「ここがうちの道場です!」
「………」
士郎のスポーツウェアを借りて着替え、なのはに案内されたのは剣道場。先程士郎へ連れて来られた場所であり、いきなり自分がスプラッター映画さながらのバラバラ死体になりなけた場所だ。
「すごい立派でしょー!ここでいつもお兄ちゃんとお姉ちゃんが剣道の稽古をしてるんですよ!」
「あー…」
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもねえ」
「?」
(まさか「さっきここで士郎さんと殺し合いしてました」なんて言えねえよな…)
ついでに「そういやあの時オレがホントにあのまま切り刻まれてたらどうやって処理するつもりだったんだろう」とちょっとだけ気になった優であった。
「おみなえさん、剣道はやったことありますか?」
「いや、やってるところを見たことすら無いな」
「じゃあちょっとやってみませんか?」
「うーん、そうだなぁ。どうせなら格…」
「おみなえさんは病み上がりだから…ってまだ治ってないから病み上がりじゃないか」
「俺の話聞いてるか?」
本当は格闘術とナイフ捌きの訓練をやりたかったが、なのはは右から左へ華麗に受け流す。
「とにかく激しい運動はダメだけと軽い素振りならオッケーですよ。素振りなら防具をつけなくてもいいし、身体にあんまり負担はかからないし、それだけでもけっこういい運動にもなりますから」
「いや、だから…」
「おみなえさんって放っておいたらその身体で陸上競技とか始めちゃいそうな感じに見えるんですよね」
「!?」
「本当はもっと身体を休めてほしいんですけど、これでもいちおうおみなえさんの意見を尊重したんですよ。だから少しくらいわたしの言うことも聞いてください。ね?」
「………」
なのはは優へ朗らかな笑顔で優を見つめる。しかし笑顔と裏腹にその目は、どこかの黄金の精神を持った人のようなスゴ味のある目になっているように見えた。
その笑顔にちょっとビクッとなった優はこう思った。
(こいつやっぱり秋葉ねーちゃんに似てるな…。末恐ろしいガキだぜ…)
「でも秋葉ねーちゃんはここまで怖い顔しねーよな?」とか思ったりもした。
「竹刀の持ち方は、右利きの場合はこういうふうに左手を柄の上の方…」
「…………」
なのはの有無を言わさぬ気迫によって結局素振りをやるはめになってしまった。
「右手は石突きの…」
「………」
「ぶっちゃけやりたくねー」と心の中で呟いていた優はなのはの指導など上の空で、剣道とは全く関係無い事を考えていた。
「あと右手の薬指と小指にはあんまり力を入れないでくださいね。竹刀を振るのはあくまでも左手ですから」
「なあ、なのは」
考えているうちに我慢できなくなった優は、耐え兼ねてついになのはに話を切り出す。
「…はい、なんですか?」
「昨日の晩、なんであんな時間に外出してたんだ?」
「い、いきなりなんですか?そんなことより素振りの方…」
「はぐらかすな。小学生が一人で歩き回っていい時間じゃねえぞ。お前のことだからイタズラだとか家出とかだとは思っちゃいねえが、本当の理由をお前の口から聞かせてくれ」
「………」
口調こそ落ち着いているが、真剣な表情でなのはを睨んでいる以上はごまかす訳にはいかない。なのはは数秒間の沈黙の後、必死に言い訳を探して口を開く。
「そ、それは動物病院に預けてたフェレットが心配で…」
「じゃあお前を襲った悪…化け物はなんだ?まさかアレがそのフェレットを襲うって思ったからか?」
「…!」
昨晩の出来事に触れた途端になのはは動きがピタリと止まり、同時に俯き一言もしゃべらなくなってしまった。
「それにあの化け物のことを誰にも言ってないのはなんでだ?
『化け物に襲われた』なんてそのまんま言っても簡単に信じちゃもらえないってのはわかる。警察や親に言っても妄想扱いされる可能性も高い。
だがあんなのは人間一人でどうにかなるもんじゃねえ。必ず誰かの協力が必要になる。だったら最低でもダメ元で家族の誰かにくらいは話すべきだ。お前だってまさかあの化け物を自分でどうにかしようと思ってたわけじゃねえだろ?」
「!?」
優が質問をぶつけるとなのはは驚愕の表情で優に勢いよく振り向く。
「………」
「……マジかよ」
どうやら優は核心を突いてしまったようで、なのははそのまま固まってしまう。これには優も開いた口が塞がらなかった。