「躾の時間だぜ犬っころ!」
「ほざいてろ人間が!」
互いに正面から突撃すると、一瞬にして互いの手が相手に届く距離。
「フッ!」
「ふん!」
「!?」
一合目。
アルフは痺れた左腕ではない、魔力で包み込んで強化された右拳を振り下ろし、優は相撲のかち上げのように左腕を振り上げてぶつけ合うと、力負けしたアルフは右腕を大きく跳ね上げられて懐がガラ空きになる。
「はあっ!」
「フッ!」
二合目。
隙を作った優は続いて踏み込みつつアルフの腹部へ水平に右手刀を打ち込むが、アルフは間髪入れずに左足で優の右手刀を蹴りつけ、防御と同時にその反動で後方宙返りしながら着地する。
「「………」」
(こいつ…。咄嗟の判断といい、片足でオレの腕を跳ね返す脚力といい、やるじゃねーか。もしかしてこれがユーノの言ってた魔力による身体能力の強化ってやつか?それにあの体勢からあんな動きを…)
優はアルフの即断力・瞬発力・脚力に感心していたが、本当に注目していたのはそれらではない。
アルフは優に腕を打ち払われた勢いで足がわずかながら浮き上がっており、通常ならば足を振るなど不可能なはずであった。しかしアルフはそこから足を振り上げて優の右手を蹴るという、物理的にあり得ない動きをしてしまったのだ。
(そういやこいつ……)
そのあり得ない動きを可能にした要因を推測して一つの仮説に辿り着く。
アルフとのタイマンより前のこと……すなわちフェイトとアルフのコンビとの戦いの時に2人の同時攻撃を去なした際のことだ。優は涼しい顔をしてはいたもののアルフの攻撃はフェイトより重く、あと少し手加減していれば優は力負けしていた可能性があった。
どんなに身体能力が高くとも、地に足を付けていなければ踏ん張りが効かず本来の力を発揮できない。だと言うのに空を飛んでいたアルフは優を驚かせるほどの重い一撃を放った。……ということは、アルフは空中でも地上にいる時と遜色ない格闘能力を持っている可能性が高い。
それを踏まえて先程のアルフの動きを見てみよう。
アルフは優へ接近する際、そして打ち合った瞬間までは間違いなく地に足を付けていた。そこから腕を弾かれ、足がわずかに浮き上がり、足を使うことは不可能なはずだったにも関わらず足を使って優に回避行動を行なった。
この事実が示す答えは……
(まさか…飛行魔法を格闘戦に組み込んでやがるのか…!)
その仮説は見事に的中しており、優もそれを確信していた。
アルフは魔法も使えるが、それ以上に格闘戦を得意としている。
空中では変幻自在の動き、地上では空中より素早い動きが可能で、それらを組み合わせた多角的かつ立体的な格闘戦を可能としているのだ。アルフの動きは謂わば三次元の動き、優の動きは二次元の動きと言えよう。
つまり先程のアルフは、優に浮かされた瞬間に飛行魔法を発動して反撃の体勢を整えただけに過ぎないのだ。これによりアルフは空間全てを足場として体勢に関係なく格闘戦を行うことが出来るのである。
(ちぃっとばかりめんどくせーことになったな)
A・Mスーツの防御力のおかげで生半可な物理攻撃も魔法攻撃も通用しないが、アルフはまだ本気を出していないようで、底は見えていない。
今のところはアルフは地上に張り付いているが、もし今までより素早くなり、空中戦も織り交ぜられた場合には苦戦する可能性がある。
(こんなことになるならヘッドギア持ってきとくんだったぜ)
そうなればいずれ弱点である頭部を狙われることは間違いない。人目を気にしてヘッドギアをかぶってこなかったことを優は少しばかり後悔することとなった。
一方のアルフは優を一瞬睨みつけた後、痺れの取れてきた左腕と殴りつけた自分の右手を握って開いて、握って開いてと何度も繰り返しながら見つめていた。
(今の…)
考えていたのは力負けした自分の右拳のこと。
実は右拳が優の腕に触れた瞬間、拳に込められていた魔力が掻き消されてしまったのだ。
(……そういうことかい)
先程のアルフの攻撃は拳を魔力で覆って固定して攻撃力・防御力を高めただけで、魔力を塊にして撃ち出す魔力弾と並んで魔法の「基礎中の基礎」と言える、魔法とも言い難い初歩の技法だ。
それが直接A・Mスーツに触れた途端に分解・霧散してしまった。
以前に説明した通りA・Mスーツには非常に高い霊気・妖気耐性があり、近日では魔法の耐性もあると判明した訳だが、今回の一件によって魔法と言うよりは
更には…
(しかも魔法を使ってないのにあのパワー…)
魔力を掻き消されてパワーダウンしたとは言え、自分の力は人間など遠く及ばない…越えられない壁がある。ところがそれを魔法による強化すら行わずに純粋な力のみで打ち負かすという信じ難い方法で打ち破られた。
これの秘密も以前に説明した通り、A・Mスーツ機能の一つである「筋力増強」だ。人間を殴れば豆腐のように砕き潰し、本気で殴れば岩をも破砕するパワーを発揮するそれは、たとえ人外の怪物が相手であろうとも互角に渡り合える、主力とも言える極めて重要な機能だ。
(こりゃあちょっと厄介だね…)
既に優を「只者ではない」と認めていたアルフであったが、A・Mスーツの特性に気付いたことで「強敵」と考えを改めざるを得なくなり…
(フェイト…。悪いけど、加勢は遅れるかもしれないよ)
一刻も早くフェイトの元へ駆け付けるべく、早急にその対策を迫られることとなった。
優の繰り出した手刀はKOF11のリョウ・サカザキの必殺技「ビール瓶斬り」をイメージしました。