彼らの巣立ちを見守るために   作:ふぇいと!

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『──勝てない。そして、勝てない』

 

 

 

──あ、危なかった。

 

最近運が向いてきていたから、無意識の内に油断していたのかもしれない。

 

自分が最弱の生き物だという自覚が足りなかった。もう少しで死ぬところだった。

 

 

見つけた二つの水場の内、狩りに使う方──動物たちがいっぱい来る方──に食料調達のために鹿狩りに行っていたのだ。

 

勿論、警戒はしていた。

 

僕にとって獲物を狩り易い場所は、他の肉食動物達にとっても言うまでもなく最高の狩場なのだから、獰猛な捕食者達と鉢合わせする可能性が高いなんて重々承知している。

 

だからこそ、僕は狩りの時に獲物よりもその獲物を狙っている動物たちの動向に気を配る。

 

動物たちは頭がいい。その最たる例は、僕が鹿を狙っていることに気づいても、その僕を放置するのが多い事。

 

彼らは、僕が鹿を狩り終わったその瞬間が一番の狙い目だと理解しているのだ。

 

鹿にすら殺されかねないひ弱な生物が、自分達の代わりに(・・・・・・・・)鹿を仕留めてくれて、さらには止めを刺したばかりで油断している──なんて。

 

『鴨がネギを背負って』なんかじゃ足りないくらいの格好の獲物。

 

僕一人を仕留めるよりよっぽど効率がよくて、旨味がある。動物たちの中には更に頭を使って、僕を狩りの際の囮や陽動役に利用する者達もいるのだ。

 

頭でも身体能力でも敵わない僕に出来ることは、彼らの『慢心』を前提として、その意識の隙間に入り込むこと。

 

唯一のアドバンテージは、僕が彼らと違って常に本気であることなのだから。

 

 

兎にも角にも、当たり前だが僕は今回だって周囲には気を配っていた。

 

鹿を発見しても、目に見える範囲全てを確認し終えるまでは手を出さない。そして、危険な奴が居たら諦める。

 

幸いにも食料はまだ備蓄があるから、どうしても仕留める必要性なんて無いのだし。

 

でも、今回は珍しく周りに肉食動物が居なかった。鹿たちもいつにも増して多所帯であり、特に仕留めるのが楽な子鹿が沢山居たから、思わずにやけてしまったぐらいだ。

 

だからこそ、僕は『狩る』事に決めた。これ以上無い好条件で、危険も無い──と、その時はそう確信していたから。

 

──結果を言うとすれば、決して安全などではなかった。

 

川の縁、高い草が茂った水かさの浅い部分を、風下から鹿たちに向かって近づいた。

 

鹿たちは気づいていない。尖った石を握りしめながら、僕は仕留められることを確信していた。

 

──だからこそ、気づかなかったのだ。

 

咄嗟に回避行動をとったのは、自分でも人生最高に良い判断だったと思う。何に気づいていた訳でも無いのだが、直感に従ってよかった。

 

数瞬前まで僕がいたその場所では、大きなワニが顎を咬み合わせたところだった。とても牙どうしのぶつかる音とは思えない『ガチンッ!』という音に僕は竦み上がった。

 

もし、あの顎で噛み砕かれていたら──それが身体の何処であっても無事では済まなかっただろう。

 

きっと、死んでいた。

 

その後は、震える脚をなんとか鞭打ち、命からがら拠点まで帰還した──いや、生還といったほうが正しいのかもしれない。

 

 

油断大敵。慢心は悲劇を生む。

 

そんなことは分かっていると、そう思っていた。

 

それなのに、このザマだ。生きていることが奇跡と言って相違ない。

 

もう一度、自分によく言い聞かせなければならない。

 

僕は最弱(・・)。たった一人しか生き残れなかった(・・・・・・・・)、世界でも稀に見るであろう、ひ弱な一族の末裔。

 

だからこそ、今日の生還に深い感謝を。明日をも知れぬ日々に祈りを。

 

危なかったけれど、今日も生き残れた。しかしそれは、決して僕自身の力では無い(・・・・・・・・・)のだ。

 

僕は最弱だ。他の生物達に気まぐれで生き残らせて貰っている、それだけの存在だ。

 

気を抜いてはいけない。周りに存在する全ては、死へと繋がる。だってこんなにも、世界は危険に溢れているのだから。

 

──今日も、明日の平穏に祈りを捧げる。

 

凍えるような寒さに耐えながら眠る夜。

 

その夜が明けた湖の(ほとり)に、明日も僕が生きていますように──と。

 

 

 

 

 

 

「アダム、大丈夫かな…」

 

「心配ですね…サポート特化のアダムさんでは、とてもスカサハさんと戦って無事で済むとは思いません…」

 

そわそわと心配した様子で、マシュと立香の二人は囁きあった。

 

二人の目線の先には、それぞれにウォームアップをしているスカサハとアダムがいる。

 

もう一週間もしない内には最終決戦だというのに、仲間同士で殺し合いとは。特にアダムは消滅すれば二度とカルデアに帰ってこれないのだから、不安もひとしおである。

 

立香は令呪まで使ってスカサハを止めたというのに、アダム本人が受諾してしまい。さらには彼による謎の力でスカサハに対する令呪の束縛が外される(・・・・)始末。

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』を持つメディアなど、令呪を無効化する手段を持つ英霊は偶に居るが、アダムはそれを指の一振りで行なったのだから手に負えない。

 

そこまでしてスカサハと戦いたがるのだから、もしかしてアダムまで戦闘狂なのか──と、立香とマシュは若干盛大な勘違いをしていた。

 

そんな二人には目にもくれず、スカサハは槍を背中に回して体を伸ばしながら獰猛な目をアダムに向けている。

 

今朝に行っていた種火集め。アダムはエネミーを倒すのにそこそこ手間取っていたが、それこそ属性的な相性と使う武器が悪かったのだとスカサハは確信していた。

 

戦場では武器や相性云々といった言い訳が通じないのは理解しているし、スカサハ自身もそういう言い訳を(こぼ)す輩は『戦士』として失格だと思っている。

 

しかし、今朝のアダムの姿は、そんなスカサハの信念を越えて『惜しい』と思わせるには十分なものだった。

 

──相手に焔への耐性すら無ければ。

 

──アダムの武器が焔ではなくて、剣や槍であったならば。

 

幾千もの英雄を育て上げてきたスカサハをして、その熟練した体術には目を奪われずにはいられなかった。

 

まるでアダムそのものが風であるかのように、酷く柔らかい動き。

 

大した威力も無いとはいえ、不定形である種火アームの炎弾をなんの魔力的補助も無く受け流した(・・・・・)技量。

 

魔術を受け流すのは、あらゆる武技を修めたスカサハにとって当たり前の戦闘技術ではあるが、それは武器や身体に魔力を纏った上での話だ。

 

断じてアダムのように、何も纏わない手のひらでやるものではないのだから。

 

「(聞く限りでは、子孫の技の取得ということだが…仮にそのスキルによる技だったとすれば、人類史上でアレ程の体術を誇った人物が居たのか?)」

 

弟子にしてきた英雄は数しれず。世界を外れた魔境に飛ばされた後でも、永遠を生きながら観察していた英雄は星の数ほどに居るのだ。

 

それでも、あれ程の体術使いは見たことがない。見逃していたか、スカサハが生まれるより前に存在していたのか、あるいは──

 

──純粋に『彼』自身の技量なのか。

 

「(──考えても詮なき事だな。どちらにしろ、殺り合えば(・・・・・)解るだろう)」

 

考えてもわからない事はまま有るが、本気での手合わせを通せばそれも自ずと見えてくるだろうと、スカサハは楽しそうに笑う。

 

肉食動物のような鋭い笑みに、立香とマシュはゾワッと体の芯から逆立つような悪寒を感じた。

 

二人の気持ちはたった一つ。即ち──あ、スカサハ姐さん本気だ──である。

 

ますますアダムの事が心配で堪らない二人。

 

彼のことを助けようにも、一人は一般人に毛が生えた程度の魔術使い、一人は元人間のデミ・サーヴァント。

 

7つの特異点を巡り経験はこれ以上なく積んで来たものの、本気のスカサハを止められるかといえば、否である。

 

二人は精々、杞憂であればいいのだがと精一杯祈るしか出来ない。

 

「ふっ、はっ、んーっ!」

 

そんな二人の心配もスカサハの凄まじい殺気もどこ吹く風で、アダムはグッグッと柔軟運動に(いそ)しんでいる。

 

少年のような容貌も相まって部活前の学生みたいだと、一般人のときは学生であった立香は思った。

 

「──うん、準備できたよ。始めようか」

 

気負い無くアダムは言う。

 

自身の圧を軽く流されたスカサハは、戦士としての自尊心を刺激されたのか、少しばかり不機嫌そうにすると、アダムの言葉に槍を構えることで応えた。

 

「──本気での手合わせだ。この槍がお前の命まで届いてしまっても、恨むなよ」

 

「承知してるよ。そんなお門違いなことはしないさ」

 

ボウ…と、アダムの両手に緋色の焔が灯る。ゆらゆらと揺れる陽炎は、見ているだけで思考が冷めていくような感覚を覚えてしまう代物だ。

 

──真名解放時に点いていれば(・・・・・・)、精神の安定作用と治癒能力を発現させる神秘の焔。

 

正真正銘、『起源』のスキルに頼らない『彼』自身の功績──闇を照らす原初の火である。

 

間違いなくサポート特化の宝具であるが、決してそれだけが役目ではない。

 

アダムの主な攻撃手段でもあり、真名解放時の条件によっては敵の妨害にも役立つ強力な宝具だ。

 

人類史上、最も神聖な焔の再現──真名を、『光なき原初の世界(ヴェイグ・エンバー)』という。

 

「相変わらず、それが武器か。『起源』とやらがあるなら、他にも使えばよかろうに」

 

スカサハは皮肉ったような笑みでそう言う。

 

スカサハ自身、英霊というクラスに固定化された存在にとっての武器変更というのは難しい事だとわかっていたが、それでも勿体無いという気持ちは拭えなかった。

 

『起源』のスキル──即ち、人類全ての技巧の習得。それをEXという高ランクで所持しているアダムは、つまり、どんな武器を用いようとその道の達人と相違ない実力を発揮する。

 

故に、惜しい。きっと、何か武器を使って打ち合えば、何百年ぶりかの高揚を味わえただろうに、と。

 

「──武器を変える意味なんて無いよ」

 

「なに?」

 

苦笑しながら言うアダムに、スカサハは怪訝な顔を返す。続いて焔を僅かに強くすると、彼は自嘲するかのように目を伏せた。

 

「武器を変えても、変えなくても──そもそも武器が無くとも。()()()()()()()()。君が『人』である限り、それは間違いない。それに──」

 

「──舐められたものだな」

 

武器に関わらず、勝敗は決定事項。そんな言葉にスカサハの殺気が荒ぶる。

 

今のスカサハは、静かに静かに──キレていた。

 

「(ちょっとぉ!?、なんでアダムはわざわざ煽るのかなぁ!?)」

 

「(不味いです先輩!スカサハさんが今まで見た事無いぐらいに怒ってます!)」

 

──それこそ、クーフーリンに『年増』と馬鹿にされた時よりも。

 

スカサハの怒気は神殺しと呼ぶに相応しいものであり、ギルガメッシュすら見れば冷や汗を垂らすかもしれない程だ。

 

「…話は最後まで聞くべきだと思うけどねぇ」

 

「いらん。()にも戦士としての誇りはある。スキルの恩恵を自身の強さと履き違えた輩の話など、聞くに値せん」

 

スカサハも、アダムに確実に勝てるのかと言われれば首を振るぐらいには、その強さを理解しているつもりだ。

 

それでも、まるで自分が苦戦するには圧倒的に足りないかのような物言いをされるのは、納得がいかなかった。

 

自身は、何千年という年月をかけて修練してきた身である。たとえその全ての成果をアダムが盗んでいたとしても、簡単に負けるつもりは無いのだから。

 

「──そうかい。ならば、仕方ないね。」

 

僕の言い方も悪かったし。と呟きながら、アダムは両手の焔を一層強くする。ゆらりゆらりと神秘の火はその熱量を肥大化させた。

 

互いに視線を交差させる。間合いを測り、牽制し合い、そして遂にスカサハが飛び出す。

 

神速の突き。真名解放による因果逆転の呪いを持ってさえいないものの、その一撃を無傷で避けられる存在など極わずかだろう。

 

それでも、彼はその一撃をいなした(・・・・)

 

スカサハは目を見開く。受け流されたことに──ではない。

 

その一撃を放った自分の両手に、全くの抵抗が感じられなかったことにだ。

 

まるで水を──いや、風を相手に突いたかのような薄い手応え。スカサハは咄嗟に距離を取った。

 

種火アームの攻撃を受け流していた武術だろうとは思うが、それでもあの炎弾とこの突きではその威力もスピードも段違いの筈なのだ。

 

それを全く同じように、まるで風のようにして、受け流した。

 

スカサハの額に汗がにじむ。そして口角が上がり、目が爛々と輝いていく。

 

──ああ、確かに。強い(・・)

 

スカサハは槍を握り直した。ここから先は文字通りの死闘──神殺しをして勝機を探らなければならないほどの闘い。

 

久方ぶりに、スカサハは緊張を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

──そんなスカサハを前にして。

 

全人類の親、人理の始点たる英雄『アダム』は苦笑する。

 

知っている。スカサハは高度な戦闘狂であり、死にたがりだ。自身を殺してくれる存在を常に求めていて、だからこそ今、彼女は幼子のように目を輝かせている。

 

──アダムなら殺してくれるかもしれない。

 

そう思っているのだというのは、間違いないだろう。

 

だからこそ、アダムは気まずそうに目を伏せるのだ。ああ、本当に、最後まで話を聞いてくれていれば──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

管制室にいるロマンは勿論、一緒の部屋にいる立香やマシュ、目の前のスカサハにすら聞き取れない様な声で、アダムは一つボソリと呟く。

 

「君は僕に勝てない。そして()()()()()()()()──って言うつもりだったんだけどなぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

──それは人類史上最も古き人への制約。

 

人類の()たる『彼』に与えられた、最も重き束縛。

 

──彼は『人』を傷つけることが出来ない──

 

抑止力から授けられ、決して外されないそんな制約の存在を、立香たちはまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 






・霊基拘束 EX

???

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