彼らの巣立ちを見守るために   作:ふぇいと!

3 / 16
『頼り、頼られるという事』

この森もそろそろ獲物が少なくなってきたかもしれない。

 

あれだけ見かけた鹿たちは移動してしまったようだし、冬を越えても食べられる物が木に実らない。

 

となると、生きていくには僕も移動するしかないのかも。

 

どこに行くかは迷っている。どっちに行こうが草原や森が同じように広がるだけで、何かが変わるとも思えないし、これなら鹿たちに着いて行けばよかったと軽く後悔していた。

 

近くの川に沿って行くのが一番いいのだろうけど、川の近くには冬眠を終えた危険な動物たちが、水を呑みに来る獲物を待っているから、この時期は危ない気がする。

 

うーん、どうしよう。悩むなぁ。

 

棒を立てて自然に倒れた方向に行こうか?僕が運に見放されてなければいい場所に辿り着けるだろうし。

 

──ああ、風が冷たい…寒い、寒い。

 

そうだ!太陽の登ってくる方向に行こう。たしか、あの大きい山の所からいつも登ってきていた筈。

 

あんなに暖かいものが生まれてくる方向なんだから、きっと此処よりは寒くなさそうだし、この考えも悪くないのかもしれない。

 

鹿の毛皮や肉を旨くしてくれるオレンジ色の『何か』より、きっと暖かいはずだ。だって、あんなに遠くにあるのに、あんなに暖かいのだから。

 

そうとなれば、準備準備。まだ蓄えていた食糧が残っている内に、急いで出発することにしよう。

 

──いい場所に着ければいいなぁ。

 

 

 

 

 

 

「…う〜…今のは…」

 

ピピピッと、やかましく響く電子音に意識を覚醒させた立香は、盛大に跳ねた橙色の髪を撫でつけながらそう呟いた。

 

カルデアに来てから──より正確に言うならば、聖杯探索(グランド・オーダー)を開始してから毎日のように見る、不思議な夢。

 

それの内容は総じて、契約したサーヴァントの生前の記憶の追体験である。

 

サーヴァントとマスターの魔力の回路(パス)が繋がっていることによる、記憶の同調だとダヴィンチやロマンには言われているが、魔術の知識に疎い立香には正確なところは分からない。

 

本来そう簡単に見れるものでもなく、奇跡とまではいかなくともそれなりに珍しい現象だとか。

 

とはいっても、立香は本来自分と相手の1対1が基本であるサーヴァントとの契約を、何十人と並列して行っている。そりゃあ記憶の同調くらい頻繁に起こるというものだ。

 

数撃ちゃ当たる──というのは言葉が悪いが、つまりそういう事であった。

 

おそらく、今回見たのは、昨日召喚したアダムの記憶だろう。

 

古代の風景──それも、アダムの次に古い英霊ギルガメッシュの記憶で見たものより、もっと原始的で人間的な活動が感じられない、雄大な自然だった。

 

「『アダム』って、確か楽園で暮らしてたんじゃあ…?あれが楽園とも思えないし」

 

昨晩マシュに軽く教えてもらった伝説との食い違いに、首を傾げる立香。夢でのアダムの様子を見るに、間違いなく100%自給自足の生活を送っているようだった。

 

楽園は果実の宝庫、飢えることなどありえない天上の世界だ。その日の食べるものに困るような、厳しい生活を送る理由など無いはずなのに。

 

「となると、追放された後の記憶…?いやいや、なら奥さんは何処に行ったの」

 

召喚されたアダムは同時にイヴでもあると言っていたが、少なくとも夢での彼は男であるようだった。ならば一緒にイヴが居なければおかしい。二人は共に楽園を追放されたはずなのだ。

 

「…つまり、ダヴィンチちゃん達の予想が正しかった、のかな」

 

ダヴィンチやロマンの推測によれば、昨日召喚された『(彼女)』は正確には『アダム』ではなく、恐らく『アダム』という名を与えられた『原初の人間』なのだろうということだった。

 

『無辜の怪物』というスキルが存在することからわかるように、死後の信仰というのは、英霊にとって大きな影響力を持つ。

 

『彼』という存在は、真実においてはただの人間であり、原始的で危険な世界の中を精一杯生き抜いただけの男だったのだろう。夢から見るにそれは間違いない。

 

しかし、後世の人間達が創りあげた『アダム』という偶像が多くの人間に知られ、信仰心を生んだ。本当はそんな人物は存在しなかったというのに。

 

それでも、『アダム』は大きな規模の信仰を集め続け、結果英霊へと至ったのだ。

 

──『彼』という『原初の人類』を依代として。

 

「………」

 

あまり気分の良いものではない推測に、立香ははねのけた筈の布団を引っ張り戻して、それに顔を埋めた。

 

この推理が正しいのなら、『彼』は決して良い気持ちではいられないだろう。

 

アダムとして召喚されたのならば、きっとアダムという存在が送ったとされている(・・・・・)生涯の記憶もあるのだろう。

 

信仰を元として生まれた英霊とはそういうものだ。見に覚えが無い記憶であろうと、まるで自分のものであるかのように刷り込まれてしまう。

 

それはきっと、必死に生きた自分の人生を否定されるような、とても残酷な仕打ちであろう。

 

──ましてや、『アダム』は自分たち後世の者が創りだした偶像。

 

別に立香自身が創りだした訳ではない。アダムという存在を特別信仰していた訳でもない。

 

それでも、『彼』を歪めてしまった、その一端になってしまった──そんな責任を感じてしまうのは。

 

きっと、立香が優しすぎるせいなのだ。

 

 

 

 

 

 

「先輩…せーんーぱーいー!」

 

「っ!…ごめん、マシュ。どうかした?」

 

「いえ、またぼうっとしてるようでしたから。種火集めに危険は少ないですが、それでも此処は戦闘区域です。あまり集中力を欠くのは…」

 

「…そうだね、ごめん」

 

心底心配していますというのが伝わってくる表情で言ってくるマシュに、立香は謝る。

 

此処は、カルデア外にある特殊空間、人理には全くの影響が無い小さな特異点──通称『種火の森』だ。

 

聖杯探索(グランド・オーダー)開始時に偶然観測されたこの特異点は、森1つ分と随分と小さな空間だけで構成されていて、危険なエネミーも殆ど存在しない。

 

しかし、此処には高密度の魔力結晶をもつ生物が多数生息しており、立香はこれまでにその結晶を求めて何度もこの森に足を運んできた。

 

魔力結晶、カルデアでは『種火』と呼ばれるそれは、サーヴァントの霊基を強化し全盛期により近づけてくれるいわゆる『強化アイテム』であり、成長しないサーヴァントが強くなるための唯一と言っていい手段だ。

 

カルデアの召喚システム・フェイトにおいて、召喚されたばかりのサーヴァントというのは、基本魔力的に希薄でぶっちゃけ弱い。

 

それはもう、生前には神を殺したと謳われるスカサハが、場合によってはローマの一般兵に殺される程のレベルで。

 

故に、召喚されたサーヴァントにはまず種火。というのがカルデアの共通認識であった。

 

もちろん、今回のアダムも例外ではなく。今日は、彼の戦闘方法の検証もついでに行いながらのアダム専用種火の収集中である。

 

最終特異点に向けて引っ張られ続けているカルデア。決戦までの残り時間はあと僅かだ。

 

種火を早急に集めて戦力を補強するというのが、今のカルデアメンバーに唯一できることである。

 

「ふむ、(アダム)が気になる様子だが、なにかあったのかね」

 

種火を持つ腕の形をしたエネミーをサクッと切り刻みながら、紅い弓兵──エミヤが立香に聞いた。

 

彼がクイッと顎で示したのは、少し離れたところで種火集めをしているアダム。

 

見れば、戦闘能力の分析の為に孔明・スカサハなどに見守られながら戦う彼は、実にやりにくそうだ。

 

「うん、ちょっとね。エミヤはアダムをどう思った?」

 

「それは彼の戦闘能力についてかね。それとも、彼個人についてなのか?」

 

「どっちでも。言いたい方からでいいよ」

 

立香の言葉に、ふむ…と暫し考える様子を見せるエミヤ。

 

エミヤは、マスターである立香と生きた時代が重なっていながら英雄になったという、少しばかり特異な存在である。

 

故に、エミヤと立香は同時代・同郷の人であるから価値観が近く、話もしやすい。

 

過去にエミヤが聖杯戦争のマスターだったということもあって、立香にとってエミヤとは、意見を求めやすいちょっとした師匠のような人なのだ。

 

アダムに関して、今を生きている自分たちとは違う、先立ちの意見を聞いておきたい。それが立香の思いだった。

 

「…戦闘能力に関しては、『騎士』でも『戦士』でも無いといったところか」

 

「うぅ?ちょっとよくわからない」

 

「『騎士』はアーサー王のような誇りや礼儀を重んじるタイプ、『戦士』はエミヤさんのような勝利を貪欲に求めるタイプ──でしょうか」

 

抽象的表現に首を傾げる立香を、マシュが横からフォローする。うむ、とエミヤが肯定した。

 

「カルデアにいる戦闘特化型のサーヴァントは、大きく分けてその二つのタイプだ。円卓の騎士を始めとする騎士型、私やクーフーリン等を始めとする戦士型。もちろん、これだけではなく例外は居る──アダムはそれという訳だ」

 

「ふぅん…」

 

立香はもう一度アダムの方を見る。

 

起源者(アンセスター)』というエクストラクラスで現界した彼は、アーチャーやセイバーのように分かりやすい武器を持ってはいない。

 

エクストラクラスとはそういうもので、かつて夢で会った巌窟王ことエドモン・ダンテスは、謎の光線を使って戦っていた。

 

アダムの場合は、『炎』。本人曰く、人類初めて起こされたといわれる『原初の火』であり、彼の宝具の一つである。真名解放をすれば特殊な効果もあるらしいが、基本は少しばかり神秘を帯びた炎だ。

 

宝具について話した時にネロがちょっとした癇癪を起こした──ネロの宝剣は『原初の火(アエストゥス・エストゥス)』という名を持つため──という一幕が、立香的には印象的である。

 

──話を戻すと、起源者(アンセスター)たる彼の攻撃手段は、炎。攻撃方法としては敵を焼きつくす以外に無い。

 

実際、今も種火アーム(仮)を焼きつくして──

 

「あれ、あまり効いてない?」

 

見ると、アダムも一生懸命炎で炙ってはいるのだが、あまりダメージにはなっていない様子だった。

 

「そうですね…エネミーが種火を生成する存在である以上、炎に耐性があるというのは必然ですが…」

 

「彼の炎は、どうやら攻撃に向いていないらしい。彼によれば、味方の支援や敵の妨害の方に役立つようだ」

 

「…てことは、孔明センセーとかマーリンみたいに、支援特化のサーヴァントってこと?」

 

エミヤの零した情報に、立香はそう予測する。

 

サーヴァントの中には、キャスター陣営を筆頭とするサポートに優れた英霊も多い。

 

立香が挙げたエルメロイやマーリンはもちろん、童話作家アンデルセンや聖女ジャンヌ・ダルクなどもそうだ。

 

エミヤが言うにアダムの宝具は支援特化。ならば彼らのようなサポート系のサーヴァントであるのだろうかと思った立香だったのだが。

 

「──いや、それがそう単純でもないのだよ」

 

説明は難しいのだがね…とエミヤは苦笑する。立香は先を促した。

 

「彼の動き…体捌きと言うべきか。間違いなく達人のそれだよ。スカサハ女史も李書文に迫ると太鼓判を押していた」

 

「スカサハさんが認めるというのは、相当なことなのではないでしょうか…」

 

スカサハ(姐さん)対等(・・)に扱ってるのは、李書文センセー含めて何人かしかいないしね。その他の皆は『弟子』の認識みたいだし」

 

エミヤの言葉に、立香とマシュは軽く驚いた。

 

あらゆる武を一流にまで極めているスカサハは、神殺しという英雄としての格も相まって、戦闘力という意味では右に出る者が殆どいない。

 

故に、例え生前に偉業を成し遂げた英霊とて、スカサハにしてみればまだまだひよっ子も良い所──だったりするのだ。

 

武の領域でスカサハに認められているのは、立香も挙げた李書文、ギリシャの大英雄ヘラクレス、施しの英雄カルナ辺りだろうか。

 

なんにしろ、少ないことに違いはない。

 

「スカサハは君も知る通りの『死にたがり』だ。愛弟子のクーフーリンによれば、自分の命を奪うに近い人間ほど試合いたくなるらしい。となれば、彼女がアレだけウズウズしている所を見るに、アダムは相当強いのだろう」

 

「うわぁ、ホントだ。待ちきれない感じがひしひしと…」

 

目を向ければ、平時より見開かれた獰猛な瞳を爛々と輝かせているスカサハが居る。

 

相変わらずの無表情でアダムの戦いぶりを見ているように見えるが、その実背後から狙っているのは確定だ。

 

アダムも相当やりにくそうで、チラチラと後ろを気にしている。彼も古代を生き抜いてきた身だからか、殺気には敏感らしい。

 

「あれでは、アダムさんはレイシフト終了後、即トレーニングルーム行きになりそうですね…助けた方が良いのでしょうけど…」

 

「可哀想だけど、これって仕方のないことなので。アダムには諦めてもらおう…南無…」

 

スカサハの戦闘狂が時々バーサクかかってんじゃレベルで酷いのは、もはやカルデア共通認識である。彼女の稽古は試合はよっぽどの事がなければ邪魔してはいけない。

 

なんせ、スカサハはカルデアで怒らせてはいけないサーヴァント五指に入るのだ。…もちろん一位は清姫だが。

 

 

「…まぁ、戦闘力についてはこんなものだ。次は内面の方にいこうか」

 

「あ、そうだね。お願い」

 

エミヤも同情するような目でアダムを見ていたが、流石に助けるような無謀な真似はしないらしい。正義の味方にも蛮勇と勇敢の分別はあるのだ。

 

兎にも角にも、次の話。アダムの性格、内面についてである。

 

「見る限り、やはり『秩序・善』は伊達ではない。一本筋の通った強い意志も、他人を慮る気持ちも、困難に立ち向かう勇敢さも、まさに『英雄』の模範といった感じだ」

 

「この短期間によくそこまで…」

 

エミヤがマスターとしてもサーヴァントとしても参加してきた、数多の聖杯戦争。

 

そこで様々な英霊と出会ってきたからなのか、エミヤは『観察眼』のようなスキルを持っている訳ではなくとも、人を見る目に優れている。

 

こういう所も、百を超える英霊と契約している立香をして、『何かあれば、取り敢えずエミヤ』と言わしめる所以である。

 

…トップクラスの女難の相だけは、如何ともしがたいのだが。

 

「──なに、人を見る目はあるつもりでね。ともかく、後は特に言うこともないが…ああ、原初の人間であるからか、私達後世の者を子供のように扱っている節があるというのは、一応言っておこう」

 

「子供のように、ですか」

 

「確かに、頼光ママほど酷くはないけど、私達を親の目線から見てる感じはするね」

 

こう、なんていうか、暖かい目みたいな。と立香はエミヤの言葉に頷いた。

 

昨日出会ったばかりの英霊であるが、一癖も二癖もある英霊という存在の中にあって、アダムは相当な常識人だ。

 

ジャンヌ・ダルクやエレナ・ブラヴァツキーなどと同じ、数少ない良識のあるサーヴァントである。

 

それでいて、親の様な包容力と頼りがいを滲ませるものだから、普段サーヴァント達に振り回されているカルデアの職員は、今彼にぞっこんと言ってもいい。

 

なんせ、頼光と出会った時ちょっと微笑んだだけで、あの頼光が『は、母上?』等と言い出す始末なのだ。狂化EXを素に戻すとは、流石原初の人間は伊達ではない。

 

性別的な特性上、デオンなどと同じで男女どちらにも寄らない容姿であり、母性を感じるような部分()は皆無なのだが、ブーディカやマタ・ハリが敗北感を感じる程の包容力であった。

 

立香もマシュも思っていることだが、あれは一種の洗脳である。危険だ。堕落してしまう。

 

ニコリと微笑まれるだけでアレなのだ。もし抱きつかれたり膝枕されたりすれば、一体どうなってしまうのか。

 

「頼光ほど酷ければ弊害がでるが、アダムのアレは許容範囲だろう。自分の力の異常さも心得ているようだからな。洗脳のレベルにはならないよう、気を遣っているらしい」

 

「距離感あるもんね。昨日出会ったばかりだからっていうなら、それまでだけどさ」

 

「人と触れ合ったのも、恐らく召喚室で交わした握手が最後です。アダムさんはそれ以降、意図的に人との接触を避けているような気がします」

 

マシュは彼の召喚からこれまでを振り返って、そう告げた。

 

立香とマシュが寝ていた時以外はずっと彼と一緒にいたが、彼はどうにも他人と距離を取りたがる。

 

パーソナルスペース的な考えがあるのではなく、自身の魅了が立香達にかかってしまうのを恐れているようだった。

 

「──なんにしろ、自身の力を正確に把握しているというのは、仲間を不慮に傷つけない為にも、敵を効率よく倒すにも重要なことだ。それを持ち得ているのは、喜ばしいことだろう」

 

「それは、そうだけど」

 

立香はエミヤに暗い返事を返す。

 

彼が本物の『アダム』ではないのだと知った朝から、立香の中では、昨日まで何でもなかった彼との間の距離感に、急な虚しさを感じている。

 

こうしてサーヴァントとして召喚に応じ、人理修復を手伝ってくれる以上、彼もまた英霊としての自分を嫌ってはいないのだろう。

 

それでも果たして、彼が自身の死後を歪められたことに恨みを持っていないかといえば、そうとは限らないのだ。

 

「せんぱい?」

 

「ふむ…」

 

暗い顔をしている立香に、マシュとエミヤはどう声をかけるか決めかねている様子だ。

 

立香が何を悩んでいるのかはわからないが、優しい彼女のことだから、きっと他人の事を思っての悩み。

 

彼女に救われた英霊はたくさんいて、そんな彼女を支えてあげたいと思う英霊も多くいる。

 

それでも、彼女はそういう事(・・・・・)英霊(自分たち)をあまり頼ってくれないから、むず痒く感じることが多くあった。

 

今回も同じように──と、マシュ達は思ったのだが。

 

 

 

「マスター…マスター?」

 

 

 

──と、済んだ声が立香の耳に響いた。

 

「…あ、アダム…さん…」

 

「そうだよ、アダムさ。暗い顔をしているね、マスター。もう少しで種火が目標数集まるっていうのに、そんな様子では心配だ。これは、帰らないといけないかな?」

 

「…大丈夫!、全然いけます!」

 

「…ふーん…」

 

空元気で虚勢を張る立香に、じとりとした眼でアダムは応える。うっ、と立香の息が詰まった。

 

「…そうだね…まずは敬語を辞めるといい、マスター」

 

「え、」

 

唐突な言葉に立香は間抜けな声を出す。

 

「だから、敬語さ。マシュみたいに誰に対してもそうならまだしも、君のは堅苦しくてあまり好きじゃなくてね。」

 

「あ、はい…うん…」

 

アダムの言葉に、距離をとっていたのは自分もだったかと立香は思い至る。

 

ギルガメッシュやオジマンディアスなど、一部の英霊達に対しては敬語を使っている立香。それは相手がそっちの言葉遣いを好んでいるからというのが殆どだが──

 

──今回に限っては、アダムが余りに強大なオーラを纏っていたから、つい使ってしまっていた。

 

「そう、それでいい。マスターはそっちのほうがらしい(・・・)から」

 

ニコリと、微笑まれる。

 

立香はかああっと顔が熱くなるのを感じた。恋慕や羞恥の心ではない。これは純粋に親愛──つい親に甘えたいと思ってしまう、そんな心の昂ぶりだ。

 

「さて、君が何を悩んでいるのかはおおよそ分かっているけれど、その上で敢えて言わせてもらうとすればだ」

 

「…うん」

 

「僕にはね、今の僕であっても、前の僕であっても、一つだけ変わっていないことがあるんだ」

 

それこそ、『無根の英霊』とやらがあっても無くても──とアダムは指をピンと一つ立てて、カラカラと笑う。わかってないなぁと、子供を諭すようにして。

 

「僕はね、子供が好きだ」

 

「…ロリコン?」

 

「もちろん違うよ、親愛的な意味でだ。冗談を言えるくらいには持ち直したようでなによりだね」

 

言わなきゃいけない気がして、ついかなり失礼なことを口走ったという自覚は立香にもあったが、彼は軽く流して微笑む。その笑顔がとても綺麗だった。

 

「僕はね、君たち(・・・)子供が好きなんだよ。英霊のように既に死んでしまっている子も、今を必死に生きている子も」

 

立香だけではなく、マシュやエミヤ──果てはエルメロイやスカサハまでもを見渡しながら彼は言う。底抜けに明るく、笑いながら。

 

「この儂を子供と呼ぶのか、貴様は。人生初めての体験だぞ」

 

スカサハが驚いたといったふうに言う。

 

だろうね、とアダムは返した。

 

「でも、君にもわかるはずさ。君にとって殆どの人間がひよっ子も同然なように、僕にとっての君もそうだっただけの話なんだ」

 

だから──と、スカサハに向いていた体を、もう一度立香へと向けて彼は言う。

 

「マスターも、俯くのはやめてくれ。僕はね、生きている時も死んだ後も、君たちから頼られる事(・・・・・・・・・・)こそが生き甲斐なんだ。何故って、君たちを愛しているからね」

 

だから、頼ってくれないのなら、ここにいる意味がない──なんて。と彼は一瞬だけ寂しげに笑った。

 

彼の初めて見せた表情に、立香は酷く心を揺さぶられた。彼の今の表情が、彼の奥底の本心に思えたから。放っておいてはいけないと、そう思ったから。

 

「──『生き甲斐』なんて言って、死んでる癖に」

 

立香の口から出てくる言葉は、そんな素っ気ないものだった。

 

大真面目に親に『愛している』なんて言われた時みたいに、気恥ずかしくて、こんな事しか言えなかった。

 

「…言葉の綾さ、多めに見てくれ」

 

それでも、彼は笑ってくれた。それでいい、とそう言うようにして。

 

「──さて、じゃあ残りの種火を集めよう、立香(・・)。今の君なら、大丈夫だろう?」

 

「…!…うん!」

 

名前を呼んでくれただけで、立香は、きっとまだまだ頑張れる気がした。

 

魔術王だって怖くない。彼が後ろで見守ってくれるのなら──なんて、まだ昨日会ったばかりだというのに。

 

 

森の奥に歩いて行く二人を見ながら、マシュとエミヤは顔を見合わせる。そして、安心したように微笑んだ。

 

立香が頼りにする存在。それがまた増えてくれて本当に良かったと、そう思いながら。

 

戦力ではスカサハやヘラクレス。知識ではメディア、戦略はエルメロイ。その他の事はダヴィンチやエミヤに。心の癒やしが欲しければ、マシュを。

 

頼る事を知らないマスターではなかったけれど、それでも、『悩みを打ち明ける存在』だけはいなかった彼女だから。

 

アダムなら、きっとそうなってくれるのではないかと思える。

 

今も本物の親子のように歩く二人を見て、スカサハですら頬を緩めた。

 

最終特異点、時間神殿を攻略するまでの短い期間かもしれない。

 

けれど、そんな小さな出会いが、きっと立香にとってかけがえのない思い出になることを確信して。

 

 

 

 

 

 

 

 




光なき原初の世界(ヴェイグ・エンバー)
ランク B
種別 対人宝具
レンジ 1
最大補足 10
人類で初めて火を起こしたという功績と、火を起こすまで光なき世界を生き抜いてきたという偉業を宝具としたもの。
精神安定作用と治癒の力のある炎を創りだす『陽』の側面と、千里眼の類を持つ者相手であっても確実に視界を奪い盲目にする『陰』の側面を持つ。
この宝具は、人間などの個体を対象にすることも、空間を対象にすることも可能。

宝具の設定は暫定なので、後々変わるかもしれません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。