「俺だ、入るぞ」
優の荷物を取りに道場を出て数分後、道場の戸を開けて大声で入っていく士郎。
本来ならば必要はない話ではあるが、もし仮に他の家族に優を見られたら余計な詮索をされてしまう可能性が高いため、優には更衣室でこっそりと電話を使わせている。特に優に特別恩義を感じている(上に自分の姉の秋葉並みのプレッシャーを放つ)なのはにばれたら、下手をすれば帰れなくなるかもしれない。
もっとも、素直に(もちろん殺人術のことは伏せて)事情を話せばなのはも納得してくれる可能性はあるかもしれないが、高校生があんな重装備で戦っているのかと問われたら答えようがないだろうと士郎は考え、できるだけそういう事態は避けるべきであるとしての処置だった。
「なんでだよ!」
「!?」
道場に響き渡る優の怒声。士郎はそれに驚き、何が起こったのか分からずに更衣室の前で立ち尽くしてしまう。
「あ…わりい」
「いや、いい。それよりそんなに感情的になってどうした?」
「………」
士郎が質問するが優は項垂れて黙り込んでしまう。
「………」
「黙っていては何もわからん。理由を話してくれ」
「………一つ、質問だ。あんたは………」
士郎に促されると、は項垂れたままの優がゆっくりと口を開く。
「アーカム財団…って知ってるか?」
「アーカム財団…聞かない名前だな。何の事業をやっているんだ?」
「…当たり、か…。」
「答えになってないぞ。俺の話を聞いていたか?」
「いや…もう充分だ…」
(なんだ?ずいぶんとショックを受けてい…)
士郎がその様子を不思議がると優の目から光が消え、続けて糸が切れるように首を落とした直後、突然膝が崩れ落ちる。
一体優に何があったのか?それを
優はよく使う電話番号を幾つも頭で記憶しており、メモなどが無くとも間違えること無く即座に電話をかける事ができる。
なので優は士郎が道場を出た直後に先ず直属の上司である山本の携帯電話へ直接連絡してみたが、その電話番号は現在使われていないとのアナウンスで突き返されてしまった。最初は珍しくかけ間違えかと思って再びかけ直したがやはり繋がらず、その後数回試したが結局繋がることはなかった。
続いてアーカム財団日本支部へかけてみたが結果は同じ。姉の秋葉へかけても仕事仲間へかけても友人へかけても自宅へかけても全てが同じ結果となり、アーカム財団の電話番号を調べてもアーカム財団の存在自体の情報すら見つからなかった為に優は取り乱してしまった。
そこへ士郎が戻って来た事に気付くと幾分か平静を取り戻してある一つの仮説を立てた。その仮説は間違いだったなら良し、もし正しければ優の力だけではどうにもならない最悪の事態となる。
そこで優は仮説を検証すべく、タイミング良く戻って来た士郎へある質問をぶつけた。
[アーカム財団って知ってるか?]
アーカム財団とは世界最大の財団で、世界各地に考古学研究所を設立して遺跡の発掘・保護を行なうことで有名だが、他にも様々な事業を世界中で展開しているため、物心の芽生えた年齢ならばこの世でその名を知らない者の方が少ないと断言できる程に名を馳せているのだ。
そのアーカムを知っているならばそれで良しとして次の質問をするつもりだった。だが、最初の質問で答えが出てしまったのだ。
この世でその名を知らない方がおかしいくらいの名をいい年齢の大人が知らず、アーカムの情報も存在しない。だが悪霊との戦いで頭を打ったとはいえ前後の記憶ははっきりしているし、記憶の混濁もなく、自分の装備品がアーカムの存在を如実に表している。
ならばここは何処なのか?
「場所は紛れもなく日本」「有って当たり前、知っていて当たり前の名を知らず、情報の痕跡すら存在しない」「なのに自分の記憶には確実に存在し、更に存在の物的証拠として自分の
ここは自分の知る日本でありながらも、有るべきもの……無くてはならないものが無く、自分の記憶の中にしか存在しないが物的証拠も存在する。
類似……否、酷似していながらも矛盾を起こした
「お、おい!大丈夫か!?」
士郎は慌てて優を支えるが、肝心の優は自力で立とうともせずに士郎にもたれ掛かっている。
「ははっ…。帰る場所…なくなっちまった……」
「帰る場所が?どういうことだ?」
「多分…言っても誰も信じねえよ…」
「………」
優は士郎の耳元で力無くそう呟いた。
電話番号の記憶云々はオリジナル設定です。