彼らの巣立ちを見守るために   作:ふぇいと!

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『願いがあった』

 

 

 

 

 

 

──消えていく。

 

 

僕の人生全てが風化していく。塵へと還っていく。

 

成し遂げたものが、見つけたものが、創りだしたものが。その全てが埋もれていく。

 

ああ、なんて悲しいのだろう。虚しいのだろう。

 

生きるか死ぬか、そんな簡単な二択を散々に悩み続けて、迷子のままにまるで時間を稼ぐようにして生を繋いだ。

 

殺して喰らって、他の命を糧とした。犠牲にしてきた彼らに胸を張れるまではと、惰性で生を続けた。何かを殺した者が自分を殺して楽になるなど許されないと、そうして生涯を過ごしてきた。

 

長く、長く。僕の人生は十分に長大だった。他の生物とは比べるまでもなく長いと分かるぐらいの生だった。

 

 

──消えていく。

 

 

築いたものが、多くあった筈なのだ。

 

火を起こした。毒を知った。食べられるものを見極めた。家を建てた。狩りの方法を確立した。狩りのための道具を創りだした。文字を書いた。歌を歌った。装飾品を削りだした。料理をした。炭を焼いた。薬を作った。

 

長い長い生涯、そのすべてを使って。これだけのことを成した。あるいは、まだまだあるかもしれない。

 

 

──消えていく。

 

 

もう自分すら憶えていないぐらい、彼方の昔の話だ。

 

観測し続けた人理は遂に西暦の2000を数えて、もう何年前から人類を見続けたかすらも解らないのだから、思い出せないのも当然だろう。

 

様々な記憶はひび割れていく。必死に駆け抜けたはずの生涯は、長い年月でただの記録に成り下がり、遂には忘却すべき塵へと姿を変えてしまった。

 

しかし、色褪せない鮮明な記憶もいくつかある。

 

例えばそれは、初めて火を起こしたあの日の高揚。闇に怯えるだけだった僕が、たとえそれが些細なものだったとしても、対抗できる手段を手に入れた時の胸の高鳴り。

 

例えばそれは、初めて毒を知った時の絶望。物を口に入れるという生きるのに必要なはずの行為が、自分を殺し得ると知ってしまった時の困惑。

 

例えばそれは、初めて命を喰らった時の悲哀。目の前で紅い血(したた)らせるさっきまで生きていた筈の何かを殺した時の震え。こうしなければ生きていけないのだという諦観と、自分もこうなるかもしれないという悪寒。

 

──そして、例えばそれは、死んだあの日のこと。

 

思えばあっけない最期だった。結局、運命は定められたとおりに。今まで行ってきたことの代償が返ってきただけだった。腹を空かせた肉食獣に喰われたのだ。

 

何匹もの獣に飛びつかれ倒れ、仰向けのまま肉を喰らわれた。鋭い牙が腹部や脚に突き立ち焼けるような熱さを感じた。だが、不思議と痛みは感じなかった。

 

目に映るのは、とても透き通った青い空だった。

 

グチャリと肉の千切れる生々しい音を聞きながら、それでも僕はあの空に見入っていた。

 

雲ひとつなく、冬の季節には珍しく暖かく、風がゆるく心地よいぐらいの強さで吹いている、そんな日の空だった。太陽の光が森の木々を貫くように降り注ぎ、いつもと変わらず川のせせらぎが聞こえていた。

 

実に数秒程度の感傷だ。僕はすぐに死んでしまったのだから。

 

けれどそれは、きっと。最後まで──たとえ火を起こしたことを、毒を知ったことを、命を食らったことを忘れ果てても──この身に刻まれ続けるだろう。

 

虚しい最期、凄惨な最期だと思うなら、それでいい。

 

けれど、確かにあの日、僕は()()()()()()()()()のだ。そこで死んでしまうことに後悔など抱いていなかった。あるいは、酷く充実した思いすら抱いていた。

 

それはきっと──その青い空に飛び立つ、あの()()()()を見たからだった。

 

 

──消えていく。

 

 

功績は埋もれて、人生は風化し、今や誰も知る者はいない。

 

僕自身ですらわからないほどに記憶は摩耗し、遂には感情すら脱ぎ捨てた──感情を持っていたか否かすら、忘却して解らなくなってしまった。

 

けれど、確かなものはここにある。

 

感情はない、愛情など言うまでもなく。親としての完璧などには程遠い。

 

しかし、もう一度見たいと感じた、その想いだけはいつまでも残り続けている。

 

それが何によって成されるのかはわからない。聖杯か。 此度に参加する戦いの先にあるのか。 あるいは──『抑止力(アラヤ)』の望み通りに振る舞えば手に入れられるのか。

 

召喚される可能性など、万に一つより少なかったはずだった。半ば諦めていたことだった。もう二度と『あの光景』を見ることなど無いだろうと断じていた。

 

それでも、機会を与えられたというのなら。

 

 

──消えていく。

 

 

例え、何を犠牲にしようとも叶えたい願いがあった。狂おしいほどに欲しくてたまらないものがあった。それだけを夢見たから、きっとここに居るのだろう。

 

功績などいらない。忘れ去られたままでいい。何も成せなかった愚かな自分でいいから──だから、どうか。

 

 

どうか、僕を独りにしないでください。

 

 

 

 

 

 

「野郎共、派手にいきなぁっ!───()───っ!」

 

フランシス・ドレイクが男勝りの号令を投げかける。第Ⅲ特異点を駆け抜けた英霊たちの集う場所、ここ第Ⅲの座『観測所フォルネウス』では、()()()()()()()()()()

 

それはドレイクの『黄金の鹿号(ゴールデンハインド)』や黒髭の乗る『女王アンの復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)』、さらにはイアソンやヘラクレスの船『アルゴノーツ』が最大限に活躍できる領域。

 

航海しにくいことこの上ない大荒れの波であったが、それはそれ。英霊として数えられた船乗りたちにとっては、ちょっとした苦難にすらならない。

 

むしろ、都合が良かった、と言っていいだろう。宝具で呼び出される船は決して陸を動けないわけではないが、それでも水上を走るか否かでは速さも強さも段違いなのだ。

 

「ええぃ、怪物、怪物、怪物! 海の中から触手がはえて、まるでクラーケンだ! 命がいくつあったって足りないじゃないか!」

 

大荒れの海の中、必死の形相で船を操りながら叫ぶのは、『アルゴノーツ』の船長イアソン。

 

ヘラクレスにメディア・リリィとヘクトールというサポーターを付けた彼。自身はそのヘラクレスが力を万全に振るうための囮となって、こうして乱立する魔神柱の中を縫うように航行している。

 

だが、限界もそろそろだ。大人の方のメディア(イアソンにとっては悪夢でしかない)が船にかけた保護の魔術も切れかけ。小物ではあるが、それでも数多の英雄を率いた参謀たるイアソンの賢しい頭には、これ以上の時間稼ぎは不可能という考えが()ぎっていた。

 

メディアがもう一度魔術をかけ直してくれればいいのだが──残念なことに、彼女も魔神柱を拘束するのに手一杯。彼女を責めることなかれ、むしろ工房を持たないキャスターとしては破格の働きである。

 

ドレイクや黒髭は余裕があるように見えて、あれは『ピンチの時ほど面白い』という航海者としての生来の気質が出ているだけだ。

 

()()()()()()()()()()()()()。イアソンの切なる願いだった。

 

「──ああ、くっそ! いつまでこんなこと続ければいい! あの小娘はまだなのか、俺にだって限界はあるんだぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

「──なんだこれぇっ!」

 

「海、海、海です先輩! 見渡す限りの海原が出現しています!」

 

驚く立香とマシュ。魔術王の玉座を目指す道中、それぞれの特異点を模した座を通らねばらならないとは予想していたが、まさか海になっているとは思わなかったのだ。

 

「どうやって渡ろう」

 

「なに、サーヴァントならばどうにでもなる。マスターは、そうだな……」

 

「僕が抱えて行こう。それが一番安全だろうし」

 

悩むエミヤにアダムが手を挙げる。魔神柱の攻撃を防ぐことはできても反撃することができない自分では、両手が開いていても足手まといだろうと思ったが故だ。特に誰も文句はなく、アダムが背負っていくことになった。

 

「ほら、立香。乗って乗って」

 

「う、うん」

 

165cmと自分とあまり変わらない身長だからか、背負われるのは妙に気が引ける立香だが、相手はサーヴァント。ジャック・ザ・リッパーなど小さな子供の姿を取る英霊でも立香の何倍もの膂力を持つのだから、いらぬ気遣いである。

 

よっ、と小さく声を出してアダムが立香を背負う。立香が彼の首に手を回すように固定してみれば、見た目よりもかなりガッシリとしていて、立香は少し驚いてしまった。

 

「じゃあ、いこう。まずはそうだね、あの船あたりを目指そうか」

 

「あれはたしか、女海賊(ドレイク)の船だな。いいぜ、そうしよう」

 

立香を片腕で支えながら器用に指を指すアダムに、クー・フーリンが同意する。

 

海原を駆ける無数の帆船。一番近いのはフランシス・ドレイクの船『黄金の鹿号(ゴールデンハインド)』だ。まずはそこを目指す。

 

此処にいる英霊は水の上を走るぐらい訳ないが、それでも安定した足場のほうが望ましい。加護で水に沈むことのないアルトリア以外は単に技術や魔術で浮けるだけなのだから、どうしても不自由を感じてしまう。

 

クー・フーリンが先陣を切り、その後にアルトリアが続いた。立香を背負ったアダムとマシュが走り、最後にエミヤがついてくる。

 

加護のあるアルトリアは無論問題なく、エミヤ、マシュは魔術で足場を固めて走る。クー・フーリンはルーン魔術を使っていて──アダムは、なんだろうか、立香にはよくわからない技術を使っていた。

 

「アダムそれ、どうやって歩いてるの?」

 

「え、ただ脚を早く動かしてるだけ。ほら、沈む前に踏み出せばってやつだよ」

 

「まさかの脳筋突破……っ!」

 

理知的な雰囲気を持つアダムだから古代の魔術でも使っているのかと思えばこれだ。『起源』のスキルで水上歩行ができる魔術ぐらいいくらでも学んでるはずなのだが。

 

『アダム』としての性質なのか『彼自身』としての性質なのか、彼にはどうにも大雑把なきらいがある、と立香は思った。小細工する必要がない程スペックが高いからなのだろうか。

 

「魔力を消耗しなくて済むんだから、別にいいじゃないか。むしろ、最高に頭の良い歩き方だと思うんだ」

 

「人はそれを()()()()()と呼ぶんだよ、アダム」

 

それはショック、と呟き予想以上に傷ついたらしきアダムは放置して、立香は眼前の荒海へと目を向ける。

 

そろそろアダムたちが走る海面も大きくうねりだす領域に入ってきた。波に沿って歩かなければならない都合上、まるで絶叫マシンのように激しい動きを繰り返しながら進む。立香はちょっと気持ちが悪くなってきてしまった。

 

「ううっ……」

 

「ありゃ、立香は絶叫系は苦手かい?」

 

「うん、得意じゃない──いや、アダムの口からそんな言葉(絶叫系)が出てきたのが衝撃すぎてなんか吐きそう」

 

「やめてよ? 僕の上で吐くのはやめてよ?」

 

割と本気で焦るアダムに立香は頑張って耐える。それはもう耐える。そのかいあってか、なんとかドレイクの船まで()()()()たどり着くことができた。

 

危なかった。横で荒波に揺られながらも器用に立香の背を擦る優しい後輩(マシュ)がいなければ、リバースしていたかもしれない。

 

「うー、やっとたどり着いた……うっぷ……」

 

「くっ! 予想外のダメージですねこれは。マスターがまさか酔ってしまうとは」

 

「よし、来たね。待ちくたびれた──なんだい、そのザマは? あの海(オケアノス)では平気だった癖に。そんな状態で船に登って来られても、こっちが不安になるじゃあないか!」

 

甲板に降り立ったかと思えば急に倒れこみ、真剣な顔のアルトリアの膝の上で唸る立香。船に乗る前に酔ってくる乗組員など前代未聞である。太陽を落とした女フランシス・ドレイクもこれには苦笑いだった。

 

「──しょうがない。立香、コレを見るといい」

 

「う、うん……?」

 

「眺めていれば落ち着く。ただの酔いなんだ、心を静かにするだけで不思議と治るものさ」

 

やれやれ、といったふうにアダムは人差し指をピンと立てて、立香に見せる。突然のことに困惑する立香の目線がそこに集まったことを確認すると、アダムはひとつ小さな炎を灯した。

 

ゆらゆらと揺れる灯火が見る者の心を落ち着け、傷を癒やす。

 

凝視している立香と違い傍からちらりと見ただけのマシュであったが、一瞬、今が戦場であることを忘れるかのような安心感を覚えた。コレならば、酔いだけでなく立香の張り詰めた精神も安らぐだろう。

 

「『光なき原初の世界(ヴェイグ・エンバー)』……そういえば、治癒効果もあるのでしたね」

 

「……本当に、守ることに関しては事欠かないのだな、彼は。羨ましい限りだ」

 

見るのは初めてだが、予想以上の効果にマシュは素直に感嘆。エミヤはアダムを僅かに羨望の入り混じった目で見つめていた。

 

他人の受けるはずのダメージを完全無効化する手段に、仲間を治癒する広範囲宝具──なるほど、()()()()()()というのは大言壮語ではなかったらしい。

 

「……うん、落ち着いてきたかも」

 

治癒といっても、致命傷を即座に治すような強力なものではないよ──というのは宝具を持つ本人の言葉だが、立香の船酔い(波酔い?)は流石に一瞬で治してみせた。

 

青白かった立香の顔色は健康的な赤みを帯びてきた。元気を取り戻したらしい。精神的な緊張も程良く落ち着いたのか、先ほどまでより余裕が感じられた。

 

「──はぁ、やっとかい? 全く緊張感のない奴らだね」

 

「ごめんごめん、ドレイク船長。まさか海になってるなんて思わなくて」

 

「アタシ達もそりゃあ、此処に来た時には驚いたよ。原因はわからないが──まぁ、いいんだ! 環境としてはこっちに有利、なら気にする必要なんてない。いつもどおり海賊らしく、バカみたいに暴れるだけさ!」

 

力強く笑うドレイクに、流石肝が座ってる、と立香は釣られて笑った。

 

「それに、いつからだったか、()()()()()()()()()()()()。コレもよくわからない事だけど、ありがたい話さ。利用させて貰ってるよ」

 

「ああ、それなら、この人のせいだよ」

 

()()って、悪事を働いた訳でもないっていうのに……」

 

立香の紹介に不満そうに言うのはアダム。まるで「この人が犯人です」と突きつけるようなやり方に物申したいことがあるらしい。

 

「──へえ、そいつは凄い力を持ってるね。それにだ、男ならグチグチ言うんじゃないよ。女子供が相手なら尚更さ」

 

「だから、僕は()()()()なんだってば!」

 

なんで悲しいことを何度も連呼しなければならないのか、とアダムは声を荒げた。

 

「はぁ、なんだか知りませんが凄い兄さん。姐御のいうことなんて気にしないでやってくだせぇ。なんせ本人がどの乗組員よりも漢らしいときてるんで、並の漢らしさってのがわかってなんでさぁ」

 

「いい度胸だねぇ、ボンベ。一旦沈んどくかい? 名前らしく、しばらくなら呼吸しなくても生きていられるかもしれないよ?」

 

「いや、それは勘弁を──ほら、お前らぁ! 仕事するぞ仕事ぉ!」

 

気心知れた仲なのか、ドレイクに対して女性らしくなさを指摘する怖いもの知らずの乗組員ボンベは、アダムをフォローするがしかし、ドレイクにひと睨みされてすごすごと引き下がってしまった。

 

「海賊とは、それでいいのかね……」

 

「なんつーか、完っ全に尻に敷かれてんな」

 

ドレイクのような『強い女』というのに色々と縁があるエミヤとクー・フーリンは、呆れたようにボンベを眺めながらも、少しばかり同情のような気持ちを向けていた。

 

女は怖い、あれは怖い。それは二人の──いや、世の男大半の共通認識なのだ。

 

 

 

 

 

「──おいコラァァァア! そこ、ほのぼのした空気とか醸しだしてないでさっさと助けろやぁ! マジ、フ○ック! あんたらが来てから今まで拙者だけでこのデカブツ受け持ってんですけどもぉ!?」

 

遠くから野太い慟哭が聞こえてくる。アルトリアやマシュ、立香までも女性陣はその声の主に「うわぁ…」という反応を返す。アイツいるんだ、来たんだ、という心の漏れだ。

 

「え、何その反応。ねぇ、拙者頑張ったよ? 妙にこちらばかり狙ってくるこの怪物(クラーケン)を足止めしてたよ? これでもマスターちゃんの方に被害がいかないよう、結構気を使って頑張ったんですぞぉぉ!?」

 

「ソウデスネ、カンシャシテマス」

 

「心こもってなさ過ぎでは!?」

 

因みに、魔神柱から発射されるビームを紙一重に神回避しながらの発言である。あまりの紙一重さに黒髭の自慢の黒髭が焼け落ちてしまった。いや、卑猥な意味でなく。

 

「あっちいぃぃ! 髭が、拙者のチャームポイントの髭がぁ! もう散々でござるよぉ!」

 

「日頃の行いの結果ですわね、コレは」

 

「いつもマスターたちにまでセクハラしてるからこうなるんだよ。自業自得」

 

顔から黒煙を上げるというギャグ漫画のような黒髭の姿を呆れたように見ながら彼を罵倒するのはアン&メアリー。今回も第Ⅲ特異点と同様、黒髭の船に乗っていたらしい。

 

「やっほー、マスター。会えてよかった」

 

「酔いは覚めたようですわね」

 

「二人共、来てくれたんだ……よかった!」

 

黒髭の『女王アンの復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)』が大分近づいて、二人の姿が立香にも見えた。こちらとあちら、船の手すりに乗り出して再会を喜び合う。

 

「……拙者とは本当に反応が違うのでごさるなぁ……悔しい、でも…っ…」

 

「そういうところなんじゃないかなって」

 

「ア、ァ!? てめぇ、この黒髭様に──」

 

男が言うにはあまりに気持ちの悪い台詞を吐こうとした黒髭にむかって、アダムが見かねて言えば、物凄い形相で黒髭が振り向き──そして固まった。

 

完全なるフリーズ。色々と彼のキャパを超えてしまったらしい。

 

(え、あれってなんでござるか。)(美少女でござるか。)(それともママでござるか。)(あんなの見せられたって、)(拙者はどうすれば……)

 

「ハァ……」

 

「もーう、なにしてんのさぁ!」

 

ブツブツと何かを呟く黒髭に、心底呆れたとアンとメアリーはため息をつく。こんな船長の船に再び乗ってしまった過去の自分たちの判断が今は恨めしかった。

 

 

 

 

 

「……ま、とにかくだ。黒髭(アイツ)の様子からは想像もつかんだろうが、ちょっとアタシたちもピンチでね。マスターが来てくれてよかったよ。攻めに出るきっかけが欲しかったんだ」

 

「──ピンチって、どのくらい?」

 

「そうさねぇ、色々と酷いが──特にあの金髪の船なんか、ありゃもう壊れかけだ。いくら()()()傷がつかないったって、『船』が沈んじまえば、私達はオシマイさ。そろそろ戦況を建てなおさないとね」

 

「金髪の船?……あれは、『アルゴノーツ』!」

 

ドレイクが指を指した方向を見れば、見覚えのある船が魔神柱に襲われている様子が見て取れた。(セイル)を操っているのはかつて敵対したイアソン。彼も来てくれていたらしい。

 

立香から見る限りでは、『アルゴノーツ』は囮・撹乱が役目であり、本命のアタッカーはヘラクレスであるらしいとわかった。船から少しばかり離れた場所で上がる派手な水飛沫は、ヘラクレスの豪腕によるものだろう。

 

「どうやら、あの女神連中だとかバーサーカー連中だとか、高火力の面子が軒並み遅刻中でね。他の座と違って人員に余裕がない。それこそ、攻撃に関してはあのヘラクレスぐらいが頼りなんだ──そこでだよ、マスター。アンタのとこのサーヴァントの力、ちっとばかし貸してはくれないかい?」

 

「オーケー、わかったよ船長。で、何をすればいい?」

 

どうにも窮地に立たされているようには見えない豪胆な表情を浮かべながら協力を要請するドレイクに、立香は不敵な笑みを返す。ドレイクが「あんたも肝が太くなったねぇ!」と大きく笑った。

 

「なぁに、簡単なことだよ。デカイのを一発ぶつけてくれりゃいいんだ。少しでもこの猛攻がやめば、すぐに立てなおしてみせる」

 

つまるところ、ドレイクたちがここまで追い込まれた理由はひとつであり、それがいつまでもやまない魔神柱の攻撃である。

 

ドレイクも黒髭もイアソンも、余裕さえあれば船の耐久力を回復させる手段を持っているのだ。それを使う暇がないからあわや大破といったところまで船を酷使させられているだけで。

 

要は、一瞬でも隙を作ってしまえばこっちのものなのである。

 

「それならば私が。マスター、よろしいですか?」

 

「そうだね。アルトリアが適任かな」

 

役目を買って出たのはアルトリア。立香'sメンバーの中で最も広範囲をカバーする対城宝具を持っている彼女なら、ドレイクの頼みを叶えてくれるだろう。立香はその提案に頷いた。

 

「では──」

 

「魔力回路、起こして、魔力を譲渡──」

 

「魔力は僕も負担しよう。だから、立香のことは心配せず、思いっきりやるといい」

 

早速アルトリアが剣を抜けば、立香がアルトリアとのパスを通じ真名解放のための魔力を流しこむ。続いてアダムも、アルトリアの肩に触れて魔力を譲渡した。

 

「セイバー、狙うなら3時の方向にしろ。あと3秒後、魔神柱たちが密集するはずだ」

 

エミヤが戦場を見渡しながら剣を振るうべきポイントを指示する。アルトリアは静かに首肯すると、大きく上段に聖剣を振りかぶった。

 

水飛沫が上がる中、聖剣に束ねられていく輝きが水滴に反射して煌めく。高密度の魔力のうねりが刀身に纏わりつき、星の息吹は大きく()()()

 

エミヤの指示どおりに、脚鎧(グリーヴ)の先は3時の方向へ。アルトリアは目一杯に息を吸い込むと、力強く一歩を踏みしめて、聖剣を振り下ろす。

 

 

約束されし、勝利の剣(エクスカリバー)──!

 

 

一刀両断。

 

星の輝きが海を割り、束ねられた燐光が魔神柱を薙ぎ払っていく。海面上にさながらクラーケンのように伸ばされた触手は、ひとつ残らず泡沫と化した。

 

「ひゅう! いいねぇ」

 

ドレイクは、真名解放と共に巻き起こった暴風から守るように、帽子を押さえて固定しながら口笛を吹いた。ああ、これでやっと本当に──()()()()()()()()()()()()()

 

「野郎ども、出番だよ! 進め、進めぇ!」

 

オォォ───! ドレイクの力強い号令に、海賊たちの鬨の声が上がる。士気は上々、船も大分回復した。さぁ、あとは先ほどまでのお返しをするだけ。

 

「攻められたままじゃあ、海賊が廃るってもんさぁ! 奪われた(やられた)なら奪い返す(やり返す)、それが流儀だからね。宝だけに限った話でもないだろう──さあ、攻勢にでるよ!」

 

グググッ、と船が大きく傾き、魔神柱の元へと進路を変える。先ほどまでの窮地はどこへやら、意気揚々と敵陣へと突っ込んでいく海賊たちの姿は、立香から見て最高にかっこ良かった。

 

「よっし、一発逆転! アルトリア、ナイスカリバー!」

 

「え、えぇ。ナイスカリバー、です!」

 

テンションが上がりすぎて訳がわからない褒め言葉を口に出す立香に、アルトリアは少し戸惑いながらも恥ずかしげに返す。

 

マシュやアダムも、「ナイスカリバー!」と何が面白いのか同じようにアルトリアを褒めた。

 

「ナイスカ……いやいや、何なんですかこれ!」

 

「まぁまぁ、あの娘がはしゃぎ過ぎてるだけだから。ただのノリだよ、ノリ」

 

アルトリアがはっと我に返って突っ込めば、返ってきたのはアダムの楽しげな声であった。

 

 

 

 

 

戦況は一気にひっくり返り、人類側の陣営はまさに一発逆転を成した。

 

奇蹟を起こした『星の開拓者』たるドレイクの定めか、此度も一度窮地に陥ってからの逆転劇。相変わらず荒波に乗るような運命に生きる女である。

 

兎にも角にも、戦局は安定。壊れかけた船は元のような光を取り戻し、衰えていた勢いは今、どんどん膨れ上がっていくように増していく。

 

そう遠くもないうちに、この座もドレイクたちだけに任せて先に進めるだろうと、立香は思った。

 

 

 

 

 

 

「──っ?」

 

「──!──ドレイク、()()()()()()()()

 

アルトリアの『直感』が異変を察知した刹那、黒髭の切羽詰まった叫びが海原に響く。

 

此度の座。立香たちが考えていたような、一発逆転だけで終わるほど甘くはなく。

 

執念深くずる賢い魔神の中の一柱はひっそりと──この時を待っていたのだ。

 

「……マスター!」

 

黒髭の叫びに気づいた時にはもう遅く、風に乗って進むドレイクの船、そのすぐ横に魔神が姿を現す。

 

約束されし勝利の剣(エクスカリバー)』の一撃を海底に潜むことで逃れた一柱。本来此処が海原でさえなければ見逃すことなどなかったであろう伏兵。

 

その魔神柱は、ぐぐっ、とその胴体を振りかぶると──立香達の立つ甲板に叩きつけた。

 

「うぉぁぁああ───!」

 

その勢いと質量に、大きく船はグラつき、突風がひとつ巻き起こる。海賊たちの野太い悲鳴が響く中──人類救済の要、立香は。

 

「──あ──」

 

「先、輩──!」

 

マシュが手を伸ばすも、届かない。大きく傾いた船体、甲板が水浸しであったことも相まって滑り落ちた立香の身体は大きくうねる海へと投げ出された。

 

「なんてこった……くそ、どけ、じゃまだっての!」

 

メンバー中最速の英霊クー・フーリンは立香を追い飛び込もうとするが、魔神柱に邪魔されて叶わない。

 

最悪だ。油断していた。仕留め損なうなどと──しかもそれを見逃すなど!

 

「この波だぞ、早く救助を──くっ!」

 

「我々を妨害することだけを目的に……っ、くそ、突破できません!」

 

魔神柱は賢かった。不意をつき、マスターを落としてしまえば、あとは耐えるのみとわかっていた。助けに行こうとする英霊たちの足止めだけを数分も続ければ──この高波だ。ただの人間である立香は容易く死に至る。

 

ジャバァッ!

 

必死に突破口を開こうとする英霊たちの耳に、そんな音が響く。()()()。彼らの胸に焦燥が募る。

 

 

 

「(嫌、だ──嫌だよ──)」

 

冷たい、息苦しい。氷を体中に突き立てられたかのように、痛くてしかたがない。

 

ここまで来たのに、どうして。まだ何も救えていない。何も終わっていないというのに。

 

必死で藻掻く。海面に向かって進もうと足掻き──なぜだろうか、全く辿りつけないままだった。

 

幻術をくらったか、あるいは運動能力阻害の魔術をくらったか。あるいは、水面に上がれないほどに溺れかけているのか。

 

なんにせよ、もう息が続かない。

 

「(嫌だ、嫌だ──まだ、まだ、()()()())」

 

 

 

 

 

 

 

「───立香ァァああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、意識は暗転する。

 

 

 

 

 

 

 








【一言】

ちょっぴり長過ぎたから、第Ⅲの座は2個に分割します。
前2つと違ってキャラたちがちゃんと喋ってる……! と貴方が思ったのならそれは正解です。
……イアソンと黒髭ってキャラが好きすぎて。ついつい。だいたい姐さんだって相当好きな部類ですし。海賊とか航海者とか系のキャラが好みなんでしょうね私。
まあ、この小説がソロモン編完結すれば、前2つももっと絡みが出るよう書き直すかもしれません。ですが、いつも通りご期待はあまりせぬように。

どうでもいいけどジャンオルが欲しい。スキル素材とQPは再臨&スキルマができる分ちゃんと取ってあるので、ピックアップはよ。



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