それは、後悔だった。
人理修復のために犠牲になった──あるいはその命をもってバトンを繋いでくれた彼という存在を、それがもう二度と取り戻せないのだと解っていながら、
それは何処の世界でも同じだった。皆が悔やみ続けたことだった。必要な犠牲だったのかもしれない。あそこで彼が命を投げ出してくれなければ、滅んでいたのはきっと世界の方だったのだろう。けれど、納得などできるはずもなかった。
まるで定められたことのように、彼は全ての世界において自身という存在そのものを薪とし、消えかけた人類史に再び火を灯した。
人理を救う旅『
それとはすなわち、『魔術王ソロモン』──あるいは『ロマニ・アーキマン』の消滅。どれだけ順調に修復を成したとて、その悲劇だけは覆らない。何故ならば、それ以外に憐憫の獣ゲーティアを討伐せしめる手段は存在しなかったからだ。
『
魔術王ソロモンが成した功績全てを無へと帰す宝具。これを用いた壮大かつ遠回しな
それによって、ソロモンの功績の一部、魔術王の死体に巣くっていた
すなわち、これは『必要な行程』だったのだ。人類史が幾つかの大きなターニングポイントによって支えられ、その点を容易に変更することが叶わないように。『人理修復』という 大きな命題について、ロマニ・アーキマンという人間の消滅というのは必須のことだったのだろう。
──だが、先も言ったように、残された者達がそれを受け入れられるかはまた別の話で。
人理を修復した後、亜種特異点やセラフィックスなどで、ゲーティアとはまた違った人類危機に相対しながら、カルデアのメンバーはやはり、Dr.ロマンを忘れることなど出来なかった。
救われない話だ。ロマン自身が望み続けた人間性を手に入れ、自身の痕跡全ての破棄を納得して消えていったとしても。人間になりたいという願いが叶えられ、彼自身は間違いなく救われたとしても。誰もが、もっと一緒に居たかったと、そう思う事を止められはしなかったのだから。
ロマンとて、あの場でその手以外に何か方法があったのなら、あの宝具を使おうとはしなかっただろう。残された皆が訣別を望んでいなかったように、ロマンにもそんな願望は無かったからだ。
けれど、結局の所──そうするしかなかった。ゲーティアはそれほどに強大な敵であり、それほどの難敵であったのだ。
後悔とは、ロマニ・アーキマンだけではない。
爆発で命を落としたカルデアの職員から始まり、カルデアスに分解されたオルガマリー、竜に食われたフランス国民、戦争の果てに死んだローマ人、航海の荒波に飲まれた海賊たち、酸の霧に溶かされたロンドン市民、槍に貫かれたアメリカ人、切り殺されたエルサレムの人々、神話の闘争の前に残酷に殺されたバビロニアの人々。挙げれば切りがない。
どの時代どの世界にもよらず、人利修復を成した救世主たちにとって、
成し遂げ、取り戻したもの──そうした尊い存在をいくつも積み上げたことが確かでも、ふと気づいてみれば手元から転がり落ちてしまって、見えなくなったものがある。
それをどれだけ後悔し、どれだけ覚えていたかに違いはあれど、救世主たちの物語は決して大団円でなかったことだけは確かだった。
失われたものは二度と取り戻せない。後悔した過去は、後悔してからでは遅くて、手が届かない所に離れていってしまう。
けれど、まだ間に合う。
他の世界、他の救世主が辿った物語の結末がどうだったとしても、
失いたくない。救いたい。その思いを誰より強く持った立香という少女は、何も切り捨てることが出来なかった愚かな救世主だったのかもしれない。事ここに至っても、今までに救えなかった
藤丸立香はそういった意味では、とても弱い存在なのかもしれない。けれど、エデンのアサシンが言ったように、
全てを救えるかもしれない可能性を引き当てた。誰もが笑顔で終われるハッピーエンドへの切符を掴んだ。それはきっと、取り落としそうになりながらも彼女が一生懸命に背負い続けた『失いたくない』という想いの結晶だ。彼女だからこその奇跡だった。
原初の人類、人類全ての父/母は彼女だったからこそ手を貸し、彼女と出会ったからこそ
最古の人類は覚悟を決めた。自分の奥の奥、『彼』という人格の根底、いつの日か切り捨ててしまった願望を再び拾い上げた。
だからこそ、誰もが笑顔で終えられるハッピーエンドは此処に成ったのだ。
──例え、この神殿が『彼』と立香の別れの場となるとしても。彼らは、最後に笑って別れる事が出来るのだから。
◆
ようやく、『僕』という人格を確かに獲得できたと思う。記憶は相変わらず
ある一人の少年の、孤独な人生だ。
何もかもを成しておきながら、それでもただ一つ、
「後悔か、あるいは感傷か。なんにせよ、やりたいことは決まったね」
願いはずっと一つだった。それだけを想い、頼りにしながら、興味も無い
「勘違いしていたんだ、ずっと。僕がやりたかったことを、願ったことを、望んだことを、他ならぬ僕自身が履き違えていた」
願いはずっと一つだった。それに間違いはない。ただ、永年抱き続けた願いは、歪みつづけて原型をとどめていなかったのだと気づいた。純粋に抱いたはずの願望の成れの果ては、願いというより、醜い妄執のようだった。
「でも、きっと、もうわかった」
歪み続けた願望は、いまその原典を取り戻そうとしている。
弱いくせに頑張り続ける
長い時のせいか、あるいは未だに意地を張っているのか──あるいは、下らないものにこだわっていたのか。なんにせよ思い出したのならば、正しい道を行くまでだ。
見たいものがある。ただそれだけの願いだ。追いかけ続けたのは、死ぬ間際に見た一枚絵。自分の気まぐれが起こしたものの終着点だった。
だからこそ、あの時と同じように自分は──誰よりも弱々しく強がる彼女を、見捨てられなかったのだろう。
「……簡単なことだったのにね」
色々と御託を並べて、心のうちを
「でも、それが『僕』だから」
例え、誰かに迷惑をかけることになっても。誰かの想いを無駄にしてしまうとしても。それでも叶えたいものがある。
だからこそ、『僕』は
◆
「──ちぃっ!、うぜぇったらありゃしねぇ!」
モードレッドの舌打ちと共に赤雷が
魔神柱から大量に
対城宝具・対界宝具を持つ面々の必死の制圧があればこそギリギリ拮抗を保っている状態だ。アダムの無限に等しい魔力ありきの戦術。絶対的不利に陥るようなことはないが、ただひたすらに
精神的な疲弊は、いずれ大きな隙を生む。勝つのではなく耐えるのが仕事のいま、それは望ましくない状況だ。まだ藤丸立香が到着していないというのも痛かった。
神殿の構造上、第Ⅰから順番に座を巡らなければ魔術王の玉座にはたどり着けない。まだここを彼女が通過していないということは、つまり、ここより前の座で立ち往生しているということ。
「──ったく、さっさと来いっての。いつまで狩り続けりゃあいいんだ」
ピッっと、剣を左右に振って血を払う。途切れることのない大軍を駆除し続けるストレスと折角の
不機嫌故に、戦闘の効率が良くなっているのはご愛嬌だが。
「こらえ性の無い方ですねぇ。まぁ? 私の
「──そうかよ! なら、もういっちょぶちかますかぁ!」
先ほどまでの渋面はどこへやら、そう言って嬉々として敵中ど真ん中に突っ込んでいくモードレッド。単純というか気分屋というか、まるで野良猫のようだ。玉藻の前は心底あきれたと深いため息をついた。
「……それにしても、私は
体に付いたいくつもの
なぜ自分だけ──とは言っても玉藻が知らないだけで効果の無い者はほかにもいるが──仲間外れなのかと。十中八九この現象の原因はアダムだと確信している玉藻は、ここまで彼がたどり着いたら一言文句を言おうと決めていた。
──とはいえ、そう考えていたのは彼が到着するまでの話で。
「えっ──」
しばらく見ない間にどこか逞しくなった立香に感嘆するのも束の間、その立香に率いられる彼の姿を見た瞬間、玉藻はその考えを翻さざるを得なかった。
◆
さて、まずは彼の持つスキル、『母なる庇護』について語ろうか。『アダム』について、このスキル無しで語ることは許されないだろうから。
『アダム』について──とは言うが、実際のところこのスキルを持つのはスキルの名前からもわかる通り『イヴ』の方だ。人類すべての母たる彼女の持つ子供たちへの慈愛の象徴、あるいは子供たちを傷つけさせないという決意の表れだからね。
効果はキミも知る通り、『人間に対するダメージの無効化』。彼は──いや、ここではあえて
この絶対防御は──これまたまるで魔法のように──時間も、空間も、距離も、どれにも関係せずに行われた。詳しいことはこのボクにもわからないけれど、恐らくは純粋な『神』『怪物』などを除くすべてに適用されていた──漠然とした説明で申し訳ないけどね。正確にはわからないのだから仕方がない。
まあ、とにかくだ。正直『母なる庇護』の対象がなんであろうといいんだ。大切なのはその
……犠牲無しの奇跡はありえない。奇跡と呼ばれる現象には、その輝かしさと反比例するようにして暗い現実が付きまとうことが常だ。なにせ、奇跡とは絶望的な状況に差し出された光明を指すのだから。
まあ、つまりはそういうこと。キミも知る通りに、彼女の
彼女のスキルは──『ダメージの無効化』のようにみえるそれは実際はそんな都合のいいものなんかじゃなかった。それにマスターは最後まで気付かなかった──あるいは『彼』が気付かせなかったのかもね。
『庇護』とわざわざ銘打ってあるんだ。『守護』でもない『防御』でもない、『庇護』と。名前の通り、そのスキルは
人類全ての母親は、ボク達をきつくきつく抱きしめて護っていたんだ。振り下ろされる凶刃がボク達に届くことのないように──その傷だらけの背中を、ボク達に見せないように。
◆
「なんです、あれ」
玉藻はその姿に息を飲んだ。柄にもなく恐怖すら覚えた。立香やエミヤたちが普段通りであることがさらにそれを助長した。自身のマスターが、笑顔で形容しがたい赤黒のナニカと共に歩いてくる。言葉を楽しそうに交わしながらこちらへ向かう救世主の集団は、玉藻から見れば『狂った』という形容詞だけでは表せないほどに異常だ。
かろうじて人間だろうとわかる見た目。血だらけ、と表現するだけではあまりにも足りない。斬られ、潰され、抉られ──そうした多種の傷跡が、目を背けたくなるほどに刻まれた体。まるで
指などの体の末端は、一切の原型をとどめていない。カルデアでの威厳たっぷりな様子から雰囲気が変わっていることも相まって、玉藻はその
あまりにも衝撃的な光景。精神的なショックで、一瞬、魔神柱にかけ続けていた拘束の呪術が思わず緩んでしまう。戦場が大きく傾いた。魔神柱が手に入れた自由は刹那の間であったが、その短い時間で雑兵を大量に再生成。もともと大軍だったあちらがわの勢力は、もはや一騎当千どころでは間に合わないほどにまで膨れ上がった。
「うぉっ……おいおい、どうしたフォックス。らしくねぇ」
いきなり敵が増殖した光景を見て、
「坂田さん、あれ」
「あん?」
震える指で立香たちの方を指し示す。あんなもの、あっていいような光景ではない。それもよりによってアダムを慕う立香のそばで。その立香が普段通りの様子であるのもまた狂気を匂わせた。
「お、大将たちじゃねえか! やっとかよ、待ちくたびれたぜ!」
「──っ!」
金時の様子に、玉藻の背筋に悪寒がはしる。そんな馬鹿な。あんな光景を見て、狂戦士というクラスにはもったいないほどの正義漢の金時が、何も疑問に思わないなんて。
「なんだ、しくじったのは大将たちがきて安心しちまったせいか? あんたもそういうとこあんだな」
「……ええ、私も初めて気づきました。私にもそんな可愛げがあったんですねぇ」
金時はそういうふうに勘違いしたらしい。適当に返すと、金時は「じゃあ、話してきな。尻ぬぐいはしとくぜフォックス」と言うが早いか、はりきって雑兵を蹂躙しにいってしまった。
「……」
なんだこの状況は。ホムンクルスの肉が避ける音と、人形たちの駆動音で支配された戦場の只中で、玉藻は静かに考える。立香含め彼らが幻を見ているのだろうか。いや、それとも──
「狐につままれたのは私のほう、なんて。まさか。笑えません」
なんにせよ、この異様な現象を見過ごすわけにはいかない。なにせ、化かすことに関しては一家言あるこの玉藻の前にさえどうやられたかも全くわからない幻術。きっと、ろくなものではないだろうから。
有体に言えば、
「一言文句──なんて悠長なこといってる場合ではなさそうですね」
玉藻の前は、そう呟いて
◆
「どう、立香。まだいけそうかい?」
「うん、大丈夫。まだまだいける」
「先輩、無理はなさらず。まだ時間はあるのですから、きついときは言ってくださいね」
第Ⅲの座を抜けてからずっとこの調子で心配ばかりされている気がする。溺れかけ打自分が悪いのだろうけれど、二人とも心配性すぎやしないかと立香は内心苦笑いした。
もうすぐ第Ⅳの座。第Ⅲの座は『大海原』だったが、次は果たしてどのような戦場なのだろう。なんにせよ、玉座に近づくにつれ危険度は増してくるだろうというのがブリーフィングでも言われていたから、気をさらに引き締めなければならない。
先ほども痛感したように、サーヴァントたちにとっては些細な環境変化であっても、自分にとって命に関わることは多い。アダムも『無効化できるのはあくまで一部の害だけだ』と目覚めた立香に念押ししていた。溺死や病死、あるいは呪いによる死など、無効化できないものはいくつかあるという
せめてその例外は自分自身でカバーするべきだろう。外傷を負わないだけましなのだ。これ以上頼るわけにもいかないのだし。マシュのおかげで『毒』の類も効かないのだから、甘えすぎというか、まるで箱入り娘のようだ。徹底的に危ないものから遠ざけられている
『マスター、報告する』
『オッケー、エミヤ。どうだった』
エミヤからの念話だ。立香たちは、先ほどの座の出来事から反省して、まず戦場の把握を突入前に済ませることにしていた。『千里眼』『単独行動』持ちのエミヤを先行させ、戦場を偵察。立香に大きな危険があるようならば対策をたてて挑む。慎重すぎるように思えるが、彼女が死ねば終わりなのだから当たり前の措置ともいえる。
『第Ⅳは若干ではあるが優勢。だが、大混戦極まっているから、通過には十分気をつけろ』
『そんなにひどいの?』
『ああ。ホムンクルスや人形が
『どうしようか』
『そうだな──槍のアーサー王がいたから、マスターは彼女の馬に同乗させてもらおうか。かのドゥン・スタリオンなら十分突破できるだろう』
『そうだね、了解。じゃあ、ランサーアルトリアに協力を頼んでおいて』
『承知した』
そうしてしばらくすれば、エミヤが立香の横に現れる。
「伝えてきた。この先で合流しよう、だそうだ」
「わかった、いこうか」
幸い、黒ランサーアルトリアは快く承諾してくれたので、立香たちは第Ⅳの座に進むことにした。
「うーわー……」
予想以上に混沌とした戦場模様に、立香はため息をはいた。
「いくら何でも、これは……アメリカでの戦いを思い出しますね、先輩」
「聞いた話では、第Ⅳはロンドンを基礎とした特異点だったはずだけど。一番小範囲な特異点を模す座がこの有様なんてね。さすがに予想外だ」
マシュとアダムは驚きをあらわにしてそう言った。
「来ましたね」
「お久しぶりです」
「ええ、壮健そうでなによりです。ほら、さっさと乗りなさい。のんびりしている暇はありませんよ」
「了解です」
手を差し伸べるアルトリア。立香はその手を取って、ドゥン・スタリオンにまたがった。
「むぅ……」
「……どうした、セイバー」
「いえ、なんでもありません」
「だが……」
「な、ん、で、も、あ、り、ま、せ、ん! アーチャーは黙っていてください!」
「……了解した」
姿が違う自分という存在に、やはりなにか複雑な思いがあるのか、セイバーの方のアルトリアはエミヤとそんなやり取りをしていた。他のメンバーはそんな二人を苦笑しながら見ていた。
「なにをやっているのですか
呆れたといった感じで大きくため息をつきながら、槍のアルトリアは脚で馬の腹を叩き出発を促した。ゆっくりとドゥン・スタリオンが歩み始める。
「馬を先頭に隊列を組んで前進、ってことでいいんだよな」
「うん。クーフーリンは
「いいぜ、まかせな」
ゆっくりと歩みながら隊列を決める。それぞれに最適なポジションを割り当てていく。的確な配置は立香の一年分の経験の賜物だった。
「アルトリアはここ。マシュはそっちね。アダムは──」
「──ちょっと、マスター。よろしいでしょうか」
そうして最後、アダムの配置を決め終わるといったときに、神妙な声が横から挟まれる。和装の巫女、玉藻の前だった。
「あ、玉藻。会えてよかった。どうしたの?」
「ええ、会えてよございました──ではなく。そこの御人、ちょっと貸していただけますか?」
そう言いながら、玉藻はアダムのほうを指さした。見たこともない真剣な表情をしている。それどころか、玉藻はなにか──アダムに対して、
「え、っと。それはちょっと──」
無理かな。と言おうとしたところで。
「わかった。立香、すまないけどちょっと彼女と話してくるよ」
そう、指名された本人が言った。
「ちょっ、アダム?」
「なに、すぐに追いつくよ。先に行くといい。『ダメージ無効化』も、距離に関係なく働くから心配ないさ」
淡々と言うアダムに、立香は言い知れない不安を覚えた。このまま分かれてしまえば、もう二度と彼に会えなくなるような気がした。
「大丈夫。立香、信じてくれ。それに、必要なことなんだ」
不安に顔をゆがめる立香。アダムはその白い掌でそんな立香の頭をやさしくなでた。
「──わかった。すぐ追いついて、絶対だよ。玉藻も、なんか妙な事しちゃだめだからね!」
「……わかってますとも」
立香はそんなアダムの様子に引き留めるのをあきらめた。めったなことがないようにと、立香は玉藻に釘を刺した。そんな立香の言葉に、玉藻は苦笑しながらもうなづいた。
「では、そろそろ行くぞ。もう時間もない、早くこんなところから抜けなければ」
エミヤが出発を促す。立香は小さく首肯すると、ランサー・アルトリアの腰に手をまわしてしっかりとつかまった。
「じゃあね、アダム。またあとで」
「うん、またあとで」
アルトリアがその腹を強く蹴ると同時に、ドゥン・スタリオンが戦場を疾走する。ギュン、と一気に加速し、アダムたちとの距離が一瞬で離れていく。
立香はアダムと玉藻の二人の姿を眺め続けた。やがてホムンクルスと
少しづつ玉座との距離は縮まっている。決戦の時も、刻一刻と近づいてきていた。
◆
ところ変わって、ここはカルデア内レイシフトルーム。
管制室内はひどくあわただしい状況だった。今までにない規模のレイシフト。立香とマシュを意味消失させないための存在証明は、困難を極めた。
カルデア管制メンバー総動員で必死にことに当たっている。ただでさえ不足している人員。それを各々が無理矢理にやりくりして今の状況を維持している。戦えない自分たちにはこれだけしかできないからと、そう己を奮い立たせて。
「立香ちゃんが第Ⅳの座を突破しました!」
女性の職員がそう大きな声で叫ぶ。管制室内に喜びの空気が広がる。第Ⅲの座で立香の存在が一時期観測できなくなっていた時は暗い雰囲気が漂ったものだったが、今はそれも払拭され、持ち直してきていた。
「よし、そのまま観測を続けてくれ! 存在証明を途切れさせるな!」
ダヴィンチがそう指示する。了解!、と管制室内のあちらこちらから声が上がった。
「……おかしいぞ」
「うん? どうしたんだ、ロマニ。そりゃあ、油断はできないけれど今のところ順調だろう」
「ボクもそう思いたい。けれど、なにか嫌な予感するんだ」
ロマンは漠然とした不安を覚えていた。なんの根拠もありはしない。いまのところ順調に進んでいるのは間違いない。けれど、なにか
「──!、存在証明途切れました! 観測が阻害されています!」
「なにぃ!?、まてすぐにそちらへむかう」
管制室内、男性の職員が悲鳴に近い声を上げる。ダヴィンチはその言葉に慌ててその職員の方へと向かう。ロマンもはじかれたように立ち上がった、その時。
『ロマニ・アーキマン。私だ、マーリンだ。今、第Ⅶの座からそちらに話しかけている』
目の前に置かれた小さなモニターに突然マーリンの顔が映る。いつもの軽薄そうな笑みとは違って、神妙な面持ちだった。どうやって通信をつないだのかは気になるところだが、とにかく今はそんな場合ではなかった。
「なんだマーリン。悪いけどキミの話を聞いている暇はないんだ。立香ちゃんの存在証明が途切れたんだ!」
『それなら問題ない。存在証明は実際は途切れてなんかいない。一時的に途切れたように見せかけただけだ』
「はあ!? 幻術をつかったってことか!? なんだってそんなこと!」
『キミと話をするためだ、ロマニ・アーキマン──ああいや、
「──なんだって」
マーリンのことだから、自分の正体に気づいていることはこの際どうでもいい。予想の範囲だ。問題は、そこまでして自分に通信をよこした理由だ。
『ここにはキングハサンくんもいる。言ってる意味がわかるかい?』
「……冠位のサーヴァントがそろって、いったいなにを」
キングハサンにマーリン。そして、魔術王ソロモン。この通信に関わっているのは、どれも
先ほど感じていた嫌な予感が再びこみあげてくる。
『キミも感じているはずだ。その身はただの人間になったとしても、体に刻まれた使命は衰えてはいない』
「まさか、そんなばかな。おいおい、冗談だろ!」
最悪の可能性に思い当たる。自然とロマンの口から否定の言葉が漏れ出てきた。冠位のサーヴァント。そして自分が感じている嫌な予感。この身に帯びた使命。そのキーワードが示すのは一つだけ。
『気を引き締めろ魔術王ソロモン。
マーリンのそんな言葉が、脳みそにやけに大きく響いた。
心のままにわがままに、『彼』は
きっと、誰かにとっての迷惑で、誰かにとっての絶望であるのだろう。
それでも、『彼』は振り向かない。
それが独りよがりなわがままでも、間違いなくそれは、『彼』の願望なのだから。
怪しい雰囲気出てるけど、ハッピーエンドにはしますよ?
この話をもって、タグに『原作死亡キャラ生存』を追加します──その意味は分かりますね?