魔法少女リリカルなのは ~彷徨える妖精~   作:拳を極めし者

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アルバイト

「すいませーん、注文お願いしまーす」

「はーい!ただいま!」

 

ここは喫茶「翠屋(みどりや)」。なにを隠そう高町夫妻が経営している喫茶店だ。

この店はフランスとイタリアで修行を積み東京のとある大手ホテルのチーフパティシエに抜擢されたこともある桃子が腕を振るっており、彼女の作り出す菓子の数々はここ海鳴市の外にも常連客を生み出し、平日の午前中でも常に客足が絶えないほどの人気を誇る。

 

「お疲れ様、優くん。今日もいい仕事っぷりだったわよ」

「一生懸命やってるだけですよ」

 

閉店時間を過ぎ、店仕舞いをして清掃作業を終えると、桃子がジュースとシュークリームを持ってきながら優へ労いの言葉をかける。

 

「あなたが働き始めてから一カ月とちょっと、ずいぶんお店の回転が良くなったわ。嬉しい悲鳴が出そうよ」

「いえ、居候の身ですからこれくらい当然です」

「このまま正社員として迎えてもいいくらいよ」

「ん?」

 

桃子の特製シュークリームを頬張りながら本人は謙遜するが、実際のところ客単価こそ然程変わらないものの、この日の店の売り上げが前年同時期の実に15%も上昇しているのだ。

それだけでなく、優が出勤する日は平均して10%アップは下らないという驚異的な数値を出している。これで本格的に働いた時にはいったいどれほどの数値を叩き出すのかといった期待をしてしまうのも無理からぬことだろう。

 

「悪い話じゃないでしょ?どう?一考してもらえないかしら?」

「うーん、気持ちはありがてえけど…」

 

優の働きぶりに感銘を受けた桃子は本気で優を誘っていたが、肝心要の優本人は乗り気ではないらしい。

 

「まあ、無理にとは言わないわ。でも気が変わったらいつでも言ってちょうだいね。いつでも待ってるわ」

「はい、ありがとうございます」

 

「それにしてもあなたって大変な身の上だったのねぇ。親の道場を破門になった上に勘当されて身内に襲われるなんて…」

「親の小言にはうんざりしてたし、看板を背負う必要もなくなって逆に気が楽になりましたよ」

 

優は士郎と共に自分の身の上の設定を協議した結果、「ある裏の世界の武術家の家系で次期当主になるはずだったのが、父親と仲違いして破門・勘当された」ということに決定した。

街中で倒れていたのは、「兄弟が次期当主になるため、二度と戻ってこないように自分を亡き者にしようと放った刺客と戦ったため」としたのだ。

このような設定になった理由は至極単純、「優の実力がバレてもある程度ごまかしが効く」という実に分かりやすいものだ。

一般的な目線で見ればあまりにも荒唐無稽(こうとうむけい)な話ではあるが、これは優にも負けないくらいに非凡な人生を送ってきた士郎という例があったために、士郎の人生をある程度知る高町家にあっさりと受け入れられたのである。

無論、実力を証明するために士郎との模擬戦を披露した上ではあるが。

 

「それじゃあ我が家へ帰りましょうか!」

「はい」

 

実は優は「このままタダで居候するのは失礼だ」としてなにかアルバイトを探そうとなのはに相談したところ、「だったらうちのお店で働いてみませんか?」と誘われたことですんなりと働き先が決まったのだ。

シフトは基本的には午前9時から午後3時で週三回から四回(ジュエルシード探しの時間や訓練時間を設けるため)だが、忙しい場合には時間を延長し、閉店時間まで働くこともある。

それから一カ月、スプリガンの仕事で培った洞察力・判断力による優の素早く効率の良い仕事は店の回転を上げ、日々の特訓で培った体幹の強さによる物珍しい独特の動き、年齢に似つかわしくない逞しい身体などが(主に女性の)噂と人気を呼んで客足を翠屋へ向かわせ、売り上げ上昇に繋がったのだ。

 

(あの金髪のガキが現れてから一カ月…。ジュエルシードの反応がない日が続いてるなぁ。こんなんじゃジュエルシードのことを忘れちまいそうだぜ…)

 

高町家に戻って夕食を取ると粗雑に服を脱ぎ捨ててベッドへ身を投げる優。いくら気を抜けないジュエルシード探しと言えど、一カ月も音沙汰無しではさすがに緊張感も薄れるというものだ。

 

(焦ってもどうにもならねえが…あいつ、どこでなにやってんだろうな…)

 

そしてジュエルシードに対する緊張感の薄れはもう一つの気がかりを呼び起こし、頭を過ぎって影を落としてしまう。

 

(ちっ、頭から離れねえ…!)

 

優が高町家に居候を始めてから一カ月が経ち、衣食住に不自由なく暮らしている。一方で染井芳乃はどのような生活を送っているのか?

自分がのうのうと日常生活を送っている最中(さなか)、彼女は衣食住に困っているかもしれない。誰かと戦っているかもしれない。生命の危機に瀕しているかもしれない。

なのに自分は彼女を探そうともせずになにをしているのだろうか?時空管理局の手を借りるだけでなく、自分の足も使えば僅かでも確率は上がるのではないか?こうして平和に居候している間にも彼女の状況が悪くなるのではないか?

 

考えれば考えるほど負の螺旋に落ちていく優。このままでは彼女のことで頭が満たされてしまい、他のことを考えられなくなってしまいそうな程に苛まれていた。


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