ルイズと動く図書館   作:アウトウォーズ

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漸く、デルフリンガー登場です。
上手く描けている事を願います。


第17話 王都での買い物

怒涛の一週間が過ぎた、虚無の曜日。

 

「パチュリー、買い物に行きましょう?」

 

「何を買うの?」

 

「この学院の制服。これからも、ミセス・シュブルーズの授業には出たいでしょう?」

 

パチュリーはコクリと頷いた。

 

「あと、コルベールという人の授業にも出てみたいわ。」

 

「……ミスタ・コルベールの授業は、あまり期待しちゃダメよ。いずれにせよ、授業に出るとき用に制服を用意しましょう。いつまでも私服というのは、あまり良くないわよ。」

 

「そのくらいは魔法で用意できるから、わざわざ買う必要は無いわよ。」

 

「気持ちの問題よ。こういうのはね、人から用意されると一回は着てみたくもなるでしょう?」

 

「相変わらず無駄が多いけど……まあ、貴女がその気なら異論は無いわ。行ってらっしゃい。」

 

「…………貴女も来るのよ。」

 

流石にヴァリエール公爵夫人ともなると、いつ如何なる時でもお店の職人を呼びつけるものだが、残念ながらその娘にそこまでの権力はない。

 

ルイズ達は、ブルドンネ街の洋服店を訪れる事にした。

因みに道中の移動手段は、ルイズの得意な乗馬である。勿論パチュリーは嫌々だったので、ルイズが念力で押しまくった。

ついでとばかりに馬も押しまくったので、移動速度が魔法生物並となってしまったが、まあ……細かい事はいいだろう。

 

 

 

 

結論から言うと、パチュリーは洋裁店を訪れる前よりも少しだけ人間らしくなった。

 

店を訪れた瞬間に、貴女それで人間のつもりですかと指摘されたのである。

その店主曰く、人間の身体の左右はサント以下の単位では微妙に異なるはずなのに、パチュリーの容貌はパッと見で分かる程に左右対称だとか。最早、彫刻が服着て歩いているくらい不気味に映ったらしい。

 

こんな事が目測で分かってしまうこの老人は何者かという話なのだが、これを受けてパチュリーは、左右のバランスを微調整した様だ。

ルイズの目には全く分からない変化だったが……それでも、冷たさを感じさせた容貌に温かみが出た様な気がした。

 

採寸の際には、新人さんが悲鳴を上げていたが……まあ、良い経験になった事であろう。何しろ、身長ひとつ測るのに計算が必要になったのだから。頭のてっぺんの高さから、浮遊している高さを控除しなくてはならない。

 

他にもまぁ、体温が摂氏25度だと判明した。採寸の際に違和感を感じた新人さんがパチュリーに尋ねたら、書物の保管に適した体温にしていると答えられたそうだ。

 

 

 

 

そんなこんなで一騒ぎになったパチュリーの採寸が終わると、服自体の受取は後日と相成った。

学院まで届けに来てくれるとか。

 

ルイズは会計だけ済ませて、店を後にしようとし……

妙な張り紙に気がついた。

 

"喋る剣、貸します。

 

介護でお悩みの奥様。

貴女の代わりに一日中話し相手を務める、インテリジェンス・ソードは如何ですか?

本人は、育児も任せろと宣っております。一人前の騎士にして見せると息巻いておりますが、こちらは保証外です。

 

お代は、1日50スウ。

なお、虚無の曜日はメンテナンスのためお休みとなります。"

 

下手くそな文字の隣に、詳細なスケッチが描かれていた。正確な寸法と重量が記載された剣のイラストに、喋れますよという事を強調したいのか、大きな口が付いている。

 

「何よこれ?新手の家具か何か?」

 

「問い合わせ先は、武器屋になってるわよ?」

 

お店の外にまで見送りに来た店主に、聞いてみる事にした。

この珍妙なポスターは、一体、何なのかと。

 

「ああ、チクトンネ街にある武器屋のデルフ君ですな。少々口汚いのですが、なにぶん元気な刀剣でして。私の様な老人達の間では、人気者なのです。」

 

「……いや、意味がわからないんだけど。一応、剣なのよね?切った張ったがウリなんじゃないの?」

 

「はじめはちゃんと、武器として売りに出されていたそうです。けれども口が災いして不良在庫と化した挙句、幾つもの案件を破談にしてしまいまして。怒り心頭に達した店主が、軒先に放り出したのです。」

 

そしたら翌日の昼前には、店先で叫びまくるインテリジェンスソードを、老人達が取り囲んでいたと。とにかくガッツのある剣なので、怒鳴り声を聞いてるだけで元気を貰えるとか。見せもんじゃネンだぞコラァと、剣自体は怒髪天を突く勢いで不機嫌になったが、老人相手にはそこがまたウケた。

気づけば日がな一日、座談会みたいな事をやっていたらしい。

 

店主はこれ幸いとばかりに、福祉用具として売り払ってやろうと顔をニヤつかせた。それはアンマリだと悲鳴を上げるインテリジェンス・ソードを見て、尚のこと有頂天になったのだが……問題は競りの結果だった。

何しろ入札者が後先の心配をしない老人ばかりなので、未収分の軍人年金全額を賭けるだとか息子夫婦の家を質に入れるだとかで、現実的な値段がつかない。

 

結果として、みんなでシェアしようと現在のレンタルサービスが生まれたらしい。因みにタイトな会員制となっているので、借りパクなんて出来る筈もないそうだ。

ルイズは呆れ返った。

 

「はぁ……一体何なのよその下らない顛末は。剣の癖に、老人相手に武勇伝を語ってるの?全く……どーせ口ばっかりのヘッポコなんでしょ?」

 

「どんな小噺をするのかしらね?」

 

「期待するだけ無駄よ。どーせ、有る事無い事織り交ぜたせいで、本人も同じ話は2度と出来ないわよ。」

 

「その点は、実際に確かめてみましょうか。」

 

「ええ?!」

 

「ここでアレコレ言ってても、仕方がないでしょう?」

 

「まあ、それはそうだけど。」

 

コレは珍しい。パチュリーが積極的な姿勢を見せるとは。

ルイズは気を取り直した。

 

「それでは、拝聴と洒落込みましょうかね?ちょうど、今日は虚無の曜日だし。武器屋にいるんでしょう?」

 

「その筈で御座います。」

 

 

 

 

そうしてすんなりと武器屋に向か……えなかった。

 

その軒先で、足留めを食ったのだ。大勢とまてでは行かないが、それなりの人だかりが出来上がっている。この平均年齢が、これまた異常に高い。本来、家の中で大人しくしているべき老人達である。

ご丁寧に、折りたたみ式の椅子まで用意している。用意の良い事だ。

 

その座の中心には、件の刀剣と思しき一振りがいた。

 

「デルちゃんや、聞いておくれよ……ウチの孫がのう」

 

「だっからその、ちゃん付けを止めろって言ってんだよ!一端に長生き気取んじゃねー!オレが一体、アンタの何十倍生きてると思ってんだ!パイセンは敬えや!」

 

「フォッフォッ、デルちゃんはいつも元気でええのう。それで、ジャンの奴がのう……」

 

「だからやめろって!オメーのつまんねー泣き言なんざ、聞きたくもねーよ!アンタまだ、70ちょっとだろ?!シャキッとしろよ!オレがアンタくらいの頃は、もうバリッバリでヤリまくってたぞ!」

 

「どれどれ、その話を聞かせてくれんかのう?」

 

「おーよ!何しろそん時の相棒は、スンゲー奴でな!……………ヤッベェ、何て名前だったっけ……」

 

「ああ、ワシも最近、それよくあるのじゃ。何とかならんもんかのう?」

 

「アンタもかい。ワシもそれで、息子から偉そうに吠えられてのう、困っとるんじゃよ。」

 

「デルちゃんみたいな長生きさんなら、無理もない事じゃて。気にするこたぁない、ゆっくり思い出しなされ。なに、時間はたっぷりあるんじゃ。」

 

「はっ!お前らと一緒にすんなや!このデルフリンガー様に、不可能はねーぜ!こんなもん、気合いだ、気合い!気合があれば、何でもできる!スパーっと思い出したらあ!」

 

この光景を目にしたルイズは、口から砂を吐きそうになっていた。

 

「何なのよあの、下品な錆びっ錆びの剣は。おまけに痴呆が来てるなんて、恥ずかしくないのかしら?」

 

「興味深いわね。データ自体は失っても、ログは残ってるみたい。」

 

「……外れると分かっている期待をするのは、いい加減に止しなさいよ?」

 

はじめっから見下しにかかるルイズに対して、パチュリーは何処までも興味津々だった。

それどころか……眺めているだけに留まらず、フヨフヨと人垣を飛び越えて刀剣の真上から話しかけ始めた。

 

仕方がないので、ルイズも後に続いた。

あまり口を出すつもりはないが、放置も出来ないから面倒臭い。

 

「貴方、どのくらい長生きなの?」

 

「ザッと見積もっても、6,000年は下らねーな!って……何でい紫娘。アンタ、メイジか?」

 

「魔法使いよ。ところでその記憶、自力で思い出せないようなら私が少し手伝うわ。」

 

「ハッ、やめてくれ!思い出せないんなら、それだけの記憶ってこったい!オレは、今を生きるんだよ!」

 

「スパーっと思い出すんじゃなかったの?」

 

パチュリーはそう言って、錆びた刀身をなぞり始めた。

 

人差し指の腹で、スッと一撫で。

それだけで、刀剣にこびりついた赤錆がボロボロと剥がれ落ちた。

 

この光景に周囲はおやおやと色めき立ったが、ルイズだけは顔をしかめていた。

 

「うっわ、バッチぃ。それって人間にしてみれば、垢みたいなもんでしょう?パチュリー、ちゃんと手を洗っておきなさいよ?」

 

因みに、非生物に魔力を分け与えるという高等技術に関しては……今更なのでいちいち驚く気にもなれなかった。

 

「誰が不潔だこの、チビピンク!外野は黙ってろい!」

 

「……生意気な剣ね。」

 

ルイズはスッと目を細めると、解析が済んだ所までの爆発呪文を使ってぶっ壊してやろうかと思い……弁償させられるだけだと思い止まった。

そうこうする間にも、その剣はまるで伝説の一振りかの様な輝きを取り戻していった。

 

「おい、マジか!クッソ!そうだ、そうだった!オレ様ってば、すっかり忘れちまってたぜ!そうだよ!コレがオレの本当の姿だよ!余りにもくだらねー奴らばっかだったんで、忘れとったい‼︎おい、ありがとな、紫パジャマ!」

 

「それで、取り戻したのは外見だけ?」

 

在りし日の輝きを取り戻したデルちゃんことデルフリンガーは有頂天になり……激しく落ち込んだ。

 

「おっしゃ、目ん玉かっぽじってよく見とけよ紫メイジ‼︎コレでまた心踊る戦場に舞い戻っ……って、使い手がいねーんじゃ、どーしよーもねーだろが!剣だけでどーしろってんだよ!」

 

「貴方は、剣士と一緒じゃないと力を発揮出来ないの?」

 

「あったりめーだろーが!アンタらメイジも杖がないとそうだろ……って、アンタは違うみたいだな。いや、よくよく見ると、そこのピンクもチョッと違うじゃねーか?!一体どういう事だ、コレは?!アンタらエルフなのか?!この国は、一体いつから占領されちまってたんだ?!何てこったい!」

 

「……まぁ、安心なさい。私たちはエルフではないし、その状態の貴方なら、いずれ良い買い手がつくでしょう。」

 

パチュリーはそう言うと興味をなくしたのか、その場でそそくさと本を読み始めてしまった。デルフリンガーの必死の訴えも、何処吹く風である。

 

「おいおい、アンタ!そいつぁねーだろ?!やるだけやって、興味失ったらハイさよならかよ?!オレに相応しい相手に心当たりとか、そういうのないのかよ?!」

 

これに関しては、ご老体たちがデルフリンガーの援護に回った。

さすがに人を見る目があるので、パチュリーにではなくルイズに向けて、次々と嘆願して来たのである。

 

「ピンクちゃんや、何とかならんかのう?」

 

「デルちゃんはのう、お相手をずっと待っとっるんじゃよ。」

 

「なかなかいいのが現れないからと、少々不貞腐れておるがのう。」

 

「……結局こうやって、私にお鉢が回って来るのよね。分かってたわよ、もう!」

 

ご老体にこうも言われては、平民だろオマエラなんて事は言いたくもなくなってしまう。ルイズは、うえーっという顔をしながらも、デルフリンガーを念力で持ち上げた。

 

「貴方にその気があるなら、魔法学院の衛兵さんを紹介してあげても良いわよ?」

 

「ふざっけんな!そんなどこの誰とも知れん有象無象に渡されるくらいなら、いっその事、ここで錆び剣やってる方がマシだぜ!」

 

「……何なのその、クダ巻いた失業者みたいな言い分は。」

 

ルイズはムカッ腹が立った。

せっかく斡旋してあげようと思ったのに、この態度は酷いだろう。まぁ……相手は剣なので、礼儀など知らなくて当然なのだが。

仕方がないので、ルイズは老人達に話を振った。

 

「誰か、知り合いに腕の立つ人とかいないの?……まあ、いるんならとっくに紹介してると思うけど。」

 

「ああ、それならアニちゃんが……」

 

「いやいや、あの子に今のデルちゃん渡したら……」

 

「マズイのう……」

 

心当たりはあるらしい。だったらその人に……と思ったが、絶対ダメだと言われてしまった。

アニエスという、凄腕の女流剣士だそうな。

幼い頃から、剣の道だけをひた走って来た様な人らしい。銃まで扱えるとか。

 

そりゃダメだ、こんな駄剣を渡したら、その場で叩き折ってしまうだろう。……ルイズには分かるのだ。こんな見てくれと口だけの剣が、一流の人に相手して貰える筈が無いと。

 

……いい加減に面倒臭くなってきた。

 

「アンタ、喋る事と見た目以外にアピールポイント無いの?剣にはどう考えても、不要な機能なんだけど!」

 

「うるさい!小娘が偉そうなこと言うな!」

 

「アンタねぇ……」

 

コレはダメだ、荒療治が必要である。

 

ルイズはそうして、最近メキメキと上達している念力魔法の新技を試す事にした。柄の部分をしっかり固定して、剣先にそれ以上の圧力をかけるのである。

まあ、そのまま行けば折れてしまうだろうが……その手前で収めて脅しをかけるくらいは、問題ないと判断したのである。

 

「ちょっとは身の程を知りなさいよ、この駄剣!」

 

「うぐっ、何しやがる!このチビピンク!グギギ……」

 

デルフリンガーは暫くそうして呻いていたが、ある瞬間からフッと静かになった。

やり過ぎたかな?と思ったルイズだったが……妙な感覚を覚えていた。

 

そして……

 

「ハーッハッハ!バカめ!オレ様、思い出しちゃったもんねー!そのくらいのチャチな魔法なんざ、屁でもねーわ!おらおら、どうした?!それで終いか?!」

 

「そんなバカな……」

 

ルイズは目を見張った。先程からの違和感は、気のせいではなかった様だ。

刀身部分に掛けていた念力魔法が、吸収されたらしい。

 

そんな事が出来る剣なんて、聞いた事もない。パチュリーのさっきの技で、こんな事まで思い出していたとしたら……この剣ひょっとして、とんでもない業物である。

 

「パチュリー!こいつ、ちょっと変よ?!」

 

「何処が?」

 

「魔法が効かないの!」

 

「……ああ、それ?」

 

因みにパチュリーは、この会話の最中も本から目を離していない。立ち読みならぬ路上読みをしているだけあって、流石に返答すらしないという訳ではないが……素っ気ないものである。

 

「だからどうしたの?」

 

「いや、だからどうしたって……コイツ、私達の天敵じゃない!メイジ殺しの手に渡ったら、おっそろしい事になるわよ?!」

 

「そうは思えないけど。」

 

「な、何でこういう時だけ呑気なのよ……」

 

「さっきの感触だと、限界があるみたいだから。そこまでの脅威にはならないわよ。」

 

ルイズとパチュリーがそんな言葉を交わしていると、デルフリンガーが絶好調なまま、まくし立てて来た。

 

「おい、オメーラ!何をこそこそ言ってやがる!逃げ出す算段かぁ?!限界がどーした?!そんなのブッ千切るのが男ってもんだろうが?!やれるもんならやってみやがれ!」

 

「……エオ。」

 

ルイズはいい加減に我慢の限界が来て、解析を終えた爆発呪文を唱えた。するとデルフリンガーの元でスイカ大の光球が生まれ、弾けた。

 

「うわっトォ?!不意打ちたぁ、姑息な真似するじゃね〜か、チビめ!体積とおなじくらい、貧相な野郎だぜ!」

 

何と。

念力だけ吸収出来るとかではなく、爆発まで吸収できるらしい。

 

ルイズはこの事実に驚くとともに、ニヤリとした。

 

これはこれは、なかなか面白い試金石を得たものである。ちょうどこの爆破呪文に関して、確かめたい事があったのだ。

改めて杖を握り直し、意識を集中する。

 

「それじゃあ遠慮なく行くわよ……エオル!」

 

「はーっはっ!呪文の長さを変えただけの同じ魔法が、このオレに通用するか‼︎……って、イッテェな!威力が上がったぞ?!いやちょっと待てや?!呪文の長さで威力が変わる魔法って、覚えがあるような気が……」

 

「エオルー!」

 

「プオッ!クソッ、マジいてぇぞコラァ!……てめー、こっちがやり返せないからって、チョーシこいてんじゃ……」

 

「エオルース!」

 

「うわっ、バカやめろそれ以上はマジでやば………くないぜ。何だよ、ビビらせやがって!今度は威力が下がったぞ?!お前、一体何者なんだよ?!」

 

「パチュリー、今の聞いてた?!やっぱり私の言ってた通りだったじゃない?!どっちも間違ってないのに『エオルー』までは威力が上がって、『エオルース』では威力が下がる……っていうことは、『エオルー・ス』って区切るのが正解なのよ!」

 

「どちらでもいいわよそんな、終わりの見えない呪文。一小節で終わらないって、全部唱えるのに何分掛ければ気が済むのよ。それよりマーキュリーポイズンの方が余程…」

 

「あんなエグい魔法を使ってたら、私の精神が参っちゃうわよ!それより見なさいこの、絶妙なコントロールを!この駄剣以外には命中させない、正しく的確な制御‼︎ちょっとくらい褒めてくれても、いいのよ?良いのよ??」

 

「やい、オマエラ、オレ様を無視するんじゃねー‼︎勝手に盛り上がりやがって!何なんだよ、オイ?!」

 

ちょっと舞い上がってしまったルイズは、コホンと咳払いをした。

確かに、傍で聞いているだけでは分かりずらい事だろう。ここは一つ、無知な駄剣に教えを説いてやるというのも一興だ。

 

「実は今、未知の魔法を解析中でね?魔道書がないから、手探りで片っ端から発音して試しているのよ。アンタの能力のお陰で、『エオルー・ス』が正しい唱え方だと分かったわ。どうもありがと!」

 

「オマエもパジャマも、さっきっから自己解決してばっかじゃねーかよ?!メイジってのは本当に、自分勝手な奴等ばっかだな?!」

 

「ちょっと、パチュリーと一緒にしないでよ。」

 

「いきなり人様に魔法ブッ放すヤンキーが、何を上品ぶってやがる!……まぁ、オレ様は剣だけどな。」

 

「ちょっ……アンタこそ見ず知らずの私達に剣士を紹介しろだの、さんざっぱら好き放題言っておいて、そいつぁ無いでしょう?!」

 

ルイズは至極真っ当なことを言ったが……このときデルフリンガーにとって、思いもかけぬ援軍が現れた。

忘れがちな事であったが、ここは彼のホームグラウンドなのだ。

その場に、1人の少年が訪れたのである。

 

「あーー、デルフだーー!デルフがギッラギラになって、マブいチャンネーはべらしてるーー‼︎」

 

「……ちっ、たくよぉ……今日は千客万来だな。バカ言ってんじゃねーよ‼︎ジョニー坊!こんなチンクシャなガキ、オンナとは呼べねー!ちったあ見る目養ってから物を言え‼︎つか、その前に剣を振れ‼︎剣振ってオトコ磨いて、腕一本でのし上がんだよ!オンナ語ったり腰を振るのは、そっからだぜ‼︎」

 

「剣ならこれから、振りに行くよ!これからお稽古なんだーー!」

 

「ならいい、サッサと練習して来い!」

 

「うん!頑張るよーー‼︎先生がマジでマブいんだーーー!」

 

「……マジかよ、師匠がオンナなのかよ……ええい!剣士に性別は関係ねー!強い奴なら誰だっていーんだ!まずはソイツから、一本取って来い!そしたらオレを、振らしてやんよ‼︎」

 

「ホントに?!」

 

「おーよ!オトコに二言はねーー!オレは剣だけどな!忘れっぽいからそうなる前に、サッサと腕を上げて来い!」

 

「うん!じゃーねー!」

 

この会話を聞いていたルイズは、あまりの酷い内容に目眩を覚えた。

そう言えば、確かに?あのポスターには介護だけでなく、育児向けの宣伝文句も書かれていた。

しっかしまぁ……こんな下品な情操教育が、あって堪るものか。言葉遣いからして、汚染されてしまっているではないか。

 

ルイズがこの様に感じた出来事を、パチュリーは全く別な角度から見ていた。

 

「貴方まさか今みたいにして、自分に相応しい剣士を育てるつもりなの?」

 

「ケッ、バカなこと言ってんじゃねー。剣の道はな、魔法とは比べもんにならねーくらい険しいんだよ。一朝一夕に身につくなら、苦労はしねーさ。」

 

「……それでも貴方の生きてきた時間に比べれば、一瞬よね?」

 

「……はっ、よせやい。そんな地道な事する真面目クンに見えるか?」

 

「全く見えないけど、そんな気分なんでしょう、今?私もルイズから外に引っ張り出されて、妙な事してるもの。貴方も武器屋の外に出て、少し変わったんじゃないの?」

 

これはまた、変なところで引き合いに出してくれる。

ルイズは顔を歪めた。

 

「パチュリーの言う通りだったとして…まぁ、何とも気長な話よね……」

 

「……オレ様が一体、どのくらい待ったと思ってる。6,000年だぞ、6,000年。初代以外にただの1人も、このオレを満足させてくれる様な奴は現れなかった……どいつもこいつも、腕ばっかだった。憎しみとか怨みとか、挙句には無心だとかのツマンネー感情で、このオレを振り回しやがって……あの青臭いガキに使われる方が、まだマシってもんだぜ。このままデカくなって冒険者にでもなるってんなら、喜んで手ぇ貸してやるよ。」

 

「あっきれた、意外と本気なんじゃない。」

 

「……嗤うなら嗤えよ、チビ。……ちっくしょう、何でこんなダセー事しちまってんだよ、オレは。マジでガラじゃねーよ、かっこわりぃ。」

 

ルイズはそう言いつつも今、この剣をちょっぴり見直していた。

 

都会でヤンチャしてたアンちゃんが、故郷の田舎でブツクサ言いながら不器用な事してる。そんな感じだ。

こんなことを続けていたら、これだけの老人達が集まるというのも頷ける。

 

何だかいい話に思えて来た。

 

そう思ったときの事である。

 

「ガラにもないことしてるのは、今に始まった事ではなさそうよね。」

 

パチュリーがダメ出しを始めた。まあ……何か考えがあるのだろうが。あいも変わらず、空気を読んでくれない人だ。

 

「はっ、コイツァ手厳しいな。どういうこったい、パジャマ。」

 

「貴方は剣なのでしょう?さっきはルイズに、随分と防御力の自慢をしていたわよね?それは本来、盾の役割じゃないの?」

 

「ハッ、うるせーよメイジ如きが。知った風な口きくなや。」

 

「魔法使いでも分かる事よ、攻防一体の魔法なんて存在しないから。そんな中途半端な小技は、専門に特化した魔法に悉く淘汰されて来たのでしょう。貴方は、その道を歩もうとしている様に見えるわ。」

 

「御高説、どうもありがとよ。それで?何か問題あんのか?オレの勝手だろ、放っておいてくれや。」

 

「貴方は剣士と2人で一つなのでしょう?そんな事では、仮に貴方の見込み通りな剣士が現れても、限界が来るわよ。その子と力を合わせても吸収し切れない魔法と直面したとき。貴方は先ほどの様に、盾の真似事をし続けるのでしょうね。」

 

「……さっきっから何が言いたいんだよ、小娘。」

 

「貴方は戦いたいのではなく、死にたがっている様に見えるわ。」

 

その瞬間、その剣の周囲の空気が変わり始めた。

 

「……今のはちょっと、頂けねーな。何だいそりゃ?オレが、何かから逃げてるとでも?」

 

「私の故郷で最近起きた大戦では、戦場帰りの兵士達がシェルショックというのに悩まされたそうでね。端的に言って、終戦後も戦場の記憶に苛まれているの。貴方もおそらくそうなのでしょう。何か耐え難い記憶があって、それを自ら封じて。それでも漏れ出して来る過去に、現在を縛られているのよ。」

 

「こいつぁおでれーた、アンタ、メイジじゃなかったのかよ!おもしれえ、心のお医者様か何かかい?…………もっとはっきり、バカなオレにも分かる様に言ってくれや。」

 

「貴方きっと昔、殺したくない人を殺してしまっているのよ。だから、攻撃とは無縁な力を誇ったりするのでしょう。自分からレゾンデートルを否定しているわ。貴方は剣でしょう?攻撃の象徴が、防御を誇ってどうするの?」

 

「うるせぇ………」

 

デルフリンガーはこの様に静かに呟いた後、最大級に喚き散らし始めた。

側で見ていたルイズには、何となく分かった。パチュリーの言葉の中に、この剣にとっての禁句があったのだろう。

全く……よりにもやって、剣と口論するとは。どこまでも斜め上な事をしてくれるものだ。

 

「っるっせえんだよ、小娘!剣が守って、何か問題あんのかよ?!いーじゃねーか別に?!戦場じゃ、盾でブン殴って叩き殺すアホだっているんだ!一本くらい守る為の剣があったって、太陽は西から昇りゃしねーだろ!

 

オレはよ、確かに人殺しの道具だよ!

けどな?

使い手によっちゃあ、違う様に使ってくれるかもしんねーだろ?殺されたくない、だけど殺したくもないとか、そんな青臭くて甘ちゃんなヤツがいるかもしんねーだろーが?!オレはそんなバカヤローと一緒に、一世一代の大バカやりてーんだよ!」

 

「何を下らないことを……」

 

「テメーのモノサシで語るな!オレはな、テメーの言う下らね〜事を下らね〜とは、微塵も思っちゃいね〜ぞ!下らなさ上等だ!それがオメーラ人間ってもんだろが?!

 

シケたツラして、冷めた理屈に逃げ込むなよ?!人間なら人間らしく、矛盾した行動しろ!足掻けよ‼︎泥にまみれてみろ!

 

オレはな、コロシの為じゃなく、守る為に……救う為に使って欲しいんだよ!そりゃ、こんな事オレでもイカれてると思ってるよ?!

でもな、だからこそ縋りたいんだよ!

コイツは、オレの夢なんだ!

 

いつかきっと、戦う覚悟すらね〜究極のバカが、オレのことを必要としてくれる。そいつと一緒に、マジで夢物語みてーな戦いをするんだ!

万の敵に囲まれて、それでも誰一人殺さずに生き延びるとか、そういうどーしよーもなく無謀な戦いがしてーんだ!足りない頭使って、どーやったら敵も味方も殺さずに勝つかとか、そういう甘い夢で悩みそ覆い尽くしてーんだよ!殺す為じゃなく、守る為の戦いをしたい!その為なら、こんな命惜しくねーよ!」

 

「惜しいとか惜しくない以前の問題として、確実に命がないわよね、そんな戦い方をしては。」

 

「聞けよ、魔法使い!

テメーみたいな冷めた事言う奴は、だいたい同じ事するんだ!難しい理屈つけて、戦争おっ始めるんだよ!言う事だけ立派で、殲滅とか焦土とか、下品な事を平然とやりやがる!そんな事にオレはもう、ウンザリなんだ!

 

なるほど確かにアンタは、頭良くて技術もあるんだろーよ?けどな、そんな奴は剣士にだってゴマンといるんだ!そういう奴は、心がねぇと相場が決まってる!シケたツラして、何でも計算づくでやろうとしやがる!それか、どっかぶっ壊れてやがんだ!憎悪とかに凝り固まって、下品な事ばっかしやがる!そういうの、マジで興醒めだぜ!そんな奴に握られてると、コッチまで萎えて来るんだ!

 

オレの使い手たるバカヤローに、そんな高尚な理屈は必要ねー!

腕っ節や技術なんて、後からどーとでもなるんだよ!このオレを、そんな低レベルなもので振ってくれるな!心で振ってみろ!」

 

「あっきれた……究極の精神論者ね。」

 

「おーよ、何かモンクあんのか。」

 

この一部始終を観客として聞いていたルイズは、呆れ返っていた。

 

てっきりガテン系のバカ剣だと思っていたが……パチュリー相手にここまで舌戦交わせる様な相手が、そんな筈はない。実はオツムの中味も、かなりイケているのでは。

 

いや、そんなのどうでもいい。単純に、こんなヤツが本当に苦しい時に側にいてくれたら、それだけで心強いだろう。そんな風に思えた。何で武器に口がついているのか、その理由がちょっとだけ分かった様な気がしたのである。

 

そこまで考えたルイズは、よしと心を決めた。

 

「気に入ったわ!」

 

その一言は、その場の老人たちの視線をも集めた。パチュリーは完全に呆れ返って、そしてデルフリンガーは……そもそも目がないのに、どうやってこれまで視覚情報を得ていたのだろうか?

 

「その心意気や良し!アンタは、私が買いましょう!」

 

「……ば、バッキャロー!てめ、ど〜見てもい〜とこの嬢ちゃんだろーが!フォークとナイフより重いもの持った事があんのかよ?!」

 

「そ、そのくらいあるわよ?!学院に引っ越して来るとき、鞄が重くて大変だったんだから!」

 

「そーゆー話じゃねーよ?!武器を扱えもしないのに、オレを買うたあどういう心算だ?!」

 

「……な、投げつける武器として?」

 

「喧嘩売ってんのかこのチビピンク!」

 

ルイズはムゥと唸った。

念力で柄の部分を握って、ブン投げてあげればそれだけでメイジにとっては恐ろしい攻撃となるのに。この思いつきは、理解して貰えないらしい。

 

すると。

 

「いっそのこと、透明人間に振って貰うのはどうかしら?」

 

パチュリーが意味不明な事を言いだした。

 

「透明…何それ?」

 

「私の故郷の作家が、そういう本を書いたのよ。文字通り、透明で見えない人。」

 

「す、凄いメイジがいるのね……」

 

「実在はしないわ、小説だから。まあでもこの場合、透明人間が扱ってるっていう事にして。貴女がそれっぽく操りなさいよ。いい練習になるでしょう?」

 

「つ、つまりは嘘をつけと?」

 

「モノは言い様よ、バレない様に頑張りなさい。それに、そうした奇想天外な護衛がついていると思わせる事が出来れば、貴女に余計なチョッカイを掛けて来る人も減るでしょう。」

 

「な、成る程。」

 

「ナルホドじゃね〜〜よ!オレをこんな、剣術のイロハも知らねーどころか、剣を握った事もないような小娘に魔法で扱わせるだと?!冗談も程々にしろ!」

 

ルイズはこれに関しては、プランがあったのでそれを伝えてあげる事にした。

 

「まあまあ、ちょっとの辛抱よ。どうせそのうち、貴方の真価に気づいた人が、譲って欲しいと言いに来るわよ。」

 

「それは一体、何時になるんだよ?!相続の時とか言うんじゃないだろうな?!」

 

「私はこれでも、それなりの家の娘だから。それとなく宣伝してあげれば、それはもうイッパツよ。」

 

「フザッケんな!貴族のボンボンに譲られるくらいなら、いっそこの場で殺せ!」

 

「だから、そんなヒドイ事にはならないわよ。うちの領軍だけでも、それなりの数の兵隊さんがいるから。そうした人たちに、声を掛けてあげるだけだもの。悪いようにするつもりは無いのよ?さっきのジョン君だっけ、あの子に期待を掛けてあげるのも良いけれど。私と一緒に来れば、良い剣士が見つかる可能性はより広がる筈よ?」

 

「く……苦しいとこ突いて来るじゃねーかよ。」

 

こうしてルイズは、デルフリンガーを購入するために店の中に入り、店主と交渉した。値段は、レンタルサービスの平均月商10エキューの約8年分に相当する、100エキューとなった。

 

本当は10年分としたかったそうだが、そこはルイズが知恵を働かせた。

そもそもこの武器屋は、物販業でしょうと。動産賃貸業の認可はちゃんと得ているのかと問い詰めたら、店主は青くなっていた。売上はキチンと申告していたそうなので、そこまで慌てる事はないと思ったが……まあ、これも社会勉強だろう。

 

ついでに、肩止め式の鞘もオマケして貰えた。

本当は鞘など必要ないのだが、一応は透明人間が使っているという設定がある以上、不要だというわけにもいくまい。

 

因みにデルフリンガーには、チクトンネ街に毎月顔を出す約束をさせられた。ご老人達や少年達も、彼の出世を惜しんでいた。この街区にこれだけの太いパイプが持てたと考えれば、破格の買い物であった。

 

こうして、意気揚々と魔法学院に帰ったルイズは……パチュリーと相談を重ねた。はじめから、やる事は決まっていた。

 

デルフリンガーには、吸収すること以外の能力を身につけて貰う。

七曜の魔女にはもう、その算段がついている様だった。

 

 





当初はこの話の中で、デルフリンガーもパワーアップする予定でした。なかなか難しかったです。

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