チームの初陣なの
訓練開始から三日後、陽が傾き始めた頃にユーノの「ジュエルシードが出現した」との呼び掛けで1人で目的地へ向かう優。
〈ユーノ、ホントにこっちにいるのか?〉
〈間違いありません。もうすぐです〉
〈じゃあそろそろ『あれ』やらないとだね〉
〈うん、そうだね。はあっ!!〉
なのはもユーノの呼び掛けを受け、単独で別方向から向かっている。
距離が近いために先行していた優は会敵間近となり、ユーノは3人の中で最も遠くにいたため、なのはよりも遅れて最後尾で向かっている。
ジュエルシードを結界の有効範囲内に捉えたユーノはアンドヴァラナウトを光らせると足元に魔法陣が現れ、指輪を空にかざすとドーム型の結界が一瞬で広がっていき、同時に空間加工によって自分達以外の生物を一時的に干渉不能状態にする。
(やっぱりすげえな、こいつの魔術…じゃなくて魔法か。2つの結界を合成した上で位相まで操ってるのに、この広範囲を本当に一瞬じゃねえか)
〈?…どうかしました?〉
〈ん、なんでもねえ〉
その様子を眺めていた優は驚きを隠せなかった。知識では分かっていたが、実際にユーノの魔法が使われる様子を見て改めて実感した。
(これほどの技をいともたやすく使えるとなると、やっぱりアンドヴァラナウトは危険だ)
ユーノの実力ありきとはいえ、アンドヴァラナウトは種類に関わらずあらゆる魔法に利用でき、無限に使える触媒・演算の省略・発動時間の大幅な短縮・効果を増幅させるというその力は、心無き者に悪用されれば未曾有の危機を生んでしまうだろう。
そんな事は避けるべきだ。あってはならない。そうなればやるべきことは決まっている。
(封印か、破壊か…)
しかし、それに当たって留意しなければならないことがある。
ユーノが言うには、アンドヴァラナウトは先祖が発掘して以来代々受け継がれたものであると言う。そしてユーノの一族は遺跡の発掘調査を生業にしており、アンドヴァラナウトの他にも件のジュエルシードやその他オーパーツ…否、ロストロギアを幾度となく目にしているはずだ。
だと言うのにユーノの一族はロストロギアの力を振りかざすことなく真っ当に生きているようなのだ。
そんな一族の中で、ユーノ本人もアンドヴァラナウトを悪事に使うことなく、むしろその力で自身の責任を果たそうとしている。そんな年齢不相応に誠実な少年から家宝と称する大切な物を奪っても良いものだろうか?
(だが心配なのは悪用だけじゃねえ。アンドヴァラナウトは……)
「おみなえさん!ボーッとしながら走ったら危ないですよ!」
「!?」
優が考え事をしているうちになのははいつの間にか変身した姿で追い付いており、そのまま空を飛びながら優を追い越していた。
「前に映像でも見たが、やっぱりそれって飛行魔法なんだよな?」
「はい。ユーノくんが言うには適性がないとどれだけ魔力が強くても飛べないらしいですけど」
(たしかに自分自身にサイコキネシスみたいなのを使ってるんじゃなさそうだな。完全な飛行能力ってわけか、便利だな)
「もう少し速くしてもいいですか?」
「楽勝だ」
なのはと合流するために速度を抑えながら走っていた優は、加減の必要もなくなったのでさっそくA・Mスーツを起動して速度を上げた。
「それにしてもまったく…。せっかくいいとこだったのにタイミングわりいな!」
優は直前まで士郎と軽い模擬戦を行なっており、互いに気分が乗ってヒートアップしそうになったところに呼び出しを受けて水を差されてしまったのだ。
ちなみに士郎には「なのはに町案内してもらう約束を思い出したので出かけてくる」と極めて自然な方便(本人談)でごまかした。
「逆にわたしはタイミングよかったですけどね!」
「ふ、ふーん?」
なのはは昨日一昨日のことを二人の友達に心配され、その友達の家で根掘り葉掘り聞かれそうになったところで今回の呼び出しだ。
二人には言い訳もせずに二日とも「言えない」としか話しておらず、もともとウソをつけない性格であったため、今日も心苦しく「言えない」と言わなければならないのかと胸を痛めていたところに呼び出しが入り、「行かなくちゃ」と言ってその場を離れようとする。
二人はその時のなのはの表情を見ると、その真剣さを察して「今やってること全部終わったら絶対話しなさいよ!」「わたしたちにできることがあったら遠慮なく言ってね」となのはを送り出し、なのはも二人の気遣いに最大級の感謝の念を込めて「ありがとう」の一言を送って現場へ向かっていった。
二人はその日以降なのはの謎の放課後について問い質すことを辞め、いつものようになのはに接するようになったという。
「それはそうともうすぐですよ!」
「た、確かに変な気配を感じるな」
ちょっとばかり不気味なくらいに上機嫌ななのはに若干引きながらも、なのはに促されて気を取り直してジュエルシードに集中しようと決める。
「ここか…」
「反応が近いですね」
人気の全くない森林地帯へと続く長い階段を駆け上がる優と飛んで登って行くなのは。間も無く池を隣り合わせにした、開けた空間に差しかかろうというタイミングで優はある違和感に気付く。
「しかもこらはジュエルシードの気配じゃねえ、生物の気配だ。しかも気配は強いが、生物ってよりは霊体…妖怪に近い気がする」
〈まさかそれは…!〉
それを聞いたユーノは声色が変わり…
「ユーノ、どうした?」
〈気を付けてください!多分前の奴より手強いです!〉
更に語気を強めて注意を促した。その直後…
「…来るぞ!!」
「ガオオッ!!!」
気配の急速接近を察知した優の警告と同時に、敵は空から降ってきた。
「こいつ、なんだ?」
「わたしも…わからないです…」
〈やっぱりそうか…!〉
「グルルルル……」
優は咄嗟に前方へ飛び出し、なのはは急上昇して先制攻撃を回避。
開けた空間で身構えた2人の目の前には、ネコに似た風貌で大型の草食獣並みの巨体を持つ異形の怪物が降り立った。
〈ユーノ、どういうことだ?〉
〈それはおそらくジュエルシードが生物に取り憑いて肉体を得た暴走体!取り込んだ生物にもよるけど、前に出てきたやつの数倍の力を持ってます!〉
「え…」
「マジか…。よりによって今日って日にこんな厄介なヤツとはな…!」
この日は優・なのは・ユーノの3人が共にジュエルシード確保に向かう初めての日。理想としては発動前に抑えられれば良い…が、もし仮に暴走しても戦闘のプロフェッショナルの優、対ジュエルシード戦特化のなのは、そして万能のサポーターであるユーノが揃えば、優が初めて戦った程度の戦闘能力ならば楽勝どころか無傷で終わらせる自信があった。
しかし、一応優もなのはも交戦経験があるとはいえ、数倍の戦闘能力を持ったものが相手となると全くの別物と言っても過言ではなく、相応の心構えや戦術が必要だろう。要は即席でとんでもない化け物に対応しなければならないということだ。
「ど、どうしましょう…」
(でも待てよ?肉体があるってことは…)
そう、肉体があるということは物理攻撃が通用するということ。つまり、優もサイコブローを使用しなくとも倒すことができるということだ。
「グルルルル…」
身構える優となのはに対し、怪物はヨダレを垂らしながら低く唸って睨み付ける。
〈おいユーノ!あの化け物を傷付けたら元の生物はどうなるんだ!?〉
〈ダメージを受けて衰弱はしますが、今のうちに倒せば死にはしません!でも急いで倒さないと同化が進んでそれも不可能になるかもしれません!〉
「なら速攻だ!訓練を思い出せよなのは!」
「はい!」
〈ユーノ!お前は急いで来い!〉
〈すぐ行きます!〉
怪物が身を屈める。いよいよ戦闘態勢だ。
「ガアアアアア!!!」
「いくぜ!!」
「〈はい!!〉」
こうして3人がチームを結成してから初めての対ジュエルシード戦が開始された。