彼らの巣立ちを見守るために   作:ふぇいと!

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『命を懸けて』

 

 

──朝は好きだ。

 

日の出の時の、暗く淀んだ世界が一気に拓けていくような感覚が好きだ。

 

起きた時には途絶えているひ弱な『薪の光』を見かねたようにして、大きな山からひょっこりと顔を出す太陽。

 

鳥達のさえずりと、澄んだ空気、動物たちの目覚めの声──そのどれもが僕のお気に入りだった。

 

──ああ、今日も僕は生きている。

 

それを強く強く、これ以上なく感じられるから。

 

 

 

──夜は嫌いだ。

 

何も見えないという恐怖は心を圧迫する。

 

手元にある小さな光が頼りなくて仕方なくて、いつ消えて仕舞うかと怯えてしまう。

 

その光が尽きた時こそ、それが僕の命の終わりなのかもしれないと、そんなふうに思えてくる夜だってある。

 

──結局、薪の光はいつも起きた頃には消えてしまっているのだから、無用な心配だとはわかっているのだけれど。

 

 

 

 

──『光』とは命の象徴だ。

 

僕にとっては勿論の事、動物たちも、魚たちも、恐らくは植物たちだって。

 

光が無くては生まれる事が出来ないし、光が無くては()()()()()()

 

暗闇に(すさ)ぶ風が嫌いだ。夜空に響く遠吠えが嫌いだ。パチパチと薪の弾けていく音が嫌いだ。体に響く強い鼓動が嫌いだ。

 

──ああ、『光』があれば、どれもきっと他愛のないことばかりだろうに。

 

僕は毎夜毎晩、その全てに呼吸を止める。その全てに体を震わせる。

 

 

 

 

──ああ、誰でもいいのだ。教えて欲しい。

 

僕はどうやって生きればいい?

 

光の元では動物たちの牙に怯え、闇の元では見えない全てに怯えて。

 

僕はどうやって──()()()()生きていけばいい?

 

 

 

 

今日も日の出の時を迎える。

 

今日は何をしようかな。

 

狩りをしようか。山菜を集めようか。

 

それとも、久しぶりに『実験』をしてみるべきか。

 

もうすぐ冬だというのに、この前こそ泥(どうぶつ)たちに食料を食い荒らされてしまったから、冬でも採れる物のうち、『食べられる』物を知らなくてはならない。

 

全く…無花果も肉もそれなりに集めていた筈なのに、綺麗サッパリ無くなってしまった。よくあることだけど、今回はかなりキツい。

 

でも、四の五の言っていても行動しなければ死んでしまうから、今日は食べられる『植物』がないか探してみようと思う。

 

しかし今は冬の直前。まず枯れずに生えている物自体微々たるものだし、そこから食べられるものを探すなんて、無理がある。

 

でも、動物は冬眠や大移動でいないし、魚なんて冬に獲ろうと川に入ろう物ならそのまま凍死しかねないので、本当に最後の手段。

 

虫という手もあるけれど、それは植物で『実験』してみてからにしよう。

 

完全に感覚だけど、植物のほうが虫より比較的に安全だ。主に『毒』的な意味で。

 

食べたら最後死ぬ毒──今こうして生きている以上出会ったことないのは明白だけど、きっとそういうのも存在するだろうと予想している。

 

痺れる毒や、吐き気を催す毒。そうやって毒にはいっぱい出会ってきたから、そのくらいは簡単に想像できるに決まってる。

 

なんせ、『食べられるもの』を知るためには『食べてみる』しか無い──なんて。冗談抜きで本当の話。本末転倒にも程がある。

 

それでも、そうしないと生きていけないから。

 

ひ弱な僕にも、僕なりの生き方がある。こちとら、()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

死んだ時には──あぁ、きっと後悔するだろうけど──仕方がない。

 

精一杯足掻いて死ねるなら、きっと本望だ。

 

 

──だって、自分で確かめる以外に、誰も教えてくれやしない。

 

だから──無知な者は、無知なりに。

 

一生懸命に知識(ちから)を付けよう。ああ、文字通りに、()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

──紅い閃光が胸を貫く──

 

「───っ、あっぶないなぁ!」

 

自身の中に浮かぶ直感に従って、アダムは神速の突きをいなした。

 

何千と打ち込まれても未だ完全には見切れない。それでも完璧に受け流せているのは、ひとえに直感(宝具)のお陰だ。

 

自身に傷を負わせるに足る一撃。気を抜いたら大怪我は必至だろう。流石は神殺しのスカサハだと、アダムは改めて感心していた。

 

「そら、どうした! 防戦一方か!? それでは原初の人間の名が泣くぞ!」

 

そんな彼をスカサハは無慈悲に突く、突く。

 

()()()。愉しくて仕方がないと、スカサハの口端が吊り上がる。

 

幾多の戦い、数多の闘争。神殺しとして英雄の師としてそれらを駆け抜けて来た。

 

即ち死線も苦戦もくぐり抜け続けてきた身。圧倒的格上との戦いなど初めてではない。

 

ああ、しかし。

 

幾千年の末に磨き上げた神滅の一撃を──

 

──ここまでいなし続けた者など居なかった──っ!

 

戦いを始めた時に抱いていた、自分を馬鹿にされた怒りなど、とうに忘却の彼方。

 

なるほど、()()()()

 

確かにアダムは、このスカサハを馬鹿に出来るだけの実力が有ったのだと。

 

種火集めの最中(さなか)言っていた、「スカサハも自分にとっては子供同然」という言葉に、なんの偽りも驕りも無かったのだと。

 

──しかし、だからこそ。

 

「──ああっ、いいぞ、いい! そら、貴様程ならば、()()()ことなど造作も無いだろう! ならば、さっさとこの身を焼くがいい──なに、殺せとは言わん。ただ戦士として戦いにけじめをつけるのみよ!」

 

()()()()。スカサハは興奮した声音でそう叫ぶ。

 

防戦一方──そんなものは幻想。スカサハが相手を挑発するために発した方便だ。

 

正しくは、()()()()()()()()()()()()()()

 

『親』として持つスカサハへの愛情か。あるいは決戦前という状況からの躊躇か。または、立香()の意思へ反する事への忌避か。

 

なにがアダムをそうさせているのかは分からないが。これでは物足りないのだ、スカサハは。

 

もっと、激しい痛みを。もっと、多くの流血を。この身に一つでも疵をつけて欲しい。

 

そうすればきっと、スカサハは安心して決戦に挑めるだろうから。

 

「──だからっ、話を聞かない子だなぁっ!」

 

一方、スカサハを()()()()()()()アダムは叫ぶ。

 

さっきから、「傷つけるのは無理だ」と切りだそうとしているのだが、息もつかせぬ槍のラッシュに、流石にアダムと言えど無駄口は叩けない。

 

そも、今のスカサハ程に興奮していては、言ったところで聞きはしないだろう。

 

ならば、やることは一つだけ。

 

「仕方がないね。全く、手のかかる!」

 

全身全霊を持ってスカサハに攻撃し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

スキル『霊基拘束』によって縛られているアダムは、あらゆる物理的法則・魔術的法則の下であっても、『人』を傷つけることが出来ない。

 

アダムがそれ(殺傷行為)を行う限り。

 

例え刃物をもって切りつけようと。例え宝具『光無き原初の世界(ヴェイグ・エンバー)』の最大火力で焼き払おうと。

 

抑止力より与えられた()()()の制約は、そのダメージ全てを透過する。

 

──ならば、憂いはない。

 

スカサハのお望み通りに、攻防転じて焼き払う。

 

しかしそれには──スカサハ程の武人を相手にする以上──何か、隙を作らなくてはなるまい。

 

「──()()()()()

 

途端、アダムの両手の焔がこつ然と消える。

 

突然の武器の消失──相対するスカサハにしてみれば、敵を目の前に刃を納刀したとしか思えないそれは、しかしアダムにとっては必須の前準備だ。

 

「真名解放──『光無き原初の世界(ヴェイグ・エンバー)』」

 

中性的な声がやけにはっきり響く。

 

宝具の真名解放。最大限に警戒するべきこの瞬間。何が起こる──と、身構えていたスカサハは、一瞬にして()()()()()()()

 

「──なっ、あっ?」

 

暗黒。何が動き何があるかも解らない闇の世界。

 

スカサハは英霊として武人として相応しい『眼』は持っている。

 

千里眼の類は無くとも、光が無くたって直ぐにそれに対応出来るだけの訓練は積んできたし、なんなら彼女が女王として収めている影の国は、地球の夜よりよっぽど酷い暗さだ。

 

つまりは、暗闇など陽の下で活動するのと何も変わらない。光なんか無くても、余裕で普段通り動ける──筈だったのに。

 

──だから、これは断じて『暗闇』だとか『光がない』だとか、そういったものではない。

 

()()()()()()。比喩ではなく、本当に。

 

「(そんな、馬鹿な。そんな……そんなことが……)」

 

スカサハは、ふとカタカタと何か小さな音を拾う。直ぐ近く、まるで目と鼻の先が発生源だ。

 

「──この私が、()()()()()?」

 

恐怖で。槍がカタカタと耳障りな音を立てていた。

 

真名解放時、点いていれば──つまり、燃えていれば。その宝具は敵を傷つけるものではなく、癒やし落ち着かせる生命の火へと変わるだろう。

 

では、()()()()()()()()

 

──これはその答えである。

 

闇とは人間にとって、『死』の次に現れた恐怖だ。

 

故にこそ、この宝具が原初の火だけでなく()()()()()()()()()の再現でもある以上、発動してしまえばスカサハといえど異常な恐怖に苛まれるだろう。

 

もちろん、そう簡単に心を乱せるような便利宝具では無い。一種の幻術──あるいは精神干渉魔術のようなモノなのだから、心をしっかり保てばなんてことは無いのだ。

 

でも、今この模擬戦において、スカサハは熱くなりすぎた。

 

既に回っている車輪を更に速く回すのは造作もないこと。

 

ならば、怯えるは必至、震えるは当然だ。

 

光に慣れた人類にはわからないだろうけど、とアダムは苦笑する。

 

真実、光の無い世界──火が生まれる前の世界なんて、殆どの人類が体験したことなど無いのだから。

 

「なぜ、『人』が真っ先に『火』を創りだしたのか」

 

スカサハの耳に、嫌にその声が響く。

 

いつもなら、冷静に音で敵の位置を補足しているだろうに、あまりの恐怖で気配が探れない。

 

「──それは、人類にとって、あの時最も怖いのが『闇』だったからだ」

 

今ほど賢くなかった人類が。

 

自然法則も何もかもを知らなかった人類が。

 

それでも、火という光を手に入れたのは。きっと、そうしないと生きていける気がしなかったからなのだ。

 

そうしないと、()()()()()()()()からなのだ。

 

「さて──スカサハ。()()()()()?」

 

では──と、アダムは再び焔を揺らめかせる。

 

ごうっ、とまるで突風のように勢い良く揺らめいている焔。それが盲目のスカサハにもわかる程だった。

 

スカサハの額に冷や汗が垂れる。たらりたらりと、何十年、何百年振りかもわからない、動揺と恐怖の証が。

 

──ああ、

 

スカサハは暗黒の中にあって、竦み上がりそうな恐怖にも関わらず、そう苦笑する。

 

久しく忘れていた。

 

これが、これこそが、()()()()()()()()()と。

 

数千年前に感じたきりのその心臓の鼓動と冷えきった身体。それが嫌に懐かしいような気がした。

 

ごうっ、ごうっ。

 

更にアダムの焔が勢いづくのがわかった。

 

その爆炎を前にして、スカサハは再び苦笑する。心の内に、ある一つの衝動が皮肉にも浮かんできてしまったから。

 

「……まさか、この私が」

 

──このごに及んで、()()()()などと。

 

遂に、アダムの原初の火はスカサハを炙る。それはさながら、聖火による処刑。数千年生き続けた魔女──あるいは、悲劇の女への手向けの火であった。

 

 

 

 

 

 

──まぁ、結局、その焔はスカサハに傷一つ足りとも付けなかったのであるが。

 

 

 

 

 

 

「──っ!……っ!」

 

「大変です、先輩! スカサハさんが声もなく絶叫しています!」

 

「そりゃあね……本人、完全に死んだ気だっだろうに。生きてるんだもん」

 

普段の感情の薄い超越者前とした雰囲気は何処へやら。スカサハはただひたすら頭を抱えて唸っていた。

 

それを見て、気まずそうに頭を掻くのはもちろんアダム。やはり最初に言っておくべきだったと、軽く後悔していた。

 

「……なぜだ」

 

「うん?」

 

スカサハがムクリと顔を起こしたかと思うと、アダムに向かってぶっきらぼうに尋ねる。

 

あの瞬間──模擬戦の最後、確かに自分は焼かれたとスカサハは記憶している。

 

アレだけの業火だ。神殺しのこの身といえど、無傷で済むような代物ではない。あれはただの焔では無いのだから、なおさら。

 

なのに、気づいてみれば、傷一つ無い。まるで、()()()()()()()()()()()()()かのような錯覚を覚えた程だ。

 

「なぜ、私は無傷でいられる? おかしいだろう、どう考えようともだ」

 

『そうだね、その通りだ』

 

スカサハの疑問に相槌を打つのはロマン。彼もまた、スカサハとアダムの戦いをモニタリングしていたが、それ故に一番驚いていると言っても過言ではない。

 

『ルーム内に張った障壁はMr.アダムの焔で確かにダメージを受けていた。床も天井も等しくだ。なのに、その爆炎の中心にいたスカサハは全くのノーダメージ……正直お手上げだよ。魔法としか思えない』

 

模擬戦でカルデアの大切な施設を壊すわけにはいかないから、ロマンはトレーニングルームにおいて予め部屋を保護する為の障壁を貼っていた。

 

その耐久度は、アダムの最後の焔で確かに削れている。カルデアの最新鋭機器が弾き出しているのだから、間違いない。

 

それなのに、スカサハは無傷でここに居る。何をしたらこうなるのか、さしもの元魔術王もお手上げという様子であった。

 

「そうだねぇ……なんと言えばいいのかな」

 

説明するのは難しい──といった様子で首を捻るが、やがてアダムは口を開いた。

 

「ほら、僕は『アダム』だろう?」

 

「……うん、そうだね」

 

何を当たり前の事を、と立香は呆れた目をアダムに向ける。しかしアダムは、まるでそんな目線など気にしていないかのように続けた。

 

「ならば、『人』を傷つけられないのは当たり前というか──うまく説明出来ないな。これは、僕にとっては息をしないと死んでしまうのと同じぐらい当然の事……らしくてね」

 

「え、また何かのスキル? というか、()()()って……ああ、もう。マシュ、何か予想付く?」

 

「えっと、ちょっと待ってください。『人』を傷つけられないなんて伝承、『アダム神話』に存在していたでしょうか。残念ながら、私には心当たりがありません……」

 

まさかの本人が説明不能の事態。立香とマシュは頭を悩ませる。

 

英霊として『自分』を把握できないのは非常に珍しいケースであるが、無いわけではない。

 

召喚に不備があったり、マスターのスペックが未熟だったり──あるいは、生前とはまるで別人として召喚されたりすれば、サーヴァントとして()()()()ままに現界してしまう。

 

今回は最後のパターンだろう。

 

しかし、アダムに関してはありがちな記憶の欠落という訳ではなく、『アダム』という殻を被って現界しているが故の弊害だ。

 

『彼』は他の英霊と違い、召喚の際、聖杯から聖杯戦争に関する知識の他に自身の演じるべき『役割』についての記憶を受け取る。

 

つまり今回、彼は召喚された時点で『アダム』という存在の記憶を持っているのだ。

 

したがって『アダム』にとって当たり前であるならば、それは『彼』にとっての常識である。

 

誰もが自身の脚の動かし方を完璧に説明できないように、彼は『人』を傷つけられない理由を説明できない。

 

『アダム』にとっては、生まれた時からそうだったが故に。

 

『……こういう強烈な制約は、基本、神々が原因であることが多い。まして、今回のように魔法の領域の出来事であるなら、相当高位の──いや、あるいは抑止力が元凶かもしれないね』

 

「──ちぃ、抑止力だと。忌々しい」

 

スカサハはロマンの言葉に舌打ちし、憎々しげに吐き捨てる。

 

「あ、そういえばスカサハ姐さんは……」

 

「たしか、神をも屠るその余りの強さに、抑止力に世界から弾かれた存在でしたね……」

 

スカサハは人の身でありながら神に近づき過ぎたために、世界の外側へと強制的に飛ばされた存在だ。

 

抑止力と聞いただけで忌避感を覚えるぐらいには、その存在を疎ましく思っているらしい。

 

「──うん、考えても埒が明かない。ここは『直感』に頼ろう」

 

頭を悩ませながら必死に原因を考える立香たちを見渡して、これ以上は不毛だと判断したアダムはそう告げる。

 

最初からこうすればよかった──と零しながらアダムは苦笑した。

 

「直感?……ああ、『起源』のスキルで持ってるのか」

 

『直感』まで持っているのかと驚きながらも、そういえばこの英霊は『起源』というチートを持っているんだったと思い直す立香。

 

子孫から技巧と叡智を借り受ける『起源』ならば『直感』くらい、と立香は思ったのだが、とうの本人は「とんでもない!」と立香の言葉を否定した。

 

「直感なんて、技術でも知識でもない物を『起源』で持てる訳がないよ。アレが使い物になるためには、天性の才──あるいは、膨大な経験が必要だ。どちらにしろ所持不可能さ。経験も才能も、『起源』のサポート外でね」

 

「……ならどうするの」

 

まさかアルトリア辺りを今から連れて来いとでも、と立香はアダムをじとりと睨む。

 

今は完全に夜中。いくら24時間活動できるサーヴァント相手でも、緊急事態でもないのに訪ねるには、少々無礼な時間だ。

 

サーヴァント達に『使い魔』としてではなく対等な『仲間』として接すると決めている立香は、あまりそういった非礼な行為を好まない。

 

絆こそ、世界を救うにあたって最も大切なのだと知っているが故に。

 

「違う違う。また誤解を……どうも口下手だなぁ、『アダム』っていうのは」

 

言葉足らず──というよりは、大事なことをさっさと言わずもったいぶるタイプだからか、先程のスカサハの一件といい、どこか誤解を招きやすいアダム。

 

恐らく喋り方が生前とは違うのか、分かりやすく戸惑っている。立香は彼に、一言足りない会話をする、どこぞの施しの英霊の姿を重ねてしまった。

 

「『起源』ではどうしようもないけど、僕には『直感』と似たようなことができる宝具があるのさ。それを使おう、とそう言いたかったんだ」

 

「宝具、ですか。『光無き原初の世界(ヴェイグ・エンバー)』だけではないだろうと思ってはいましたが……」

 

『それは、事前に説明を受けた宝具だね。真名は確か──』

 

──『教え無き叡智(イグノラント・リサーチ)

 

効果としては、推察能力及び観察能力の上昇。何の事前知識やファクターが無くとも、物事の本質を見抜く力を得る。

 

これも、第一宝具『光無き原初の世界(ヴェイグ・エンバー)』と同じく『起源』に頼らない『彼』自身の功績から成された宝具。

 

『原初の人』だからこそ()()()()()()()()()()()()()()彼が、それでも生存を貫いたという偉業。そこから成る、人類史において最も古い研究(リサーチ)の再現である。

 

よって、その特性上最も本領発揮が出来るのは、何かしらの要因でアダムの生存が脅かされる状況下であるが──自身の制約の詳細ぐらいなら、命がかかっておらずとも見抜けるだろう。

 

「ほへー、なんかまた凄い宝具を出してきたね」

 

「『直感』とはまた似て非なる……か。確かに先人の知恵無き生還は、偉業と言って差し支えあるまい」

 

「そんな大層なものじゃないさ。確かに生前は、『実験』と称して研究紛いのことをしたこともあったけど、あんなの……生き残れたのは、()()()()()()()()だ」

 

アダムの偉業を褒め称える立香達に、しかしアダムは自嘲するかのように笑うだけだった。

 

立香はアダムの自己評価の低さに首を傾げる。今回もそうであるが、アダムはやたらと自分を卑下するのだ。

 

『アダム』としての功績が自分のものではなく、『起源』による技術習得も自分本来の力ではない。その事からくる謙遜かと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 

この卑屈さは、きっと『アダム』ではなく『彼』自身のものなのかもしれないと、立香は思った。

 

「──さて、ではちょっとばかりお時間を拝借。宝具発動、やってみよう」

 

「……本当にヒント無しで分かるの?」

 

「さぁね。今回は()()()()()()()訳じゃないから──どうだろうか、まさに立香の言う『ヒント』を貰えるぐらいの効果かもね」

 

そう言ってクスリと微笑んだかと思うと、アダムはおもむろに眼を閉じる。

 

ふっ、という一瞬だけの微量な魔力の高まりの後、アダムの眼が開いた。

 

宝具を発動──したのだろうか。真名解放もしないものだから、立香にはよくわからなかった。

 

暫くすると、アダムは何かに気づいたかのように、表情を変える。

 

「……『カイン』と『アベル』……抑止力……『原初の人』……『()()()()』?」

 

まるで何かが乗り移ったかのようにブツブツと何かを呟くアダム。立香が「大丈夫?」と声をかけると、はっとしたように彼は顔を上げた。

 

「いや、大丈夫。大丈夫だよ」

 

「……それで、何か分かった?」

 

慌てたように「大丈夫」と口にするアダムの様子に立香は釈然としないものを感じるが、特に追求することも無く話を進める。

 

問われたアダムは一瞬何かを迷うような素振りを見せたあと、それを立香達に悟られる前に、落ち着いた様子で話し始めた。

 

「原因は、まぁいくつかあるみたいだけど……」

 

ごくり、と立香たちは唾を飲む。

 

『人を傷つけられない』という制約。世界の法則を捻じ曲げてまで実現されるその制限の要因は、一体どれほど強大なのか──と。

 

そんな緊張とは裏腹に、アダムは酷く安心していた。

 

自身が戸惑いを隠したことを、誰も悟ってはいないと分かったからだ。

 

ここにギルガメッシュやマーリンがいなくて良かった──そう思いながら、アダムは()()()()()()()()()を告げる。

 

()()()()()()()。一番の原因は、あのバカ息子達さ。全く、世話の焼ける……」

 

心臓をバクバクと鳴らしながら、苦笑を取り繕って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






光無き原初の世界(ヴェイグ・エンバー)【第一宝具】
──新規情報──
この宝具の『陰』の側面、敵に対する強制盲目状態には、もう一つの効果がある。
それは、対象を恐怖に陥れる精神干渉。極低確率ではあるが、盲目になったのと同時に発動し、敵の精神を乱す。
この世で『彼』しか知らない、原初の暗闇─その恐怖。『火』を創りだすまで抗う術など無かった、闇の世界。
ただの暗闇と思うなかれ。そう高をくくっていては、あなたはきっと()()()()()()()だろう。
気付けばそこは永遠の孤独と見えない脅威に満ちた、不明の世界。

一度呑まれてしまえば、誰もが気づくだろう。
たとえ英霊であっても、その眼前に展開される()()には──『彼』が生涯抱き続けた心象(恐怖)の具現、人類史上最も古き固有結界(リアリティ・マーブル)には、震え続けるしかないのだと。




教え無き叡智(イグノラント・リサーチ)【第二宝具】
ランク B
種別 対人宝具(自身を対象とする)
レンジ 0
最大補足 1
先人の知恵なく、自分の力のみで(いにしえ)の時代を生き抜いてきたという功績を宝具としたもの。
あらゆる状況下において、事前知識無しでも的確な推察を可能にし、直感的に物事の本質を見抜く能力の具現。
戦闘時、それ以外に関わらず発動可能で、消費魔力は殆ど無いに等しい。真名解放も必要としない。
効果としては、発動中、まるで『直感』『心眼』『観察眼』などのあらゆるスキルを獲得したかのように分析能力を底上げするという、言ってしまえば『皇帝特権』の亜種的存在。
この宝具は主に『生存』という目的に対して最も強く作用する。使用する時が命を懸けた戦いともなれば、その推察力は未来視にまで届くだろう。


・霊基拘束 EX 【スキル】
アダムにかけられている能力的・意識的制約を表すスキル。
抑止力という存在から繋がれた鎖は、マスターによる令呪の命令を持ってしても断ち切ることが出来ない。
現在判明している制約は、『アダムは人を傷つけることが出来ない』というもの。
その原因には、アダム神話においてアダムの息子とされる存在、人類史上初めての殺人の加害者・被害者である、『カイン』と『アベル』が関係しているようだが──?




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