警察官が駆けつけ、捜査が始まる。
制服警官が現場に居合わせた白髪の男性に話を聞いている。
「すると、あなたはたまたま席を外していて、助かったんですか」
「ええ、ちょうどトイレにタバコを探しに行ってまして」
男性が警官に名刺を渡す。
「それは命拾いをしましたね。ほお、黒沢企画の社長さんですか」
と、名刺を受け取った警官が言う。
「黒沢企画と言えば、ちょうどこの坂を上がったところの」
話の流れから察するに、白髪男性の知人が亡くなったようである。
「山沢さーん!」
「うん?」
制服警官が振り返る。
坂の上で別の制服警官が手を振っている。
「宅配便の運転手を見つけましたー!」
「よーし、今行く!」
山沢が制服警官の元へ向かう。
そこで黒沢がにやりとほくそ笑むのを、聡美とコナンは見逃さなかった。
「あなたはこんな坂の途中に車を止めて配達に行ったんですか?」
山沢の問いに運転手の
「すいません。いつもは坂の上の平なところに止めるんですが、今日はあの車が止まってたので、仕方ないのでその前に止めてしまったんです。でも! ちゃんとサイドブレーキは引いておきましたし、念のためギアをバックに入れておきました!」
若い制服警官が山沢に言う。
「山沢さん、現場に到着して、すぐに運転席を見ましたが、そんな形跡はありませんでした」
小山田はムッとした表情で反論した。
「そんなバカな! もっとよく調べて下さい! 僕は間違いなく、サイドブレーキを引いたんです!」
「嘘に決まってる!」
と、黒沢が口を挟む。
「元山くんは私の大切な右腕だったんだ。その元山くんを亡くしては、会社はもうおしまいだ」
後ずさる小山田。
「そんな! 人が亡くなってるんですか!?」
そこに、女性が現れる。
「社長!?」
「天方くん!?」
女性が黒沢に近づく。
「こんなところでなにしてるんですか!? 今日中にお金を振り込まないと、材料の入荷を止められてしまいますよ!」
「わかってる。しかし、今は、それどころじゃないんだ。元山くんが亡くなったんだ。事故の巻き添えをくらって」
「え! そんな!?」
驚く天方。
黒沢が左手の人差し指を口にくわえる。
「……!?」
「……!?」
だが聡美とコナンはそれを見逃さない。
(ひょっとしたら!)
聡美とコナンがポアロに飛び込む。
(ここだ!)
聡美とコナンはトイレのドアを開け、中に入った。
二人は犯人がここから抜け出し、事件を起こしたと考えたのである。
聡美が窓の縁を見た。
「血痕?」
窓を開ける聡美。
「俺にも見せてくれ」
コナンは便器によじ登る。
「これ、外から手をかけた後だ」
聡美とコナンはウィンドウを突き破ったトラックを窓越しに見遣る。
(そうか。この窓から外に出て戻る時に血がついたのね)
聡美とコナンが窓から外に出る。
(そして出かけた先で左手に怪我をした)
聡美とコナンは坂を見上げて登り始めた。
「ん?」
聡美がバス停の時刻表に気づく。
「お兄ちゃん」
「ああ」
事故の起きた時間を思い出す聡美とコナン。
あれは15時10分ごろだった。
時刻表には15時7分の表記があった。
「そういえばここって、終点だよな?」
「うん」
「あ」
聡美とコナンはたった今発車したバスの後方に木片を見つけた。
そこへ別のバスがやってくる。
バスの後部にピアノ線がくっついていた。
(これは!?)
「そうか。そういうことか」
「これは事故じゃない。殺人事件よ!」
「そして犯人は……」
聡美とコナンはある人物を見つめた。
「あの人に間違いないわ」
その時、黒沢が警察官に言った。
「あのー、おまわりさん。急用があるので、ちょっと出かけたいのですが」
「それは困ります」
「取引先にお金を振り込まなくてはならないのです。30分、あ……いや、20分でいいんです。お願いします」
山沢が若い警官を見る。
「黒沢さんの事情聴取は?」
「一通り終わりましたが」
「では、よろしいでしょう」
「助かりました」
聡美とコナンは黒沢を見る。
(まずい! このまま行かせたら、証拠を消されてしまうわ!)
「ちょっと待ってよ、黒沢のおじさん!」
「うん?」
立ち去ろうとした黒沢が振り返る。
「なんだい、坊や?」
「今、あなたに動かれると困るんですよ」
と、新一の声で言う聡美。
その場にいた全員が振り返る。
「なにを言ってるんだ?」
「これは殺人事件なんだ。そうだよね、新一兄ちゃん?」
驚き戸惑う関係者たち。
山沢がこちらを見て訊ねる。
「あなたは?」
「工藤 新一、探偵ですよ」
「ぶ、部外者は邪魔しないで下さい」
と、若い制服警官が言う。
山沢は、「まあ待て。とりあえず聞こうじゃないか」と、若い警官に言う。
「工藤くん、何か手がかりでもあるのかい?」
「手がかりどころか証拠もあるよね」
「そう……黒沢さん、あなたが犯人である証拠がな!」
驚き戸惑う黒沢。
「バカをいうな。これは誰が見ても、そこのトラックの運転手の過失による暴走事故じゃないか」
「ち、違う!」
「お聞きしましょう、工藤くん」
「よろしい。では、トリックから話しましょう」
黒沢は「くだらん」と口にする。
「私は忙しいんだ。こんな
だが山沢が黒沢を呼び止める。
「まあ、そう言わずに、話を聞くだけですから」
続けて下さい、と聡美に言う山沢。
「黒沢さん、あなたは自分の車を宅配の車がいつも止まる坂の上に駐車させ、元山さんを誘って坂の下のポアロに入った」
「そして元山さんを坂が背になるよう窓側の席に座らせた。そうだよね?」
「違う! 坂が見えない窓側に座らせたんじゃない! 座った席がたまたま窓側だったんだ!」
「なるほど。その後、あなたは何らかの話の最中、あなたは席を外しました」
「トイレに行く振りをしたんだよね?」
「振りじゃない! 本当にトイレに入ったんだよ!」
「いいえ。あなたはその時、トイレの窓から抜け出し、宅配のトラックのところに行きました」
「そして、予め用意しておいた木製のくさびをトラックの前輪の前に置いたんだ」
「ふん。馬鹿馬鹿しい。なんのためにそんなことをしなくてはいけないんだ」
「自分の犯行ではないと思わせるためのトリックですよ」
「おじさんはさ、そのくさびにはピアノ線を結んでおいて、前に止まっている時間待ちのバスの後部にそのピアノ線を結びつけ、宅配のトラックのギアをニュートラルにして、サイドブレーキを外して何食わぬ顔でポアロに戻ったんでしょ?」
「定刻になりバスが発車すれば、くさびが外れる。すると宅配のトラックは、勝手に坂を下り出すという寸法です。後はバスがポアロの前を通過するのを待って、避難すればいいだけ」
「トイレにタバコを探しに行く振りでもしてね」
「そしてこれがそのくさびですよ」
聡美は若い警官にくさびを渡す。
「ただの木片ですね」
「生木のくさびはバスに引きずられ、路上をバウンドする内に、砕けてしまう。その残骸がそれですよ」
「坂道で加速のついた車は、おじさんの計画通りポアロの窓を突き破り、店内に飛び込む」
その場にいた全員がその様子を思い浮かべる。
「元山さんは背後からトラックに直撃されて亡くなりました」
「と、トリックは……トリックはそうだとしよう。だが、私がやったという証拠はあるのか!?」
「証拠ならありますよ」
「おじさんの誤算は、バスにピアノ線を結びつけるとき、誤って指先に傷をつけてしまったことだよ」
「こ、これはトイレのノブに引っ掛けたんだ!」
「宅配のトラックの操作は片手でできるから、血痕は残りませんでしたが、トイレの窓から進入したときは、窓に手をかけて血をつけてしまった」
「トイレの窓の内側に血痕が残ってたよ」
「血が滲んだのか、左手を舐めていたのを、僕たちは見てたんですよ」
「た、確かに指に怪我をしている! でも、それはさっき言ったように、トイレのノブに引っ掛けたんだ! そんなもの証拠とは言えないでしょ! ねえ、おまわりさん?」
「確かに……」
若い警官の言葉に、「お前は黙ってろ!」と、山沢が怒鳴る。
「とにかく、私が犯人と言うなら、確固たる証拠を見せてほしいですな!」
「ねえねえ、これなーに?」
と、コナンが坂の上に止まっている車のドアを開けて何かをしている。
振り返った黒沢は焦っている。
「この中になんか変な模様の手袋があるよ」
山沢が血痕のついた手袋を確認する。
「これはどういうことですかな、黒沢さん?」
「バスについたピアノ線を調べれば、おじさんの血痕がついていることがわかるんじゃない?」
「さて、トイレでついたはずのあなたの手の傷と、同じ位置に血のついた手袋があなたの車の中にあり、トイレの窓枠には外から手をかけたような血痕がある。更にバスに結び付けられたピアノ線には、あなたの血液が付着しているはずです! これをどう説明するんですか!?」
黒沢は観念した様子で話し出した。
「はい、私がやりました」
ほっとする宅配トラックの運転手。
「あいつが……あいつが今まで可愛がってやった恩も忘れ、会社を裏切って辞めると言い出したもので。あいつが辞めてしまったら、会社が潰れてしまうかもしれない。同じ潰れてしまうなら、あいつを事故死に見せかけて殺し、生命保険と損害賠償の金だけ手に入れようと思ったんです。正直、ポアロで打ち合わせするまで、迷っていました。しかし、大きな仕事まで退職金代わりに持っていくと言い出したもので、つい!」
黒沢が崩れ落ちる。
「申し訳ありませんでした」