の途中でぶら下がっただけでしょう?」
「オデはずっとぶら下がってたよ」
「気づかなかったのは、この窓に本でふたをして、映写室の明かりを遮断していたからですよ。こうしておけば、あらかじめ遺体を吊るしておいても、気づかれないということですよ」
「いや、しかしね聡美くん? みんなの証言によると、遺体は揺れていたんだよ? いくらなんでも吊っておいた遺体が勝手に揺れるなんて」
「空調ですよ。場内は大きな密閉空間。あらかじめ、風の方向と強さを調整しておけば、風を回して多少遺体を揺らすことができるということですよ」
「お嬢さんよ。吊った遺体を気づかせないよう揺らす方法はわかったが、肝心なことを忘れちゃいねえか? 投影してたのは、その子どもがぶら下がってる窓。最初からぶら下がっていたんなら、影が出ちまう。窓の明かりを本で遮断していたなら、投影はできねえ。一体、どうやって俺は映画を上映していたんだ?」
「こうしたんですよね?」
聡美は映像に影を出したり消したりを繰り返す。
「嘘? いったいどうやって?」
よく見ると、二つの映写窓から交互にスクリーンに投影されていた。
一同が映写室に飛び込む。
「フィルムを切り刻むなんて赦さないわよ!」
「うん? 手前の映写機しか動いておらんな」
女性が奥の映写機を確認する。
「こっちの映写機にフィルムはセットされてないわ」
「じゃあ一体どうやって?」
「映写機の前に回ってよく見て下さい」
目暮が映写機の前を確認すると、鏡が取り付けられていた。
「この鏡をひねると、映像が反射し、覗き窓に固定しておいたもう一つの鏡に当たり、光が反射して吊った遺体を避けて投影させることができる。こうすることで、フィルムを切らずとも、一台で投影する窓を変えられるということですよ。それに、ここにつけておけば、そこのドアから覗かれても、映写機の影になって鏡は見えませんよ。亡くなった山崎さんが、上映中に吸っていたタバコの吸い殻が、この覗き窓の真前の席に落ちていたのが、何よりの証拠です。彼はいつも上映の邪魔をするために、投影される窓の真前に座っていたそうですからね」
館長が責任者を見て「そうなのか?」と聞く。
「あなたが取った行動はこうですよ。まず、彼女に買い物を頼んだあなたは、犯行時に売店を空にして、上映開始とともに空調室へ行き、風の強さと方向を変えた。もちろん、映像は鏡を使って投影窓を変えておく。そして劇場内に入り、用意しておいた縄で山崎さんの首を絞めて殺し、映像が投影される窓の前に釣り上げれば、準備は完了。あとは映写室に戻り、彼女が来るのを待って、投影される窓を塞いであったものを取り除き、映写機のレンズに取り付けられていた鏡を外す。そうすれば、映像に首を吊った遺体の影が出て、それを彼女と一緒に目撃することで、アリバイは成立するということです」
「で、でも私が買い物に行ったのは、たまたまお弁当を買い忘れたからで」
「買い忘れなかったとしても、彼はあなたにお茶っ葉を買いに行かせるはずですよ」
「そんなの、ただの想像でしょ?」
「もういいよ」
と、責任者。
「お騒がせして、すみませんでした」
「続きは署で聞こう」
責任者は警視庁へと連行される。