「猛虎雷神刹!!!」
「…!!」
高高度から高速落下しつつ後頭部へ手刀を振り下ろす優。衝撃のあまりアルフの頭部は凄まじい勢いで地面に叩き付けられ、辺りに粉塵が舞い踊る。
「ア…ア…」
「………」
呻き声を上げながら全身を震わせつつゆっくりと起き上がるが、目の焦点が合わずに立ち尽くすアルフ。その様を無言で見つめる優だったが、2秒ほどでそ身体が揺らぎ、一切の抵抗なく地面に倒れ伏した。
直後、先程まで黒煙に覆われていた身体が目映く輝き、黒煙が晴れると四足歩行の獣の身体から変身前の獣人型に姿を変えた。
「…ェ…イ…」
「ん?」
不意に耳へ飛び込むアルフのか細い声。今にも消え入りそうな小さい声に耳を傾けると……
「ご…め…」
(こいつ…)
アルフは双眸から二筋の液体を滴らせながら眠りにつくのだった。
「終わった……みたいですね」
「だな」
「それじゃあ早くなのはのところへ…」
静かに眠るアルフを見下ろしながら話す二人。ユーノはいち早くなのはの元へ向かおうと意気込むが…
「…」
「御神苗さん、なにを?」
突如そのアルフを腰に片腕を回してぶら下げるように持ち上げる優。ユーノは優がなにをしようとしているのか分からずにその様を見て驚くが、その理由はすぐに判明した。
「よっ…と」
「え!?」
優は持ち上げたアルフを無造作に茂みの中へ投げ込んだのだ。
「じゃ、いくぞ」
「ま、待ってください!」
「なんだようるせーな」
「い、いや…」
そのままなにも言わずになのはの元へ向かおうとした優を慌ててユーノが引き止めるが、優の心底面倒そうな睨みに気圧されてしまう。
「でも…気絶してる相手を乱暴に投げるなんて…」
「はあ?」
ユーノの言うことは尤もである。
「アスファルトの上に寝かせとくよりいいだろ」
「あ…」
「それにあそこに置いときゃもし結界が破れて一般人が戻ってきてもすぐには人目につかねーしな」
(この人、そこまで考えて…)
優は駄目押しどころかアルフの身を気遣って居場所を移したのだ。しかも投げ方にしてもただ無造作に投げたのではなく、落下時に怪我を負わせないために尻から落ちるよう計算して投げるという配慮付きだ。
自分はいち早くなのはの元へ駆け付けることしか考えていなかったが、優は相手の身の安全を考え、万が一の事態まで想定していたのである。
自分はそのつもりがないとは言え、つい先程まで命のやり取りをしていた相手に対してそこまで配慮した行動を起こせる者がどれだけいるだろうか?そもそも暴走直前のジュエルシードの回収という危急の事態を前にしてそれ以外のことに気を割くことができるだろうか?ユーノは少なくとも自分には到底出来そうにないと考えた。
この優の行動を目の当たりにしたことを機に、ユーノは改めて御神苗 優という人物の
(でもそれならもうちょっと優しく置いてあげれば…)
やり方には若干の疑問を感じながら……
優たちとアルフの決着より数十秒前、彼らの位置からジュエルシードを挟んで反対側ではビル群の合間を縫って高速で舞う二つの光が火花を散らしていた。
(この子、前よりずっと動きがいい…)
一つは眩い金色に輝く光に包まれた少女。
(フェイトちゃん、やっぱりすごく速い…!)
もう一つは柔らかな桜色の光に包まれた少女だ。
時には射撃魔法を撃ち込み、時には己の武器を打ち付け、時にはひたすら回避に専念する。互いに隙を窺うが、互いに最大限警戒しているせいか共にその隙を見出せずに膠着状態に陥っており、使う魔法の差異はあれど同じような攻防を延々と繰り返しているのだ。
しかし、その膠着状態がついに終了する時がやってくる。
「!?」
突如として表情を変えるフェイト。
『マスター』
〈どうしたの?レイジングハート〉
同時になのはへ語りかけるレイジングハート。
『現時刻をもって敵性存在「アルフ」の魔力反応消失を確認。御神苗氏が勝利を収めました』
レイジングハートがなのはへ、淡々とした言葉で優の勝利を告げたのだ。
〈…そっか。さすがはおみなえさんだね。もう終わっちゃうなんて〉
『現場へ駆け付けたスクライア氏の協力もあって早期決着したようです』
〈じゃあもうすぐこっちに来るってことだね。だったら…〉
(そんな……)
そう、今から間もなく優とユーノがこちらに駆け付ける。
そうなればジュエルシードはユーノが回収してくれる。なのははそれが終わるまでフェイトを引きつけて時間稼ぎをしていればいい。
つまりフェイトはユーノが到着するまでにジュエルシードを回収できなければ自身の敗北が決定してしまう。更には
フェイトは今まさに進退窮まる苦境に立たされているのだ。
(こんなことって……)
予想していなかったアルフの敗北、そして自慢のスピードでも速攻で倒せないどころかいまだに攻撃を直撃させることもできない程に腕を上げたなのは。起こってほしくないことがほぼそのまま現実になるという絶望的状況だ。
取るべき選択肢は二つ。
一つはジュエルシードを諦め、アルフの救出を敢行して撤退。
もう一つはジュエルシード回収だけに全力を注ぎ、アルフの救出を諦める。
だが、とうの昔に覚悟を決めていたフェイトには撤退という選択肢は存在しない。
(ねえ、アルフ……)
サポートに長けたユーノ、人間としては異常な戦闘能力を持つ優、それに加えて短期間で急成長してしまったなのはは、このまま放っておけば間違いなく今後の脅威となる。それに加えて戦えば戦うほど手の内を知られ、対策を練られてしまう。対して自分は大きく成長することは見込めず、味方はアルフしかいないため練られる対策は大きく限定されてしまう。
(教えて……)
このままでは
(わたしは……)
否、そんなものはとうの昔に決定している。
(もう……)
今までずっと考えていながらも一度も実行できずにここまで来てしまった。何故ならば実行しなくても済んでいたから。だけどそれでいい。実行しなくて済むならそれに越したことはないのだから。
でも、たった今、
(どうすれば……)
頭で考える前に身体が動き始めた。
(……ちがう……)
気付いた時には既に実行していた。
(もう、決まってる…)
今まではそうする必要がなかった、そうするべきではなかった、そうしたくはなかった。何故ならば……
(やるしか…ない…!)
たった一度でもそうしてしまえば二度と引き返すことができなくなるから。
それでももう止まらない。
「お前は…!」
「!?」
ウコンバサラを強く握り締め、ハンマーに変形させ、閃光のような放電を発生させ、大きく振りかぶる。
それは最後の最後まで踏み止まり、躊躇し、取りたくなかった最後の手段……
そう…「殺してでも奪い取る」ことであった。
フェイトちゃんの御乱心はまだまだ続きます。