『人生に生きる意味を、戦いに決意を』
ぽつりぽつりと、雨粒が落ちていく。
ようやっと冬が明け、雪解けが始まった今日この頃。過ごしやすい春に向けて期待を高めていく僕は、今日も今日とて食糧難だ。
流石に、先日のように飢え死ぬ程の危機ではないにせよ、相変わらずの
しかし、もう一度言うが、先日のような事態に陷ることは無い。まだ冷たくとも湖は溶けきっているし、動物たちもちらほらと見かけ始めているのだ。植物もせっかちなものは芽を出し始めた──つまり、探せばなにかには
今年の冬も何とか無事に乗り切れた。いや、ついこの間まで死に体だったのはまぁ、置いておくとして。
ともかく五体満足。空腹であるにせよ、それは仕方のない事と割りきって、むしろなにも病気を患っていないことに感謝を捧げるべきだ。
──それを何に対して捧げるのかは分からない。自身が存外強靭な身体持っていることにか、あるいはその身体をつくる素となった数多の命達にか、あるいは──
なんにしても、祈りと感謝は大事だ。なんの効果がある訳でもないが、それでも。しないのとするのではきっと雲泥の差だと思う。誰かが聞き届けてくれる訳ではないにせよ、気持ちの持ちようとは大切なものなのだ。
「──くしゅっ──ああ、寒い」
──相変わらずの寒さ。冬が明けても変わらない原因不明の寒気は、それこそ物心ついた時から感じているもの。
夜でも昼でも、体調が良くても悪くても。突発的にやってくるそれは、きっと良くないもので、いつか治すべきものだと思っている。
──それこそ
あるいは、この寒気こそが僕の弱さの根源であり、心の脆弱さの発露である気がしてならない。
もちろん、本当は僕が病気であるだとか、僕という種族にはそういう特性があるだとか、それだけなのかもしれないけれど。
ただの勘だ。
けれど、僕の勘は当たるから。
それに、病気でなくて、心の病ならば、僕にも治せる。
なんせ僕自身の事なのだから。自分の心ぐらい巧みに操って見せなくては、他に誰かやれるというのか。
「強く──もっと強く」
原因不明の寒気も、時折覚えてしまう不安も。軽く笑って突っぱねるぐらいにならなければと思った。
そんなちっぽけな病気ぐらい跳ね除けられるようにならなければと思った。
何故か、と問われれば、答えにくい事
『幸運』も『直感』も──そんな不確定で、不明瞭な手助けに頼ることなく、ちゃんと二本の脚で踏みしめて歩いていけたとすれば。
自分の弱さのせいで生じる様々な危険を、正真正銘
「僕にも、きっと──」
そんな馬鹿なことを考えた。
◆
「──ふぁあ」
心地良い温もりから起き上がって、立香は一つ大きなあくびをする。
寝ぼけ眼を擦ると、ぼやけた視界がしだいに明瞭になっていった。
やっとの覚醒。立香にとって朝は別段苦手な訳ではないのだが──今日ばかりは、起きるのを体が拒否しているような気がした。
ゆるゆるとベッドから降りて、魔術礼装・カルデアに袖を通す。しっかりと各所のベルトを締め、立香は鏡の前に立った
「……酷い顔」
特別美人ではないにせよ、快活な印象を与える雰囲気の明るい顔だと自負していたのだが。今日は目覚め直後というのを考慮しても、まるで幽鬼のような印象を与えるぐらいの有様だ。
──それも当然か。
立香は一人ごちる。
今日は決戦の日。
──2016年12月31日。人理修復のデッドライン、あるいは、滅亡の終わり。
あと十数時間で人理は滅び、その存在を跡形もなく消し去るであろう。そうなるか否かは、自分にかかっている。
今日この日の為に、藤丸立香は頑張ってきた。死線という言葉では足りないほどの修羅場を幾重にも潜って。一歩間違えば全てを無駄にしてしまう場面で、たった一つの正解を掴みとって。
頑張って、頑張って、頑張って。やっとこれが最後の戦いだ。
やっと達成される。終われるのだ。藤丸立香は、この戦いを終えればまた安らかな生活に戻っていける。
大丈夫。こんな戦いがなんだというのだ。今までに越えてきたものと何も変わらない。いつもとなんの違いもない──ただ、
「ホント、私なんかに務まる役割じゃないんだよなぁ……」
でも、やるしかないよね。そう苦笑する。
鏡の下、取り付けられた棚から簡素なヘアゴムを取り出し、口に咥える。
長く飛び跳ねた──おおよそ日本人とは思えないほどに鮮やかな──橙色の髪を、立香は束ねようとして──
──ポロリと、ヘアゴムを落とした。
「あれ……」
カチリカチリと、耳障りな音が鳴る。腕がプルプルと震えて、髪を握ることすらままならなくなる。
ゴムを落としたのは、自分の口が酷く震えていたからだと、立香はようやく気づいた。
「おかしいな……こんな……」
こんなことなかったのに。
今まで、特異点に赴く朝でも、こんなことはなかった。前の晩恐怖に震えていても、一度寝れば人類最後のマスターとしてのスイッチを押せたのだ。
それなのに、今更、『怖い』だなんて。
「……
震えを無理やり抑えこむ。守るべき人の顔を思い浮かべる。救うべき人の顔を思い浮かべる。
自分のちっぽけな怖さがなんだ。死の恐怖がなんだ。
サーヴァント達は、生前も
カルデアのスタッフたちは、寝る間も惜しんで人類の未来の為に尽くしてきたのだ。
──マシュは。あの優しい後輩は、酷く短い寿命しかなくて、それを恐らくは知っているのに、それでも自分の相棒として戦い続けてきたのだ。
ならば、自分が恐怖に震えてどうする。
今までの人生で英雄たちのような試練にも出会わず、十分に睡眠の時間をもらって、人並みの寿命と健康な体を持っていながら。
それでも恐怖を口にするのなら──それでは、
立香の願いは一つだけ。
自分が背負うことのできるものなどたかが知れている。だから、背負っているのは一つだけ。
──『生きること』。
生きている意味を失ってはいけない。
今の立香にとって生きる意味とは、マスターとして最後まで戦うことなのだ。
恐怖に身を竦ませてしまっては、戦場ですぐ死んで仕舞うのは自明。
自分が死ぬということは、すなわち、人理が滅ぶということだ。
「──
無意識に呟く。
この言葉を、いつ聞いたのだったか。
何処か遠い昔だったような気もするし、つい最近の事のようにも思える。
どちらにしろ、今の自分にとって、これ以上の激励はない。
自分は死ぬために戦うのではなく、生きるために戦うのだと、その再確認だ。
──気づけば、震えは止まっていた。
「よしっ」
気合を入れて、髪を結ぶ。ちらと鏡を見れば、ちょっとはマシな顔になっているとわかって、立香は安心した。
「──生きるために」
鏡の中の自分を、真っ直ぐ見て、もう一度。
映った表情に、
マイルームの出口の扉に、そっと手をかけた。
◆
「いよいよだね……」
「ああ、ロマニ。いよいよだ」
カルデアの碩学、文字通りの頭脳としてこれまでを越えてきた二人──元医療部門トップ、現所長代理のロマニ・アーキマンと、万能の天才レオナルド・ダヴィンチは、真っ赤に染まったカルデアスを見ながら呟いた。
いよいよ、という言葉には万感の思いが込められていた。ダヴィンチは勿論だが、ロマンにとってはより一層、その思いは強かった。
ちょっと世界が滅びる未来を見たから──そんな馬鹿げた、しかし本人にとっては至って真剣な理由で、ロマンはこの戦いに身を投じた。
何が原因で、誰が主犯で、誰か味方なのか、それすらもわからないままで。それでも、見えた『未来』は絶対のものであるから、諦めるなんて出来るわけもなくて。
『人』としての不便を痛感しながらも、戦い続けた。そしてそれは、ようやく終幕を迎えようとしている。
「レオナルド──」
「ん、何かな」
深刻な顔をして、ロマンはダヴィンチの方に振り向く。いつもはナヨナヨとした雰囲気のロマンだから、今の彼はまるで別人のようだった。
「──今まで、ありがとう。君がいてくれて、本当によかった」
「……よせよ、そんな、まるでコレが最後みたいに」
「そう、だね。でも、ごめん。言っておきたかった」
突然にロマンが吐き出した感謝の言葉──それも、心に強く響いてくるような真剣なもの──に、ダヴィンチは少しだけ嫌な予感がした。
ロマニ・アーキマンは臆病者だ。
ずっと側で働いてきたダヴィンチにとって、その評価というのは妥当かつ当然のものであり、彼を最も的確に表していると自負している。
しかし──そんな臆病者の彼は、臆病者であるが故に努力家で勤勉だ。そして、並外れた精神力を持っている。
立香の持つ心の強さとはまた別の、強さ。
大切な物を失うことに
故に無理を通し、過労で倒れそうになっても更に目を見開き、体がボロボロになっても頑張るのだ──
だから、彼は臆病者。失うことを許容できない臆病者。命を懸けた戦いなんて、きっと顔を真っ青にして拒否するに違いない──なのに。
彼の口から出た言葉は、そして何か思いつめているような顔はまるで、
戦友のそんな様子に、たまらなくダヴィンチは不安を覚えてしまったのだ。
「アダムにね、言われたんだよ。『伝えたくても伝える相手が居なければ意味が無い』ってさ」
「………」
「ほら、レオナルド、エルサレムの時には急にいなくなっちゃったし。君って、そうやって意外と仲間の為に命張れるからさ。だから、今のうちにって」
捲し立てるように言うロマンに、きっと嘘はなかった。ダヴィンチに感謝しているのも、それを話すことができる今のうちに伝えたかったのも、本当には違いないのだろう。
──よく言うよ、君だって
そう聞こうとして、けれどダヴィンチはそれを発することが出来なかった。
その疑問を口にしたが最後、ロマニ・アーキマンという男にとって一世一代の決意の様なものを揺らがせてしまう気がしたのだ。
だから、我が道を行くという
「──そうかい。ならば、この私からも同じように返しておこうかな。キミが戦友で良かったよロマニ。学者としてもサーヴァントとしても、いちカルデア職員としてもね」
「そうかな。そう言ってくれると、頑張ったかいがあったよ」
はにかむようにしてロマンは笑う。芯のない優男ふうの笑みは、それでも誰より決意に満ちていた。
「……じゃあ、私は座標観測システムの最終調整をしてくるよ。ロマニは精神統一でもしておくといいさ。最終決戦でヘマはしないでくれよぉ?」
「わかってるよ!
「──ああ、信じてるさ。誰よりも」
漢らしい顔で言うロマンに、ダヴィンチの呟きは聞こえなかっただろう。しかし、呟きと同時に振り向いたダヴィンチの優しげな笑顔に、ロマンが安心したのは間違いなかった。
「──今更覚悟が決まっていない、訳じゃないけどさ」
だけど、ダヴィンチには感謝だけを伝えた。別れの言葉なんて言いたくなかった。
『皆で生きてこそ初めて成功』なんて、子供みたいな馬鹿げたスローガンを掲げ、しかもそれを守り通してきたカルデア──そのトップの自分が、
例えダヴィンチが察していたとしても、それを伝えるのは憚られたのだ。
「怖いなぁ……まだ僕は……情けない」
死ななければ、なんて。考えるだけで身が竦む。せっかく拾った命を自分の意志で手放すなんて信じられない。正気の沙汰ではないだろう。
けれど、自分の死が──宝具まで使った壮大な
ロマニ・アーキマンという男は、ソロモンとは違い臆病者で優柔不断で。大切なことをダヴィンチ以外には──彼らは大切な仲間であるはずなのに──告げることが出来ず、ついにここまでズルズルと来てしまった。
死ぬか生きるかのそんな
「けれど、覚悟を決めないと」
そうやって、ロマンは儚く笑う。
死ななければ、人類は滅ぶ。だから死ぬ覚悟ぐらい決めなくては。
立香もマシュも、あんなに幼くて可愛らしい女の子たちが、命を顧みずに戦っているのに。これじゃあ、大の大人が情けないじゃあ無いか、なんて。
そんならしくもないことを、
臆病者でも、卑怯でも、それでも捨てられない物がある。諦めきれない物が、大切な物が沢山あった。
だから。
──ああ、こんな僕でも、こんな決断一つで世界を救った人間の一人になれるのならば。
それはとても、
ロマニ・アーキマンは笑って、その命を投げ捨てる決意を満たした。
◆
マシュ・キリエライトはムクリとその体を起こした。
先程まで聞こえていたソロモンの甘美な誘惑は、今では嘘のように聞こえない。
夢で見せられた、永遠の生、不老の体──それを、全人類が持った理想の世界。
マリスビリー・アニムスフィア主導のもと作成されたデザインベビーであり、故に短命で成人すら出来ずに死んでいくマシュにとって、その世界というものは、確かに憧れではあった。
沢山の人達と関わり、別れも無く、皆で笑い合って緩やかな時を過ごしていけるというのは、きっと幸せな日々なのだろう。
──けれど、マシュにとってそれはきっと
カルデアの外の世界の空すらも知らずに、無菌室で過ごしてきたモノクロの日常。そんな世界に現れた、眩しいほどの色彩。
辛いことも、怖いことも沢山あった。敬愛する先輩のサーヴァントとして不足を感じたことなど数え切れない。
それでも、きっと、
だから、それでいい。
穏やかな変化のない永遠よりも、きっと。鮮烈に輝く一瞬をマシュは望んでいたのだ。
──死ぬのは怖くて仕方がないけれど。
それでも、マシュにとっての
「あ、アダムさん。おはようございます」
「ああ、おはようマシュ。気合が入っているね」
「ええ、それはもちろん。最後ですから、これまで以上に頑張らなくてはと」
廊下を歩いていれば、マシュはアダムと鉢合わせた。
相変わらずの柔和な笑顔に、思わずくらっときてしまいそうなマシュであったが、数日も経てばなれたもの。一つ深呼吸をして心を落ち着かせた。
そんなマシュに、アダムは苦笑する。自分が強大な存在だということに慣れていないせいか、こういった反応は苦手なのだ。
「──あ、二人とも、おはよう」
「おはようございます、先輩!」
「おはよう、立香。よく眠れたかい?」
暫く歩いていると、立香が合流してくる。いつもより心なしか元気が無いように見える彼女だが、それも仕方ないことなので二人は特に追求することもしなかった。
アダムは確信、マシュはなんとなくのレベルではあるが、立香が無理をしていることには気づいている。
それでも、無茶を通して強がるというのに
だから「おはよう」と、いつもの通りに声を掛けた。たとえ決戦の朝であろうとも、いつも通りに。そのおかげか、立香の顔も少しは明るくなったようだ。
「──うん、大丈夫。決戦だもの、体調は万全にしてるよ」
「それは良かった」
優しい笑みを浮かべて、アダムが言う。立香もほにゃりと安心したように頬を緩めると、二人とともに歩き出した。
「マシュ、その──今回のレイシフトなんだけどさ」
いくらか歩いた後、意を決したようにして立香が口にした。立香が歩いているのは一番前のため、見える後ろ姿だけでは表情を窺い知れないが──何か懊悩を抱えているのは一目瞭然だった。
「はい? なんでしょうか」
「今回、マシュは……その……残っていて欲しいなって」
言いにくそうに立香は言う。
これまでに自分と共に歩んできてくれたマシュにこんなことは言いたくなかった。唯一無二の相棒なのだ。最後の戦いも彼女と駆け抜けたいし、彼女もそれを望んでいるだろう。覚悟も決めているはずだ。
それでも、言わずには居られなかった。唯一無二の相棒なのに──だからこそ、残っていて欲しい。
彼女の身体は戦いに参加しようとしまいと長くないことは知っている。もしかしたら、決戦の間養生したとして、命の終わりがたった一日二日伸びるだけかもしれない。
それでも、彼女には一秒でも長く──生きていて欲しかったのだ。
「………」
暫しの沈黙。
敬愛する立香の言葉を聞いたマシュは、その意味をしっかりと咀嚼する。
──先輩はきっと、私のことを大切に思ってくれているから、そう言ってくれるのですね。
それはとても幸せな事だ。自分にとってかけがえのない人の大切なものとして認められたなら、今すぐ歓喜の涙を流してしまいそうなぐらいに、嬉しいことだ。
だから、それでいい。その言葉を聞けただけで、その事実を知れただけで、マシュは満足だ。
──私は、先輩のサーヴァントですから。
「ありがとうございます、先輩。……でも、そのお願いは聞けません。私は、きっとただ生きるだけではダメなのです。貴女の隣に立って戦うことが、私の
「……そっか」
見惚れてしまうような笑みで、マシュは言う。
その笑顔が悲壮に満ちたものではなく、幸せそうな、とても綺麗なものだったから、立香は。
「なら、頑張ろう。きっと勝って、二人でカルデアの外に出かけよう。ね?」
「……ええ、ええ! それは楽しみです。きっと、忘れられない思い出になります」
認めてしまったのだ。マシュの決意が、かけがえのないものなのだとわかってしまったから、立香はマシュと共に戦おうと決めた。最後の一秒まで、彼女と共に、と。
──失ってしまうかもと、わかっていても。
「……わっ…」
突然、頭をくしゃりと撫でられる。横を見れば、マシュも同じようにその薄紫の頭を撫でられていた。
「……全く、
成長して遠いところに行ってしまった我が子を見るような顔で、アダムは二人の
立香とマシュは驚く。今まで他人との接触を極力避けていたアダムが、二人に触れたことに。
曰く、あるスキルのせいで本人の意志関係なく強烈な母性・父性を叩きつけてしまう彼は、接触による他人への精神干渉を嫌っている。触れることで相手の心が乱れてしまうのを恐れているのだ。
けれど、彼は触った。随分と迂闊──しかし、立香とマシュは気づいた。心に対する不自然な作用を全く感じないのだ。
彼と対峙していると常に感じていた、心の高鳴りも、甘えたいという欲求も、激しい衝動も、何も感じない。
加えて『アダム』の象徴たる、強大な父性・母性すらも。
「アダム……?」
「
呟く彼は、まるで──見た目相応の少年のようで。
立香とマシュは、今の彼こそが──なんの根拠もないけれど──『アダム』という殻に押し込められた『彼』自身の発露なのではないかと思った。
「──二人とも、
いつもより威厳もなく、包容力もなかったけれど。
それでも、二人はこれまでにない程、安心できた。
「──うん、お願い。
頼りにされるのが生き甲斐、と彼は言っていたから、立香はそう返した。
立香の言葉に、アダムはいつものどこか大人びた顔を緩めて、ほにゃりと、柔らかく笑った。
「──ああ。こと『人』を守ることに関して、僕は誰にも負ける気がしない、だから、安心して進むといい。きっと、背中は守ってみせるさ」
そんな風に優しく言う彼は、しかし、直ぐに恥ずかしそうにして笑みを引っ込めた。
そして、二人の頭から手を離す。──あっ──と、誰の口からか名残惜しげな吐息が漏れた。
「……ああ、ちょっと変なことしちゃったなぁ。触れるのは避けてたんだけども。二人とも、平気だった?」
「ええ、大丈夫です」
「うん、へーき。それに、撫でてくれて嬉しかったよ」
「──そっか、それならよかった」
手を離した彼は、また元の
『アダム』という役割を演じることを強制されている彼の、本当の姿──それを見た。
『彼』は英雄らしくもなく、偉人らしくもなく、ただ、壮絶な死地へと向かう
しかし、立香にとってもマシュにとっても、何故か──
願わくば、また『彼』に会いたいものだが──それならまずは、この先の決戦を、
約束をした。やりたい事もいっぱいある。
なら、あとは生き抜くだけなのだ。
そうして、立香はもう一度気を引き締めて、歩き出す。他の二人もそれに続いた。
──ある者は生きるために
──ある者は生きる意味を貫くために
──ある者は情けない自分を律して
それぞれの決意を胸に、いま静かに戦いの幕は上がる。
結果は2つに1つ──滅亡か、存続か。実にシンプルなその答えを得るために、随分と長い道をかけてきた。
現在、西暦2016年12月31日、午前6時17分
人類滅亡のデッドラインまで、残り18時間を切った頃だった。
・父なる威厳 A+【スキル】
──詳細不明──
人に対する絶対的なカリスマのようなもの。
・母なる庇護 A+ 【スキル】
──詳細不明──
『人』を『守る』ためのスキル。
【一言】
レイシフトとすらしないというね。決戦とは一体。
2017年9月2日 『ロマニ=ソロモンとダヴィンチが知らない』という壮大な間違いがあったので、スパっと修正。