「………」
「何故だ…」
命懸けの戦闘中に於いて相手の姿を見失う事は、相手に一方的な攻撃を行なうチャンスを与えてしまう致命的ミスの一つだ。
だから士郎は常に優を視界に捉え、見逃さなかった…………筈なのに優は視界から消えた。
「………」
「お前は…殺人者だ」
人間は感情的になり過ぎると無意識の内に単調な行動を取りやすくなってしまうが、これは今の士郎にも当てはまる。
士郎は相手を見失わず、且つ相手の行動を予測しやすいよう常に相手の全身を視界に捉えていた。だが、気が逸るあまりにたった一回、たった一瞬だけ次の攻撃を打ち込む場所である頭部に視線を集中させてしまい、その一瞬で優は幻のように消え去ってしまったのだ。
士郎は動揺のあまり一瞬大きく目を見開いたが、視界から消えた優を視線で探す間もなく両足よの足下に横薙ぎの衝撃が走り、視界が回転。
地面が背中を、腕を、頭を強く叩いて身体の自由を奪い、あまりの衝撃に息が詰まって苦悶の表情を浮かべる。柔道の背負い投げを、受け身も取れずまともに喰らうのと同等かそれを上回るダメージだ。
士郎はそんなダメージにも負けずに直ぐ様起き上がろうとしたが、勝敗は既に決していた。上半身を起こそうとしていた士郎の顔面に優の拳が打ち下ろされていたのだ。だが……
「なのに何故そのまま俺の顔を殴らなかった?その拳速の下段突きなら俺の顔面くらい簡単に潰せたはずだ」
「………」
優の拳は士郎の眼前数cm手前で止まっていた。
「俺はお前を……斬ろうとしていたんだぞ」
「オレは突発的に人を殺すほどあぶねー奴じゃねえよ」
「それでもだ。殺さずともお前ほどの腕なら気絶させることもできたろう」
「あー…。そうだな………」
優は拳を引き、士郎へ手を差し伸べる。 士郎も優に敵意が無いと確認するとその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
「オレもあんたのことが少し分かったから、かな」
「…?」
あまりにも予想外な返答。
士郎は「つい先程まで自分の命を狙っていた相手を許せるだけの理由をどうやって見出したというのか」という疑問が頭の中を駆け巡った。
「………よければその分かったことを聞かせてくれるか?」
「あんたはオレとちょっと似てる…って思ったんだ」
「似てる……」
またしても意外な話。自分との共通点と言えば性別くらいしか思い浮かばなかった士郎は俄然興味が湧いて耳を傾けるが…
「あんたのその技…ただの剣術じゃねえ、人を殺すための技術だよな?」
「……否定はしない」
「…見た通りオレの技も同じでさ、今はそれを隠して高校生活送ってんだ」
「高校!?あの腕前で高校生だと!?見た目が若いだけじゃなかったのか!?」
優の強さと見た目通りの若さに動揺を隠せない士郎であった。
「あ、ああ。まあ、こんな技術を持ってる奴が高校生のガキってんじゃ驚くのも無理ねーか。
でもあんたの技、実はつい最近同じような技を使う奴と戦ったからなんとか見切れたんだ」
(似たものを見ただけで即座に見切れるほど御神流は簡単なものではない!
20歳にも満たない年齢でこれ程の実力を身に付けるとなれば、どれだけ才能があろうとそれまでの人生の大半を修練と実戦に費やさなければ不可能だ…!こいつ、本当に俺と似て…いや、潜在能力は俺より…!)
士郎は若い頃に自分の修める剣術において天賦の才を発揮していた事があった。その剣術の奥義を会得した彼は歴代でもトップクラスの継承者となったが、ある仕事で瀕死の重傷と生涯癒えぬ傷を負った事で思うように身体を動かせなくなり、その故あって現在はその仕事を引退して静かに喫茶店を経営している。
そんな今の彼は家族に隠れて密かに訓練しているものの、肉体は長時間全力を出すと古傷が悪化してしまうため、全力では数分しか動けない状態だ。この傷により行える肉体の鍛錬は限られてしまうので、身体能力を仕事前並みに戻すのは事実上不可能だった。
だが身体能力こそ衰えているもののその、不足分は技術の精錬で充分過ぎる程に補っており、技術に限れば常に全盛期を更新し続けていると言っても過言ではない程に日々研ぎ澄まされ鍛え上げられている。
それ故に士郎は今の自分の技術に絶対の自信を持っており、全力の数分間なら肉体の全盛期だった頃にすら勝るとの自負があった。
ところが目の前にいる高校生の少年はそんな自分の不意打ちを完璧に見切って回避し、感情的になって思考も行動も単調になっていたとはいえ自分の連撃を躱し続け、たった一瞬の隙を突いて完全に姿を見失う程の観察力・判断力・瞬発力を見せ、屈むと同時の足払いから喰らえば死は免れなかったであろう下段突きまで淀みも無駄も無い、最短にして最善の手で士郎を仕留めたのだ。
それも重傷を負った身でありながらだ。
「とにかくだ。オレも学校と仕事があるし、これ以上あんた達に迷惑はかけたくねえ。オレの持ち物を返してくれたら今すぐにでも出ていくよ。オレとしても早く学校に戻りてえしな」
「仕事……やはりその技術を活かした仕事か?」
「ああ、もちろん命懸けだしいいことばっかりじゃねえけど……ゾクゾクするような未知の世界に出会える仕事だ。学校にはなるべく通いたいけどこればっかりはやめられねえ」
「………」
「あ、そうだ。なのはって子には『わざわざ学校休ませちまってごめんな』って言っといてくれ。本当にすまねえ、ってな……」
もし仮に自分が今の技術を持ったまま全盛期の肉体に戻ったとしても、体調が万全かつフル装備の優に勝てるビジョンが見えないほどの戦闘能力を士郎は感じていた。
「それともし今携帯持ってるなら貸してくれねえか?ちょっと知り合いに連絡してえんだ」
「………」
そして同時に気付いてしまった。
(その領域に至るためにこいつは青春時代の多くを犠牲にしてしまったのだろう。それも本人の望まない形でだ。だからこそ理想の仕事を持っているにもかかわらず学校生活にこれ程強くこだわっているのか…)
「………聞いてるか?」
「す、すまん。お前がそう望むならいいだろう。なのはには俺から謝っておく。荷物は今持ってくるからここで待っていてくれ」
「ああ、助かる」
今なら士郎にも分かる。
彼は本当に自分たちに迷惑をかけたくないのだ。それに高校生活を謳歌したいというのも本音なのだろう。なのはに対する謝罪の言葉からもそれがひしひしと伝わってくる。
それを察した士郎は残っていた
「あ、そうだ。もう一回言うけど携帯持ってたら貸してくれねえか?知り合いに連絡してえんだ」
「それは構わんが壊すなよ」
「へっ、誰が壊すかよ」
そして冗談も交えた言葉を交わし、ここに年齢・立場を超えた友情が生まれるのだった。
こうして高町パパは優の最初の理解者となりました。
作者も10歳以上年齢の離れた友達がいるのですが、そういう友達って本当にいいものだと思います。