ルイズと動く図書館   作:アウトウォーズ

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ご無沙汰しております。
漸く、満足いく流れが出来ました。相変わらず、決めたルートに沿って書く事が出来なくてすみません。

第三者視点で、ルイズの変化を描いてみました。
うまく伝わる事を願います……


第23話 全肯定

ーーあんの小娘……バックれやがった。

キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは、忌々しげに顔を歪めた。

昨夜起きた事の事情説明を求められた彼女は当然、全てをルイズ任せにして眠りにつく予定だった。しかし当のルイズが姿を眩ましてしまったため、タバサと二人きりで事に対処せねばならない。

 

そしてこのタバサが、妙にノリノリで不安になる。フーケの置き土産たるデカブツ君にハチ号という名前をつけた彼女は、主対応を務める気満々だった。任せろ、とばかりにビッと親指を立てたのだが……そこはかとなく嫌な予感がしてならない。

 

「大船。」

 

タバサは心なしか胸を反らして、一言だけそう言った。

親友であるキュルケとしては大いに信用してあげたいが、最近のタバサがは妙に浮ついているところがあって、いまいち信じ切れないのが実情だ。去年よりも硬さが取れてきたのは喜ばしいが、その分我が道を行き過ぎている気がするのだ。非常に不安になる。

ルイズと異なってキメる所はキメてくれるので、その点は信用しているのだが……

 

「ハチを処分しなさいと言われたら、貴女どうするの?」

 

「ゴマかす。」

 

タバサはヒタと前を見据えたまま、朝食のメニューを告げるかのように言った。

キュルケは胸の中で、盛大なため息をついた。もう、無茶苦茶である。あのデカさをどうゴマかすと言うのか。お手並み拝見と洒落込もうではないか。

 

必要最低限の口裏合わせを行った後、留学生コンビはようやっと職員用の会議室前に辿り付き、キュルケはその扉の重厚さに顔を顰めた。この先に待ち構えているであろう一人の人物を思い浮かべるだけで、背筋が粟立つ。

 

脳裏に去来するのは昨年のこと…”アンロック”を使いすぎて反省文を書かされる結末になった、この室内での出来事である。

キュルケにとってあの日刻まれた僅か10分余りの記憶は、忘れようとしても忘れられるものではなかった。

その時感じた恐ろしさは未だに夢に見る程であり、トリステイン貴族を見下している彼女にとっては許し難い屈辱となっていた。おまけにその事を報告したツェルプストー本家からは、信じられないような通達が齎された。……今もなお効力を持つその文面に、キュルケの腸は煮えくり返っている。

 

「?」

 

気がつくとタバサが小首を傾げて、自分を見つめていた。

キュルケは扉の前で立ち尽くしていた事に漸く思い至ると、思わずブルリと背筋を震わせ……その事実を否定すべく扉のノブに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

室内を一瞥したキュルケは真っ先に、目障りなハゲ頭がない事を確かめた。

この時点でもう、彼女が警戒すべき事項の99%は消失したと言っていいだろう。今、この場にいる有象無象どもが雁首揃えて問い詰めて来たところで、あの男から感じた圧力の足元にも及ばない。

 

「ミス・タバサにミス・ツェルプストー、お疲れのところ申し訳ありません。それでは昨晩何があったのか、話してください。」

 

口火を切ったその教員なんか、キュルケにしてみれば小物も小物だった。

彼女はこれからの対応の全てを、タバサに任せる事にした。事がどう運ぼうと補足してみせる自信があったのである。

しかしタバサの斜め上っぷりは、キュルケの想定すら軽く上回った。

 

Veni(来た)vidi(見た)vici(勝った)。」

 

タバサはどこぞの将軍の様なことを言い放って、それが全てだと言わんばかりに口を閉じたのである。

教師陣も流石にこの事態は想像だにしていなかったのか、会議室は一瞬で静まり返った。そしてその後も尚、沈黙が続いている。

このままでは話が終わらないと思ったキュルケは、仕方がなく補足を入れる事にした。

 

「えーと、つまりですね。私達が昨夜広場に来たら、悪霊が暴れているのを目視したので、タバサが戦って勝ちました。」

 

「……あ、悪霊って……ゴーレムの間違いでは?」

 

「彼等は常に擬態し、我々生者を欺こうとしている。目に見える現象に囚われてはいけない。」

 

困惑を深める教師を他所に、タバサはどこまでも泰然と言い放つ。

傍目には分からずとも、その横顔を見たキュルケは親友がノリに乗っている事に気がついていた。

 

「いや、そうは言ってもですね……」

 

「流石はトリステイン貴族、あなた方は一を聞いて二を知る事が出来ないようですね。」

 

キュルケは如何に自分たちが滅茶苦茶言っているのかを棚に上げ、教員陣の狼狽を小気味良さげに見下ろした。

つまりは、と得意げに続ける。

 

「タバサのゴーレムが、ルイズの使い魔によって召喚された悪霊に乗っ取られたのです。他人の所有物を勝手に操ったヴァリエールに対しては、賠償を求めようと思っています。勿論、除霊に関する手数料は別建てで請求します。」

 

もう、言いたい放題だった。

何しろ当のルイズ達がこの場に居ないのだ、文句があっても反論のしようがない。というよりも、文句があるならサッサとこの場を変われと言いたい。

ちなみに今キュルケが言った事は、全てがブラフである。大袈裟に言った方が痛快だ、と思った迄である。

 

一方でこのゲルマニア子女からトリステイン貴族に対する暴言が吐かれるのは珍しくも何ともない事なので、教師たちはいつも通りの事だとばかりにスルーした。彼らの曇り切った目には、煽り運転気味のタバサの方がマシに見えたのである。

 

「イマイチ事情が飲み込めないのですが……あのゴーレムは確かにミス・タバサのもので間違い無いのですか?」

 

不信を露わにする教員の問いかけに対して、タバサは鷹揚に頷いた。

しかしこれをハイソウデスカで済ます程、その教員も抜けてはいない。

 

「い、いや……百歩譲ってその通りだったとして、どこから持って来たのですか?困りますよ、ちゃんと事前に届け出て貰わないと……」

 

このときタバサはゆっくりと首を横に振り、一瞬の間を置いて次の様に告げた。

一種の宣言と見做して良いだろう。思わず聞き返した教師の気持ちなぞ、どこ吹く風である。

 

「作った。」

 

「……はい?」

 

「ハチは私が作った。」

 

これには流石のキュルケも、眉を顰めた。

いやいや……いくら何でもその言い分を通そうとするのは無茶が過ぎると言うものでしょう?

 

「いや……作ったと言われましてもですね……」

 

「免許がある。」

 

そう言ってタバサが取り出したのは……『ゴーレム製造者技能検定 一級合格通知』であった。

キュルケは呆れ返った。

確かに?『証拠となる文書を偽造してしまえ』とは言った。それ即ち、巨大土人形の譲渡契約書を意味していた筈だった。ところがタバサは、全く別な物を用意してしまった様である。

 

しかし。

 

別な教員が、顔を真っ青にしてプルプルと震える指先で、文書の右下を指差していた。

 

「そ、それは……」

 

ガリア王ジョセフの署名。

外交文書でしか見かける事のないそれを一発で看破するとは、流石にトリステイン貴族はお高く止まっているだけの事はある。

……実際の所は、タバサの手書きである。彼女はたとえ魔法を一切使えなくなっても詐欺師として糊口を凌げるくらいには、手先が器用だった。

 

キュルケはほくそ笑んだ。

真贋の区別すら不能な王名つき文書を提示した以上……こちらのものだ。余りにもケッタイな内容だから、相手国に照会する訳にもいかないだろう。バカを見ることが分かっていてそれをする程、暇な教師はおるまいて。

 

しかしここで、パチュリー・ノーレッジを気絶させた実績を誇る老朽戦艦シュヴルーズが口を挟んできた。

 

「成る程。ガリアには面白い制度がある様ですね、我国も見習うべきでしょうか。それでは実際のところ、どうやって作ったのか教えてくれませんか?」

 

ーーこんのクソババア!寝たきりにされたくなきゃ、大人しくすっ込んでなさいよ!

キュルケが目くじらを立てた所、まるで予期しない人物までもが口を開いた。

 

「……私からも、詳しく聞かせて貰いたいと言っておこう。キミからは力強い”風”の息吹と共に、確かな”土”の芽生えも感じる。私の教え子にはかつて、後者の道を選びアカデミーに就職してしまう程の愚か者がいた。同じ過ちを犯させたくはない。」

 

その口ぶりたるや、これまた予想外だった。

そもそも風系統至上主義者で知られるこの教師が、土系統メイジの領分である話題に食いつく時点で存外なのである。そしてその発言内容までがそれなりに教師っぽいと来れば、これはもう一大事だった。

 

流石のタバサも狼狽えてしまった様で、事前に準備していたセリフがごっそり抜け落ちてしまった様だ。

アタフタと両手を上げ下げしているのが、妙にイジらしい。

 

「が………」

 

「ガ?」

 

「………頑張った。」

 

ーーああ、終わった。

キュルケは天を仰いだ。頑張って何とかなるなら、苦労はしない。いくらトリステイン貴族が無能なバカ揃いと来ても、流石にこの言い分は認められまい。

そう思って周囲を見渡した時、キュルケは嫌な予感に包まれた。

 

ーー妙だ。

 

雰囲気が違うのである。何だか、とってもホッコリした空気になっている。

それはまるで幼い日のキュルケが、ビッテンフェルト叔父様に強情を張った時の様な雰囲気であった。今の頭身の3分の1以下だったミニチュア版キュルケが頬を膨らませて言い張れば、良し良しと何でも認められてしまう様な……

 

「ミス・タバサ……あれは頑張ればどうにかなるレベルではありませんよ?」

 

その場の空気に流されないのは、流石は土メイジと言ったところか。

しかしそのミセス・シュブルーズですら押し流してしまう程の交渉術を今、タバサは発揮しようとしていた。

 

「……とっても、とっても頑張った……そしたら、出来た。」

 

嘘は言ってない。

まるまる全部作ったと言ったとは、一っ言も言ってないのだ。タバサは確かに、ルイズによってバラバラにされてしまったあの巨大土人形の両腕を繋ぎ直したのである。その甲斐あって今、ハチはかつての勇姿を取り戻している。

冷や汗をかきながらあくまでも頑張ったと言い張る少女を前に、年かさの教員達を中心に感嘆の声が漏れ出ていた。

 

「……こ、コレは……認めざるを得ませんな……」

「……ま、まぁ、貴女がそこまで言われるなら…それで良いのではないですか?」

「シュブルーズ先生もギトー先生も、そこまで目くじら立てる事ではないでしょう?」

 

挙句の果てにはそんな様な事まで言い募り始めたジジイ・ババアを前にして、キュルケは目が点になっていた。

ーーいったい何の冗談よコレは?!

ガリア人が『頑張った』と言い張ればお咎め無しで、ゲルマニア人はハゲに恫喝された挙句に始末書である。これだから、コネと賄賂に塗れたトリステイン貴族は嫌なのだ!

キュルケはタバサとは正反対に、一気に機嫌が悪くなっていた。

 

「……頑張って、良かった。」

 

何が起こったのか未だに良く分かっていないタバサはしかし、まあいっかとばかりにボソリと呟いた。

最早言葉は不要と言わんばかりに踵を返し、会議室から出て行こうとして……足を止められた。

 

ルイズが居たのである、窓の外に。

 

 

 

 

 

 

ヴァリエール家の三女は何も、窓枠に張り付く様な真似をしていた訳ではない。

今はまだ、遠目に伺う様な距離にある。それにも関わらず、溢れんばかりの違和感を撒き散らしていた。

何しろマントを羽織っていないのだ。

あれ程貴族らしさに固執する彼女がそれを身に纏っていないなど、パッと見では信じられない事である。周囲に二度見を強いるその装束は、見慣れぬフード付きの黒衣である。

 

……だが。真に驚くべき点は、全く別な処にあった。

雪風のタバサを刮目させるには、ルイズのファッションセンスは少しばかり普通過ぎたのである。

そしてこの時、キュルケが思いもよらぬ行動に出た。

 

「コラ〜〜〜〜!!!!」

 

彼女は勢いよく窓を開け放ち、これまでの鬱憤を全て吐き出したのである。

 

「辛気臭い顔してバックれようったって、そうは行かないわよ!ゲルマニア貴族の私がトリステイン教師の相手してやってるのに、アンタが外ホッツキ歩いてるなんてあり得ないでしょうが?!同郷人の面倒くらい、アンタが見なさいよ!サッサとこっち来なさい!」

 

あり得ないのはキュルケの発言内容の方だが、この際どっちもどっちだろう。

何しろルイズは今、空を歩いていた。

フワフワ飛ぶのではなく、ポテポテと。薄暗い顔をして、風変わりな事をするものである。心なしか普通に飛ぶよりも、楽そうに見えた。

 

そう。

 

タバサが気になったのも、まさしくこの点にあった。今のルイズはこれまでと全く異なり、溢れんばかりの魔力を身に纏っていない。物凄く少ない魔力で……それこそ普通のメイジが普通に念力を扱うくらいの力加減で、空中散歩という離れ業をこなしている。そして勤勉なタバサをもってしもその、肝心の原理がわからなかった。

こうした戸惑いは、教師陣の中から上がった発言にも読み取れた。

 

「……あれが噂に聞くミス・ヴァリエールの“念力”ですか?だとしたら随分と話が違いますね。」

 

恐らくはその場の総意を口にしたこの教員にとって、ルイズの魔法を見るのはこれが初めてだった。多数の教員を抱えるこの学院に於いて、彼のような者は決して珍しくない。そして彼等はこれまでこう聞かされて、それを信じていた。

『やはり血筋だ』と。

何しろルイズの母親が既に、学識関係者の間では例外扱いされる程の存在なのだ。学術的に”カリーヌ・デジレ級”と称される彼女は系統メイジの範疇に収まらない大出力大容量魔力を誇り、口さがのない者はエルフの混血児だとすら噂した。そんな女性が国内有数のメイジである公爵家長男との間にもうけた娘がこの、ルイズ・フランソワーズなのである。もはやどれほど埒外な真似を仕出かそうが、驚くだけ時間の無駄だ。

だが……今のルイズはそうした異能っぷりを感じさせなかった。

 

そして好奇心旺盛なタバサにとって、これ程まどろっこしい話もない。ぶっちゃけどうでもいい事だった。

 

「私も歩きたい、空。」

 

タバサはキュルケに向かってそう言うと、『やり方聞いてきて?』と言外に仄めかした。今のルイズは余りにも近寄り難い雰囲気を醸し出しており、口下手なタバサが話し掛けるにはハードル高かったのである。

これに対してキュルケは、呆れ顔をした。

 

「タバサ、やめときなさい?貴女までルイズみたいなビックリ箱になろうとしないでよ。」

 

こうとでも言ってやれば、ルイズならプリプリして反論して来るに違いない。辛気臭い雰囲気が苦手なキュルケはそう思っていたが、見事に予想を裏切られる事になった。

窓枠から闖入してきたルイズは癇癪を起こすどころか、おもむろに肯定したのである。

 

「確かにね……この魔法で身体全体を浮かす様な非効率は、美しくなかったわ。無理解を曝け出す様なものよ。」

 

その口振りはまるで過去の自分を省みるかの様であったが、そんな昔の話ではない事は誰の目にも明らかだった。数ヶ月前どころか、つい数時間前までの自らをこうも見事に一刀両断するとは一体何事か?

周囲が薄ら寒さを覚える程に今のルイズは、これまでと異なった。

 

見る者が見れば、まるで彼女の導師であるパチュリー・ノーレッジの魂が乗り移ったかの様だと思うに違いない。

 

実際にキュルケはそう思ったし、次の発言を聞いてその思惑は一層深まった。

 

「靴を操る事にさえ集中すれば、その上に在るだけの人体など勝手に浮くのよ。何故なら小物の運搬こそが、この魔法の真骨頂だから。」

 

ーー体積さえ小さければ、重さなど無視し得る。

 

余りにも暴力的なこの結論に、その場は静まり返った。しかしながらルイズの発言には、自力でその境地に辿り着いた者だけが持つ重みがあった。一笑にふすには余りにも確信に満ち満ちており、それが故にどう反応したものか分からなくなる。

最早どこから指摘すれば良いものやら。そもそもいきなり現れて訳の分からぬ理屈を並べ立てられれば、誰だって混乱するだろう。

……実際にタバサがボソリと呟くまで、誰もが身じろぎ一つとれない状態にあった。

 

「…………ホントだ。」

 

彼女はシットリと目を閉じて、杖に凭れかかる様にして佇んでいた。その安らかな表情は、祖父から昔話を伝え聞く幼子を思わせる。

しかしその口からは、ルイズの暴論を補足する内容が漏れ出ていた。

 

「昔の人は、そうやって空を飛んでた………らしい。フライやレビテーションが発明されるよりも、ずっと古い話。」

 

その言葉はまるで、湖面をなぞる波紋の様な結果を齎した。

ジワジワと各人の心を驚愕に包み込んでいく中、誰よりも喜びの表情を浮かべたのはルイズである。……目深に被ったフードの下でニヤニヤしているので、薄気味悪い事この上ないのだが。

 

「……さすがはパチュリーが欲しがるだけあって、その杖には随分昔の記憶が眠っているのね?」

 

「記憶だけでなく、伝授までこなしてくれる優れモノ。」

 

薄っすらと開眼したタバサは心なしか胸を張ってそう言うと、コホンと咳払いした。思わずノセられてしまったが、まだまだ言うべき事があった様である。

 

「……コモンマジックは一様に、真価の習熟に時間が掛かる。それを克服したのが系統魔法。だから発展し、コモンの地位は低下した。」

 

この一言を皮切りに、まるで封印が解けたかのように教師陣が動き始めた。

深く頷く者、ハッとなって杖を握りしめる者。三者三様の反応ではあったが、事の真価を見極められぬ者はこの場には皆無だった。

 

「おい、今の誰か議事録取ったか?」

「それより検証ね。ペンより杖よ。」

「その通りだ。どの程度の質量まで無視しうるのか、順を追って検討していこう……事と次第によっては、流通に革命が起きる。こうしちゃいられないぞ!」

「それより驚くべきは、あの杖の方では?」

「是非とも学会に提供して欲し……いや、なんでもありません。わかった、わかりましたから杖を降ろして下さい。おい、誰かミス・タバサを止めてくれ!」

 

教師陣の中でも特に若手の三名が、年長者の了解すら得る前に会議室の外へと飛び出して行った。事はそれ程に埒外な話であり、重大な発見が多々あった。

約1名ほどタバサに殺されそうになっていたが、年かさの教師達からは羨ましげな視線が寄せられていた。彼らの目にその教師は、身体を張ってご褒美を貰っている様にしか映らなかった様である。

 

しかしこの一連の流れを齎したルイズは、どこまで行っても暗いままである。

これにはミセス・シュヴルーズが一同を代表して、声をかけた。ミスタ・コルベールの姿がこの場に無い事から、想定外な事態が起きた事を薄々と感じながら……

 

「貴女が至った領域には先達を動かす程のものがあったというのに……どうしてそんな暗い顔をしているのですか?」

 

この質問に対してキュルケには、だいたいの予想がついていた。

要するに皆の知らぬ間に、ひと皮むけたのだろう。何しろ他ならぬ親友のタバサが時折こうして姿を眩ませたかと思ったら意味不明な時間・場所に突然現れては重苦しい雰囲気を撒き散らすという、精神テロの様な真似を繰り返しているのだ。その度にメイジとして成長していく姿を見ていれば、嫌が応でも想像がつく。

 

しかしながらルイズの返答は、そんな彼女の想定すらも大きく上回った。

 

「土塊のフーケを取り逃がし、ミス・ロングビルを攫われました。」

 

これを耳にしたキュルケはゴホゴホと激しく咳き込んだ挙句、胸を抑えて肩で息をし始めた。彼女がこんな反応をするのには事情があり、その説明には長い時間を必要とする。よって、この場では割愛だ。

ところで帝政ゲルマニアの工作員がこの様な大混乱に見舞われている傍では、教師陣もテンヤワンヤになっていた。

その慌てふためき様は、キュルケが正常な状態なら心底呆れ返った事だろう。

 

「え……?いや、だってその二人はそもそも同一……ぇえ!?」

「は、話が違いすぎる……」

「大人しく姿を晦ますのではなかったのか?何故、ミス・ヴァリエールが接触している?」

「そうだそうだ、これは責任問題だぞ!」

「だから言ったではないか!私ははじめから反対だと!」

 

このとき「皆さんお静かに」と声を掛けて収集を図ったミセス・シュブルーズにも、一つだけ腑に落ちない点があった。

こんな状態のルイズと対峙して逃げ果せるとは、果たして土塊のフーケはどれ程の領域に至っていたのか?

 

「フーケは巧みなメイジでした。彼女と相対した事で私はこれまでを省みて、パチュリー・ノーレッジの導きの原点に還る事が出来たのです。」

 

ミセス・シュブルーズの質問に答えたヴァリエール家三女の言葉に、一同は半分納得して半分首を傾げたままだった。

成る程、コモンマジックの極みに今一歩踏み入れるに至ったキッカケは分かった。普通に考えればこれだけでも度し難い事なのだが、ルイズの導き手であるミス・ノーレッジを思い浮かべればいちいち仰天するだけバカバカしくなる。

むしろ今のルイズにもこう言わせる程の衝撃を残すとは、一体どんな魔法を目にして来たのか?

彼らの問題意識は、依然としてこの一点に尽きた。

 

「ミスタ・ギトー……風の”遍在”を定義して頂けませんか?」

 

困惑を深める教員の中から、ルイズは一人の教師を名指しで質問した。先ほどのタバサの問答に際して、珍しくも口を開いた彼の人である。

……ちなみにタバサの姿は既に室内になく、屋外で新技を身につけようと躍起になっている。

 

「魔法を使える分身、この一言に尽きるであろう。以前の私はこれに加えて、独自に考え行動する事も含めていたが……それに固執すると全体の統制を欠く事になる。本体の思考と同期された分身こそが、完成された”遍在”の姿だ。」

 

「……これは驚きました。私の婚約者に披露されたときから、更なる研鑽を積まれたのですね。ちなみに今は、何体の”遍在”を扱えますか?」

 

「3体だ……質問はおしまいか?要点は何だね、早く言いたまえ。」

 

手放しに顔を輝かせるルイズを見て、ミスタ・ギトーは不快げに顔を歪めた。

これまで彼に対してこんな馴れ馴れしい態度をとる生徒は居なかったからだ。今話題に昇ったルイズの年上の婚約者ですら、在学中はその例外でなかった。そもそも彼は、ルイズの姉エレオノールの就職に纏わる一件から、ヴァリエールと名のつく者が大嫌いになっていた。

しかし次なるルイズの一言は、そんな彼の不快感すら一瞬で消し飛ばす程に衝撃的なものだった。

 

「フーケは不完全ながらに、16体もの遍在を使いました。思考を共有するところまでは出来ていない様でしたが、指揮系統は明確に築かれていました。」

 

「……これは興味深い。薄汚い盗賊が土の系統だけでなく、”風”にも精通していたと言うのかね?」

 

「いいえ、フーケはあくまで土のメイジでした。土の系統で”遍在”を再現したのです。恐らくこの境地に到れたのは最近の事でしょうが、着想だけは以前から得ていたと思われます。」

 

最早、ルイズの言ってる事は滅茶苦茶である。

彼女が今しがた披露した念力のウンチクも大概だったが、コレはその比ではない。事はそれ程迄に埒外な話であり、ハルケギニアの常識を覆す程のものであった。

 

激昂するかと思われたミスタ・ギトーはしかし、周囲の期待を完全に裏切って冷静だった。

物凄く…途轍もなく不愉快そうに、顔を歪めただけなのだ。

そして不思議な事に、ミセス・シュヴルーズもとても満足そうに微笑んでいた。続けてルイズに対して放たれた質問も既に疑念を含んでおらず、単なる確認だった。一体このオバさんはどこまで折り込み済みなのかという話だが、会議前に訪れた校長室でオールド・オスマンが顔面グジュグジュにして気絶していた理由が、今の話を聞いて漸く分かったからこその笑顔であった。

 

「錬金した土人形に、発声器官と杖を持たせたのですね?」

 

そもそも土のメイジは、自身の魔力を通わせた土砂を人型と成して使役する。それが今の指摘にあった機能と装備を併せ持てば、”魔法を使える分身”と化しても不思議はない。

 

「その通りです。風の”遍在”よりも原理的に簡素な分、一体一体を作り出す魔力は少なくて済む筈です。それが個体数に現れたのでしょう。」

 

ここらへんの分析は恐らく、パチュリー・ノーレッジによるものだろう。ヴァリエール家三女の返答は、推察を含みながらも非常に明瞭だった。

そして彼女の関心は、次に移っていった。

 

「ミセス・シュヴルーズ……貴女のその反応からは、発想としては前々から在ったと思って間違いないですか?」

 

「ええ、その通りです。しかしながらオールド・オスマンや私には無理でした。固定観念を拭い去る事が、どうしても出来なかったのです。やはりこれからは、貴女達若者の時代ですね。」

 

これほど簡単な事をハルケギニアのメイジが今まで誰もやらなかったのは、単純に出来なかったからである。想像力が重要な魔法において、既成概念とはそれ程に度し難い。実際にこれまで、越えられない壁となって立ち塞がって来た訳である。

しかし今やその一角が崩れ、”遍在”の魔法が風の専売特許だった時代は終わりを告げた……

 

「不愉快だ、失礼する。」

 

ミスタ・ギトーはその様に告げると、席を立ってその場を後にした。彼の顔つきは厳しいものだったが、不思議な事に落ち着いている様に見えたのは気のせいだろうか?遍在という牙城を崩されておきながら、”風”に関する彼の思いは一層の高まりを見せているようだった。

そんな彼を満足そうに見送ったルイズは、今度こそ本当にミセス・シュヴルーズの度肝を抜くセリフを口にした。

 

「ところで一旦取り逃がしたフーケに関してですが……次こそはちゃんと捕まえて来ますので、ご安心ください。彼女がこれ程の領域に到れたのは、この国に於いて魔法的研鑽を積む事が出来たからです。それ即ち、彼女の得た知見の全てはこのトリステイン王国に帰属すべきものと考えます。何よりもミス・ロングビルは、この国の大切な国民です。最悪の場合でも、彼女だけは連れ戻さねば。」

 

この一言に、漸く収まりかけていた会議室は再び紛糾した。

おいおいもう勘弁してくれという本音がダダ漏れになって、あちこちで悲鳴が挙がっている。『その設定でまだ話続けるの?』的な反応が多々あった。

流石に老練なミセス・シュヴルーズも、これには眉を顰めざるを得ない。

 

「論外です。学生の本分から外れ過ぎています。」

 

「……ご理解頂けませんか?」

 

「当たり前です。そもそも貴女はミス・ロングビルが何処に連れ去られたのか、ご存知なのですか?」

 

「勿論です、アルビオンのサウスゴータ地方です。」

 

「探す場所が近場に限定されているようで、大変結構ですね……尚更首を縦に触れなくなりましたよ?最悪の場合、眠りの鐘を使用して行動を阻みます。」

 

この様に皮肉っても尚、ルイズは頑として言う事を聞きそうになかった。その様子にヴァリエール家長女の学生時代を思い出したミセス・シュヴルーズは、深くため息をついた。

 

「……貴女がた姉妹は、この学院に何か恨みでもあるのですか?どうしてそこまで反抗しようとするのです。」

 

「……エレオノール姉様がどうったかは知りませんが……これは私自身にとって、必ずや達成せねばならぬ事なのです。」

 

ミセス・シュヴルーズの目にルイズは、どうしてこんな簡単な事が分かってくれないのかと訝しんでいる様にすら見えた。その思いを吐き出すかの様に、ルイズはこう言った。

 

「フーケはこの私の心に、傷を負わせました。言ってはならない事を言ったのです。その罪は、絶対に償わせます。逃亡先でノンビリする暇など与えません。必ずや我が手中に収め、これからのハルケギニアの魔法的発展の為、馬車馬の様に扱き使って見せましょう。」

 

「……随分と大きく出ましたね。」

 

「当然です。何しろこの課題の達成には、私の存在意義が懸かっていますから。」

 

……降参である。

長いこと教師としてこの学院に身を置いてきたミセス・シュヴルーズであったが、これほど支離滅裂な事を言う生徒を相手にした事はなかった。一体何が焦点なのか、ルイズの問題意識がまるで見えてこない。

仕方がないのでフーケに一体どんなヒドイ事を言われたのか聞いてみたら、どうやらその捨て台詞が琴線に触ったらしい。

 

「私が引き留めようとしたところフーケは、この国に学ぶ事自体がもう無い、と明言したのです。必要な事は全て身につけさせて貰ったからと、それはもう朗らかに、礼すら述べて立ち去っていきましたよ。」

 

「……随分と生き生きしていた様ですねぇ……それにしても耳の痛い話です。それで貴女はこの国への侮辱を撤回させる為、自らの手で捕まえに行きたいとおっしゃるのですね?」

 

「そうではありません。私はあの程度のメイジ(・・・・・・・)にこんなセリフを吐かせてしまった事にこそ、強い危機感を覚えているのです。」

 

その様に呟いたルイズが震え出すのを見てこの時、ミセス・シュヴルーズは漸く合点が行った。成る程、ヴァリエール家三女の身近な処には今、全く同じ様なことを言い出しそうな超・凄腕の魔法使いがいる。

 

魔道の遥か先を照らし、ルイズにとっては実際の道標とすらなったパチュリー・ノーレッジ。

 

彼女との別離を想像させられたルイズは、その事態が現実となる事を本気で恐れているのだ。

彼女が居なければ、ヴァリエール家の三女は未だに”ゼロのルイズ”のままであろう。そして余りにも隔絶した技量を持つこの魔女は、反比例するかの様に素っ気ない人物でもある。この世界に対する興味が尽きた時点で、サヨナラの一言と共にこの地から消え去ってもおかしくない。

 

ーーまるで泡沫の夢の様に。

 

そうなった時にルイズがどうなるかなんて、こちらこそ想像したくない。何しろそれを想起させる出来事が実際に、今からちょうど一年前にあったのだ。

 

ルイズ・フランソワーズはこの学院に引っ越して来た正しくその日の晩、寮を脱走したのである。

ウチの母様は少々厳し過ぎた、私はもっと一人で闊達にやらせてくれた方が伸びる、私は自立心の高い女なのよ、と散々息巻いていた昼間は一体何だったのか。周囲の者がこの様に呆れ返るほど、口程にもない錯乱っぷりだった。教員達がやっとの思いで保護して魔法学院に連れ戻そうとした暁には、周囲を憚らずにオウチカエリタイと泣き喚いたものである。半狂乱になって父と母の名を連呼して号泣するものだから、これを目撃した通行人からはメイジが集団で人攫いしようとしていると勘違いされ、それはもう大変な騒ぎになった。

 

どれだけ精神的に脆い娘かというだけの話ではあるが……まぁ、こうした事を経てルイズも少しは成長したと見える。

ミセス・シュヴルーズには、彼女が彼女なりに自身の弱点を把握した上で努力しようとしている事が伺えたのだ。

 

「ミス・ノーレッジに同じ事を言わせない為……要するに彼女の興味をこの地に繋ぎとめる為だけに、貴女はこの国の魔法体系そのものの進化を望むのですね?”土の遍在”を編み出した実績のあるフーケは、成る程確かにその為には確保しておきたい人物かもしれません。」

 

老婆が低く呟いた言葉に、ルイズは深く頷いた。

そしてその目を見たこの場の全員が、これはマジでヤバイと思った。何しろルイズは今、躊躇う素振りすらなく首肯した。どれほど大言壮語しているのか、その自覚があってそうしている。

……いや、本当にそうだろうか?

ミセス・シュヴルーズはそれでも尚信じられずに、全く同じ事を問いかけ直していた。

 

「貴女はその三歳児以下の精神的脆さを放置する為に系統魔法の発展を目論見、あまつさえその実現に必要な人材を戦乱の地にまで確保しに行くと言うのですか?物凄く遠回りしている事に気づかないのですか。」

 

「全く思えません。この問題の解決に近道など有り得ませんから。」

 

ルイズは肩を竦めるばかりだった。

立派な事を言ってる様だが、側から見ればバカバカしい事この上ない。

 

「……心を鍛えろっつってんのよ、ヴァリエール。タバサを見習いなさい、タバサを!あの子何も言わないけど、普通ならペシャンコになるくらいヘヴィーなモノ背負ってるわよ?それでもああやってマイペースに頑張ってんのに……アンタのその精神的未熟児っぷりは、一体何事よ?胸だけじゃあないのね、薄っぺらなのは。」

 

キュルケはこの時になってようやくショックから立ち直り、ハードボイルドな親友を引き合いに出した。

しかし当のルイズはヤレヤレとばかりに首を横に振るばかりで、大物ぶっているのか一丁前にため息すら吐いてみせた。

 

「仕方のない事なのよ、私は末っ子だから。」

 

「……は?」

 

「長女である貴女達には理解できない事かしら?末っ子とは寂しがり屋で甘えん坊である事を運命付けられた、保護されて然るべき生き物なのよ。精神的鍛錬ですって?バカなこと言っちゃぁいけないわ。自らの手で存在意義を壊す愚を、私が犯すと思うの?」

 

「はいはい。残念だけど今、私色々と分かっちゃったわ。ヴァリエール家はもうお終いね。こんな究極の構ってちゃんを世に放り出すとは、最早笑い飛ばす気にもなれないわ。」

 

これに対してルイズはとても深い問題を話すかの様に、声のトーンを落として話し始めた。

キュルケは非常に嫌な予感がした。前々からバカだバカだと思っていたルイズが、究極のバカとして完成されてしまった様な気がしてならなかったのである。

 

「それは違うわよ、ツェルプストー。この私の未熟な精神こそが、ヴァリエール家が今まさに最盛期にある事の証明なの。果たして魔法すらろくに扱えない末っ子をここまで甘やかす事が、他の貴族に出来きたかしら?政略結婚にすら用いずひたすらに愛でる様な真似、ゲルマニア貴族にすら不可能でしょう?……私は今、自信持って断言できる。”ゼロのルイズ”はメイジとしての存在価値も貴族の娘としての利用価値も皆無だったけど、この世で最高の両親と姉妹に恵まれていた、そしてそれで充分だった!いっその事そのまま一生を終えた方が、私の家族の高邁な精神は一層の輝きを放った事でしょう!なぜなら私の身に注がれていた彼らの打算なき無償の愛こそが、全貴族の範たる価値観としてハルケギニアの地平を照らすものだったから!」

 

ルイズは両目を爛々と輝かせながら、聞く者を置き去りにした持論を展開し始めるのだった。

 

「……私が真に愚かだったのは、中途半端に魔法を扱える様になってしまった事でしょうね?私が必死こいて身につけた浅はかな実力は逆説的に私の家族を、晩成型の娘を見捨てなかった親バカと姉バカにまで貶めた。フーケに虚仮にされるまで、こんな事にも気が付けなかったとは、汗顔の極みよ。ましてやパチュリー・ノーレッジの”理解”がハルケギニア6,000年の魔法的蓄積を上回る可能性を見落としていたとは……度し難い無知っぶりだった。それでも私は、この歩みを止めるつもりは無い。この道を歩ませて貰った人に愛想尽かされるくらいなら、いっそのこと魔法なんて使えなかった方がマシなのよ!そしてこんな泣き言はもう二度と、口が裂けても言うつもりはない!だから!」

 

このときルイズは、右手を硬く握りしめながら力強く訴えた。

 

「始祖の不在が停滞を齎しているなら、この私がもう一度発破をかけてやる!私がこの遅々とした世界を、”加速”させてやる!そして私がハルケギニアを、我が導師が離れられないくらいの素晴らしい魔法的世界にしてみせる!それが”ヴァリエール家の小さなルイズ”で在り続ける為の、私の覚悟よ!」

 

長々と続いたルイズの主張は、要するに次の一点に尽きた。

ーー私の全てを肯定してやる。

 

思わず周囲が愕然とする程に、超絶な俺様理論だった訳である。こんな事を真顔で言ってのけるのだから、ルイズは結構大物なのかもしれない。何しろ彼女は今、こんな夢みたいな話を本気で実行しようとして、その一里塚として内戦地帯へと人材確保に踏み入れようとしているのだから。

キュルケですら開いた口が塞がらなかった。

 

ミセス・シュヴルーズはやれやれとため息を吐くと、静かに声を掛けた。

 

「そうですか……しかし貴女のその信念の為に涙を流すのは、貴女ではありません。貴女にもしもの事があったとき悲しむのは、貴女が大切にしているご家族です。」

 

「末っ子は所詮我が儘……と言っても先生は納得してくれそうにありませんね。」

 

このとき同僚達の青ざめた顔をグルリと見渡したミセス・シュヴルーズは、キッパリと告げるのだった。

 

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。貴女一人の決意の為に、これ以上我々が冷や汗を流すのは御免被ります。」

 

そして一拍の後、丸投げした。中間管理職の鑑である。

 

「貴女のその思いは、この国の最高意思決定機関に委ねましょう。今から一週間の後、アンリエッタ姫殿下がこの学院の視察に訪れます。アルビオン行きの採決はその際に頂くとして、それまでは大人しくするとこの場で誓いなさい。」

 

これを聞いたルイズは、ニヤリと唇を歪めた。

 

「喜んで。」

 

この返答を聞いた教師達は、揃って胸を撫で下ろした。常識的に考えて、YESという返答が貰える訳ないからである。

その確信は、珍しく親切心を発揮したキュルケの指摘を受けても尚、揺らぐ事はなかった。

 

「そんな事約束させて大丈夫ですか?ルイズが自慢してましたけど、この国のお姫様とは幼馴染みだそうですよ。つまりは同類という事です、まともな決断が下せるとは到底思えませんが。」

 

ちなみルイズは過去、そんな事を一切漏らしていない。しかしながら今の自分ならいざ知らず、背伸びしようとしていた1年前ならあり得そうな話だとルイズ本人がスルーしてしまった。キュルケの話術の巧みさが伺えるところである。

 

しかしながらこの時、名も知らぬ老教師が厳しい顔をして立ち上がった。

 

「ミス・ツェルプストー……貴女の批判的精神は時として小気味好い反面、今の様な危うさも含んでいますね。前言を撤回して頂けませんか?我らの敬愛する姫殿下の判断能力に疑義を挟むなど、看過するには余りある。王家を侮辱された我々がどれ程のものとなるか、ゲルマニア貴族である貴女が知らぬ道理はないでしょう。ましてや貴女はあの、ツェルプストー伯爵のご息女だ。枯れ葉に注がれた種火が如何に危険か、我々以上にご存知の筈です。」

 

「まぁ……確かにそう言われると、立つ瀬がありませんね。これは失敬。」

 

キュルケとしてはこの時、純粋な善意を発揮したつもりだったのだ。それが相手にとっては思わぬ地雷だったと判明した以上、踏み抜く前に足を上げるのは吝かではない。

何しろこのトリステイン貴族という連中は、普段臆病なくせに一線を超えると何を仕出かすか分からないのだ。キュルケの家庭教師だったあの、全盲の元トライアングルメイジがその良い例だろう。今でこそ無口で大人しい男だが、トリステインから流れてきた当初は命知らずにもキュルケの父親へ真っ向勝負を挑むくらい、頭のネジがユルユルだったらしい。その際にメイジとして再起不能にされながら今もなお、時折『隊長』さんとやらへの復讐心を覗かせては周囲をゾッとさせている。要するに、まともに相手しちゃダメなのだ。

 

こういう思いをした時は、ルイズを揶揄うに限る。

キュルケは取り敢えずいつも通りに、返球させる気のない言葉のキャッチボールを開始した。

 

「ところでヴァリエール、アンタそのフーケって奴が大人しく言う事聞くと思ってるの?つい数日前に返り討ちにしてやった小娘の言う事なんざ、私だったら無視するわよ。それにまた“土の遍在”とやらを使われたら、アンタどーしよーもないでしょーが。」

 

「既に対策済みよ、ツェルプストー。たとえ20体に分身されようとも、私が20倍の速さで動けば良いだけだから。……まぁ、今のところ4倍くらいが限度だけど、先は見えているわ。」

 

ーークッソ、一体なんなのよそのピッチャー返しは?面白くないわね!ちゃんと悔しがりなさいよ!

 

「……アンタねぇ。そのセリフ、絶対にタバサの前では言わないでよ?本気にしそうだから。」

 

「アンタこそ本気で信じて頂戴よ。私がこの技を極めない事には、パチュリーの素()の暗算速度にすら太刀打ち出来ないんだから。言っておくけどあの子が本気になって思考だけ(・・)に集中した暁には、私の計画なんて一瞬で破綻するのよ?調べものがある今のうちが、唯一のチャンスなのに……ちょっとは危機感持ってよ。」

 

もはや何を言っているのか、意味が分からなかった。

同じ言語で喋っている筈なのに、ルイズとの会話は既に未知の領域へと踏み出しつつある。この調子で突き進まれた場合、早々に理解不能になる事は火を見るよりも明らかだ。

 

おまけに今の会話で、ルイズはガクガクと震え始めた。

いや……ガクガクと言うよりは、カクカクと奇妙な動きをしている様に見えるのだが、これはこれで一興である。

面白いオモチャを見つけたので、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーとしては良しと出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





今回描きたかったのは、下記の通りです。
色々詰め込み過ぎました。

・パチュリーの影響力
チラリとも登場しないのに、迸る存在感。というのを表現したかった、それに尽きます。
表現上のアドバイス等、何かありましたら是非ともお願いします。

・フーケのヤバさとその影響
前話からの引き継ぎ部分です。
マトリックス・リローデッドの時のエージェントみたいにルイズを取り囲むシーンを描写したかったのですが、長くなり過ぎて割愛。こんな事してるから更新が滞るんですね。
貴族として云々、というよりも家族の一員として考えたときルイズはどうなんだと考察した結果、ルイズが長州派維新志士みたいな感じになりました。結構うまく行ったのではと思います。

・ルイズのデレの部分
真面目で依存心が強そうな子ですので、いっその事開き直って貰いました。原作ではサイトくんを相手に大立ち回りを演じましたが、拙作ではこれ以降の出番はないと思います。
ツンの部分は、パチュリーを意識し始めたのでこれからも出番があると思います。部活の先輩に対する、憧れ8割、負けん気2割みたいな感じです。追いつける訳ないけど無視なんてさせないぞ、という奴です。

・魔法学院の先生がた
趣味に生きる人々。
今後はルイズと一緒に仲良くコモンマジックの復興に進んでくれれば良いな、と思っています。

・ルイズの母様
規格外なのは原作通りです。パチュリーとは価値観が異なる感じで。

・エレオノールさん
公爵家の娘がゼロのルイズと公然と侮辱される環境が放置されたのは、そもそもこの人がさんざっぱらヤラカシタから、という設定。
原作通りに土魔法の研究者として歩んでいますが、生来の適性は母親譲りの風。思い入れがあるというよりも、思春期にありがちな母親との確執からたまたま発現した土系統に進んだ感じ。誰も幸せにならない方向に突き進んだので、学院関係者は全員が苦々しく思っている。

・キュルケのヒロイン化
ラブコメとか苦手ですが、発想するのは面白いですね。

・コルベール先生の出番
この人視点で書き始めたのに、結果的には全然登場させられませんでした。
ちなみに彼の動きとしては、以下の通りです。
フーケと対決しに行くルイズを目撃(偶然)
➡︎魔力を隠蔽しながら後をつける
➡︎パチュリーに見破られてルイズの部屋に召喚され、取り調べを受ける
➡︎魔法実験小隊の時代に培った闇の技術ですと素直に言えず、幼女愛好者だと素性を偽る
➡︎鵜呑みにされてしまい、遠回しに否定しようとしても聞き入れて貰えず、悶絶している
因みにデルフリンガーは、コルベール先生の髪の毛を脅す為にパチュリーが手元に引き寄せました。

・アンリエッタ姫
貴女が居なかったら、ルイズとミセス・シュヴルーズはずっと言い争いしてました。
どうもありがとうございます。

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