彼らの巣立ちを見守るために   作:ふぇいと!

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タイトル通り、回想です。

アダムはでないよ




【回想】『泣き虫/強がり 立香』

 

 

 

「立香ってさ、泣き虫だよな」

 

もう3月も下旬の春の日。片付け損ねた炬燵で寝転がりながら、特に興味もないバラエティ番組を眺めていれば、突然、頭上からそんな声が降ってくる。

 

「……え、なにいきなり」

 

特に話の流れがあったわけでもなく、そんな唐突な言葉になんと言えばいいのかわからない。当然、戸惑いを表した言葉を返す。

 

「なにって、そのままだろ」

 

「いや、だから。なんでそんなこと言い出したの」

 

自分の言葉を聞いてるのか聞いてないのかもわからない()に、埒が明かないと起き上がって目を会わせる。これまた季節にそぐわない青の袢纏(はんてん)を身にまとった黒髪碧眼の兄は、煎餅(せんべい)を齧りながらこちらを見ていた。なんとも爺臭い。

 

「なんとなく。言いたくなっただけかな」

 

「なにそれ、人のこと泣き虫って言いたくなるって、それどんな病気?」

 

はぁ、とため息をつく。我が兄ながら酷くマイペースだなと呆れてくる。妹として兄のこの性格は尊敬することもあるが、今のように少々鬱陶しく感じることもあるので、どうにも。身内としては兄を相手にすれば大体こういう評価に落ち着く。こんな兄がえらくモテていることが信じられないぐらいだ。

 

「……大体そんな、まるで今でも泣き虫みたいな言い方やめてよ。そうだったのは小さい頃の話でしょ」

 

確かに小さい頃泣き虫だったのは事実だ。ちょっと悪口言われたりだとか、怒られたりだとか、そんな些細なことですぐ泣いてしまうような子供だった。

 

けれど、それは本当に幼い頃の話であって、今ではそんな性格ではなくなった……と思う。少なくともここ数年泣いた覚えは無いのだし。

 

「いや、今でも立香は泣き虫だよ」

 

けれど、そんな自分の想いとは裏腹に、兄はしょうがないなぁといった風に笑いながら、やけにハッキリと告げた。ムッと、少し苛立ちが湧いてくる。

 

「まさか。なにを根拠に。いつ私が泣いたっていうんだか」

 

「うーん。分かってくれないかぁ……」

 

「わかりません!!」

 

酷い兄だ、と悪態をつく。ふんっ、とそっぽを向きながら、炬燵の上の煎餅を荒く取り上げかじった。

 

「……まぁ、『泣き虫』っていうのは言い方が悪かったかもね。なんていうか、立香は心がいつも泣いてるっていうか、俺はそういうことを言いたかったんだ」

 

「はい?」

 

「来週から、海外だろ? カル……デ、アだっけ? 妹が国連の所属になるっていうのは、兄として鼻が高いけど……それ以上に、俺は立香が心配でね」

 

父さんも母さんも同じさ、と兄は少し寂しそうに笑った。

 

「別に、心配しなくたって……私はもう大人だよ。巣立ちの時期でしょ」

 

それが愛情ということを分かっていながらも、子供扱いされているような気がして、なんとなく気にくわない。

 

「いや、そういうことじゃないんだ。立香はもう立派な大人。そういう部分で心配はしてないよ」

 

「……?」

 

「さっきも言ったろ? 立香は泣き虫だから」

 

「だから、わかんないって」

 

言葉足らずかあえて誤魔化しているのか。要領を得ない兄の言葉にまた苛立ってしまう。

 

「たしか、よくわからないけど、世界を平和にするための活動をするんだろ? 立香は優しい子だから、きっと頑張りすぎちゃう気がして」

 

「……」

 

「肩肘張ってさ、誰にも頼れずにずっと一人で頑張って、いつか倒れちゃいそうだなって」

 

「そんなこと……」

 

「世界の平和維持──なんてさ、きっといいことばかりじゃなさそうだし。人間の汚いところとか、残酷なところとか、きっと一杯見ることになるだろうし。救おうとしても救えないものがたくさんあるだろうし」

 

「わかってるよ。覚悟してる」

 

「……心配なんだよ、立香。君は優しいから、ずっとそういうものをずっと背負ったまま過ごしていくんじゃないかって。いつか重みに耐えられなくなるんじゃないかって」

 

「だから、大丈夫だって」

 

「……そう。ならいいんだ」

 

思わず強めに断言した。それは兄を安心させるためだったのか──それとも、自身の中にある不安を振り払う為だったのか。どちらにせよ、兄はその言葉を聞いて引き下がった。

 

「でもまぁ、たまには帰ってきなよ? 立香の活躍も悩みも、父さんたちは聞きたがるから。もちろん、俺も聞きたいし」

 

「わかった。落ち着いたらメールも送るよ」

 

そう言うと、兄は嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

人類史が焼却される、一週間前の話だ。

 

 

 

 

 

 

「あんなに怒らなくたっていいのに……」

 

「はは、所長は短気──いや、余裕がない人だからね。次から気を付ければいい」

 

たどり着いて早々に行われたブリーフィングで、大雪の中を歩いてきたばかりで疲れきっていた立香が意識を保てる訳がなく最前列でネムネムしてしまい、所長にしこたま怒られた10分後。自室として案内された場所に居座っていたサボり魔の男性──Dr.ロマンに愚痴を溢せば、返ってきたのは苦笑だった。

 

所長に失礼なことをした、というのはわかっていても、衆人環視の中で今後の活動から外すなんて宣言されてしまえば、不満も貯まるもの。ロマンが言う『次』があるのかもわからない始末だ。

 

それなりに()()()()()を覚悟して、それでも人の役に立とうとはるばる日本からやって来たのに、これからどうすればいいのだろうか。

 

「……そうだ」

 

「ん、立香ちゃんどうしたの?」

 

「あ、家族に手紙を……どうせ暫くは暇でしょう?」

 

兄に言われていた言葉を思い出した。悩みがあれば相談してほしいと言われていたことだし。メールは所長に嫌われてしまった今の状況で使えるか怪しいので、手紙にするとしよう。

 

持ってきた荷物を探る。便箋を用意している訳はないので、ルーズリーフを一枚取り出して、そこに取り敢えず書くことにした。

 

「あぁ、なるほどね。愚痴を近しい人に吐き出すっていうのは、医療に携わる者として良いことだと思うよ。検閲なんてされないから、所長の愚痴でもなんでも、自由に書くといい」

 

「人の部屋に勝手に居座っている()()()()の愚痴でも?」

 

「あー、それは勘弁してほしいかな、なんて」

 

皮肉を返されて、たじたじのDr.ロマン。いい人ではあるのだろうけど、カウンセリングも担うような医療部門トップが、こんな緩い感じで良いのだろうか? あるいは、そういう役割にはこの性格の方が向くのかもしれないけれど。

 

そんなことを考えながらDr.ロマンを半目で見つめていれば、図ったかのようなタイミングでレフ教授から呼び出しがかかった。Dr.ロマンは私の視線から逃げたがっていたようで、しめたとばかりに部屋を出ていってしまった。

 

それを見送って、ペンをとる。思えば手紙なんて書くのは初めてだ。どう始めようか。

 

「まぁ、無難に──」

 

拝啓、と書き出そうとしたその時、大地震と間違うような揺れと共に、爆音が(とどろ)いた。

 

 

 

 

 

 

人理修復? 世界が滅亡? 訳のわからない話を一気に聞かされた頭はもうパンク寸前だった。

 

「私にどうしろっていうの……」

 

燃え盛る観測室で死にそうになっていたマシュの手を思わず握って。死んだかと思ったら燃え盛る町に放り出されて。いきなり漫画みたいな戦いが始まって。レフ教授は裏切り者で。所長は死んでしまって。

 

『世界平和を目指す所で、そこで必要な人材の適性がある』と、そう言われたから来ただけだったのに。いや、確かにその謳い文句は怪しかったけれども。いきなりこんな普通の小娘を捕まえて何を言い出すかと思えば開口一番それだったのだから、もちろん訝しんだけれども!

 

あのときは、何故か──国連所属という所に大きな信頼性があったからかもしれない──信用してしまって、この状況。正直着いていけていない。

 

色々と大変だろう事を予想し、覚悟して此処に来たものの、こんな職場だったなんて完全に想像の外だった。

 

世界が滅亡したなんていきなり言われても。このカルデアの中にいる人以外は、全員死んだなんて言われても。そんなこと言われても!!

 

混乱している自分を見かねてか、ドクターとダヴィンチちゃんからは部屋に帰って休むように促された。明日改めて話をしたいという。きっと自分は唯一生き残った者として大事な役割を任されることになるのだろう。

 

──そんなの、私には、無理に決まっているのに。

 

茫然自失といった感じで歩いていれば、自室にいつの間にか到着していた。

 

「あ……」

 

全面真っ白で無機質な部屋の中で、何故か机の上にある紙切れが目にとまった。その紙切れだって真っ白なのに、まるで輪郭をさんざん誇張されたみたいに浮き上がって見えた。

 

書きかけの手紙だ。拝啓、と書こうとして、『拝』すら書き終わっていない手紙だ。

 

いきなり戦力外通告を出されて、不満たらたらの内心を家族に吐き出そうと思った手紙。所長のことをこれでもかと扱き下ろしてやろうかと、あのときはそう思ってペンを手に取った。

 

「あ、──」

 

ふと、気づく。

 

ああ──手紙を送る相手も、そこに書こうとした不満の原因も、全ていなくなってしまったのだと。

 

ヒステリー持ちで高圧的だったけど、それでも私を最後は認めてくれたオルガマリー所長も。季節外れの袢纏を来て私を「泣き虫だ」と言った兄も。出発前夜、豪勢な料理を作って泣きながら「寂しくなるわね」と無理やり笑っていた母も。空港で、「頑張れよ」と照れくさそうに何年ぶりにか頭を撫でてくれた父も。

 

みんな、みんな、みんな──

 

「そっか……そ、っか……」

 

つう、と頬に熱い感触がつたう。

 

そして、肩にずしりと、重いものが積み上げられたような気がした。

 

 

 

 

 

 

「う、おぇっ……」

 

気づけば駆け出して、洗面台にのし掛かるようにしながら嘔吐していた。もう丑三つ時も過ぎた夜。これで何度目の覚醒だろうか。

 

目を瞑り、微睡みの中に落ちていこうとすれば、決まって浮かぶのは死んでいった()()の顔だ。

 

第一の特異点、竜によって支配された百年戦争。歩き回る死体に、食い殺される兵士。人の死を間近で何度見たことか。ここまで人の命とは軽いものだったのかと、とても辛い気持ちになった。

 

浮かび上がる()()の顔のほとんどは、名前も知らない、一目みただけの()()のものばかりだったけれど、どうしてもそれを忘れることが出来ない。忘れてはいけないような気すらしてくる。

 

ドクター曰く、「修復してあるべき歴史に戻った特異点での死は無かったことになる」のだとしても、私にはどうしても、この死に顔たちを振り払うことが出来なかったのだ。

 

ひとしきり吐き出し終わって、ベッドに倒れ込む。ちらりと視界に入った机の上に、ほとんどにも書かれていない紙と一本のボールペンが見える。

 

肩にかかる重圧は、さらに重くなっていく。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

声すら出なかった。あるいは、出したくなかっただけかもしれない。

 

第七の特異点。神殺しまで成し遂げて修復した魔獣の巣窟バビロニアだったが、そこに達成感は無かった。

 

ギルガメッシュ王の一言によるものだ。「特異点での死は無かったことにはならない」と。修復した後、その死因が変わるだけであって。そこで失われた命は、経緯が変われども失われたままであると。そう言われたから。

 

ならば、なんのために私は──

 

危ない方向へ向こうとする意識を、折れようとする心を、無理やり奮い立たせようと頑張る。

 

なんとか持ち直して、けれどぐらぐらと不安定で、もう限界が近づいているような気がした。

 

ずしりずしりと、肩にかかる重さは、第七の特異点だけで何倍にも増えたような気がした。

 

ベッドに横たわったまま、ちらりと机の方に目を向ける。上に乗ったちいさな紙は、傷みが酷い状態だった。書きかけの『拝』の字も、とうとう消えかかっている。

 

もう、過去の人達は救えないとしても──まだ、守れるものが、救えるものがあるのなら。白紙の手紙をみて、そんなことを思った。

 

そうして私は、肩に重いものを背負ったまま、『生きなければ』と、自分を叱咤する。

 

 

 

 

決戦前最後の英霊召喚が行われる、ちょうど前日の話だ。

 

 

 

 

 

 

そうして、少女は運命(Fate)と出会う。

 

背負ったままの重荷を、ようやく下ろす時が来た。

 

 

 

 

 

 





この小説では立香も半分オリ主みたいなものなので。彼女の心理描写が足りないかなと思って投稿。本編は執筆中なので暫し待たれよ。

因みに、立香ちゃんがカルデアのあんな怪しい誘い文句を比較的簡単に信用したのは、本文でもあったように国連うんたらということもありますが、一番の理由は軽い暗示にかかっていたからです。立香の家族も同様。

じゃないと、ただの一般人があんなところに就職したりしないかなって。




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