高町夫妻のラブラブぶりは見ていて和みますね。
「………」
閉じた瞼に光が差し込んで眩しさを感じ、手で目元に影を作りながらゆっくりと目を開く。
上に天井が見えるということはここは屋内という事だ。外ではスズメが鳴いており、今は早朝であることが伺える。肝心の自分はというと、A・Mスーツと各種武装がどこへ消えたのか頭と身体には包帯が巻かれ、和式の寝具一式に包まれて眠っていたらしい。
またしても気絶中に移動していたことを情けなく思いながらも、ここがどこなのかを調べるために起き上がろうと上半身を半分ほど起こした時、腹部に妙な重みを感じた。何が自分の腹の上に乗っているのかと視線を向けると……
(誰だこいつ…)
「ん……」
そこには茶髪ツインテールの女の子が顔を伏せて眠っていた。
「あ、おはようござ……じゃなくてよかった!目を覚ましたんですね!おとうさーん!あの人が起きたよー!」
(あ、こいつ昨日悪霊に襲われてた…)
枕代わりにしていた場所が傾いたことで目が覚めた女の子は飛び跳ねるかの如く起き上がり、父へ報告しに部屋を飛び出していく。
「おはよう、怪我の具合は悪くなさそうだな。話はなのはに聞いたよ。暴漢からなのはを助けてくれたんだってね。で、キミを心配したなのはがその場所に戻ったらキミが倒れていたそうだ」
「は、はあ…。(あいつ、そういうことにしたのか。まあ、その方がこっちとしても手間にならなくていいけどな)
「だったらしっかり食べて早く治さないとな!さあ、食べてくれ!」
「は、はい…」
再び部屋へ戻ってきた女の子に無理矢理引っ張られて案内されたのは食事の並べられた食卓。どうやらこの家族の父親らしき人物に朝食を勧められているようだ。
「んー、今朝も美味いな…。特にこのスクランブルエッグが!」
その人物の名は高町士郎。とは言っても「らしき」ではなくて歴とした父親であるが。
「ほんとー?トッピングのトマトとチーズとそれからバジルが隠し味なの♪」
士郎の妻である桃子。元々美人であるが、とても幸せそうな笑顔がその美貌を一層引き立てている。
「みんなアレだぞ~!こんな料理上手なおかーさんを持って幸せだぞ~!」
「あーん☆も~やだあなたったら~~!」
満面の笑みでスクランブルエッグを食べながら桃子をベタ褒めする士郎の姿は、見ていて胸焼けしそうなほどの
「もー、わかってるよー。ねーなのは」
「うん!おねえちゃん!」
「飽きないよなー、このやり取り」
その夫婦の子供である3人の人物。上から長男で大学一年生の恭也、長女で高校二年生の美由希、そして一晩中付きっ切りで優を看病していた(と言っても途中で寝てしまったが)のが末っ子で小学三年生のなのはだそうだ。
「おとーさん、こぼしたわよ」
「おお!さすがおかーさん、気が効くなあ!みんなアレだぞ~!こんな気の利くおかーさんを持って幸せだぞ~!」
「あ、これは新パターンだね。言ってることはほとんど変わらないけど」
(この夫婦、新婚……じゃねえんだよな?)
もちろんその通り。長男の恭也が現在19歳なので19年はこんな状態だということになる。優は「いったいどうすればこんな長期に渡って新婚気分を維持できるんだ?」とちょっと真剣に悩んだ。
「そこでだ!キミにも………えーとまだ名前を聞いてなかったな。すまない、教えてもらえるかな?」
「御神苗 優…です」
「よし!で、御神苗くんにもそんな幸せをおすそ分けしようという訳だ!ってわけでどんどん食べてくれよ!」
「は、はい…」
本当はあまり食が進まない優だったが、士郎の押しに負けて渋々食べ始める。
「いやあ、いい食べっぷりだ。かなりおなかが減ってたみたいだね」
「まあ…そうですね」
ここで優は再び幽霊島のことを思い出す。
アーカム日本支部を出た時は午前中で昼食も取っておらず、それから幽霊島で爆弾を爆発させるまでの時間でも暗くはなっていなかった(もっとも幽霊島周辺は幽霊島のエネルギーの影響で曇天ではあったが)。
もし仮に長時間海を漂っていた場合、気絶しながら何日も生きていられるなどあり得ない。なので恐らくは幽霊島の爆発で吹き飛ばされて気絶してから間も無く誰かに拾われてその日のうちにここに来たと考えるのが自然だ…………と言いたいところだが、それだと誰かに拾われたのに道路で倒れていた理由の説明がつかない。
ここにいた理由については推測すらできないが、腹の減り具合を考えると少なくともあの爆発から長くとも1日程度であろうという結論は出せる。要するに優は前日の昼食から何も口にしていなかった訳だ。腹が減るのも当然である。
「ごちそうさまでした」
士郎の言う通りスクランブルエッグが思いの外美味く、気付いたらライスのおかわりもして満腹になるまで食べてしまった。
「わたしの料理をこんなに食べてくるなんてうれしいわ!ありがとうね、御神苗くん!」
「い、いえ…オレの方こそ…。(芳乃……。あいつもどっかでメシ食ってるかな……)」
食事を終えて一息吐くと一人の少女の事が頭を過っていった。
「よし、彼も元気なことだし心配もなくなったな。じゃあなのはは学校…」
「お、お父さん…それなんだけど…」
「ん?どうした?」
全員の食事が終わり、食卓を片付け終わるとなのはがモジモジしながら士郎に何か言いたげにしていた。たっぷり30秒ほどかけてやっとの思いでなのはが言い出したのは……
「わたし、今日は休ませてほしいの…」
「……なのは、気持ちはわかるけど学業をおろそかにしちゃ……」
士郎は察した。前日なのはに事のあらましを聞き、優が暴漢から助けてくれた恩人であるらしいということは分かっていた。
なのはは優しい子であると同時に頑固なまでに一途に思いを貫くという意志の強い子でもある。故になのは優にその恩を返そうとしているのだと気付いたのだ。だが……
「でも!わたしまだおみなえさんになんにもお礼してないし…!」
「それはまた別の話……」
「おみなえさんはわたしの恩人なの!」
「うーーーん……」
(オレのために…学校を……!)
娘を休ませたくない父、恩人に恩を返したくて涙ぐんで必死に訴える娘。
学校生活を何よりも大切にしている優は、なのはの優しさに感謝すると同時に申し訳なさで胸を痛めた。
「で、でもオレは知り合いに連絡すればすぐ迎…」
「おみなえさんは黙ってて!」
「ぐっ…」
なのはを休ませる訳にはいかないと考えた優は直ぐにこの家を出ようとしたが、なのはのあまりの迫力に思わず声を詰まらせてしまう。
「お父さん、お願い!」
「うーーーん………」
(さ、さっきの一瞬…こいつの顔が秋葉ねーちゃんとダブったぜ…)
士郎が困り果てた顔で呻きながら答えあぐねていると、そこへ助け船が現れる。
「そうねぇ。このままじゃ学校に言っても御神苗くんの事が気になって授業にも集中できないんじゃないかしら」
「それにそんな状態で街中を歩いたら危なそうだし……」
「なのはがこんなに真剣に頼み事するなんて珍しいし……。一度くらいなら許してあげてもいいと思うけどな、俺は」
「お母さん、お姉ちゃん、お兄ちゃん…!」
助け船は士郎ではなくなのはの方であった。如何に一家の大黒柱といえど、家族にとことん甘い上に家族全員の意見が一致してしまってはもう反論の余地はない。
「はあーーー………」
士郎は深いため息をついてから顔を上げ…
「仕方ないな。わかった、学校には風邪で休むって伝えておこう」
「お父さん…!ありがとう!」
「でもこういうことはこれっきりだ。いいね?」
「はい!」
涙を拭いて元気いっぱいに返事をするなのは。満開の花が咲いたような可愛らしいなのはの笑顔を見た士郎はこの判断に僅かながら後悔しつつも、「この笑顔が見られたならこれは間違いじゃない」と彼もまた笑みを浮かべるのだった。