彼らの巣立ちを見守るために   作:ふぇいと!

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『寂しくても、辛くても、虚勢をはって』

 

 

 

硬くて不味い殻を噛み砕く。口の中が最悪な感触だけれど、四の五のは言っていられない──もう、餓死寸前であるのだから。

 

やっとの思いで手に入れた食料。たった一欠片の木の実だけれど、今はそれすらも貴重な命の源だ。

 

──ああ、体に不味い木の実の栄養が染み渡る。

 

小さな小さな食料だが、今の僕にとっては何よりも眩しく見えた。

 

 

 

結局のところ、あの後に恒常的に食べられるような食物は見つからず。仕方がないので寒いのを我慢して魚に手を出そうかと思ったら、次の日の朝には急激に気温が下がってしまい、湖が凍ってしまっていた。もちろん、魚は取りようが無い。

 

ならばと虫を探してみるも、こちらに関してはとうとう見つかりすらしなかった。

 

肩を落として(ねぐら)に帰れば、その日の夕方から大吹雪(ブリザード)が一帯を直撃。外に出ることすらままならず、もちろん洞窟の中に食えるものなど微塵も存在しなかった。

 

こうして見事に僕は食料の供給手段を無くした。5日にも及ぶ吹雪の中、どうにか雪で喉だけを潤しながら耐え忍び──そして、当然ながら死にかけた。

 

久々に晴れ上がったとは言っても雪は未だ積もっているし、そもそも5日の断食で僕自身が風前の灯火では食料探しなど夢のまた夢。

 

けれど何もせずに待っていたところで誰も助けてはくれないから、立ち上がることすら拒否する身体に鞭打ち、外に出た。

 

向かうのは近くの水場。例の動物たちのいないひっそりとした場所。

 

何故其処を選んだと問われれば首を傾げるしかないが、昔から僕にはこの手のことがよくある。

 

脳に閃くような、不思議な感覚。()()()()()()──そう強く思えば思うほどに強くなる『予感』。コレが最適解だと、僕の頭の中が理屈抜きで確定してしまう、奇妙な現象だ。

 

根拠の無いものは恐ろしく、また本当に頼るべきなのか未だに迷っているが──それでも、今回も例にもれず僕を救ってくれた。

 

たどり着いた湖畔には不思議と雪が積もっておらず、瑞々しい緑草と暖かい陽射しが静かな湖面と相まってとても神秘的だったのを、空腹のせいで朧気な記憶の中でもしっかりと憶えている。

 

まるでそこは、この厳しい世界のなかで唯一僕が生きることを許された──いわゆる()()のようで。

 

僕は一瞬、飢えで死にかけていることも忘れて、その光景に見惚れてしまった、と思う。ハッキリとは思い出せない。

 

ともかく、その幻想的な光景の中で。ヨロヨロと湖面に近づいた僕が見たのは、とても小さな茶色い木の実だった。

 

思わず飛びついた。

 

なりふり構わず。『藁にもすがる思い』という言葉が現代には有るらしいけれど──あの時の僕は、きっとその諺にピッタリの様子だっただろう。

 

前述の通り、味は最悪。食感もゴリゴリしていて、決して美味いものでは無かった。

 

けれど、()()()()()()のだ。

 

思わず涙が溢れ出た。悲しいのか嬉しいのかもわからずに、ひたすらに泣き続けた。湖畔の草花が濡れてふやけるぐらいに、目から水を流した。

 

 

 

──ああ、ああ。どうして僕は生きているのだろう。

 

そういつも考えている。

 

他の動物たちは、次世代に子孫を残し、種を繁栄させる為に生きている。毎日を必死に生き、子供を作り、そして、遠い未来に『自分』を残すために。

 

ならば、僕は?

 

ただ、()()()()()()()()()()()()()

 

生きるためという大義のもとで、他の生物を殺し、次世代に残るはずだった種を摘み取り、愚かにも生き続けている僕は?

 

自分の子孫の残し方すらも知らず、生き抜いたとしてこの先に何も残せない僕は──どうして生きているのだろう。

 

 

 

涙が止まらない。

 

愚かにも生き続け。薄情にも生き続け。残酷にも生き続けて。

 

そして、()()()()()()()()

 

生きる意味を知らずに、されど死ぬことを許容できない臆病者(ぼく)

 

だから常に問う。『なんのために生きているのか』と。

 

生きるために命を懸けた。

 

生きるために誰かを殺した。

 

生きるために誰かの未来を壊した。

 

生きるために、生きるために、生きるために、生きるために──ならば、その犠牲はなんのために。

 

生きることは諦めない。それは生への冒涜だ。僕の血肉となった全ての生物への侮辱だ。

 

──けれど、心が壊れてしまいそうで、痛いのだ。

 

この世界にたった一人。

 

頼る者はおらず、(つがい)になれる相手は見つからず──あるいは仲間すらも。

 

このときの()は、時折感じる寒さが何なのか、気づいていなかったけれど。

 

きっとそれは。

 

自分の生を肯定してくれる『誰か』を願ってやまない、たったそれだけの──

 

 

 

──『寂しさ』だったのだ。

 

 

 

 

 

 

「おや、ロマニ。まだ寝ていなかったのかい」

 

呆れた様に声をかける、技術顧問ダヴィンチに、あぁ……と心ここにあらずな返答をするのは、Dr.ロマン。

 

広い机の上には資料がこれでもかと積み上げられ、その山に埋もるようにしているロマンに、ダヴィンチは心底呆れたと溜め息をついた。

 

「もうすぐ決戦なんだから、ちゃんと休めと言っているだろう? 調べ物ならこの万能の天才に任せ給え」

 

「そう言ってくれるのはありがたいけど……いや、実のところたった今調べ物は終わったんだ。ちゃんと休むよ……レオナルド、君に話すべきことを話したらね」

 

ナルシスト的な発言とは裏腹に心配そうなダヴィンチにロマンは苦笑し、机から起き上がる。そして、一つぐっと背伸びをすると、そう言った。

 

「話すべきこと──ああ、確かアダムとスカサハが模擬戦をやったんだろう。それ関連かい?」

 

「あれは模擬戦と言えるのかな……」

 

どう見ても殺しあいだった気が、と。ロマンは苦笑する。

 

ほうほう、と興味深そうにするダヴィンチに、ロマンは「話がずれたね」と軌道を修正した。

 

「ともかくとして、それは正解。レオナルド、アダムの『制約』についてだ──」

 

 

 

 

 

 

「ほうほう、『カインとアベル』ねぇ。確か人類最初の殺人の被害者・加害者だったかな。あるいは、『カイン』は初めての嘘つきという話もあるけど」

 

「今回に関しては『嘘つき』の部分はどうでもいい。『殺人』のソレが主題だ」

 

カインとアベル──そうセットで呼ばれる事の多い二人の人物は、アダム神話においてアダム・イヴ夫妻の間に生まれた息子たちである。

 

有名な逸話は、それこそ今ダヴィンチが言ったとおり、『人類初めての殺人』。

 

農耕を主にしていたカインと放牧を生活の軸にしていたアベル。その二人が神に供物を捧げた際、カインは収穫物をアベルは子羊を選んだ。

 

細かい事情は割愛するが、結果主神であるヤハウェは、アベルの捧げ物にだけ目を向け、カインのソレに見向きもしなかった。

 

それを恨んだカインは、兄弟であるアベルを殺した──それが、原初の殺人の正体である。

 

「──なるほどわかったぞ。つまりは、『初めての殺人』を犯したのがカインである以上、それ以前の時代の人物である『アダム』はそれを行えないんだね」

 

アダム神話において、『殺人』が行われたのはカインの起こしたそれが『最初』だと明言されている。

 

つまりは『アダム』は生涯『人』傷つける事をしなかったのだ。『彼』が『アダム』として喚ばれた以上、その事実はスキルにすらなるレベルのもの。

 

それを()()()()()()()()()()()抑止力の介入があって、何ら不思議ではない。

 

「本人曰く、だけど。他にも原因があるらしい、が、それが一番なんだと言ってたよ。たしかに筋は通っているし、ありえない事じゃない」

 

だが──と、ロマンは言いかけるが、口を噤む。まるで言ってはいけないことでもあるかのようにをモゴモゴと口を歪ませる彼に、ダヴィンチは首を傾げた。

 

「どうしたのさ、ロマニ。なにか言いたいことがあるのかい?」

 

「いや、なに……別に何でもないよ」

 

本当かぁ─? とダヴィンチは怪訝な顔をするも、我慢できなかったのか大きなあくびをするロマンに、その追求をやめた。

 

もういい時間だ。サーヴァントであるダヴィンチには眠気という概念がないが、ロマンはそうも行かないだろう。

 

飄々としながら、実は誰よりも無理をしているロマンには、一秒でも長い休息が必要だ。

 

「……まぁ、いいさ。ほらほら、さっさと寝るんだ。その制約も踏まえて戦略や対策は組んでおくから」

 

「そうか……なら甘えさせて貰うよ、レオナルド。また明日」

 

「ああ、また明日」

 

スライドするドアの向こうに消えていくロマンを見て、ダヴィンチは遣る瀬無い気持ちになる。

 

マスター・藤丸立香もそうだが、ロマニ・アーキマンという男はあれでなかなか抱え込むタイプだ。両者ともにいつもは『自分はへっちゃらです』という雰囲気を出していながら、背中にはとんでもない物を抱え続けている。

 

あるいは、今回もそうなのだろう。ダヴィンチは現界してから過ごしてきた時間の中で、誰よりもロマンと共にいた時間が長い。だから、わかるのだ。

 

彼はまた、何かを悩んでいる。しかし、誰にも打ち明けていない。

 

皆を不安にさせない為にと虚勢をはって。重い荷物を見えないように背負い続けている。

 

立香はアダムという()()()()()()()を見つけたようだが──果たして、彼は。

 

本当に遣る瀬無いと、ダヴィンチは息を吐く。

 

相棒、とすらこちらは思っているというのに。肝心の彼は悩みすら打ち明けてくれないなどと。万能の天才が聞いて呆れる。

 

()()()、話してくれよ。ロマニ」

 

誰もいない観測室に、そんな声が響いた。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

部屋(マイルーム)のベッドに身を投げだし、まとめた髪を乱暴に解きながら、立香は溜め息をついた。

 

部屋の時計はもう夜中を指している。随分と寝るのが遅くなってしまった。

 

魔術礼装・カルデア(いつもの制服)に取り付けられた窮屈なベルトを緩め、体の向きを仰向けに変えながら、立香はもう一度、大きく息を吐く。

 

今日は──時間的にはもう昨日の出来事だが──色々なことがあった。

 

距離感を測りかねていたアダムと親しくなったり、その彼の凄さと、制約を知った。

 

スカサハをもあしらう武術と強力な宝具を持っていながら──それでも、『人』を傷つけられないアダム。

 

そういう訳で、最終決戦においての敵、魔術王ソロモンが『人』である以上、大した活躍は見込めない。と本人は自嘲していたが、頼もしい味方には違いない。

 

今日の一日だけで、立香は彼に半ば依存するかのような心持ちを持ってしまった。

 

ただの一般人。平和な国日本で一年前までは学生をしていた立香。そんな彼女が人類の行く末を左右する立場にいきなり立たされ、生死の境を何度も彷徨ってきたのだ。

 

大好きな両親にも、仲の良かった(ぐだお)にも、泣いて送り出してくれた親友にも、会うどころか連絡すら取れず──さらには、彼らの生死は立香に委ねられている。

 

『…()…むい……』

 

発狂してしまいそうだった。この世全ての人間を背負い、過去に積み上げられた偉業を背負い、未来に現れる希望を背負い、一度の失敗も許されない悪夢。

 

共に戦うマシュにはもちろん、英霊達(サーヴァント)にすら打ち明けられない恐怖。

 

()()()……』

 

希望であらねばならない。失望させてはいけない。失望されてはならない。弱い自分を見せてはいけない。何故ならば──サーヴァントたちに去られてしまえば、人理は滅んでしまうから。

 

無力な一般人、魔術のまの字も知らない彼女がマスターであるためには、英霊達にマスターとして認められるためには──英霊達がそれを望んでいるかはさておき──藤丸立香は『強い』のだと、虚勢をはらなければと思った。

 

『寒いよ……』

 

自分は、あなた達英霊が()()()()()()()()()()()()()と、そう主張し続けなければならない。

 

無論、それは助けを請わないという話ではない。何事も完璧に進めなければ、人理は滅んでしまうのだから、むしろ積極的に手は借りる。

 

英霊は、生前英雄だったからこそ英霊なのだ。そんな彼らに、歴史に名を残すほどの偉人達に、ただの一般人(藤丸立香)が勝てることなど有りはしないのだから。

 

だからといって、その事実に胡座をかくような無能な上司に手は貸してはくれない──()()()()()

 

せめて、心だけは強くあろうとした。

 

なんの才能もなく、なんの努力をしてきた訳でもない自分が、それでも誇れるものがあるとしたら、きっとそれだけだったから。

 

それだけは、自分に出来ることだったから。

 

『寒い、寒い、寒い──』

 

心が擦り減り続けていく。荒く削られ続け、歪に折れ曲がる。

 

だが、()()()()と。

 

藤丸立香は虚勢をはる。ひとえに──皆の期待に応える為に。

 

 

「アダム……」

 

 

だからこそ、初めてだったのだ。

 

今までどんな英傑に会ってきても、心の弱みだけは見せたことは無かったのに。

 

痛ましい者を見るような目で見られても、見透かされたように心配されても、それでも『大丈夫』だと押し通して来たのに。

 

()()()()()()()()()()()()と、そう思えたのは初めてだった。

 

まるで本当の両親であるかのように、威厳と慈愛に満ち溢れているアダム。

 

彼の柔らかな微笑みが、あの日、「身体に気をつけてね」と送り出してくれた母に重なる。

 

彼の少し硬い手が、あの日、「頑張れよ」と乱暴に頭を撫でてきた父に重なる。

 

二度と会えないなんて、思っていなかった。きっとまた会えることを疑っていなかった──だから、彼に依存してしまった。

 

会えなくなってしまった両親の代わりに、彼に立香は『何か』を求めたのだ。

 

たった数日の付き合いで何を──と、そう自分が馬鹿みたいに思える。それでも、彼に寄りかかってしまったのだから仕方がない。

 

 

 

『マスター』と誰もが自分を呼ぶ。

 

親しげに、信頼を込めて、期待を込めて、希望を託して。

 

『先輩』と、『雑種』と、『同盟者』と、『ご主人』と、呼ばれ続ける。

 

自分のことを『立香』と呼んでくれるのは、ドクターとダヴィンチちゃんぐらいしか居なくて。それでも、その二人もきっと『人類最後のマスター(藤丸立香)』を求めていたから。

 

皆に悪気なんて微塵もないのは、分かっている。皆、自分を認めてくれているのは、わかっている。

 

──ああ、それでも。

 

私のことを、『立香』と呼んでくれたのは──『藤丸立香(本当の私)』という意味でそう呼んでくれたのは、きっと彼が初めてだったから。

 

だから、『彼』に感謝を。

 

「……よし、明日も頑張ろう」

 

そう呟いて、立香は目を閉じる。

 

藤丸立香は、もう少しだけ頑張れる。藤丸立香は、人類最後のマスター(藤丸立香)として、もう少しだけやっていける。

 

彼の言葉が──それが、たった一言の何気ないものだったとしても──立香を立香だと証明してくれているから。

 

 

 

百を超える英霊を率いながら、それでも平凡だったマスター、藤丸立香。

 

彼女の事を、皆は『マイペース』であると、『豪胆』であると、『肝が据わっている』と、『自分の横に立つのにふさわしい』と、そう評す。

 

けれど、そんなことは誤りで。大丈夫、大丈夫と、自分に言い聞かせ続けただけの仮面でしかなくて。

 

藤丸立香は、人類最後の希望、全てを背負っているという事実に押しつぶされそうになりながら、一歩一歩踏みしめてきた、()()()()なのだ。

 

人類を救うなんて高尚な目的を達成している実感はない。実感を持ってしまえば、途端に潰れてしまうほどの弱い人間だと、藤丸立香は自分を理解している。

 

だからこそ、最も新しい人類(藤丸立香)は、願いを一つだけ持った。

 

全てを担う役割と知っていながら、最後の望みだと知っていながら、()()()()()()()

 

──ただ、()()()()()()()()()()()

 

自分が生き抜けば、誰かを救える。

 

自分が生き続ければ世界は救われる。

 

なんてわかりやすい、なんて単純なハッピーエンド。ゆえにこそ、藤丸立香はそれだけを願ったのだ。

 

──私が2017年以降も生きていられるように──

 

そんな、自己中心的でおおよそ救世主らしからぬ──しかし明確な願いの為に戦った。

 

 

 

奇しくもそれは、最も古き人類の生前と──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、数日後。

 

人理継続保証機関・カルデアは、人理修復の旅(グランド・オーダー)の終着点──魔術王ソロモンの待つ玉座、『冠位時間神殿』へとたどり着いた。

 

 

 

 


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