あ、あんた…!」
「ほう、軽く肌を撫でてあげようと思ったんだが…」
優は咄嗟に身を引いて直撃を避け、犠牲は寝間着だけで事なきを得る。
「これのどこが質問だ!」
「これは心外だな。俺は『言葉で質問する』とは言っていないよ」
「屁理屈ぬかしてんじゃねえ!しかも殺気が溢れまくってて完全に殺す気だろ!」
「なんとでも言うがいい」
士郎はいつの間にか両手に抜き身の小太刀を携えており、その切っ先を優へ向けながら表情を消し去り淡々と言葉を発する。
「だがお前は俺の質問に答えてくれた」
「…?」
「俺の先制攻撃を…それも完全に虚を突いた攻撃を最小限の動きで完璧に躱した。それが答えだ。それでお前のことがよく分かったよ」
「…なるほどね」
食卓で話していた時に感じた気配の正体はこの殺気だったのだ。
優の目の前には、一家の団欒を心から楽しむもう男はいない。溢れ出す殺気、敵意に満ちた目、そしてあまりにも堂に入った自然で隙のない構え。
今ここにいる男は戦う術を……人を殺す術を心得ている一人の剣士だ。
優は士郎の豹変に戸惑いながらも拳を構えて戦闘態勢に入る。
「昨晩、気絶していたお前をなのはが運んできた。もしお前がただの一般人ならなのはを無理矢理学校へ行かせずにすんなりと休ませるつもりだった……」
「………」
廊下を歩いていた時と同じだ。士郎は優に意見を求める事なく、構えを維持したまま一方的な話を展開する。
「だがお前のあの装備はなんだ?見た事もない防護服、ナイフに拳銃にライフルに手榴弾だぞ?どこの戦地へ赴くつもりだったんだ?いや、使用した形跡があるということは戦地帰りか。
最初に対処したのが俺でよかったよ。なのははお前を運ぶのに必死だったからそれを気にする余裕がなかったようだし、家族のみんなに見られる前に全部隠せたのは幸いだった」
「………」
しかし士郎の話す内容には一箇所だけ誤りがある。
なのはは優が拳銃を使用する場面を目撃しており、はっきりと認識もしている。
加えてその場面は一般人なら一生のうちに何度も見られない衝撃的な体験だ。記憶喪失にでもならない限りはそうそう忘れられるものではない。
つまりなのははそれを士郎に伝えておらず、また同時に士郎がそれを隠したことも分かっているということになる。
「だがその中でも特にナイフは大きさの割に異様な軽さだったからコンクリートブロックで試し切りしてみたら、まるで豆腐のようになんの抵抗もなく真っ二つだ。こんなナイフは世界中探してもそうそうあるものじゃない。
「………」
急に話が止まった士郎の両手に力が入り、力みのあまり手が震え出す。士郎はそれを抑え、誤魔化すかのように声を発する。
「お前からは死臭が漂っている………!」
「!?」
優が士郎の言葉に一瞬の動揺を見せた瞬間、再び士郎の小太刀が優を襲い始めた。
「だから俺はお前を家族から遠ざけたかった!だがなのははお前が心配で片時も離れなかったんだ!
どうせなのはを助けたというのも大方同業の相手と戦っている最中に偶然なのはが居合わせて逃げられただけだろう!
お前の背中の長い傷は間違いなく暴漢に付けられた傷ではない、お前のナイフと同等の刃物の傷!他の傷痕も全て銃創と鋭利な刃物によるものだ!もしその身体を病院で見せれば間違いなく警察沙汰になり厄介なことが起こる!
そして俺の経験と勘がお前は間違いなく夥しい数の人間を殺していると叫んでいる!だから俺はお前がいつ目覚めていつ本性を現しても対処できるように一晩中近くで監視していたよ!」
(なんでオレを病院に連れてかなかったのかと思ったらそういうことか…!)
巣を
「だがそれでも不安は消えなかった!なのはが危険な目に合わないか気が気じゃなかった!この気持ちがお前にわかるか!!」
「………!」
優は怪我のせいで思うように身体が動かず、上半身の動きだけでは躱し切れなくなってバックステップで距離を取る。
「今朝もそうだ!本当は家族が揃う場所にお前を招き入れたくなかった!
だがなのはがなんの躊躇も笑顔で無くお前を連れて来たのを見て少しだけ気を緩めてしまったんだ!
その後心底後悔したよ!お前のような殺人者に一瞬でも気を緩めた自分が許せなかった!」
「て、てめえ…!」
斬撃が突きに変化すると刹那の踏み込みによる槍のような突きが飛んでくる。
「だから俺は決めた!お前が家庭を壊す前にお前を始末すると!」
「なに!?」
圧倒的な手数で反撃の隙を与えず、更に寸止め・視線・筋肉の動き・呼吸とあらゆる技術までも駆使したフェイントで優を幻惑し、徐々に壁際へ追い詰めていく。
「俺の幸せを壊すな!」
「くっ…!」
「攻撃は最大の防御」という言葉を聞いた事があるだろうか。
簡単に説明すると「相手に攻撃している間は相手から攻撃されないので防御しているのと同じ」という意味だ。
言葉だけを見ると簡単な事のように思えるが、実際にはそんなに簡単に成立するものではない。これが成立するのは「相手に反撃の隙を与えない攻撃を絶え間無く続ける」場合のみだ。
士郎の小太刀による怒涛の連撃はその条件を満たしていた……と思われたが、実は今の士郎は優を倒そうと逸る余りに重大なミスを犯していたのだ。
「この殺人者め!」
「それは…!」
それは士郎がとどめの一撃を放った時だった。
「てめーもだろ!!」
「!?」
刹那、士郎の見ていた世界が回転した。