聡美が帰路に就いている。
たまたま通りかかったマンションの前にパトカーが止まる。
パトカーから目暮が降りてきた。
「目暮警部、なにかあったんですか?」
「うん?」
目暮が聡美の方を見る。
「おお! 聡美くんか! ちょうどいい、君にも来てもらいたい」
聡美は目暮警部や他の警察官たちと一緒にマンションで5階に上がり、ある部屋の前でインターホンを押す。
扉が開き、沖野ヨーコが出てきた。
「ヨーコさん?」
「あ、聡美さん」
「何だね、二人とも知り合いかね?」
「ヨーコさん、小五郎さんのファンでたまに事務所に行くらしいですよ」
「そうかね。で、我々を呼んだ理由は?」
「仕事から帰ってきたら人が部屋で亡くなってたんです。私の部屋なのに、人が亡くなってること自体もおかしいのですが……」
「ちょっと失礼」
捜査員が中に入り、背中にナイフの刺さった遺体を確認する。
「沖野さん、被害者に見覚えは?」
目暮がヨーコに訊ねる。
聡美は目暮がヨーコと話している間に遺体と部屋を調べた。
(夏だってのに暖房がついてる……)
「それにしても暑い部屋ですな」
「あれのせいですよ、目暮警部」
「暖房がついてるのかね」
「え?」
ヨーコがエアコンを見る。
「冷房の設定にしてたはずなのに」
(ん?)
聡美は床に真新しい傷がついているのに気づく。
(傷?)
「ヨーコさん、被害者に見覚えは?」
「さっき刑事さんに言ったけど、隣の部屋の人よ」
「それだけの関係ですか?」
「いえ。以前、少しの間付き合ってました」
「ということは合鍵を使って侵入した可能性もありますね」
「でもどうしてこんなところで死んでるんですか?」
「詳しい話は署に行ってからにしましょう」
「そんな! 刑事さん、私を疑ってるんですか!?」
(やばい!)
聡美は焦った。
「待って下さい、目暮警部!」
聡美の言葉に、ヨーコを連行しようとしていた目暮や警察官たちが振り返る。
「なんだね?」
「この男性は殺されてなどいません」
「どういうことだね?」
「男性が倒れている床を見て下さい。一箇所だけ窪みがありますよね?」
聡美は床の凹んでいる部分を指差した。
「本当だ! しかしこれがどうかしたのかね?」
と、目暮が床の窪みを確認する。
「わかりませんか? この窪みとなぜか暖房になっているエアコンの設定……」
「聡美くん、説明をしてくれたまえ」
「男性は自殺なんですよ。水を凍らせる容器にナイフの柄を立てて氷を作り、床の上に立てて後ろ向きに飛んで自分の背中にナイフを突き刺した。この傷はそのとき身体の重さでできた窪みです。更に暖房の設定になっているエアコン。これは氷を速やかに溶かして証拠を隠滅するため。水になってしまえば暖房の暖かさで気化しますからね」
「なるほど!」
「よって、男性を殺害したのは、ヨーコさんではなく、男性自身だったんですよ!」
「だけど、どうしてこの男性は沖野さんの部屋で自殺したんだね?」
「ああ、それは……」
聡美は棚の上の写真立てを手に取った。
写真にはヨーコの他に彼女と同じ髪型の女性が写っている。
「恐らく、この女性をヨーコさんと勘違いし、ショックを受けての自殺でしょうが、ただそれでは気が済まず、他殺を偽装したんですよ」
と、聡美の推理通り、監察医の司法解剖により、男性は自殺であることが判明した。
ヨーコは自分の部屋で男性が自殺していたことで気分を悪くし、後日には転居をしたという。
(ていうかこれ、前にもあったような……)