彼らの巣立ちを見守るために   作:ふぇいと!

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決戦前
『英霊分析』


 

 

寒い、寒い。

 

ああ、いつになったら僕はこの寒さに凍えずにすむのだろう。

 

──この前、偶然にも暖かい何かを創り出せた。

 

石と石を打ちかいでいるとたまに散る、太陽の色の『何か』を枯れた葉っぱにうまく落とすと、赤く光る暖かい何かが作れるんだ。

 

枯れた葉っぱとか枝を逐一おいてやらないと直ぐに消えちゃうような自分勝手な奴だけど、暖かいことには変わりないし、夜も少しは怖くなくなった。

 

しかも、あの上にお肉を置くと、生で食うよりずっと美味いんだ!!

 

良い発見だったと思う。これで雪が降っても大丈夫そう。

 

──けれど、寒くて仕方がない。

 

暖かい何かのそばに居ても、ちっとも凍えが止まらない。

 

ああ、今日も狩りに行かなくちゃ。昨日は鹿を狩ろうとしたけど、気づかれて逃げられてしまったから、食料がもう少ないんだ。

 

都合よく群れからはぐれた所にいたから、殺すには絶好の機会だったろうに、勿体無かった。

 

そういえば、あれはまだ子鹿だったみたいで、僕が怖かったのか、逃げた後に大きな鹿に体を擦りつけて甘えていた。

 

いいなぁ、暖かそうで。羨ましい。

 

一度仕留めた鹿相手にやってみたけど、血濡れでしかも生温くて、嫌悪感しか感じなかったし。

 

やっぱり暖かさを感じるには、他に何か特別な方法があるのかなぁ?

 

 

 

 

 

 

『──アダムだって!?』

 

ロマンの絶叫が、召喚室に響き渡る。

 

立香やマシュも、声には出さないがそうとう驚いていた。絶句と言って差し支えない。

 

『アダム』

 

言わずと知れた原初の人間。知恵の果実を食べて楽園を追放された逸話はあまりにも有名で、その妻イヴと合わせて、始まりの人類と呼ばれる。

 

キリスト教の主神、創造神ヤハウェによって創りだされた存在であり、人間ではなく究極のゴーレムだとする説もあるが──少なくとも今回呼びだされた彼は、どうやら人間らしい。

 

「そう、アダム。僕は、同時にイヴでもあるわけだけど。そこまで驚くことかい?」

 

『そりゃあ、そうでしょう!アダムといえば人理のスタート地点、その存在だけで特異点に成り得る人物だ!なにせ彼が子孫を残さずに死んでしまえば、人理は続かないんだから!』

 

「大げさだよドクターさん。僕がいなくたって他にも代わりはいたさ。ただ、始まる時期が違うだけでね。それがわかっているから、魔術王も僕の時代に聖杯を送ろうとはしなかった」

 

「アダムって、あのアダム?」

 

「はい、先輩。あの有名なアダムです。原初の人類、始まりの人といえばこの名前が一番に出てくるのは間違いないかと」

 

様々な英霊と絆を育んできた立香でも、これは予想外過ぎたらしい。若干放心状態だ。

 

なるほど確かにアダムであるならば、この圧倒的威厳も、甘えたい頼りたいという謎の衝動も理解できる。

 

なにせ全ての人類の始まり。アダムであり、同時にイヴでもあるというのなら、父性・母性ともにカンスト状態である。

 

ギルガメッシュ王が最古の英霊だと思っていたのだが、まさかそれより古い英霊がいるとは。

 

世界には未知がいっぱいだと、立香は再認識した。

 

「アダムさんでありながらイヴさんである、ということは、貴方の性別はどうなっているのでしょうか」

 

「お察しの通りどちらとも(・・・・・)だよ。生前は男性だったと思うけどね。見た目も変わった今じゃ関係のないことだ」

 

「生きてる時と姿が違う?」

 

立香はアダムの発言に記憶を辿る。

 

生きてる時と容姿が変化して召喚される英霊というのは、実のところ少なくない。

 

筆頭としては、エリザベート=バートリーであろうか。『無辜の怪物』というスキルを持つ彼女は、後世の者の風評によって『竜の娘』へと姿を変えている。

 

英霊にとって、後世の者の信仰というのは、霊基に影響を及ぼすほどに重要なものなのだ。

 

アダムも同じようにして、『無辜の怪物』かそれに近いスキルの影響を持っているのかもしれない。

 

『…ともかく、心強いです。最古の人類である貴方ならば、もっとも神秘の深い人間と言っても過言ではない。それだけでも頼りがいのある戦力だ』

 

「──そうかな。ならば、期待には応えなきゃね。父として母として、子供に失望はさせないさ」

 

「…うん。よろしくお願いします、アダムさん」

 

「ああ、よろしくだ、マスター」

 

がっちりと、握手を交わす。幼気で中性的な要望からは想像もつかないほどに、彼の手は硬く力強かった。

 

 

 

 

 

 

──アダム召喚から3時間後、カルデア内ミーティングルーム──

 

「では、始めよう。今回の議題は、今朝召喚された英霊──本人が言うには『アダム』についてだ」

 

カルデアの頭脳の一人、万能の人レオナルド・ダヴィンチは、集まった面々を見渡して開始を宣言した。

 

現在、アダムはカルデア内の構造を知るために、マシュ・立香に案内され施設を回っている。

 

故に、鬼のいぬ間に──という訳でもないが、本人の目の前でやるような話ではないので、今のうちにやっておくに越したことはない。

 

毎回恒例の、『英霊分析』

 

特異点にて敵対していた英霊や、皆の知らないうちにマスター(立香)が縁を結んでいた英霊など、そういった者がサーヴァントとして召喚された際に行われる会議。

 

召喚された英霊の危険性や、特性、弱点などを解析し、戦術的に適した運用法や裏切り時(もしもの際)の対処法を思案する場だ。

 

カルデア内に居るサーヴァント──特に、観察眼や知識に優れた英霊を主にしてメンバーが集められる。あるいは、その英霊と出身を同じくする者や縁が深い者も選ばれることがあるが。

 

今回は議題が『アダム』という都合上、常連であるメディアやロード・エルメロイの他、『無辜の怪物』のスキルを持つアンデルセンとエリザベート、そして『アダム神話』の源流キリスト教に理解があるジャンヌ・ダルクなどが集められた。

 

「ふむ、では私から。本人談によると『アダム』──私も、これは疑う余地が無いと考える。それ相応の雰囲気を纏っているし、さらに対峙した全ての英霊がその強大な父性・母性を感じ取っているからな」

 

「ええ、仮に『アダム』でなかったとしても、原初の人間であることには違いないと考えていいでしょうね。恐らく、『人』に対して絶対的に作用するカリスマのようなものを持っているのよ。事実、人ではないエウリュアレやアステリオスなんかは、影響を受けていなかったようだし」

 

まずは、煙草を吹かしながらエルメロイが発言。そしてメディアがそれを繋ぐ。

 

エルメロイは観察眼のスキルを付与されるほど人間観察力に優れている英霊、またメディアは神代の魔女でありその魔術的知識は誰よりも深い。その二人の鑑定である。信頼に足る内容だった。

 

「はん、原初の人間とはまた御大層なイロモノキャラが出てきたな。母でもあり父でもある人類の始まり?考えた阿呆は余程奴を持て余すだろうよ!古今東西、設定が多いキャラというのは逆に扱いにくいことこの上ないのだからな!」

 

その幼い容姿に似合わず、渋い声でズバズバと物を言うのはアンデルセン。作家であった身としては、アダムという存在(キャラ)に色々と思うことがあるらしい──が、今の所議題に全く関係は無い。

 

「やめなさいな童話作家。貴方の隣だって大概じゃない」

 

チラリとアンデルセンの横を見やりながら、メディアは重く溜め息をつく。その言葉に、アンデルセンはそれもそうだと皮肉った笑みを浮かべた。

 

「ハァ!?、それってアタシのこと言ってんの!?誰が扱いにくいのよ、だ・れ・が!」

 

キーキーとうるさく喚くのはエリザベート=バートリー。貴族の娘であり吸血鬼であり竜の娘でありアイドルであり音痴でありハロウィンであり勇者である。

 

属性てんこ盛りも甚だしく、更には頻繁に登場しすぎるせいか、あのサーヴァントに優しいマスター立香からも、『何度も出てきて恥ずかしくないんですか!?』と有り難いお言葉を賜る程。

 

さすが、アダムなんかとは格が違った。

 

「まあまあ、話を進めましょう。時間は有限なのですから」

 

苦笑いを浮かべながらエリザベートを宥めるのは、聖女ジャンヌ・ダルク。性格上、他者の諍いを執り成すことの多い彼女は、この場においては不可欠の苦労人(ストッパー)だ。

 

──本人はそんなことを望んではいないだろうが。

 

「そうだ。じゃれ合うのもいいが、彼の解析は必要事項だし、急ぐべき案件だ。さっさと進めよう」

 

いつになく真剣なロマンの言葉に、エリザベートは不服そうにしながらも席に着く。ようやく会議の準備が整った。

 

「まず最初は、エリザベートも我慢できないだろうから、君を必要とする議題──『無辜の怪物』についての話を終わらせよう。レオナルド、任せた」

 

ロマンがダヴィンチを促す。いいとも、と返答したダヴィンチは、メンバーにそれぞれ1セットずつ紙の束を配った。

 

「さて、キミ達の前にあるのは、彼が召喚された際の会話ログ。それに彼の霊基測定の結果だが──どうだい、なにか気づくことは?」

 

「えーと…あら、霊基不定形?随分と珍しいのね。隠蔽系の宝具、あるいはスキルかしら」

 

「ふむ、生前とは容姿が変化したと言っているようだな。なるほど『無辜の怪物』スキル持ちを呼んだのは、これが理由か」

 

メディアとエルメロイは目ざとく怪しい点を拾う。『人間観察』のスキルがあるアンデルセンも、言葉にはしないがどこを議題にすべきかは理解しているらしい。因みにエリザベートは首を傾げているが。

 

「そうだね、大きく分ければその2つだ。まぁ、後者はそこまで重要とも言えないが、前者のほうは解明しなければならない。本人曰く、隠蔽宝具・スキル共に所持していないらしいが、嘘である場合の警戒もすべきだ。原因不明の魔力パターンの乱れを放っておけはしないしね」

 

「──それに、気づいたことがあってね。これを見てくれ」

 

ロマンが正面モニターに2つの画像を映し出す。どうやら霊基の計測結果のようだった。

 

「左はアダムとやらの結果らしいな。右はなんだ魔術師(メイガス)。配列や変化の仕方に共通点が見られるようだな?」

 

アンデルセンが即座に見抜く。全く別物の霊基ではあるが、見比べてみれば共通性を感じられる。といっても、見比べた時に軽く既視感を覚える程度のものだが。

 

あくまで別物の霊基でありながら──言うなればタイプが似ているのだ。

 

「──合成獣(キメラ)だよ」

 

「なに?もう一度言ってみろ魔術師(メイガス)

 

「右の計測結果は特異点で戦闘してきた合成獣(キメラ)のものだ」

 

「──はっ!まさかアダムともあろう存在が、猫畜生(キメラ)と霊基タイプを同じくするだと?こいつは傑作だな、実に哀れだ!まさに事実は本より奇なりということか!」

 

「傑作かどうかは置いておいて、隠蔽をしていないのなら不自然な霊基ね、これは。こんなもの、本当にキメラか──あるいは色々と入れられた(・・・・・)存在か」

 

「どちらにしろ、不自然ならば解明すべきだろう。時間神殿で失敗する訳にはいかない。戦う前に勝つくらいの気概でいかねばならんのだ。不安要素など残しておられん」

 

アンデルセンは我慢できないとばかりに笑い、メディアとエルメロイは真剣な眼を更に鋭いものにする。

 

「ああ、時間神殿に到達するまでの時間は少ない。彼が間違いなく強力なサーヴァントである以上、早期に彼の的確な運用法を創りださなければならないからね」

 

「それで、まず『無辜の怪物』スキル持ちのキミ達に質問だ。彼についてどう思うかね?正確には、彼の容姿の変化について、だ」

 

「──どうもこうもないわよ」

 

ダヴィンチの質問に、エリザベートは少しばかり不機嫌な様子で答えた。おや?と周囲が思うのもつかの間、彼女はバンッとテーブルに手を叩きつける。

 

「あのねぇ!『無辜の怪物』は生前からの姿を怪物に変質させるある種の呪いなの!それに比べてアイツは何よ!寧ろ容姿は良くなってるみたいじゃない!ずるい、ずーるーいー!」

 

癇癪を起こした子供のように──いや、実際に癇癪を起こすエリザベートに、全員苦笑い。これなら同じエリザベートでもカーミラを連れてくればよかったと、ロマンは軽く後悔した。

 

「効果は似ていても『無辜の怪物』とは真逆のスキルだろうな。さしずめ『無根の英霊』とでも名付けるか?恐らく現界する際の名前によって姿を変えるのだろう。今回は『アダム』の姿というわけだ」

 

「『真名が定まらない』という言葉から察するに、彼は信仰によって英霊としての形をなした存在でしょうしね。事実、私の『真名看破』でも彼の真名は見抜けませんでしたから、アンデルセンさんの考えは的を射ていると思います」

 

ジャンヌもアンデルセンの言葉に賛成の意を返す。

 

先ほどジャンヌはアダムとすれ違ったらしく、強かにも『真名看破』をはたらかせていたようだ。

 

──ともかく、彼の見た目の変化は『無辜の怪物』と真逆のスキル、仮称『無根の英霊』が仕事をした結果と決まったらしい。これで一つは終了である。

 

「じゃあ、2つめ──霊基の乱れについてだ」

 

「それこそ、『無根の英霊』とやらの効果ではないのですか?容姿を変質させるのであれば霊基も──」

 

ロマンの言葉にジャンヌがそう言うと、ちょうど正面に座るアンデルセンが呆れたように溜め息をつく。

 

「馬鹿者が、それでも救国の聖女か阿呆め。それなら何故、俺やそこの竜の娘は消滅後にカルデアに戻ってこれる?」

 

「馬鹿でも阿呆でもありません!…でもそうですね、霊基が登録されているからこそ此処に戻ってこられるのでした。つまり『無辜の怪物』で容姿が変質しても、霊基は変化しないということですか…」

 

「ええ、容姿の変化は決して霊基までは作用しないわ。もし作用してしまえば、二度と元の自分に戻れなくなるもの。それでは困るでしょう?──まあ、スカサハは夏に色々と霊基を弄ったりもしてたらしいけれど、あれだって霊基はちゃんと一つの形に定着するわ。不定形なんてありえない」

 

影の国の女王・神殺しのスカサハは、その膨大な知識と技術によって英霊の霊基を弄ることすら可能にする。つまり不定形の霊基も創りだせはする。

 

──が、それも不定形なのは弄っている間だけなのだ。どうあがいても、最終的には決まった形をとるのが現実。よってアダムには当てはまらない。

 

「となれば、本人が言っていたように、『存在そのもの』が不定形なのだろう。恐らく、彼の在り方に起因するのだろうが、これでは予測の建てようがないな」

 

観察眼に優れたエルメロイでも、頭を悩ませている様子の今回の議題。

 

不定形な霊基というのは、カルデアにとってはかなりの痛手である。なにせ折角の復活システムが使えない。

 

正真正銘一つの命、使い捨て状態になってしまう。アダムほどの存在にそれは勿体無かった。

 

「まぁ、次が最終特異点、泣いても笑ってもそれで最後だからね。カルデアも決戦中に英霊を復活させる余裕はほぼ無いだろう。だから、霊基の記録だってしなくともよくはあるんだが…」

 

ダヴィンチは煮え切らない様子で口にする。霊基の保存は、今までずっとやってきたことだ。それは、七つの時代に跨る聖杯探索(グランド・オーダー)という長い旅の途中で、戦力が脱落するのを防ぐため。

 

逆に言えば、最後の特異点だから、人類を救う上では霊基の記録など必要ないだろう。

 

とは解っていても。

 

人理修復の後、皆で(・・)笑い合う為に保険をかけておきたい──などと思ってしまうのは、立香の影響に違いないと、ダヴィンチは思った。

 

「…はぁ。まあ、これは後にしよう。話し合ったって答えは出ないままだろうからね。他にも話すべきことはある」

 

ダヴィンチの憂いを感じ取ったのか、溜め息をつきながらロマンは言う。

 

──どうにもままならない。

 

『アダム』

 

人理の始点、全ての人類の祖。

 

間違いなく一級の英霊であり、人理修復の大きな手助けとなるだろう。

 

時間神殿でもきっと大いに活躍してくれる筈だ。

 

──だからこそ、きっと生き残って欲しいと思ってしまう。

 

もしもの事が起こってしまえば。

 

死んでしまった彼の前で立香が泣き崩れる光景が、眼に浮かぶようだから。

 

 

 

 

──その後会議は続いたが、結局『アダム』の不定形な霊基の理由も、それを安定させる算段も全くわからないままだった。

 

 

 

 

 

 




・無根の英霊 EX
本人の姿や意志とは関係なく、その存在を後世の風評によって捻じ曲げられた度合いを表すスキル。
似たスキルの『無辜の怪物』と違い、こちらは生前より良い方向へと存在が改変されている。



今回はオリ設定のオンパレードです。
fgoを含め作者が見た限りのfate作品で言及されなかった部分を作者が勝手に補完しているだけですので、そこのところはご了承ください

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